*この記事は『モブサイコ100 Ⅲ』「08 通信中② 〜未知との遭遇〜」のネタバレを含みます。
第1期(2016年)と第2期(2019年)に続き,大きな注目を集めているONE原作/立川譲総監督『モブサイコ100 Ⅲ』。特に先日放送された「08 通信中②〜未知との遭遇〜」は,宇宙人との遭遇という突飛な物語として元々人気があった上に,第2期の伝説回「05 不和〜選択〜」を担当した名アニメーター・伍柏諭が腕を振るったとあり,SNSでも大いに話題となった。BパートのUFO内のシーンもさることながら,Aパートの暗田トメを中心とした繊細な演出が光る名話数である。詳しく見ていこう。
トメちゃんの憂鬱
物語は,犬川,猿田,雉子林ら「脳感電波部」の部員が暗田トメをUFO探しに誘い出し,「泥船山」山中に向かうところから始まる。前話で部員たちのやる気のなさに嫌気が差して「脳感電波部」を解散していたトメは,誘いに乗りながらも少々テンションが低い。
冒頭,カメラは車外からトメのアンニュイな表情を写した後,車内へ移動して今度は斜め後ろから彼女を捉える。爪をいじる仕草からやや退屈気味な内心がうかがえるが,その表情は見えない。自然,視聴者はその表情を“想像”することになる。一度見せていた表情をあえて隠し,手の仕草だけで心の動きを示す。視聴者にトメの心情を伝達すると同時に,その読み込みをも促す上手いシーンだ。
その後,一行は車を降りて徒歩で移動するが,早々に道に迷ってしまい,やがてトメと部員たちは言い争いを始める。UFO探しに対する自分の真剣な気持ちを理解しない部員たちに,トメは感情を抑えきれなくなる。
トメの背後から写したカットは,トメ,竹中,犬川,猿田と山の木々が画面に対して斜めに描かれており,山道の複雑な傾斜とも相まって,画面全体に不安定感を漂わせている。テレパシストであることを疑われた竹中の苦々しい表情と,トメの感情の昂りを前に動揺した犬川の表情もいい。
「真剣な気持ちを踏みじにられた私の気持ちなんて,アンタ達にはわからないのよ…わからないのよ!」と叫びながら感情を爆発させるトメ。ちょっとした“トメサイコ100”の図だ。カメラはその悲痛な表情を捉えた後,にわかに上昇して俯瞰から全員を捉える。山中にトメの声と鳥の羽音が響く。地形をうまく利用した構図とカメラワークによって,言い争いの緊迫感が的確に描き出されている。
トメちゃんの高揚
トメは「帰る!帰ります!」と言ってうずくまり,その場を動こうとしない。しかしモブが「トメさん,一緒に歩きましょう」と声をかけると,「わかったわかった。歩けばいいんでしょ!」と言って山道を進み出す。今泣いた烏が,というくらいの変わり身の速さだが,この後のトメの描写がとてもいい。
環境音に代わって軽快なBGMがインし,一行はまるでハイキングでもするかのように山頂を目指す。ここでもカメラはトメの表情を写さず,吊り橋で小走りになったり,廃線の線路の上を軽快に歩いたり,草葉に手を触れたりする仕草だけを捉えることで,“本当は部員達と楽しい思い出作りをしたい”という彼女の本音を描き出している。なお,このようにトメが山登りを楽しむ描写は原作にはなく,この一連のシーンはアニメオリジナルである。
ハイキング気分を楽しんでいたトメは,部員らが本当にUFO探しをしようとしていることに気づく。ここでカメラは改めて彼女の憂鬱な横顔を捉える。
トメはUFOとの交流という自分の「妄想」に部員たちを巻き込んでしまったことに罪悪感を抱いている。それに対し,竹中と部員らは自分たちが「本気」であることを熱く語る。
この時,カメラはトメの背後からトラックアップし,山頂の全員を捉える。先ほどの山中の斜めの構図と違い,こちらは全員が地面に対して垂直に立つ構図になっている。トラックアップによる画面の“凝集”と垂直の安定感が,彼らの心が一つになりつつあることを示しているようでもある。
この後,彼らはモブの超能力の力を借りて本当にUFOを本当に呼び出し,「世界観」があまりにも違いすぎる宇宙人と遭遇し,UFO内に案内される。
“部活”の思い出(そして霊幻さんの退屈)
はたして,UFOの内部は「脳感電波部」の部室とそっくりの風景だった。「未知との遭遇」とは言っても,SF超展開になるわけではなく,結局は“日常風景”に帰るというところがいかにも『モブサイコ100』らしくて面白い。
トメと部員たちは,宇宙人との交流という願望を叶えると同時に,部活の思い出作りをもかなえた。このシーンにおける本作ならではのポップなーーそして少々猥雑なーー色彩設計は,これまでどちらかと言えば燻った印象のあった「脳感電波部」の思い出作りが,この上なく華やかな形で成就したことを示している。
その一方で,唯一の“大人”である霊幻は彼らの姿を眩しそうに見やりながら,山中に置いてきたレンタカーのことを気にかけてしまう。トメたちのポップカラーの青春の一幕と,霊幻の力の抜けた表情。このなんとも言えない脱力感のあるコントラストも『モブサイコ100』らしくて実にいい。
かと思えば,犬川“拉致”時に登場するモンスターの背動バリバリの疾走シーン(上図はAjin-進の原画)など,アクション的にも見応えのある画を挿入してアニメファンの目を楽しませるところも憎い。
伍柏諭の技
台湾出身の伍柏諭は,『Fate/Apocrypha』(2017年)の「22 再会と別離」,及び,先述した『モブサイコ Ⅱ期』(2019年)の「05 不和〜選択〜」の単独演出によって,日本のアニメファンの間で名を馳せたアニメーターである。
どちらかと言えばアクション中心だったこの2つの話数と比べ,今回見てきた「08 通信中②」は日常芝居が中心だ。作画カロリーは相対的に少ないのではないかと思われるが,その分,繊細な演出技術が映えた。その意味でも,伍の新たな側面を垣間見ることのできる貴重な話数だったと言える。
ちなみにキャラクターデザイナーの亀田祥倫によれば,伍は第2期5話で絵コンテをある程度ラフに仕上げ,各アニメーターの采配に任せる手法をとっていたらしい。*1 今回の第3期8話も同様の手法をとったと推測される。ちなみに伍自身も,『Fate/Apocrypha』22話の制作に関して「それぞれのアニメーターごとの作家性や得意分野をイメージしながら,カットごとに当て書きのような形で絵コンテを進めていきました」と言っている。*2 アニメーターの個性を最大限に発揮させるアニメ作り。おそらくこの辺りが伍柏諭演出の魅力の源泉なのだろう。
ちなみに亀田によれば,第1期と第2期では総作監制をほとんど機能させておらず,各話演出担当に采配を任せる体制だった。一方,第3期では「シリアスな展開が続くので,絵柄に差がないほうが内容が入ってきやすい」などの配慮から,亀田が総作監を担当し,作画の統一感を図っているらしい。*3 特に今後の「最終章」からは一気にラストまで駆け抜けることが予想されるため,今回の第8話のような,アニメーターの個性が炸裂した日常回は最後になるかもしれない。
さて,諍いを起こしながらも「脳感電波部」が成し遂げた青春の“思い出パワー”は,この後の「最終章」において,主人公モブの“思い出パワー”へと引き継がれていく。アニメ班の技を堪能しつつ,この物語の結末を見届けようではないか。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど
【スタッフ】
原作:ONE/総監督:立川譲/監督:蓮井隆弘/シリーズ構成:瀬古浩司/キャラクターデザイン:亀田祥倫/美術監督:河野羚/色彩設計:中山しほ子/撮影監督:古本真由子/編集:廣瀬清志/音響監督:若林和弘/音響効果:倉橋静男,緒方康恭/音楽:川井憲次/アニメーション制作:ボンズ
【キャスト】
影山茂夫:伊藤節生/霊幻新隆:櫻井孝宏/エクボ:大塚明夫/影山律:入野自由/花沢輝気:松岡禎丞/芹沢:星野貴紀/暗田トメ:種﨑敦美/ツボミ:佐武宇綺/米里イチ:嶋村侑/郷田武蔵:関俊彦/鬼瓦天牙:細谷佳正
【「#8 通信中②〜未知との遭遇〜」スタッフ】
脚本:立川譲/絵コンテ・演出・作画監督:伍柏諭
原画:小堀史絵,林祐己,吉田奏子,佐藤利幸,佐竹秀幸,瀬口泉,土上いつき,山本健,荒井和人,五十嵐海,刈谷仁美,簑島綾香,久武伊織,中村七左,篠田知宏,橋本有加,AJin-進,Weilin Zhang,Blu Shade,Chris,Julian B,Vincent Chansard,Vercreek,myoun,BONO,Nogya,PPP
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