アニ録ブログ

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TVアニメ『薬屋のひとりごと』(2023年秋)第4話の演出について[考察・感想]

この記事は『薬屋のひとりごと』「#4 恫喝」のネタバレを含みます。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

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中国風の王宮を舞台に薬屋の娘・猫猫が活躍する様を描いた日向夏原作/長沼範裕監督『薬屋のひとりごと』。ユニークなキャラ(クタ)ーと物語に加え,リッチな作画や演出が目を引く“上手い”アニメとして注目を集めている。今回の記事では,ちな演出回の「#4 恫喝」を取り上げよう。一見地味な話数に思えるかもしれないが,猫猫を中心とした人物たちの芝居を丁寧に演出しつつ,そのキャラに深みを与えた優れた話数である。

 

「薬師」猫猫

アニメの作画をそれなりに長く観ていると,“これは作画と芝居の話数だな”と肌感覚でわかることがある。「#4 恫喝」もそんな話数だった。

帝の勅命を受け,病に伏せる梨花妃を看病する猫猫。これまでのマスコット的美少女風味と比べ,ややシリアスなデザインになっている。梨花妃陣営という,猫猫にとって“アウェー”での仕事,それも帝からの勅命という状況設定もあってか,目の隈なども描き込まれたリアルよりの作画だ。

上:「#3 幽霊騒動」/下:「#4 恫喝」より引用
©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

具体的なディレクションがあったかは不明だが,これまでの話数以上に猫猫の「薬師」としてのプロフェッショナルな側面を強調した作画のようにも見える。毒の化粧を梨花妃に施した侍女を猫猫が「恫喝」するシーン(下段中)では,悠木碧のドスのきいた低音とも相まって,猫猫の“アルターエゴ”が効果的に演出されている。“真実に最も近い理系女子・猫猫”と“物事の表面しか見えていない軽薄ギャル・侍女”の構図ができているのも面白い。

「薬師」としての猫猫ということで言えば,冒頭の毒味のカットも見応えがある。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

おそらく宮廷付きの毒味役としての作法に則っているのだろう。食事の匂いを嗅ぎ,帝の目に触れないように食事を口に運ぶ所作が実に丁寧に作画されている。薬師としての猫猫の存在感を改めて印象付けたカットである。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

梨花妃の病人食を調理するシーン。料理人にテキパキと指示を与える猫猫の所作,包丁とまな板の音,鍋が煮立つ音,カットの切り替えなど,小気味のいいスピード感のあるシーンだ。この辺りのシーンはミャンの手になることが本人のTwitterアカウントで語られている。リズム感を考慮し,包丁のカットが2コマ打ちから1コマ打ちに変更されたという経緯も面白い。

 

“手”の芝居

この話数は,いくつかのシーンにおいて“手”の芝居が際立っていたことも特筆に値する。

まず猫猫と小蘭の食事カット。小蘭の食事の所作(上段)が非常に丁寧に作画されている。特に匙の運びは驚くほど細かい。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

先に食事を終えて仕事に戻る小蘭に,猫猫が手を振るカット。この時の手の振り方がとてもいい。「バイバイ」や「じゃあね」といったセリフを付けず,手の振り方だけで猫猫の瑞々しい少女性や小蘭との親密な関係を表現した優れたカットだ。

梨花妃が猫猫に己の“生きんとする意志”を自覚させられるシーン。彼女はしばし亡き息子との思い出に浸る。生まれたばかりの息子の手を愛おしそうに包み込む梨花妃の手の所作がこの上なく美しい。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

この類の手の所作ということでは,『美少女戦士セーラームーンS』(1994-1995年)の「#110 ウラヌス達の死?タリスマン登場」(演出:幾原邦彦)における,はるかとみちるのカットが想起される。

『美少女戦士セーラームーンS』「#110 ウラヌス達の死?タリスマン出現」より引用 ©︎武内直子・PNP・テレビ朝日・東映アニメーション

2人の深く親密な内面感情が匂いたつような,細やかで美しい画だ。このカットを含む話数に関しては以下の記事を参照していただきたい。

www.otalog.jp

梨花妃の容体が快方し,看病に疲労困憊した猫猫が眠り込んでしまうシーン。疲れ切った猫猫がフラフラと歩くカットは重心の取り方にリアリズムが感じられ,これだけでも見応えがある。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

倒れ込んですぐに寝息を立てる猫猫。その額にそっと手を触れる梨花妃。先ほどの赤子との手の所作と同じく,梨花妃の深い優しさが感じられるカットだ。この辺りの梨花妃の振る舞いが描写されているおかげで,「自尊心はあるが,高慢ではない。[中略]妃にふさわしい人格を持っていたようだ」という猫猫の評価 にも説得力が増す。

最後に,回復した梨花妃に猫猫が別れを告げるシーン。花瓶に差された桔梗の花を,猫猫の手が下から上に撫でる。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

茎の部分ではゆっくりと動きを溜め,花弁の部分ではすっと跳ね上げるような印象的な所作。特に何かを意図したわけでもなければ,何かを暗示したわけでもない,何気ない所作だが,なぜか猫猫というキャラの重要な部分を構成しているような気持ちにさせられる。あるいは,この後のシーンで猫猫が梨花妃に「秘術」を教えたことと関係があるのかもしれない。

人間の手の可動域は広く,その動きは極めて複雑である。ゆえに感情表現のツールとしてのポテンシャルも絶大だ。必然的に,それはアニメ作画上の難所となり,かつ“見せ場”にもなる。その作画に成功すれば,上に挙げた諸カットのように,〈エロス〉ーー性と愛のアマルガムとしてのーーを表す最高のシンボルとなる。同じことを実写で演じた場合にはさほど印象に残る動作ではないかもしれないが,作画で表現するとなぜか強いエモーションを感じる。ひょっとするとこの差異は,写真と絵画の差異と似ているかもしれない。アニメという媒体の,実写とは異なる面白さの一つである。

 

ちなともああんの技

この話数の演出を手がけたちなは,『ヤマノススメ サードシーズン』(2018年)伝説回(と言っていいだろう)の第10話「すれちがう季節」担当したことでも知られる。あおいとひなたのちょっとした「すれちがい」を繊細な所作や芝居で演出した素晴らしい話数だ。

『ヤマノススメ サードシーズン』第10話「すれちがう季節」より引用 ©︎しろ/アース・スター エンターテイメント

この他にも,『平家物語』第三話「鹿ヶ谷の陰謀」などの仕事も記憶に新しい。若手ながら演出の技術力はきわめて高く,今後の活躍に期待が持てるアニメーターである。

作画監督担当はもああん(Moaang)『明日ちゃんのセーラー服』(2022年)第七話「聴かせてください」の絵コンテ・演出などで知られる。上述の『ヤマノススメ サードシーズン』第10話と『平家物語』第三話にも原画として参加しており,ちなとの相性も抜群のようだ。最近の優れた話数のクレジットでその名を見かけることが多く,目が離せないアニメーターの一人である。

その他,この美しい話数を手がけたアニメスタッフに拍手を。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:日向夏/キャラクター原案:しのとうこ/監督・シリーズ構成:長沼範裕/副監督:筆坂明規/キャラクターデザイン:中谷友紀子/色彩設計:相田美里/美術監督:髙尾克己CGIディレクター:永井有/撮影監督:石黒瑠美/編集:今井大介/音響監督:はたしょう二/音楽:神前暁Kevin Penkin桶狭間ありさ/アニメーション制作:TOHO animation STUDIO×OLM

【キャスト】
猫猫:悠木碧/壬氏:大塚剛央/高順:小西克幸/玉葉妃:種﨑敦美/梨花妃:石川由依/里樹妃:木野日菜/阿多妃:甲斐田裕子/梅梅:潘めぐみ/白鈴:小清水亜美/女華:七海ひろき/やり手婆:斉藤貴美子/羅門:家中宏/李白:赤羽根健治/小蘭:久野美咲/やぶ医者:かぬか光明/ナレーション:島本須美

【「#4 恫喝」スタッフ】
脚本:
柿原優子/絵コンテ・演出:ちな/総作画監督:中谷友紀子/作監:もああん/原画:ミャンMYOUNjiseo渡部さくら杉山圭吾DDASANGOri

 

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