アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメ『ガールズ&パンツァー』レビュー:単離された“ミリタリー”の魅力

※このレビューはネタバレを含みます。 

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公式HPより引用 ©GIRLS und PANZER Projekt

http://girls-und-panzer.jp/

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 4.5 3 3
独自性 普遍性 平均
5 4 4.35
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

Wir nur einmal lugen.

英題(?)は“GIRLS und PANZER”,制作委員会の名称は“GIRLS und PANZER Projekt”,劇場版の声優にジェーニャを起用するなど,近年,アニメ業界に“間違いだらけの○○語”が蔓延する中,各国語の監修に関しては比較的慎重で丁寧な作品である。

ならば,なぜ“GIRLS”なのか。なぜ“メートヒェン&パンツァー”ではないのか。なぜ英語とドイツ語を並列するのか。

僕はこの“GIRLS und...”というハイブリッドな表記が,この作品が“どんな嘘をつくのか”の告知を行っているのだと思う。つまり,言語に関しても,戦車の知識に関しても,音の作りに関しても,徹底的に事実に基づいた作り込みをするが,主人公である“女の子”については,逆に徹底的に嘘をつく,という態度表明だ。

単離された“ミリタリー”

世のミリタリーオタク・戦争映画オタクを唸らせるほどの作り込みをしておきながら,主人公は女子高生。しかも,どんな乱戦をしても一切ケガをしない。アザのひとつすらない。もちろん死にもしない。日本のアニメが“日常系”というジャンルの中で培養してきた,生老病死を連想させない“女の子”の造形である(以前『がっこうぐらし!』のレビューで「アホ毛は死なない」という書き方をしたが(『がっこうぐらし!』評「ゆるふわ彼女の見ている“日常”は」参照),それに「アニメJKの太ももはアザにならない」を付け加えてもいい)。

僕はこうした設定が,現代日本におけるミリタリー趣味の本質を表していると思う。死や負傷から安全に単離された“ミリタリー要素”。それは戦争の現実を連想させないだけに,ホビーとしての純度を増した純日本産の文化趣味のあり方であり,「戦車道」というユニークな表現の中にそれは見事に表されている。「戦車道」と「華道」を接続する五十鈴華のキャラは,現実の戦争につきまとうマチスモをきれいに霧散させる存在感を持っていると言える。

死をいかに描かないか

それは大塚英志が手塚治虫の中に見い出した,「記号的でしかありえない表現が現実の死をいかに描き得るか」*1という実存的な問いかけからは,あっさりと訣別している。このような価値観は,手塚のような戦中世代の作り手には理解しにくいかもしれない。しかし,戦中・戦後から時間的距離を置いた現代だからこそ可能な趣味のあり方として,むしろ評価されるべきだと僕は思うのだ。

それは死を忘却することではない。そうではなく,本来死をもたらすものであったはずのテクノロジーに,死以外の価値を積極的に見いだすという“発見”である。僕ら現代日本人が,比較的長い平和の時代の中で見いだした,貴重な文化的発明品である。

*1:大塚英志『キャラクター小説の作り方』p. 147。星海社新書,2013年(2003年の講談社現代新書版を底本とした改訂版)

アニメ『宇宙よりも遠い場所』レビュー:ざまーーーみろーーー!!!

※このレビューはネタバレを含みます。 

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公式HPより引用 ©YORIMOI PARTNERS

yorimoi.com

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4.5 4 5 4.5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 4 5 4
独自性 普遍性 平均
3 4 4.2
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

見たことも聞いたこともある世界に非日常を

女子高生が南極に行けるわけがない。

しかし,だからこそ物語が生まれる。だって僕らはこれまでにも,年端もゆかぬ少年少女たちを天空の城に打ち上げたり,終末世界に放置したり,奈落の底に放り込んだりしてきたではないか。あり得ないゴールを設定するからこそ,アニメはダムの決壊のような突き抜けるエネルギーを表現することができる。分厚い定着氷を打ち砕く意志を表明することができる。

この作品は,そうしたわくわくするような冒険譚を現代日本の“リアルな”世界の上で成立させた。本来,架空の世界を設定した方が作りやすいはずの冒険世界を,時に偶然や無理や非合理を盛り込みながら,僕らが見たことも聞いたこともある日常世界の上で成り立たせた。だからこそ,この作品を観た僕らは,親しみを抱きつつ夢見ることが出来たのだ。

冒険への渇望,不在の母といったモチーフの共通点から,2017年放送の『メイドインアビス』と比較する人もいるかもしれない。『メイドイン~』が冒険を異世界で成立させるという古典文法に則ったのに対し,『宇宙よりも~』はそれを現実世界で成立させるという新手法を用いた。ひょっとしたら,これからの冒険ものの新しいスタンダードとなるかもしれない。  

カジュアルで強い絆 

若者たちの心の成長を主軸に置いたのもよかった。南極に行くメンバーたちが,クラスメートや幼馴染みでないことが大きなポイントだ。互いの心の中を読めてしまう関係や,好んでもいないのに毎日顔を合わせる関係は,時として息苦しい閉塞感を生む。彼女たちはその閉塞感から脱するかのように,「南極に行く」という目的だけを共有した関係を築く。それは深くはないが風通しの良い関係であり,SNSで趣味の合う者同士がフォローし合うような,すぐれて現代的な関係だ。それをある世代の人たちは「軽い」とか「浅い」とか言うかもしれない。しかし,“しがらみ”よりも“目標”で紡がれた友情の方が,力強い時もあるのだ。そうして,彼女たちは“友”というものの新しい意義を見出す。

閉塞的な日常から透徹した自然へ

画作りの丁寧さも際立っている。家の中や学校の教室やホテルの部屋などは暗いトーンで描かれ,鬱屈した雰囲気を演出している。一方で,南極のシーンは四方八方へ突き抜ける様に広々と描かれ,そこに到達した彼女たちの心が解き放たれたことが美しく演出される。

第8話,船酔いに苦しむ主人公たちが船外に飛び出るシーンも印象的だった。本来なら恐ろしいばかりの夜の荒波のシーンに,『One Step』というカラっと明るい歌を挿む。大自然に果敢に挑む女子高生たちの底抜けの明るさを綺麗に描いた,素晴らしいシーンだった。

親しいけれども閉塞的な日常から,厳しいけれども透徹した自然に飛び込む,この爽快感。

そんなことが出来る女子高生はいないかもしれないし,そんなことを可能にしてくれる人も組織もいないかもしれない。しかしだからこそ,アニメという媒体がフィクショナルな“日常”を生み出し,僕らに極上の冒険を楽しませてくれるのだろう。

アニメ『リズと青い鳥』レビュー:ハッピーアイスクリームは,ハッピーエンドに。

※このレビューはネタバレを含みます。

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公式HPより引用 ©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会


liz-bluebird.com

 
キャラ モーション 美術・彩色 音響
4.5 4.5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 3.5 3.5
独自性 普遍性 平均
4.5 4 4.3
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

音と心

冒頭,「リズと青い鳥」の物語の導入後,みぞれと希美が音楽室で練習を始めるまでの音の情報量がとてつもない。

軽やかなBGMが流れ始める。
2人の足音がメトロノームのようにリズムを刻む。
音楽室に入り,静かに演奏を始める。
しかし,みぞれのオーボエと希美のフルートのピッチが微妙に合わない。

ここまで数分間。すべての音が音楽的に意味を持っていて,1音たりとも聞き逃してはならないと思わせるほどに説得力を持っている。言葉を用いず,音と絵で主人公たちの関係性を語る。映像作品として百点満点の導入部だ。

足音だけでシーンを成立させるというような手法は,作家性が優先されるヨーロッパ映画などでは珍しくないかもしれない。例えば,ホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』(2007)を思い出す人もいるかもしれない。人物たちが街中をひたすら歩き,ひたすら風景が変化し,ひたすら足音が鳴り響く。ストーリなどという無駄なものは語らない。映画的贅沢だ。しかしこの贅沢を,山田尚子は娯楽性が重視されるはずの劇場アニメーションでやってのけてた。しかも「これはアートです」などという押しつけがましい構えでもなく,主人公達の心情にピタッと重なり合わせる絶妙な演出によってだ。

 補色

もちろん画作りも素晴らしい。TV版『響け!ユーフォニアム』でもそうなのだが,人物の瞳には補色が差し色として入っている。例えばみぞれの赤い瞳には青,希美の青い瞳には赤,というように。このような絶妙な色のコントラストの出し方が実に心地よく,「リズと青い鳥」のリズと青い少女の髪の色や,彼女たちを囲む花の色にもそれが表されている。しかもこれだけのコントラストを作りながらケバケバしい不協和音にならないのは,卓越した色のバランス感覚あってのことだろう。

さらにこのビジュアル上のコントラストは,「リズと青い鳥」の世界と学校内の世界との対照性や,みぞれと希美の性格の対照性へと敷衍されて行く。「世界名作劇場」風な「リズと青い鳥」の世界と,リアルな学校内の世界は互いに異質だ(みぞれが物語の世界にふけっている時に突如鳴り響くチャイムの音は冷酷ですらある)。みぞれと希美の心は,彼女たちの瞳の中の色のように,互いに溶け合うことがない。

 disjointからjointへ

しかしどれだけコントラストが強くとも“不協和音では終わらない”というのがこの作品の信条らしい。リズと青い少女との関係性は,新山先生のアドバイスを受けたみぞれによって綺麗に了解され,異質だった物語の世界はみぞれの心の中に収まる(そして僕らは彼女の奏でる音に泣かされる)。みぞれと希美の心情は最後まで曖昧だが,「ハッピーアイスクリーム」は,彼女たちの心がやがて1つになることをはっきりと暗示する。脚本の吉田玲子は「ストーリーも希美の気持ちに決着が着く最後までは描いていませんが,二人の幸せを願うラストになっています」と述べ(劇場プログラムのインタビューより),それに対し山田も「そうですね。物語は,ハッピーエンドがいいよ……」と答えている(同上)。どれだけすれ違っても,そして何より,同性であるというハードルがあったとしても,2人の“disjoint”は“joint”に変化する予感に満ち溢れているのだ。

この作品は,“女子高生の百合設定”という,主に娯楽として消費されがちなモチーフに真正面から取り組んだと言える。山田達の想いは紛れもなく真摯で真剣だ。吉田に「10年後のみぞれと希美はどうなっているんでしょう?」と聞かれた山田は,「(恋ではなく)『愛』で成り立っているのを願ってやまないです」とはっきり答えている(同上)。

どうだろう。ひょっとしたら,ハッピーエンドとプラトニックラブの両立に懐疑的な現代人は多いんじゃないだろうか。もしあなたがそうなら,この作品に1つの解を求めることができるかもしれない。

アニメ『メイドインアビス 』レビュー:愛らしい“狂気”に導かれて

※このレビューはネタバレを含みます。 

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公式HPより引用 ©2017 つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス製作委員会
キャラ モーション 彩色 音響
5 5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 5 5 5
独自性 普遍性 平均
4 5 4.8
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

マンガ原作既読。

“下降”というエンターテインメント

“上昇”ではなく“下降”によって真実に近づく物語にはそれなりの系譜がある。ダンテ『神曲』,クリスファー・ノーラン『インセプション』,新海誠『星を追う子ども』,庵野秀明『エヴァンゲリオン』などなど。“下降”には暗さや圧迫感などが伴うので,“上昇”よりも息の詰まるような世界観になるだろう。原作者のつくしあきひとは,これに「上昇負荷」というユニークな掟を追加することで,下降運動を一層シビアなものにした。この設定だけでも十分に面白い。

リコ=深淵を志向する力に導かれるレグ

しかしそれ以上に面白いのは,この世界設定の上で活躍するキャラクターたち,とりわけリコとレグの造形である。

「リコがあそこまでアビスの底に執着する理由がよく理解できない」という意見を目にすることがあるが,実はそれはリコを通常の意味での“主人公”だと考えることから来る誤解である。

原作者のつくしあきひとによれば,この物語の主人公は元々1人の少年だったのだが,後にレグ=主人公(読者の感情移入先)+リコ=物語の推進役という別々のキャラに分割されたという経緯がある。レグは記憶を失っており,この世界のあらゆるものが新鮮さと驚きに満ちている。つまり読者の目線に近い。一方リコは,ある種の「アビス中毒」であり,「唯一にして最大の娯楽が目の前にあるので,どれだけ危険な目に遭おうが[…]心の底から楽しんでいる」(Febri VOL.44「特集メイドインアビス」より)。つくしのリコの形容は実に言い得て妙だ。いわく「リコはワクワクする自殺を選んでしまう子」(同上)。つまり,レグを冒険へと誘うリコには,一般的な意味での主人公が内面に抱える合理的な動機というものはほとんどないのだ(「お母さんに会いたい」というのは,お母さん自体が「殲滅のライザ」というアビスの冒険を象徴する存在だからに過ぎない)。その意味で,リコの行動原理は首尾一貫している。

むしろ,リコはアビスを志向する純粋な“力”と言っていいのかもしれない。アビスの呪いに立ち向えるこの唯一無二の“力”に支えられて,何も知らない主人公レグがタブラ・ラサを埋めていく。そういう物語なのだ。

アニメの続編が決定しているが,原作はまだ完結していない。これからしばらく僕ら=レグは,リコという愛らしい狂気に導かれて冒険を続けることになる。実に楽しみだ。

 

メイドインアビス Blu-ray BOX 上巻

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メイドインアビス Blu-ray BOX 下巻

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メイドインアビス 1 (バンブーコミックス)

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アニメ『さよならの朝に約束の花をかざろう』レビュー:母であること,別れの宿命

※このレビューはネタバレを含みます。

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公式HPより引用 ©PROJECT MAQUIA

sayoasa.jp

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4 4 5 4.5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 3 4.5
独自性 普遍性 平均
3 4 4
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

3つの時間

「大きな物語」共有の時代が終わり,個々の小さな物語が日々消費される現代,物語に対する目はむしろ厳しくなったかもしれない。設定の整合性,ストーリーの面白さ,テンポの良さなどが評価軸の中心に据えられる。そんな時代の中,岡田麿里はあえて「母性」という情緒的なテーマを伝えることに舵を振り切った。これを岡田は,「流れる時間の違い」というファンタジーで成し遂げようとしている。

評論家の藤津亮太も指摘するように,この作品は「人間の時間」「国家の時間」「神話の時間」という3つの異なる時間が流れている。*1

「人間の時間」と「国家の時間」は,「人の歴史」という物語を生み出す(王から王子へさらにその子へという時間の流れ)だろう。しかしこれはよくあることである。さらにそこに岡田は「神話の時間」を付き合わせることによって,「絶対的な別れ」という宿命を生み出した。この「歴史」と「別れ」という設定のもとで,「母」はどう語られるのか。

母であること

「歴史」の中で自然に生まれた母=ディタと比べ、「別れの宿命」の元に置かれた母=マキア,レイリアは明らかに特殊だ。片や,時間がずれているばかりか血のつながりもない母子。人間とペットとの関係と本質的に同じであることが容赦なく暗示される。片や,血はつながっていても人の世界にとって異分子とみなされる母子。母ばかりか,子までも残酷に排除される。ではこれらの「母」のあり方は異常なのだろうか。

これに対する岡田の答えは意外とシンプルなのだろう。つまり「すべては同じ母性である」と。人種や住む場所ばかりか,時間すらも超越した普遍性が母性にはある。ややもすると押しつけがましいこの主張を,岡田はファンタジーという形式を借りて残りなく表現しようとした。一見この映画のストーリーは荒削りだったり説明不足だったりするのだが,岡田の主眼はそこにはなかったということなのだろう。設定や展開よりも,伝えたい思いを優先する。そんなエネルギーが感じられもした。

別れの宿命

そしてこの映画は,母性という圧倒的な絆の映画であると同時に,別れの映画でもある。

マキアとレイリアは人間の世界と決別し,神話の時間に戻ることを選ぶ。マキアはエリアルの死に際に立つことで,人との「別れ」と対峙することを選ぶ。バロウという人物の造形も興味深い。彼は人間とイオルフのハーフ(実は公式設定では長老ラシーヌと異母きょうだいの関係にあり,よく聞くとそれを思わせる台詞回しがある)である。マキアと再会した時にターバンを外した彼は,マキアに「人の世界で生きる」可能性を提示したのだろう。しかしマキアはそれを選択せず,別れを反復することを選択したのだ。

人と強くつながることを選び,人と永遠に別れることを選んだ,悲しい少女たちの話。

 

最後に,長くなるが,ラストカットに関する岡田の言葉を引用しておきたい。

ラシーヌが『イオルフは、里の外に出て人と出会うことで傷ついてしまう』と言うのは、バロウを見ても感じたことだと思うんですよ。それでも、みんな外の世界を見たいという気持ちは強い。今回は、外に出て汚れることになっても出会っていきたいのか、という話でもあって。外の世界に触れていかないと、という点はメザーテの(古の獣の)レナトが赤目病で死んでいくというところにも繋がっています。出会いも別れも、どちらも必要で……循環していかないと、というか。ラストカットの1枚絵は未来のイオルフの里。生き残っていたイオルフたちも戻って来たのですが、外の世界とも繋がったことで(血が混ざり)、いろいろな髪のイオルフが暮らしている。長寿は続いていかないだろうけれど、より豊かな場所になっているんだろうなって。あの絵は、そういう思いを込めたものなんです。*2