アニ録ブログ

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劇場アニメ『劇場版メイドインアビス 深き魂の黎明』(2020年)レビュー[考察・感想]:呪いと祝福のアマルガム

*このレビューはネタバレを含みます。

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『メイドインアビス 深き魂の黎明』公式HPより引用 ©︎つくしあきひと・竹書房/メイドインアビス「深き魂の黎明」製作委員会

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2017年のTV放送から2年を経て公開された『メイドインアビス』の新作劇場版。小島正幸監督を筆頭とする制作陣の“原作の陰惨な描写から逃げない”という姿勢は変わらず,TVシリーズに増してグルーミーな作品に仕上がっており,当初PG12だったレイティングがR15+に変更されるに至ったほどだ。ただし,この作品の特徴の一端がその容赦のない凄惨な描写にあるとは言え.それは決して安直な“グロのためのグロ”に堕しているわけではない。リコというキャラクターの突き抜けるような冒険欲を描くに当たり,なぜこれほどまでの残酷な描写が必要なのか。その答えの一部をこの映画の中に求めることができるだろう。

 

あらすじ

アビスの底を目指すリコとレグは,深界四層に住む「成れ果て」のナナチをパーティに加え,深界五層へと向かっていた。そこには深界六層への入り口を内包する「前線基地(イドフロント)」があり,ナナチとミーティの運命を変えた宿敵・黎明卿のボンドルドが待ち受けていた。

ボンドルド:アルター・エゴⅠ

3人を出迎えたのは,陰鬱なイドフロントには場違いなほど天真爛漫な少女・プルシュカだった。

鈴を転がしたような軽やかな彼女の声が薄闇の空間を満たす。そこへ,まるで臓腑を叩き潰すかのような重低音が鳴り響き,宿敵・黎明卿ボンドルドが姿を現す。プルシュカの「パパ!」という無邪気な声がナナチの心を穿つ。ボンドルドは機械のように冷たく穏やかな声で,リコレグ,そしてナナチに語りかける。

みなさん,よく来てくれました

この冒頭のシーンの演出がまず見事である。可憐なプルシュカ,暗澹を身に纏ったかのようなボンドルド,そして絶望と恐怖に凍りつくナナチたちの表情。この心理的コントラストの極めて高いシーンを,視覚だけでなく聴覚に訴えかける演出で印象的に描写している。ボンドルド役の森川智之は“ラスボス”にしては優しい声質だが,それが却って不気味さを醸し出している。総じて,ボンドルドという異形のキャラクターを改めて観客に印象付けた名シーンと言えよう。

しかしこの作品の最大の妙味は,リコたちとボンドルドの関係を単純な“善/悪”の対立構図にしなかった点にある。

TVシリーズのレビューでも言及したが,リコのキャラクターの本質は〈狂気〉である。*1 彼女の「アビスの冒険」という行動には,一般的な意味での合理的動機が欠けており,言ってみれば冒険そのものが行動原理になっている。本作でも,「お母さんに会いたい」という当初の動機すら,実は冒険を続けるための「建前」に過ぎないことがプルシュカとの対話シーンで語られている。崇高な理念でも深い感情でもなく,「冒険」という動作性名詞を唯一の行動原理として奈落の底へと突き進む。およそ普通の12歳の少女では考えられないほどの狂気じみた好奇心。それがリコの本性だ。 

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一方のボンドルドは「アビスの謎の解明」を唯一の行動原理としており,そのためには一切手段を選ばない。支配欲や金銭欲といった外的な動因もまったく存在しない,極めて純度の高いマッドサイエンティストだ。

この2人が対峙した際のやり取りは象徴的である。

…君は私が思ってるより/ずっとこちら側なのかもしれませんね

私は…ロマンは分かるのよ/あなたはこれっぽっちも許せないけど 

リコにとって,ボンドルドの狂気は“理解不能な異物”では決してない。むしろ彼女の狂気は,ボンドルドのそれとの親和性を示してすらいる。リコはボンドルドを「許せない」のだが,その一方で,彼の狂気じみた研究があったからこそ,プルシュカという犠牲を得て「白笛」を手にできたことも理解しているはずだ。したがって,リコはボンドルドを倒すことによって彼を排除したのではなく,〈もう1人の自分=アルター・エゴ〉として認知したのだと言える(もしボンドルドの行為を完全に拒絶するなら,白笛と化したプルシュカを埋葬し,冒険を諦めていたことだろう)。彼女はボンドルドと対峙することによって,自らの冒険の実現に〈暗い狂気〉が必然的につきまとうことを認識したのかもしれない

レグ:アルター・エゴⅡ

本作のもう1つの見所は,レグとボンドルドの戦闘シーンだ。イドフロントの電力を吸収したレグは,理性と記憶を失い,凶暴な破壊衝動の塊(ボンドルド曰く「ぬるぬる」)となってボンドルドに襲いかかる。手描きラフ風の作画は原作の独特な描画をうまく再現しており,本作の中でも最も印象的なシーンに仕上がっている。

そしてこのレグも,リコにとってもう1つの〈アルター・エゴ〉に他ならないのだ。

原作者のつくしあきひとによれば,当初本作の主人公は1人の少年として設定されていたが,後にレグ=読者の感情移入先,リコ=物語の推進役の2人に分割されたという経緯がある*2 レグはリコにとっていわば半身であり,同一人格の二面性を表していると言えるかもしれない。

その意味で,ボンドルドとの最終決戦のシーンは象徴的である。レグとボンドルドが死闘を繰り広げる中,リコが切断されたレグの腕を使って火葬砲を放ち,宿敵を打ち砕く。この時,リコはレグの破壊衝動を自らの内に引き取っている。非力な少女として描かれるリコだが,その心内には最後まで冒険を貫く意志に匹敵する,強い〈力〉が秘められている。レグの「ぬるぬる」が暗い怨念の塊のように描かれているのも,それがリコの内の暗い〈力〉を象徴的に表しているからなのかもしれない。

言ってみれば,レグとボンドルドの対決は,リコ自身の内的葛藤の象徴なのだ。

プルシュカ:奇跡の贄

そしてこの作品の最も大きな見所は,物語後半で描かれるプルシュカの生い立ちである。

ボンドルドの手下「アンブラハンズ」の娘として生まれたプルシュカは,ボンドルドに拾われた後,呪いによって奪われた人間性を徐々に取り戻す。人への愛と冒険への希望を心に宿しながらも,やがて彼女は父の手によって無残に切り刻まれていく。『メイドインアビス』の中でも最も凄惨なこの様を,本作は原作に忠実にーあるいは原作以上にヴィヴィッドにー描いている。

プルシュカは様々な意味で〈奇跡〉のキャラクターである。

アビスの呪いによって極度の精神薄弱の状態となったプルシュカは,ボンドルドが与えた深界の生物「メイニャ」との出会いをきっかけに人間性を取り戻していく。*3 人のロゴスではなく,動物の愛が彼女に精神性を付与するのである。上昇負荷によって再び精神に異常を来した際も,ボンドルドは「大丈夫です/プルシュカの精神はもっと深いところから来ました」と言っている。彼女の「精神」は,脳の器質に由来する機能というより,ほとんど宗教的な〈奇跡〉として描かれているのだ

心身共に回復したプルシュカは,ボンドルドに全身全霊で〈愛〉を注ぐ。彼に解体され「カートリッジ」にされてすら愛を失わないその姿は,ほとんど〈聖人〉と言ってよい程だ。愛娘プルシュカを解体するボンドルドの行為は,まさしくアビスの呪いそのものであり,かつて祭祀場であったイドフロントにおける〈生贄〉の儀式に他ならない。しかし彼女の意思は,父への愛を超え,最終的にはリコの冒険心に寄り添うことになる。かくして彼女の魂は,リコをさらなる冒険へと誘う「命を響く石」(白笛の原料)と化す。この上なく残忍な行為の犠牲となった彼女の魂は,リコの突き抜けるような冒険心と同化する。『メイドインアビス』の中でも最も美しい〈奇跡〉のシーンである。 

呪いと祝福のアマルガム

つくしあきひとのストーリーテリングが特異なのは,そこかしこに〈価値の反転〉というギミックが仕掛けられている点だ。子どもの天真爛漫をライトモチーフにするかと思いきや,そこに容赦ない残酷な運命を突きつける。母への愛がテーマかと思いきや,それが「冒険」という欲望を実現するための「建前」であることが明かされる。ボンドルドを完全なる〈悪〉として描くかと思いきや,実験材料とした子どもたちの名前をすべて覚えるという細やかな心性を彼に与える。

〈陰と陽〉を泰然と分ける理性ではなく,その2つが混じり合う狂気に物語の駆動力を見出す。それはひょっとしたら,つくしあきひと流の〈善悪の彼岸〉なのかもしれない。

この後,深界六層では,〈善/悪〉〈美/醜〉〈正気/狂気〉といった常識的な二項対立の境界が融解し,それぞれが渾然一体となった新たな「価値」に満たされた世界「成れ果ての村」が待ち受けている。およそ常人には計り知れないその新たな価値観の世界に,リコ,レグ,ナナチは果敢に挑んでいくことになるだろう。だからこそ,ボンドルドは断末魔の代りに,ナナチにこう手向の言葉を送るのである。

どうか君たちの旅路に…
溢れんばかりの…
呪いと祝福を…

「呪いと祝福」が溶け合って一体となり,もはや「呪い」とも「祝福」ともつかなくなったそれを,この物語では「憧れ」と呼ぶ。

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:つくしあきひと/監督:小島正幸/脚本:倉田英之/キャラクターデザイン:黄瀬和哉/総作画監督:齊田博之/美術監督:増山修/音楽:ケビン・ペンキン/制作:キネマシトラス

【キャスト】リコ:富田美憂/レグ:伊瀬茉莉也/ナナチ:井澤詩織/ボンドルド:森川智之/プルシュカ:水瀬いのり

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 4.5 5 5
CV ドラマ メッセージ 独自性
5 4 4 5
普遍性 考察 平均
4 4.5 4.6
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・「平均」は小数点第二位を四捨五入。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

商品情報

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*1:つくしあきひとはリコを「『アビス中毒』と言ってもいい。[…]リコはワクワクする自殺を選んでしまう子なんです」と述べている。「Febri」NOV. 2017 VOL.44,p.44,一迅社,2017年。

*2:上掲書,p.44。

*3:これはミーティが辿った運命と真逆であり,深い精神的な愛を象徴している点でも,両者は対となるキャラクターである。