オタ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメ・マンガ・ゲーム・フィギュアを中心としたサブカル雑記

アニメ『やがて君になる』レビュー:“transfer”

        

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公式HPより引用 ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

yagakimi.com

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4.5 3.5 5 4.5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
5 5 5 4.5
独自性 普遍性 平均
4.5 4.5 4.6
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

※ マンガ原作は既刊6巻まで既読

 

エイロマンティック(人に恋愛感情を抱かない恋愛的指向)を自認する女子高生・小糸侑は,ある日突然,生徒会長である七海燈子から告白され,戸惑いつつもやがて心惹かれていくー

いわゆる〈百合もの〉の王道を行く物語だが,丁寧で緻密な(“論理的な”と言ってもいい)心理描写,舞台とキャラ設定の妙,劇中劇の効果的利用など,様々な点で他とは一線を画す作品であり,かつ「人を好きになるとはどういうことなのか」という本質的な問いに真摯に向き合った作品だった。

とりわけアニメでは,原作にはない象徴的な演出が多用されており,原作の魅力をより引き出すことに成功していたと言えるだろう。

〈森の奥〉という特別な場所

その1つが,本作の主要な舞台となる〈生徒会室〉の場所の設定である。

〈生徒会〉が登場するアニメは少なくない。そしてそのほとんどが,時に特権的であったり,時に奇異であったりと,他の部活動とは異質な場として描かれている。『やがて君になる』は,〈生徒会〉のこの異質性を〈森の奥〉というトポスで表した点にその独自性があると言えるだろう。とりわけアニメでは,原作にはない地図と森の中の移動シーンのカットを挿入することにより,普段の教室から〈森の奥〉への移動が一種のイニシエーションとして描写されているところが興味深い。

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生徒会室までの地図(第1話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

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森の道(第1話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

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森の道(第1話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

周知の通り,〈森の中を通り抜けると別世界がある〉という設定は,古来より物語表現の常套手段である。グリム童話『ヘンゼルとグレーテル』,村上春樹の小説『海辺のカフカ』,宮崎駿監督のアニメ『となりのトトロ』,森見登美彦原作・石田祐康監督のアニメ映画『ペンギン・ハイウェイ』と,有名作品だけでも枚挙にいとまがない。〈森の奥〉は日常世界から隔絶された特別な場所であり,そこには特別な存在が住み,そこでは特別な出来事が起こる。

さらに〈生徒会室〉の美術も特徴的である。まるで映画『西の魔女が死んだ』(2008年)に登場する「おばあちゃんの家」のような佇まい。床や窓枠の経年劣化は原作よりもはるかに細やかに描き込まれ,美しい“寂れ感”を強調した美術になっている。

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生徒会室(第1話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

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生徒会室(第1話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

〈生徒会室〉の大きな窓からは,美しい木々の緑と花が見える。さながら原始の楽園のような風景だ。この〈森〉と〈生徒会室〉という象徴的なトポスによって作られた一種の“異世界”で,小糸侑と七海燈子の密やかな関係は唐突に始まる。

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第1話より引用 ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

アニメならではのこの演出は,日常的な学園風景にわずかに幻想的なテイストを付与し,世界観に広がりと深みを与えたという点で大いに評価できるだろう。このシーンによって,侑と燈子の内面に特別な出来事が生じたことが確かに感じられるのである。

多声的な〈異世界〉

しかし一方で,そうした“異世界”が決して排他的な空間になっていない点も本作の大きな特徴だ。舞台が共学の高校ということもあって,生徒会には男子も含まれており,男子が恋愛対象になる可能性が排除されているわけではない。*1 教師や間接的な関係者も自由に出入りし,様々な人間関係が生じる可能性を秘めた,開かれた楽園。こうした,いわばポリフォニックな場において,燈子はあえて侑を選び,侑はあえて燈子の気持ちを受け入れる。彼女たちは〈女子校〉のような外的環境ではなく,自らの内的要請から恋愛対象を選ぶのである。おそらくはこうしたところに,性別や世代を超えた様々な人の感情移入を可能にする土壌があるのだと言えよう。 

〈植物〉の象徴性

もう1つのアニメオリジナルの演出として,〈植物の描写〉がある。もちろん原作コミックにも植物は登場するが,アニメの方が圧倒的に細部の描き込みの度合いが高く,とりわけ前述の森の中のシーンは印象深いが,何気ない日常シーンにおいても顕著である。少なくともTVシリーズアニメに関しては,植物の群生をここまでこだわって描いた作品も珍しいだろう。

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第3話より引用 ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

さらに,主人公2人の心情が動く決定的なシーンでは,必ずといっていいほど緑の葉が舞う様子が描かれるのも印象的だ。

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風に舞う木の葉(第3話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

こうした植物描写の利用には,いくつかの意味があるだろう。その1つは,もちろん〈季節感〉の演出だ。卒業式の頃の桜,入学直後の新緑,梅雨時の紫陽花など,四季に応じた植物描写の頻度は平均的なアニメ以上と言ってよいかもしれない。

 もう1つは,高校生たちの瑞々しく華やかな生の演出である。マンガと違い,鮮やかな色彩を演出に活用できるアニメ作品にとって,若々しい高校生活を緑や花々で彩る手法は専売特許と言ってもよい。

〈死〉のイメージ

ところが,植物の象徴性に関しては,上述のような躍動感とは対照的な要素がもう1つある。〈死〉の暗示だ。

オープニング映像では,彩り豊かな花々が咲き誇る映像の間に,それらが枯れる刹那のカットが挿入されている。また,侑と燈子が枯れ枝のように横たわる最後のカットも印象的だ。

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〈枯死〉のイメージ(OPより引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

さらに最終話の墓参り以降のシークエンスでは,〈死〉の暗示がより克明に描かれる。

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〈死〉の暗示(最終話より引用) ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

そもそもこの作品の大きなテーマは,〈最愛の姉の死〉に囚われる燈子の苦悩である。本作のクライマックスである〈生徒会劇〉は,当初,記憶喪失の主人公≒燈子が,他者の記憶をもとに〈過去の自分になる〉というプロットであり,〈姉になる〉ことがすべてであった燈子の心情に同期するものだった。しかしそれでは,燈子が〈死〉という過去に向かっていることを意味してしまうだろう。侑は脚本作者のこよみと相談し,主人公が過去の自分になるのではなく,〈今の自分を生きる〉というプロットに改編することを提案する。燈子の内面と劇中劇のシンクロナイズ,そしてその2つに能動的に関わり,積極的に変えようとする侑の決断。本作がもっともドラマチックに展開する部分である。

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最終話より引用 ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

〈最愛の人の死〉という過去に束縛されるのではなく,それを受け入れつつも,今とこれからの自分を生きる。最終話の駅のホームで踏みとどまった燈子は,おそらくそう決断することになるのだろう。そしてその時,未来へと歩む燈子に寄り添うのは間違いなく侑なのだろう。本作に登場する数少ない大人たちの中でも,理子と都の関係は,燈子と侑にとっての理想的な未来の可能性をすでに提示している。後は,彼女たちが自ら勇気を出し,自分たちに最適な未来を選択するだけなのだ。

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最終話より引用 ©2018 仲谷 鳰/KADOKAWA/やがて君になる製作委員会

 

先輩,そろそろ乗り換えですよ

最終話のラストカットに据えられた侑のこの言葉は,2人の人生の軌道がゆっくりと変化しつつあることを暗示していたのかもしれない。

 

様々な暗示に満ち,様々な解釈に対して開かれた素晴らしい最終回でアニメは結末を迎えた。僕らはこの結末に対し,様々に想いを巡らせながら余韻に浸ることもできるだろう。しかし原作はまだ続いている。そして2期の制作もそれとなく示唆されてもいる。とりわけ侑の想いに関しては,解釈をオープンにするよりも,はっきりとした結末を示してもらいたい。監督の加藤誠にはその責任がある。そして僕にはそれを要求する権利がある。何しろ僕は,Blu-rayを全巻購入したのだから。

やがて君になる(1) (電撃コミックスNEXT)

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*1:もっとも槙に関しては,他者の恋愛を“観客”として鑑賞することにしか興味がなく,本当の意味でエイロマンティックであり,恋愛ドラマの舞台に上がることが決してないキャラとして描かれている。堂島の極めて類型的な“チャラ男”としての設定は,決して恋愛対象になり得ないことを視聴者に示すに十分である。