アニ録ブログ

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劇場アニメ『海獣の子供』(2019年)レビュー:日常に折りたたまれた遙かなる世界

 ※このレビューはネタバレを含みます。

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公式Twitterより引用 ©2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会

www.kaijunokodomo.com

五十嵐大介『海獣の子供』(2006-2011年)を原作とするアニメーション作品。原作と同様,難解な展開や感覚的描写が多く,“賛否両論上等”と言わんばかりの貫禄を持った作品に仕上がっている。

 

作品データ

原作:五十嵐大介

監督:渡辺歩

制作:STUDIO4°C

(リンクはWikipediaの記事)

夏休み初日,中学生の琉花は部活で他の部員と諍いを起こし,クラスメイトとも大人ともうまくコミュニケーションがとれず鬱屈した状態にあった。そんな時,琉花はジュゴンに育てられたという不思議な少年「海」と出会う。彼に導かれ「人魂(隕石)」を目にした琉花は,やがて生命の神秘を具現する「祭り」をその目にすることになる。

ロゴスの外部

難解な印象にもかかわらず,実はこの作品の科学考証的な設定はシンプルだ。宇宙から飛来した「人魂(隕石)」が海に宿り,生命の源となる。作中に登場する詩の中にもその暗示がある。

星の,

星々の,

海は産み親。

人は乳房。

天は遊び場。

これは「パンスペルミア説」と呼ばれるもので,生命の起源にまつわる仮説の一つとしてしばしば議論されてきた。端的に言ってしまえば「地球の生命は宇宙から来た」というものである。

とはいえ,この作品の主眼が“パンスペルミア説による生命起源の説明”にあるのではないことは明白だ。むしろ,このような学説=言葉(ロゴス)で捉えきれないものが存在することをこの作品は繰り返し説いている。それは「鯨のソング」「風の声」「言葉で交わさない約束」といった,言葉で語り得ないものによって暗示される。そうした,いわば〈ロゴスの外部〉が,主人公・琉花の日常の内部と隣接している,いやむしろ,後者が前者を内包している。それを示そうとしたのが本作なのである。

琉花の世界の中の,海と空の世界

原作では,主人公・琉花に加え,母・加奈子,海と空,研究者のジムとアングラードや世界中で発見された「海の子供」など,様々な人物の生活や生い立ちが詳細に描かれ,それらが寄木細工のように複雑な世界圏を構成している。しかしこれらすべてを2時間の尺に収めるのは到底不可能だ。アニメでは,琉花を巡る世界に焦点を絞ることで,観客が追うべき視点をほぼ一人称的なものに限定している。これにより,〈瑠花をとりまく日常圏〉と〈海と空が象徴する生命圏〉という2つの世界圏が大きくクロースアップされることとなり,よりシンプルなメッセージ伝達を達成した構成となっている。

〈瑠花をとりまく日常圏〉は,瑠花の実家,町並み,水族館のバックヤードなどによって構成されている。これらの世界圏の特徴は〈狭さ〉である。瑠花と母が住む家はお世辞にも綺麗とは言い難い寂れた一軒家で,調度品やゴミの入った袋などが所狭しと置かれている。瑠花の住む町は,家並みや道路や踏切などが圧倒的な量の視覚情報で描写され,路地裏のような狭隘感を生み出している。父が働く水族館のバックヤードの通路も,人一人がやっと通れるくらいの狭さであり,実際,瑠花が何かの器具に頭をぶつけるシーンなどもある。

この〈狭さ〉に対比させられるのが,〈海と空が象徴する生命圏〉,つまり物理的世界としての海と空(宇宙)である。無論,これらは〈広大さ〉を意味している。そこは生命の誕生にまつわる謎が内包された世界であり,人の理性では理解できない神秘的な世界として描かれる。この作品の大きな特徴が,この〈日常圏〉と〈生命圏〉という2つの世界圏が突如として媒介される点にあることは言うまでもないだろう。

しかし実際,このアニメのメッセージは,この2つの世界の単純な対比にあるのではない。むしろ,狭い〈日常圏〉の中に広大な〈生命圏〉が侵入し,琉花の日常を改変してしまうところに,本作のダイナミックなメッセージがあるのだ。 

内に宿される世界

本作では,ファンタジーの常套であるところの“日常から非日常への脱出”という,外向きの運動が描かれることはあまりない。少なくとも,そこに主眼は置かれていない。むしろ顕著なのは,〈内へ向かう運動〉がモチーフとして反復されていることだ。それは,琉花が人魂=隕石を飲み込むシーン,巨大クジラが瑠花を飲み込むシーン,そして魚たちが光る魚を捕食するシーンとして表される。むろんこれらは〈受胎〉のメタファーでもあるが,同時に,〈世界の内包〉を象徴する儀式でもある。とりわけ瑠花は,飲み込まれた鯨の胎内で海そのものと空(宇宙)そのものを垣間見る。限りあるものの中に,無限の世界が宿されているという構図だ。

これと同じことは,琉花の体験そのものにも生じている。「祭り」において生命に関する神秘的な体験をした琉花は,再び狭い日常へと戻っていく。決定的なのは,終盤におけるアニメオリジナルのシークエンスだ。琉花は,冒頭で諍いを起こした部活仲間と路上で偶然再会し,言葉を交わさず心を通わせる。ここには広大な〈生命圏〉の体験を〈日常圏〉に持ち込み,〈言葉で伝わらないもの=ロゴスの外部〉を日常世界において追体験するという〈内へ向かう運動〉が象徴的に表されているのだ。

デデが琉花に言った「お前の小さなてのひらの中にある物語りにも,世界は姿を借りて潜んでいる」*1 というセリフは,本作におけるこの再帰的な運動を端的に要約していると言えるだろう。

こうして琉花は,〈生命〉という究極の広大な世界を内に秘めながら,狭い日常世界を生きていくことになるのだろう。ちなみに,この〈日常の中に折りたたまれた広大な世界〉というテーマは,近年のエンタテインメント作品の中でたびたび反復されるテーマである。例えば,2018年に映画化された森見登美彦の『ペンギン・ハイウェイ』(2010年)では,主人公の「アオヤマ君」に対し父親が「世界の果ては折りたたまれて,世界の内部にもぐりこんでいる」と言う。父を心から尊敬するアオヤマ君はこの言葉を受け,常に日常の中に「世界の果て」を見つけようとしている。

ここには「遥か遠くに行かずとも,身近に冒険はある」という〈希望〉に加え,ある種の〈不気味〉さが伴う。アオヤマ君は突如として無数のペンギンを発見し,謎の球体「海」に翻弄されることになる。『海獣の子供』の中でも,ある日突然浜辺に打ち上がられた大量の魚の死骸がこの〈不気味さ〉を表していた。

日常の中に折りたたまれているからこそ,少々不気味ではあるが,希望に満ちた遙かなる世界。この2作品以外にも,近年のストーリーテリングの中に散見される物語構造であろう。物語における〈不気味さ〉については,当ブログの以下の記事も参照願いたい。 

www.otalog.jp

〈崇高〉体験としての劇場アニメ

最後に,この作品の〈劇場アニメ〉としての価値について述べておこう。鑑賞された方の多くが感じたことと思うが,この作品にはエキサイティングなストーリー性はほぼ皆無だ。本作の醍醐味は,ストーリーそのものよりも,圧倒的な映像と音響を楽しむことにある。その意味で,是非とも劇場で鑑賞して欲しい作品,否,劇場で鑑賞しなければ意味のない作品なのだ。

蓮實重彥は,岡田秀則とのとある対談の中で,スマホで映画を観ることができる時代においてあえて「劇場で映画を見る意味」を問われ,以下のように答えている。

自分より見ているものが小さいと,軽蔑が働くんです。だから自分より大きいものだと,軽蔑がどこかで削がれるわけです。ですから,大きなスクリーンで見なければいけないと思いますね。*2

やや大げさな言い方になるが,劇場での映画体験は〈崇高さ〉の体験と言ってもいいかもしれない。〈崇高〉とは,ドイツのイマニュエル・カントらも論じた美学の概念で,壮大な風景などを前にした際に喚起される大きな高揚感を言う。『海獣の子供』において,琉花は「祭り」をまさしくこうした〈崇高〉として体験したはずであり,彼女と同じものを追体験するには,おそらく劇場という空間以外には考えられない。この映画はそのように作られている。

だからあえて言うが,数年後,この映画がTVで放映されたとしても,決して観てはならない。少なくとも,それを観てこの作品を評価してはならない。劇場での上映期間はまもなく終わるだろう。ネタバレを含む当レビューの読者諸氏はすでに劇場で鑑賞済みのことと思うが,これからという人は,どこかの劇場で再上映されるのを待つべきである。

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
3.5 5 5 5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 3 4.5
独自性 普遍性 平均
4.5 4.5 4.3
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

海獣の子供 (1) (IKKI COMIX)

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映画という《物体X》 フィルム・アーカイブの眼で見た映画 (立東舎)

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*1:原作では,このセリフは琉花本人が後年,孫に向かって話したものとして描かれている

*2:「蓮實重彥+岡田秀則対談 スマホ時代の映画体験」