オタ録ブログ

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アニメ『ガン×ソード 』(2005)レビュー:愛すべきバカたちに

※このレビューはネタバレを含みます。

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公式HPより引用 ©AIC・チームダンチェスター/ガンソードパートナーズ

http://gunsword.info/

評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4 4 4 4
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4.5 4.5 4 4
独自性 普遍性 平均
3.5 4 4.05
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

「カギ爪」と非人称の世界 

「カギ爪の男」が実現しようとしていた世界は,〈平等と融合と微笑み〉の世界だった。彼は上下関係のない世界を実現すベく,自らを「同志」と呼ばせ,宇宙創生をやり直した後,すべての人類に自らの思想を共有させることを目指していた。その顔には,まるで楽園の少年のような笑顔が浮かんでいる。

この「カギ爪の男」の強烈なキャラクター性を考えた時,木村貴宏によるデザインは完璧だったと言っていいだろう。穏やかな眼差しの下には悠久の時の経過を思わせる深い皺。*1 肩まで流れる髪にはエキゾチックな髪飾り。およそ戦うことを知らぬように見える滑らかな撫で肩のシルエットと,常に子どもに語りかけるような穏やかな口調。そして,それらをすべて打ち消すような,不釣り合いなほどに巨大な黄金のカギ爪。キャストの堀内賢雄も,この異形のキャラクターを見事に演じ切っていた。

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木村貴宏による「カギ爪の男」のイラスト(第13話後提供より) ©AIC・チームダンチェスター/ガンソードパートナーズ

「みんなで同じ夢を見ればいい」という言葉の中には,彼の不気味な理想のすべてが象徴されている。彼の「夢」の中では,個人の具体的な幸せは捨象され,「幸福」という概念の元にすべてが抽象化されている。「間違えているから力で創り直す」というエゴの元に成り立つ,偽りの世界。それは確かに幸せかもしれないが,具体的な幸福への希求が一切存在しない,非人称の世界だ。だからこそ彼は,仲間である「オリジナル7」のメンバーが命を落としても(その中には実子であるウーも含まれている),眉根ひとつ動かすことがない。

『ガン×ソード』の登場人物たちは,そして僕らは,そんなディストピアの体現者である「カギ爪の男」を心の底から嫌悪する。完全なる平等には豊かな競争がないし,対立のない融合には個の幸せがないし,永遠の微笑みには涙がない。心の壁が存在せず,互いが永遠に承認し合う世界。『劇場版エヴァンゲリオン』のアスカの言葉を借りて言えば,そんな世界は「キモチワルイ」のである。12話で自分が談笑していた老人が「カギ爪」だと知り,「私と夢を見ませんか」という言葉の不気味さを本能的に感じ取った時のウェンディの表情は,アスカと同じく,個が互いに溶け合う不自然な世界への嫌悪感をはっきりと示していたのだ。

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12話より引用 ©AIC・チームダンチェスター/ガンソードパートナーズ

愛すべきバカたちに

ところが,22話における「デート」の際,「カギ爪の男」に再び「よろしければ私と夢を見ませんか」と問われた時,ウェンディは銃をしっかりと握った姿勢できっぱりと「それはできません」と拒絶する。彼女は生理的嫌悪感だけでなく,強い意志でディストピアに立ち向かうことを旅の中で学んだのであろう。彼女の強い表情は,単にディストピアを「キモチワルイ」と生理的に嫌悪し,“ごく普通の市井の人々”であることに甘んじるだけでは事足りないのだという決意を示しているようにも思える。それはちょうど,僕らが1995年の事件を起こした人々に対し「キモチワルイ」と拒絶しただけでは,何の解決にもならなかったのと同じだ。

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22話より引用 ©AIC・チームダンチェスター/ガンソードパートナーズ

「カギ爪の男」やオリジナル7たちとは対照的に,ヴァン一行の行動原理には高邁な理想や夢はなく,動機もバラバラだ。愛する人を殺されたために怒りで全身を塗り固めた男。とにかくムカつく女を引っ叩いてやりたい女。ただただ家族を大事にしたいだけの少年と少女。男を追いかける女。いつまでも“正義の味方”を忘れられない老人たち。彼らは『機動戦士ガンダム』のホワイトベースのクルーなどまだ可愛く思えるくらいの,とんでもない烏合の集であり,「カギ爪の男」らから見れば,あまりにも矮小で低俗な小市民である。一言で言えば,“IQが違いすぎて対話が成立しない”相手だ。

しかしどれだけ矮小で低俗であったとしても,僕らは小さく大きな決意を抱いた彼ら/彼女らに,かけがえのない価値を持った〈争いと涙〉を委ねたいと感じる。高邁な理想と理知で隠蔽されたディストピアよりも,低俗な欲望をむき出しにした小市民的世界を望む。それはひょっとしたら,1995年のあの事件のおぞましさを経験した僕らの感性に他ならないのかもしれない。

小さな人間たちの,小さな物語

だからこの物語のプロットを“ある男の復讐劇”とまとめるのは本当は正しくないのかもしれない。いわゆる“復讐の鬼”というキャラにふさわしいのは,主人公のヴァンではなく,むしろレイだ。“愛する人を殺した男への復讐”という同じ動機を共有しながらも,レイが徹頭徹尾孤独なままその目的に愚直に邁進していくのに対し,ヴァンは(不本意ながらも)仲間や市民の欲求に翻弄され続ける。キャラクターを2人に分割することで,片方に典型的な〈復讐の鬼〉の役を担わせ,片方には〈復讐の鬼というにはあまりに人間的な男〉という役を担わせている。確かに物語の冒頭は“孤独な復讐鬼ヴァン”といった体で始まるが,この物語の本質はむしろ,“復讐劇”という重苦しさを霧散させるような,後半の愉快なドタバタ劇なのだ。彼らはそれぞれ,自分が守りたいものを守るべく当たり前のように行動しているだけであり,それは市井の人たちが半径1メートル以内のものを守ろうとした,小さな小さな物語なのである。

そもそも『ガン×ソード』の企画は,「イメージリーダー」のまさひろ山根の「『男はつらいよ』みたいなロボットモノ」という漠然としたアイディアから始まった。*2 確かにヴァンの不器用なふるまいは,「寅さん」のような風来坊を彷彿とさせる。ウェンディやカルメンやジョシュアが引き起こすドタバタ劇も「とらや」の面々を思わせるものがある。谷口監督によれば,最終話に登場する館の内装は「とらや」のそれに似せたそうだ。まさにこの物語の結末にふさわしい舞台と言えよう。

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最終話より引用 ©AIC・チームダンチェスター/ガンソードパートナーズ

ところで,惑星エンドレス・イリュージョンは元々流刑星であり,「マザー(地球)」の監視者によって発展を抑制された未熟な星である。だからであろうか,マザーなき後も,この星には成熟した国家らしきものは存在していないようだ(だからこそ「カギ爪の男」らが付け入る隙があったのかもしれない)。やがて彼らの文明が成熟し,組織化と統制を担う為政者の存在が必要とされた時,果たして彼らの小さな物語はどう変質していくだろうか。抑圧された者,その組織化,力,その否定,戦争,そして平和。この大きなテーマは,やがて谷口監督の次回作『コードギアス』へと引き継がれて行くことになるだろう。

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*1:この〈目の下の皺〉については裏設定がある。木村は「監督や倉田さん(脚本の倉田英之)からカギ爪の生い立ちを聞いて,かつて涙が枯れ果てるるまで泣き続けたというエピソードから目尻に深いしわを何本もいれて,ある意味浄化されたかのような穏やかな顔つき,というラインに落ち着きました」と述べている。「ガン×ソード インタビュー」p.12。(『ガン×ソード』Blu-ray Box所収)

*2:同上,p.2