*この記事は『ダンダダン』第06話「ヤベー女がきた」のネタバレを含みます。
龍幸伸原作/山代風我監督『ダンダダン』各話レビュー第2弾として,今回は第06話「ヤベー女がきた」を取り上げる。アイラとアクロバティックさらさらの経緯を中心に描いた話数だが,そこにターボババア(招き猫) のマスコット性が加わることにより,本作特有の柔らかなユーモアが生まれている。絵コンテ・演出を手がけたのは,『BORUTO-ボルト- -NARUTO NEXT GENERATIONS-』(2017-2023年)などに参加経歴のある福井のぞみ。その技を詳しく観ていこう。
マスコット・ターボババア:猫のまろみ
わかりきったことを言うようだが,映像作品はファースト・カットの印象がその後のすべてのシーンに影響を及ぼす。
第06話のアヴァンは,ターボババア(招き猫)の手が,失われた金(の)玉をつかむカットから始まる(満月と金(の)玉が重ね合わせられる様子も面白い)。猫らしい(?)丸みと柔らかさを帯びたターボババアの手からは,かつてオカルンとモモを襲った悪霊としての醜悪さは微塵も感じられない。むしろそれは,すべての猫好きの心を-あるいは非猫好きの心をも-癒す“マスコット”としての造形だ。
猫は偉大だ。どれほど恐ろしい悪霊が出てこようとも,どれほどおぞましい宇宙人が襲いこようとも,どれほど悲しい背景事実が語られようとも,猫が登場するだけで,その作品は温かな“まろみ”を帯びる。このターボババアのファースト・カットは,アクロバティックさらさらとアイラの顛末という,様々な意味でシビアな重みを持つ語りが,やがては猫的なまろやかさに包み込まれることを予告しているかのようだ。『寄生獣』や『モブサイコ100』など,“敵”をマスコット的存在にメタモルフォーゼした作品はいくつもあるが,本作におけるターボババアの“猫化”はその最適解を提示したとすら言えるかもしれない。
モモ目線からのターボババア。
アニメでは豊かなモーションが加わることで,そのマスコット性が増している。前話数でモモは「あんたのこと,あんま憎めないんだよね」と言っていたが,なるほどこれは確かに憎めない。
ちなみにモモがターボババアを「憎めない」本当の理由は,ターボババアが連続殺人事件の被害者となった少女たちを弔っていたからである(第04話参照)。この時から,モモはターボババアに特殊な親愛のようなものを感じていたに違いない。思えばターボババアの依代として招き猫を選んだのは,他ならぬモモだったのだ。彼女は無意識のうちに,ターボババアを招き猫としてマスコット化することを望んでいたのかもしれない。
と思いきや,次のカットでは,金(の)玉探しに協力的でないことに腹を立てたモモとオカルンがターボババアをぺったんこにしてしまう(上図・右。ぺったんこのカットは原作通り)。この辺りのドタバタも,アニメーションになったことで愉快さを増しているようだ。
帰宅するモモ,オカルン,ターボババア。人間を中心に捉えたロングショットにもかかわらず,画面の隅で上り框をよじ登るターボババアの所作が実に丁寧にアニメイトされている。
ぺったんこにされた顔を元に戻そうとしているのだろうか,頬を揉むような妙な仕草をしているのが味わい深い。さらに上図・右下のカットは,ターボババアと星子が連れ立っているようにも見え,この後2人が居間で一緒に「バカ殿」を観る光景などを想像させる。なんとも微笑ましい場面だ。
このカットにおける“シテ”はあくまでもモモと星子なのだが,一連の所作が丁寧に作画されているため,どうしても“ワキ”であるターボババアの方に目が行く。しかしこの視線誘導は,本作の根底にある思想を鑑みた場合,むしろ功を奏していると言ってよい。
「SWITCH」に掲載されたインタビューの中で,原作者の龍幸伸はこんなことを語っている。
僕の中には常にエンターテインメントを創りたい想いがあります。読んだ人が元気な気持ちになれる作品を描きたいと考えているんです。そのためにも暗くなりすぎない,笑える要素を散りばめた作品にしたいとは考えていました。 *1
「エンターテインメントを創りたい想い」というのは,それ自体としては素朴な思想だ。しかし,本作のように霊や死といった題材を正面から扱った作品においては,それは特別な意味を持つ。もちろん,そうした題材を純度の高いホラー仕立てにすることもできるだろうが,そうはせずに,随所にコメディ要素を注入することで,作品をエンタメへと中和していくのが龍の流儀なのだ。マスコットとしてのターボババアの存在は,その象徴的存在と言えるかもしれない。
同様の演出は学校の屋上のシーンにもある。モモ,オカルン,ターボババアが対話シーンを観てみよう。
ターボババアを煽るモモ,モモとやり合おうとオラつくターボババア,それを抑えようとするオカルンのトリオ芝居が微笑ましい。落ちた焼きそばパンをふーふーしてから食べるターボババアの所作が追加されている(上図・下)のもたいへん面白い。ここもロングショットだが,小さく写るターボババアの細かい所作の作画に視線が奪われる。本編とは差し当たり関係のない芝居だが,作品全体に朗らかなコメディ風味が加わっている。
そしてこの観点で言えば,EDアニメーションでターボババアをフィーチャーしたこともこの作品にとって大きな意味がある。これに関しては,後ほど「OP・EDランキング」の記事で詳しく述べたい。
オカルト&ラブ:情報密度とスピード感
モモとオカルンの通う学校は,これまでもっぱら2人の“ラブコメ展開”の舞台だったのだが,いよいよここにも不穏なオカルト要素が侵入してくる。その予兆とも言えるのが,オカルンの変身シーンだ。
クラスメイトにモモの悪い噂を聞かされ,つい逆情して変身してしまうオカルン。アニメでは顔や髪ではなく,襟口から変身し始めるという面白い“変化球”(上図・左上)を仕込んでいる。この際の花江夏樹の演技も素晴らしい。オタクモードのピッチの高い声から,変身モードの低音の声までをシームレスにシフトしている。短いカットだが,声優・花江夏樹の技を見せつけられた感がある。オカルンから漏出した赤い霊力が,血糊のように教室中に飛び散っていく様も印象的だ。学校という日常の中に,非日常が混入しつつあることを予示しているようだ。
とはいえ,そこはやはり龍幸伸の『ダンダダン』だ。この直後には,オカルンとモモの普段の“ラブコメ”スラップスティックが展開される。
「可愛い」モモを意識してつい距離をとってしまうオカルン。逃げるオカルンを猛ダッシュで追いかけるモモ。オカルト要素から恋愛&コメディへ。この情報の密度こそが『ダンダダン』の魅力だ。そしてアニメはこの点をとてもテンポよくまとめている。
テンポと言えば,本作では鏡等の反映を利用したカットが多用されている点も興味深い。オカルンに避けられていることをモモがミーコに愚痴るシーンを観てみよう。
モモはミーコの背後から話しかけている。ここでミーコの手鏡を小道具として使うことで,モモの主観視点のカットからモモの表情カットまでをカメラの切り替えなしで繋げ,小気味のよいスピード感を生み出している。実にスマートなカット構成だ。
ちなみに鏡状の物体の反射でカットを構成する演出は第04話「ターボババアをぶっ飛ばそう」でも見られたが(下記のリンクを参照),これに関して山代監督は以下のように語っている。
例えば,「ある人物の目の前に水の入ったコップが置かれる→それを見た人物の表情を見せる」という展開があったとします。これを二カットに割るのではなく「反射する机の上にコップが置かれ,机の反射を通して対面の人物の表情を見せる」など,二つ以上の展開を一カットで処理すると,同じ情報量を短時間で描写することが可能で,映像に“密度感”が出ます。 *2
この発言からもわかるように,龍は鏡を始めとした多様な演出を駆使することで,コマ割り中心のマンガの構成を効果的にアニメーションに落とし込もうとしている。アニメ『ダンダダン』が極めて計算された作りになっていることがわかるだろう。細部まで分析し尽くす価値のあるアニメということだ。
奇行種・アイラ
最後に,本話数の主役でもあるアイラにまつわる描写を追っていこう。佐倉綾音の見事な演技力も相まって,すばらしいキャラ造形に仕上がっている。
階段の踊り場で独り,金(の)玉を宙にかざすアイラ。
アイラの手の形(上図・左)を冒頭のターボババアの手の形と重ね合わせているのが心憎い。そしてこの時のアイラの「金の玉!!」という短いセリフが,すでに彼女の“電波ぶり”をよく表している。
ターボババアの落とした金(の)玉をアイラが拾う回想シーン。
頭上から落ちて来た金(の)玉に虚をつかれたからか,アイラは自分が「美少女」であることを一瞬忘れ,「いったー!!ハラ立つー!!」のセリフが野太くなってしまう。この際の佐倉の演技がうまい。花江と同様,彼女もピッチの高い美少女系から野太いガラッパチ系まで,その演技の振れ幅が広い芸達者な役者だが,それがアイラのキャラに深みを与えている(このタイミングで画面右下に挿入される「第6話 ヤベー女がきた」 のサブタイトル(上図・右)も作為的で面白い)。キャラ造形という点に関して,花江夏樹と佐倉綾音の貢献度は極めて高い。ここに若山詩音の奔放なギャル演技が加わることで,メインキャラクターの演技の厚みが増していると言える。的確なキャスティングだ。
地面に落ちた金(の)玉をアイラがポケットにしまうカット。この際の所作の作画がまた格別に面白い。
カメラがアイラの背後から近づき,金(の)玉を持つ手にクロースアップしていく(上図・上)。地面を動かしてカメラの“揺らぎ”を表現することで,曰く言い難い不穏感を生み出している。その後,金(の)玉をポケットにしまうカット=回想から,ポケットの上から金(の)玉をアイラの手がゆっくりと撫で回すカット=現在までをシームレスに繋げているのが面白い。またモノがモノだけに,実に意味深な所作でもある。
友達にロザリオ(ライター)などの“悪魔祓い”の小道具を用意させるアイラ。
他のクラスメイトに見つかり,アイラは美少女と電波的奇行種とを目まぐるしく演じ分ける。佐倉の演技とアニメーションのテンポ感がとても小気味よい。
授業中にもかかわらず,これ以上ないというくらい真剣な面持ちで金(の)玉を撫で回すアイラ。
この物体の正体を知っている僕らからすれば,まさに奇行という他ない。これもアニメオリジナルのカットだが,奇行種・アイラのキャラをいっそう際立たせている。
校庭にアクロバティックさらさらを認識するアイラ。
ターボババアの際の真紅と比べるとピンク色に近い空間色を用いている(第07話「優しい世界へ」で明らかになるが,この色はアクロバティックさらさらが人間だった時代に身売りをしていた際の色に対応していると思われる)。学校という日常に生じたこの唐突な色彩変化は,上述のオカルンの変身シーンと対応している。
ロザリオ(ライター)でモモを“悪魔祓い”しようとするアイラ。
ロザリオ(ライター)では効かないと判断したアイラは,金(の)玉の力でモモを祓おうとする。金(の)玉を高々と掲げるカット(上図・右)はアニメオリジナルだが,これもアイラの“奇行種”キャラの強度を高める名カットである。
その後,アイラは唐突に現れたアクロバティックさらさらに拉致される。
日常色からピンクへと変転する空間。原作でも見開きで描かれている印象の強い画だが,背景の倉庫やカメラの起き位置などによって,アクロバティックさらさらの巨大感が強調されている。ここから,舞台は一気に戦闘モードへと転じ,前半の日常シーンとはまったく異なるテンポ感に変わっていく。
アクロバティックさらさらに捕獲されたアイラは,モモに共闘を持ちかける。この際の芝居も面白い。
アクロバティックさらさらの全身と後景のモモを収めたロングショットの中で,小さく写されたアイラがロザリオ(ライター)を掲げながらカクカクとした動きで芝居をする(上図・中)。実に楽しい“奇行”だ。この後のモモの「なに言ってんだてめえは」というツッコミセリフもがっちりハマる。
結局オカルン,モモ,アイラを平らげたアクロバティックさらさらは,最後にターボババアと対峙する。
ターボババアのマスコット性とアクロバティックさらさらの醜悪さのコントラストが凄まじい。そしてラストシーンには,このターボババアのイカした芝居が挿入される。
アクロバティックさらさらが吐き出したロザリオ(ライター)を足でとめ,1アクションで蓋を閉める。得意げな表情が愛らしい。これもアニメオリジナルのカットだが,原作のターボババアのキャラ風味をうまく引き出している。ターボババアで始まり,ターボババアで終わる話数であった。
さて,次の話数ではいよいよアイラとアクロバティックさらさらをめぐる“真実”が語られる。間違いなく本作序盤の“見せ場”の話数となるはずだ。どんな演出技が繰り出されるか。お手並み拝見といこう。
作品データ
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【スタッフ】
原作:龍幸伸/監督:山代風我/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/音楽:牛尾憲輔/キャラクターデザイン:恩田尚之/宇宙人・妖怪デザイン:亀田祥倫/色彩設計:橋本賢,近藤牧穂/美術監督:東潤一/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/アニメーション制作:サイエンスSARU
【キャスト】
モモ<綾瀬桃>:若山詩音/オカルン<高倉健>:花江夏樹/星子:水樹奈々/アイラ<白鳥愛羅>:佐倉綾音/ジジ<円城寺仁>:石川界人/ターボババア:田中真弓/セルポ星人:中井和哉/フラットウッズモンスター:大友龍三郎/アクロバティックさらさら:井上喜久子/ドーバーデーモン:関智一/太郎:杉田智和/花:平野文
【第06話「ヤベー女がきた」スタッフ】
脚本:瀬古浩司/絵コンテ・演出:福井のぞみ/副監督:モコちゃん/演出補佐:藤倉拓也/総作画監督:羽田浩二/作画監督:[White Line]:チャ ミョンジョン,[Fincrossed studio]:葛歡,馮亦範/[GKセールス]:樋渡亜湖,吉川美悠,斎藤春輝,何烨,黄斯琴,张坤昊,陳亮,千影/作画監督補佐:マッケルゴ ニック,羅雄韜,甘浩天,神林荘汰,李志龍,吉岡春野,[White Line]:ク ジャチョン/サブキャラクターデザイン: 野田猛
原画:江端恭平,甲田秀人,百藤,早野正樹,MATSUMURA R MAKOTO,T 若恬,羅雄韜,石井晴偉,曽信雄,丘城鋭,神谷美也子,加藤大輝,[White Line]:クォン ヒョンエ,[杭州神在動画]:齐兴邦
この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。
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