アニ録ブログ

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アニメレビュー覚書:『けいおん!』(2009年)番外編「冬の日」の演出について

*このレビューは『けいおん!』番外編「冬の日!」の内容に関するネタバレを含みます。

www.tbs.co.jp

『けいおん!』(2009年)の番外編「冬の日!」は,第12話「軽音!」(予告編では「最終回」として告知)の後に放映された実質上の最終回であり,原作にないシーンをふんだんに盛り込んだほぼアニメオリジナルの話数である。

学園祭のライブが終わった後のある日,唯はみんなを鍋パーティに誘うが,他の4人には別々の用事があり,集合することができない。

澪の書いた詩を誰かからのラブレターと勘違いする律。

うまく詩が書けずに冬の海辺を訪れる澪。

慣れないアルバイトに戸惑う紬。

友達から預かった猫を持て余す梓。

それぞれが別々の思いを抱きながら過ごす「冬の日」。

アニメオリジナルだけに,絵コンテ担当の山田尚子監督や演出担当の北之原孝將を筆頭とする京都アニメーション制作陣の個性が一際光り,全話数の中でもとりわけ異彩を放つ演出になっていた。

視線の演技

まず特徴的なのは,視線や仕草によるノンヴァーバルな芝居である。そもそも『けいおん!』は,ちょっとした仕草で人物の心情を伝える繊細な演出が魅力だが,「冬の日!」はその点において他の話数よりも顕著だったと言える。 

冒頭,いつもの音楽室のティータイムシーンは,律と梓のメランコリックな表情から始まる。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

2人の目線は目に見えて物憂げである。さらに教室内の光量が抑え気味な上に,窓からの逆光により,2人の顔はやや暗めに描かれている。この回の演出の方向性を告げ知らせる印象的なカットだ。

そしてとりわけ目を引くのは,いくつかのシーンで繊細に演出されている律の視線である。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用 ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

例えばこのシーンでは,梓が偶さか口にした「彼氏」という言葉に律が反応して目線を泳がせる。“恋の予感”に戸惑う律の心の動きを見事に表現している。 

抑えられた光量 

この回では全体的に光量と彩度が抑えられたカットが多用されており,いつものようなキラキラ感のある雰囲気とは好対照を成している。

先述した通り,冒頭の音楽室のシーンは,律と梓の内心を反映するかのように,やや光量を抑えた画作りになっている。それぞれの悩み事が解決(?)した後の終盤のシーンと比較してみるとわかりやすいだろう。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用 ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

冒頭のシーン(画像上)では,窓からの逆光を受けて律と梓の顔が影になっており,彼女たちの内心の憂いを表に滲ませているように見える。それと同調するかのように,卓上のカップやお菓子にも濃い目の影が差している。

それに対し,終盤のシーン(画像下)では人物の顔にも事物にもほとんど影は差しておらず,満遍なく光が当たった明るい画作りになっている。

これ以外にも,特に律と梓を巡る描写における光と影の使い方が面白い。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

律が“ラブレター”を読んで前髪を下ろすシーンと,梓が猫と共に過ごすシーンでは,部屋の中の光量がぐっと抑えられ,メランコリックな空間が効果的に演出されている。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

澪が訪れる冬の海のシーンも,薄曇りの天候に設定することで光量が落とされている。鉛のように黒々とした海と冷え切った岩肌が寒々しく,澪の心中の不安と同期するかのようである。

大人の影

結局,この回では何かドラマチックな出来事が起こるわけではない。彼女たちはいつものように唯の底抜けに明るい笑顔を中心に集い,いつものように賑やかな明るさを取り戻していく。

しかし彼女たちの表情に刺した愁いの影は,やがてくる大人の世界の予感だったのかもしれない。〈空気系作品〉にありがちな“物語性の欠如”を指摘される本作だが,この「冬の日!」で顕著なように,無時間的なユートピアの住人とは似ても似つかない心の機微が描かれていたのだ。故に,終盤のシーンで唯がみんなに向かって言う「みんなすごいよ。わたしを置いて大人にならないでよ」というセリフは,大人になることへの予感と不安を表していたという点で象徴的であった。

ひょっとすると,山田監督はこの回で“子どもと大人の間にいる高校生”の心のリアリティを描きたかったのかもしれない。それはやがて彼女が監督を務める『リズと青い鳥』(2018年) の繊細な心理描写に引き継がれていくことだろう。山田はあるインタビューの中で,『けいおん!』と『リズと青い鳥』を比較してこんな話をしている。

『けいおん!』は心が通じ合っているメンバーが主人公。わかり合えている人たちと,さらに一緒に音を重ね合わせると「最高に楽しいんだ!」と上へ上へと向かって感情を描いていけるのが,すごく楽しかったんです。『リズと青い鳥』は,キャラクターがそれぞれに悩みを抱えていて、見ている方向も違う。どのようにドラマを組み立てていくのかが,とても難しいんです。*1

『けいおん!』の登場人物のシンプルで明るい感情は,確かに『リズと青い鳥』の複雑な感情とは対照的だ。しかし螺旋のように上昇していくそんな『けいおん!』的感情の中に,山田はすでに〈大人の影〉を仕込んでいたのかもしれない。

『けいおん!』の山田尚子から『リズと青い鳥』の山田尚子までをつなぐひとつの結節点として,「冬の日!」を再評価してみるのもよいのではないだろうか。

『けいおん!』番外編「冬の日!」制作スタッフ 

【脚本】吉田玲子
【絵コンテ】山田尚子
【演出】北之原孝將
【作画監督】堀口悠紀子
【楽器作監】高橋博行
【原画】福島正人,伊東優一瀬崎利恵,池田さやか,小高文靖,斉藤敦史,金重鎬

(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

 

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