アニ録ブログ

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TVアニメ『無職転生〜異世界行ったら本気だす〜』(2021年 冬)「#1 無職転生」の演出について[考察・感想]

 *この記事にネタバレはありませんが,『無職転生』「#1 無職転生」の内容に触れています。気になる方は本編をご覧になってからこの記事をお読み下さい。

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『無職転生〜異世界行ったら本気だす〜』公式HPより引用 ©︎理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

mushokutensei.jp


TVアニメ『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』PV第3弾/2021年1月10日放送開始・毎週日曜24:00TOKYO MXほか

原作は,理不尽な孫の手による同名小説(Web版:2012-2015年)。いわゆる“なろう系異世界転生モノ”の先駆と言われており,「トラックに轢かれて死んだ主人公が異世界に転生して無双する」という設定は,確かにこのテンプレートにきっちり嵌る類型種のような作品だ。

しかし,先日放映された「#1 無職転生」の洗練されたアニメーション技術は,ほとんど規格外と言っても過言ではない水準だった。制作会社スタジオバイン設立の経緯の特殊性もあり,TVアニメ制作のシステムを考えるきっかけとなる作品かもしれない。

作品データ(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

【スタッフ】
原作:理不尽な孫の手/キャラクター原案:シロタカ/原作企画:フロンティアワークス/監督・シリーズ構成:岡本学/助監督:平野宏樹/キャラクターデザイン:杉山和隆/サブキャラクターデザイン:齊藤佳子/美術監督:三宅昌和/色彩設計:土居真紀子/撮影監督:頓所信二/編集:三嶋章紀/音響監督:明田川仁/音響効果:上野励/音楽:藤澤慶昌/テーマソングプロデュース・歌唱:大原ゆい子/プロデュース:EGG FIRM/制作:スタジオバインド

【キャスト】
ルーデウス・グレイラット:内山夕実/前世の男:杉田智和/ロキシー・ミグルディア:小原好美/エリス・ボレアス・グレイラット:加隈亜衣/シルフィエット:茅野愛衣/パウロ・グレイラット:森川智之/ゼニス・グレイラット:金元寿子/リーリャ:Lynn/ルイジェルド・スペルディア:浪川大輔

【「#1 無職転生」スタッフ】
脚本:岡本学/絵コンテ:岡本学/演出:平野宏樹/総作画監督:杉山和隆/総作画監督補佐:髙橋瑞紀/作画監督:杉山和隆齊藤佳子世良コータみやち山崎絵美/アクション監修:藤井慎吾

モメンタム

この作品はモーションによる芝居が実に上手い。まず冒頭の見どころとして,主人公のルーデウスの母・ゼニスがヒーリングの魔法を行使するシーンを挙げておこう。注目は,詠唱後,魔法を発動する直前に「ヒーリング」と口にするカットである。

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『異世界転生〜異世界行ったら本気だす〜』「#1 無職転生」より引用 ©︎理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

わずか1秒ほどのカットだが,口だけでなく,髪や顔の角度まで細かく動かしている。京都アニメーションなどを彷彿とさせる,実に丁寧な芝居だ。ちなみに,主線の途切れ感などは撮影段階で処理を施していると思われるが,この辺りの繊細な描画もこの作品にリッチなテイストを付与している。静止画だけで伝えるのには限界があるので,ぜひ本編をご覧になって確認して頂きたい。

そして「#1 無職転生」の最大の見どころは,ルーデウスが「ウォーターボール」の魔法を会得するまでのプロセスが細かく描写されている点だ。

この世界に魔法が存在することを知ったルーデウスは,独学でウォーターボールを習得しようとするが,最初は生成した水球が遠くに飛ばず,真下に落ちてしまう。やがて魔法の詠唱に「生成・サイズ設定・射出速度設定・発動のプロセス」が含まれており,自分が「射出速度設定」を行っていなかったことに気づくと,彼の魔法はみるみるうちに上達していく。

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『異世界転生〜異世界行ったら本気だす〜』「#1 無職転生」より引用 ©︎理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

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『異世界転生〜異世界行ったら本気だす〜』「#1 無職転生」より引用 ©︎理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

魔法で生成した物質が「射出速度」という設定を与えられることにより,リアルな運動量を得るまでのプロセスが丁寧に描かれている。これにより,モーションの背後にある“エネルギー“が確かに感じられるアニメーションになっていると言えるだろう。

その意味で,ロキシーがウォーターボールをデモンストレーションするシーンも面白い。

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『異世界転生〜異世界行ったら本気だす〜』「#1 無職転生」より引用 ©︎理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

ウォーターボールによる反動が,彼女が纏うケープの細かい動きで表現されている。さらに射出後を背後から写したカットでは,彼女の長い三つ編みが反動で揺れ動く様子がリアル描かれる。発動される魔法だけでなく,それ以外のオブジェクトのモーションを丁寧に描くことで,魔法のエネルギーが豊かに感じられる演出になっている。

モーション以外にも見どころはたくさんある。何より杉山和隆のキャラクターデザインが目を引く。単に美麗だというだけでなく,“立体感”の捉え方が的確で,キャラクターの周囲をカメラが周るカットなどでもデザインに破綻が生じない。この辺りは原画や動画スタッフたちの技術の高さも大きく貢献しているだろう。

また,色彩設計も的確だ。全体的に落ち着きのある彩度に仕上がっており,杉田智和のボイスオーバー(これがまた面白いのだが)や変顔の芝居がなければ,“真面目な”ファンタジー劇場アニメかと思ってしまうほど硬派な画作りなのだ。

TVシリーズでこれほどまで高水準のアニメーションを繰り出してくるスタジオバインドは,一体どのような会社なのだろうか。

スタジオバインドについて

『無職転生』を制作するスタジオバインドは,『斉木楠雄のΨ難』(2016年夏)の制作や『ソードアート・オンライン アリシゼーション』(2018年秋-2019年冬)のプロデュースを手がけた企画会社EGG FIRMと,『STEINS;GATE』(2011年春・夏)や『Re:ゼロから始める異世界生活』(2016年春・夏)などの制作を手がけた制作会社WHITE FOXが,2018年に共同出資で設立した会社だ。プレスリリースからわかるように,『無職転生』制作のために立ちあげた会社である。

本作のアニメ化にあたっては,プロジェクトを継続的,長期的,計画的に進めていく体制が必要と判断しました。従来のWHITE FOXと別のスタジオを立ち上げることで,『無職転生〜異世界行ったら本気だす〜』により集中する環境で制作を進めます。*1

『無職転生』は原作のストックも豊富にあるので,『ソードアート・オンライン』シリーズ(アニメ:2012年-)や『Re:ゼロから始める異世界生活』シリーズ(アニメ:2016年-)のように長期展開を見据えた作品にしていくのだろう。だとすれば,スタジオバインドは当面,『無職転生』という作品に特化した制作体制をとっていく可能性がある。こうした制作体制が作品の高品質維持にどれほど有効か,そして,仮に作品のビジネスマネジメントが大成功を収めた時,現場のアニメーターにどれほど利益が還元されるか。今後の動向が楽しみである。

また,EGG FIRM という会社の存在感も興味深い。

かつてアニメ制作の企画を担っていたのはビデオパッケージのメーカーだったが,パッケージの売り上げが低迷する中,その相対的なプレゼンスも低下しつつある。代わって近年,注目されているのがEGG FIRMのようなアニメ企画会社の存在だ。

本来,アニメ企画会社は,企画や製作と制作のビジネスマネジメント,作品のマーケティングなどに集中し,制作の現場を持たないことが多かった。しかし最近では,ツインエンジンなどの例に見られるように,企画会社が自らスタジオを持つ傾向も見え始めている(ツインエンジンは,スタジオコロリド,ジェノスタジオ,レヴォ ルト,Lay-duceといった複数のスタジオを抱えている)。EGG FIRMによるスタジオバインド設立も,この流れに乗った形と言えるだろう。*2 EGG FIRMが今後,本作をどうマネージメントしていくか。目が離せない要素だ。

『無職転生』は,アニメーションそのものの面白さに加え,その制作体制の特殊性にも特筆すべき注目作品であると言える。しばらくその動向を見守ろう。

*1:EGG FIRMプレスリリースより。

*2:『アニメ産業レポート2019』p.27。一般社団法人日本動画協会,2019。