アニ録ブログ

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TVアニメ『バビロン』(2019年)第1~3話レビュー:ダークホースはハケンに?

*このレビューはネタバレを含みます。

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公式HPより引用 ©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

babylon-anime.com

現在(2019年)上映中の『HELLO WORLD』の脚本家・野﨑まどの同名小説が原作。

今回の記事では第1話から第3話までの所感を簡単に認めておきたい。『ロード・エルメロイII世の事件簿』のレビューの際にも述べたが,僕はふだん各話毎にレビューを書くことはない。書くとすれば,あまりのクオリティの高さに驚き,黙っていられなくなった時である。

作品データ

(リンクはWikipedia,もしくはアットウィキの記事)

東京地検特捜部の検察官・正崎善は,部下の文緒厚彦とともに,厚生省が告発した「アグラス事件」を捜査していた。その最中,2人は押収した捜査資料の中に「F」の文字が大量に書かれた書類を発見する。その書類を作成した因幡という准教授を訪ねるも,彼はすでに麻酔薬で変死を遂げていた。この事件に,実験的行政区画「新域」の域長選挙に出馬する大物政治家・野丸龍一郎が絡んでいることを察知した正崎は,その後,文緒の自死と謎の女の暗躍に翻弄され,やがて人の心に潜む〈死の欲動〉という恐るべき現実を突きつけられることになる。

野﨑まどの跳躍

完全にダークホースだった。

失礼を承知で言うなら,制作スタッフの座組に派手さはない。鈴木清崇は『Infini-T Force』(2017年)に続き,本作が二度目の監督作品。「文芸担当」の坂本美南香は製作会社ツインエンジンの所属という以外はほとんど情報がない。制作会社のREVOROOTはツインエンジンの子会社だが,2016年創立という若い会社である。だからというわけでもないのだが,以前の「2019年秋アニメは何を観る?」の記事ではこの作品を敢えてピックアップしていなかったのだ。

www.otalog.jp

しかし僕はこの時,スタッフ一覧の中にあって不気味な異彩を放つ,〈野﨑まど〉という名に目をとめるべきだったのだ。

物語は『ひぐらしのなく頃に』(原作ゲームは2002年)を思わせる製薬絡みの事件と,それを追う正崎&文緒のバディの活躍から始まる。ここまではミステリーものとして穏当な導入であるが,第1話にしてすでに,絡み合う死者の毛髪のような「F」という文字塊で視聴者を仰天させてくる。

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第1話より引用 ©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

そこから物語は急展開し,文緒の謎の自死,謎の女の登場,『CHAOS;HEAD』(原作ゲームは2008年)の「ニュージェネ」を思わせる“集団ダイブ”シーンと次々と不穏な事件をたたみかけ,第3話は齋開化による「死の権利」という異常な思想信条の演説で唐突に終わりを迎える。

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第3話より引用 ©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

比較的ノーマルな事件の発生から始まり,一気に異常な思想信条の吐露まで繋げる。これを3話でやり遂げる跳躍力,野﨑まどという人のストーリーテリングだ。

思えば野﨑は,『正解するカド』(2017年)でも目も眩むような“超展開”を疲労していた。ややもすると置いてけぼりを食らう彼の跳躍力は,ミステリーである『バビロン』においてはかなり功を奏しているように思える。

第2話の衝撃:富井ななせのセンス

そして本作の魅力はストーリ―テリングの強さだけではない。その画作りと演出にも目を見張るものがあるのだ。

第2話は正崎が謎の女「平松絵見子」を聴取するシーンが中心である。第1話や第3話と比べると動きのある派手なシーンが少ないのだが,絵コンテ担当の富井ななせは,大胆なカメラワークとテンポでカットを繋げることで独自のスピード感を出すことに成功している。

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第2話より引用 ©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

このシーンは本記事を書くきっかけとなったものだ。人物を大胆に斜めに切り取りながらも,視線でカットの繋がりを保持しているのだが,最後にピントをずらしたカットを入れることで視線の繋がりを敢えて壊している(この時「平松」は空調の吹き出し口を見ているが,これはおそらく彼女の逃亡と奥田の死と関連があると思われる)。

これ以外にも,聴取の際の「平松」のセリフを回顧シーンの「平松」に語らせるなど,第2話には様々な技巧を凝らした名シーンが続出する。

ところがこの回の絵コンテを担当した富井ななせに関しても情報が異常に少ない。『かくりよの宿飯』(2018年)第一九話の絵コンテと第二四話の演出を担当しているらしいのだが,それ以外の情報は少なくとも僕が調べた限りでは見当たらない。SNS上では誰かのペンネームではないかとの噂も流れており,この人物の存在自体が『バビロン』のミステリーの一部なのではないかと邪推したくなるほどだ。

〈曲世愛〉というアモルファス

先日の第3話は「平松絵見子」こと曲世愛の不気味なカットで終わった。正崎の視線を感じてこちらを振り向く曲世の動きと表情が,おそらく2コマ打ちと思われる“ヌルヌル感”で表されている。

1コマ打ちや2コマ打ちの“ヌルヌル感”を非現実性の描写に用いた例としては『CLANNAD』(2007年~)の「幻想世界」などが想起されるが,『バビロン』第3話においても,様々な〈女〉に変化する曲世のアモルファスな存在感が“ヌルヌル感”によって見事に表されている。こればかりは静止画像では伝えることは不可能なので,第2話の富井ななせの絵コンテとともに,是非実際に観て頂きたい。

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第3話より引用 ©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

深夜アニメの醍醐味は,ダークホースの出現にあると言っても過言ではない。派手な宣伝も座組もなく,こんな風に僕らを驚かせてくれる作品こそが傑作なのかもしれない。こんな作品に今後もたくさん出会えることを期待しようではないか。