アニ録ブログ

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劇場アニメ『劇場版 美少女戦士セーラームーン Eternal《前編》《後編》』(2021年)レビュー[考察・感想]:セーラームーン・コンプレックス

*このレビューはネタバレを含みます。また,TVアニメ版『美少女戦士セーラームーン SuperS』の内容にも触れていますので,気になる方は作品本編を鑑賞後に本記事をお読み下さい。

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『美少女戦士セーラームーン』25周年記念プロジェクト公式Twitterより引用 ©︎武内直子・PNP/劇場版「美少女戦士セーラームーンEternal」製作委員会

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劇場版「美少女戦士セーラームーンEternal」《後編》予告映像/Pretty Guardian Sailor Moon Eternal The Movie Trailer

『劇場版 美少女戦士セーラームーン Eternal《前編》《後編》』(以下『Eternal』)は,『美少女戦士セーラームーン Crystal』(2014年夏-2016年春,以下『Crystal』)の続編である。このシリーズは,オリジナルの設定をふんだんに盛り込んだTVアニメ版『美少女戦士セーラームーン』(1992年春-1997年冬,以下『TVアニメ版』)と異なり,より武内直子の原作に準拠した内容になっている。

しかし,原作とTVアニメから14年が経ち,『セーラームーン』というコンテンツが様々な形で展開され解釈されてきた歴史がある中で,『Eternal』という作品の評価も簡単に「原作準拠」の一言で片付けられるものではない。それは〈セーラームーン〉という現象を再考する1つのきっかけを与えてくれる作品でもあると言えよう。

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作品データ(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

【スタッフ】
原作:武内直子/監督:今千秋/脚本:筆安一幸/キャラクターデザイン:只野和子/美術監督:斎藤陽子/色彩設計:佐野ひとみ/撮影監督:浜尾繁光/音楽:高梨康治/アニメーション制作:東映アニメーション

【キャスト】
メインキャラクター
月野うさぎ:三石琴乃/水野亜美:金元寿子/火野レイ:佐藤利奈/木野まこと:小清水亜美/愛野美奈子:伊藤静/地場衛:野島健児/ちびうさ:福圓美里
仲間たち
冥王せつな:前田愛/天王はるか:皆川純子/海王みちる:大原さやか/土萠ほたる:藤井ゆきよ/ルナ:広橋涼/アルテミス:村田太志(『Crystal』の大林洋平と交代)/ダイアナ:中川翔子/エリオス:松岡禎丞/セレセレ:上田麗奈/パラパラ:諸星すみれ/ジュンジュン:原優子/ベスベス:高橋李依
敵キャラクター
ネヘレニア:菜々緒/ジルコニア:渡辺直美タイガーズ・アイ:日野聡/ホークス・アイ:豊永利行/フィッシュ・アイ:蒼井翔太

【上映時間】
[前編]81分[後編]84分
【あらすじ】
前編の「デス・バスターズ編」からしばし時が経ち,めでたく高校生となったうさぎたち。戦士としての修行を終えたちびうさも,いよいよ30世紀の世界に帰ろうとしていた。そんな矢先,うさぎ,衛,ちびうさの3人は皆既日食を目撃する。太陽が欠け始めたその刹那,3人の前に一頭のペガサスが現れ,「助けて…乙女よ…」という言葉を残して姿を消す。やがて黒々と闇に塗りつぶされた蝕の中から,「デッド・ムーンサーカス団」を名乗る不気味な船が姿を表すのだった。

TVアニメ版 vs.『Eternal』?

本作は原作,とりわけ2013年より刊行された「完全版」7巻と8巻に収録の「第四期 デッド・ムーン編」を基にしている。TVアニメ版の『SuperS』(1995年春-1996年冬)の内容に相当するが,原作にほぼ準拠した『Eternal』と,オリジナル要素を盛り込んでいたTVアニメ版とでは無数の異同がある。ここでは,ドラマの印象を大きく変えているポイントのみを列挙してみよう。

① ちびうさとエリオス(ペガサス)の関係

TVアニメ版では,エリオスを認識しているのはちびうさだけであったため,2人の関係は“秘事”という印象が強かった。とりわけ第159話「ちびうさの小さな恋のラプソディ」で,ちびうさがエリオスの背中に乗って夜の空を翔る場面は,幾原邦彦の演出や伊藤郁子の作監とも相まって,強く印象に残るシーンである。

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一方『Eternal』では,エリオスは最初からうさぎや衛にもその姿を見せており,ちびうさとエリオスの関係の密度は,TVアニメ版と比べるとやや淡白な印象がある。 

② 外部太陽系四戦士の登場

TVアニメ版の「デッド・ムーン編」に相当する『SuperS』には,外部太陽系四戦士はほとんど登場しないが,『Eternal』ではセーラームーンと共に戦う姿が描かれる。とりわけ《後編》のオープニングでは,はるか,みちる,せつな,ほたるの日常風景から覚醒までを描くアバン,タイトルバック,そしてセーラームーンの元に集結するシーンまでのシークエンスが見事に演出されている。この時の四戦士の変身シーンは,間違いなく本作の目玉と言ってよい。 

③ネヘレニアの設定

TVアニメ版のネヘレニアの設定は,多くの臣下に敬われる小惑星の女王だった彼女が,鏡に映った未来の自分の醜い姿に絶望し,永遠の美を得るために臣下から夢を奪い続け,やがて孤独に堕ちていく,というものだった。ちなみにこの設定が『セーラースターズ』(1996年春-1997年冬)の第167話から第172話で描かれたアニメオリジナルエピソード「ネヘレニア復活編」へと引き継がれ,最終的にセーラームーンたちは彼女の境遇に共感を示す。

一方『Eternal』のネヘレニアは,闇をもたらす純粋な“悪”として描かれており,懲悪の対象でしかない。彼女とセーラームーンたちとの間に心の交流はほぼ皆無である。 

④ゴールデン・クリスタルの設定

TVアニメでは,「ゴールデン・クリスタル」はエリオス(ペガサス)の角に宿る結晶だった。一方『Eternal』では,当初エンディミオン(衛)の体内に封印されており,セーラームーンにとっての「幻の銀水晶」と同様,エンディミオン固有の「聖石」という位置付けになっている。この設定は《後編》終盤の「誰でも皆/胸の中に星を持っているのよ」といううさぎの台詞に繋がっており,本作のメッセージ性とも密接に関連した重要な設定であると言える。

⑤ アマゾネス・カルテットの設定

TVアニメ版では,ネヘレニアに利用され悪堕ちした少女たち,というシンプルな設定だが,『Eternal』では,《後編》の終盤で太陽系四小惑星の守護を持つセーラー戦士であることが明かされる。*1 その後,原作の第五章「セーラースターズ編」でその活躍が描かれている。

このうち,①と③に関してはTVアニメの方がキャラクターの掘り下げが深く,視聴者の感情移入を誘うドラマになっている。一方で,②④⑤に関しては『Eternal』の方が設定のレベルが高く,より見応えのある作劇になっていると言えるだろう。

『Eternal』全体の印象としては,約80×2の尺の中に原作のエピソードや設定を詰め込み過ぎている感がある。要所で十分な間を取り切れず,ギャグシーンなどでも滑ってしまっているところが見られ,「原作準拠」というオブセッションが強過ぎたのではないかという印象は拭えない。*2

しかし『Eternal』という作品には,「原作準拠」という言葉だけでは収まらない要素があることも確かであり,むしろそれこそが〈セーラームーン〉という現象の本質を言い当てているとすら言える。

『Eternal』≠ 原作

『Crystal』と『Eternal』のプロジェクトは,「原作準拠」というコンセプトを謳うことによって,視聴者に意図せずTVアニメ版との比較を促してしまっている。この作品の1つの瑕疵はここにある。しかし『Eternal』という作品では,“『Eternal』vs TVアニメ版”という対立構図では捉えきれない現象が生じている。

まず,『Crystal』と『Eternal』のプロジェクトは,TVアニメ版と一線を画す素振りを全面に押し出しつつも,TVアニメ版の要素を積極的に取り入れてもいる。それが作画監督の只野和子と主演の三石琴乃である。

『Eternal』最大の見どころの1つは,キャラクターデザインに只野和子が起用されている点だ。周知の通り,只野はTVアニメ版『美少女戦士セーラームーン』(1992年春-1993年冬)から『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(1993年)までキャラクターデザインを務めており,いわばアニメ版セーラームーンのアーキタイプを作り上げた功労者である。 

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

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『美少女戦士セーラームーン』25周年記念プロジェクト公式Twitterより引用 ©︎武内直子・PNP/劇場版「美少女戦士セーラームーンEternal」製作委員会

前作の『Crystal』と比べ,『Eternal』のセーラームーンはかつてのTVアニメ版のイメージにより近づいていることがわかる。TVアニメ版のふわっとした柔らかい線を踏襲しつつ,現代的な要素も取り入れているようだ。主線や色彩の情報量はさほど多くなく,比較的あっさりとした印象を受けるが,セーラームーンというキャラクターを過不足なく伝えつつ,可愛らしさを強調した魅力的なデザインと言えるだろう。

キャラクターデザインに関しては,監督から只野に「只野さんの持ち味を残しつつ,できるだけ原作のイメージに近づけてください」というオーダーが出ていたそうだ。*3 具体的には,『劇場版 美少女戦士セーラームーン R』の雰囲気を再現しつつ,原作の少女マンガ風味を取り入れたということらしい。*4 只野の起用によってTVアニメ版の雰囲気を継承したことにより,当時のファン層を確実に取り込む戦略が明確になっている。

主演の三石琴乃についてもほぼ同じことが言える。『Crystal』と『Eternal』ではほぼすべてのキャストを一新しているが,セーラームーン =三石琴乃だけはTVアニメ版と同キャストである。東映アニメーションのプロデューサー神木優によれば,三石のキャスティングの背景には,「『セーラームーン』を形作ってきたものは,原作と前作のアニメ」であり,「新しいコンセプトで作品を作ることを考えた時に,前作のDNAを三石さんに受け継いでもらい,ほかのキャストは一新する」との判断があったとのことだ。*5

 セーラームーン・コンプレックス

これ以外にも,『Eternal』には「原作準拠」という原則から逸脱する要素が多くある。『セーラームーン』アニメの代名詞とも言える変身バンクシーン必殺技のシーンは,TVアニメ版から多くの要素を引用している。また,セーラーマーズの決め台詞「火星にかわってせっかんよ!」は,TVアニメ版第24話「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死」が初出だが,この台詞は『アニメージュ』1992年4月号で一般公募されたものを採用している。*6

『Eternal』《前編》では,セーラージュピターに倒されたホークス・アイ が「あんたは自分の夢,絶対叶えなさいよ」と言うシーンがあるが,これは原作にはないアニメオリジナルである。今千秋監督によれば,これは90年代のミュージカル版へのオマージュを意図したものらしい。*7

TVアニメ版が視聴者ともコミュケーションを図りながら,原作をベースに独自の“アニメ・セーラームーン”を生み出し,そこからミュージカル版が派生し,『Crystal』と『Eternal』が原作に依拠しながらも,TVアニメ版やミュージカルから多くの要素を引用する。複数のメディアや視聴者大衆間のインタラクティビティが織りなすこうした複合体こそが,〈セーラームーン〉というすぐれて現代的なコンテンツの本質なのだ。

ところで,この記事のタイトルとして掲げた〈セーラームーン ・コンプレックス〉という言葉には,2つの意味を込めている。

1つは,〈セーラームーン〉という現象に対して制作者や視聴者が抱く〈感情複合体〉という意味だ。原作者の武内直子が,自らの手を離れて独自展開をしていったTVアニメ版に対して抱く複雑な感情。TVアニメ版のシリーズディレクターを務めた佐藤順一や幾原邦彦らが,“オリジン”としての原作に対して抱く錯綜した感情。そして,原作とTVアニメ版の評価において困惑する視聴者の感情。これらは,肯定/否定の二分法ではとても語り尽くすことのできない,複雑な感情の複合体を成している。そして,〈セーラームーン〉という,メディア・ミックスによって巨大化した文化現象を正当に評価するにあたって,制作者・受容者のこうした複雑な感情に目を閉ざすわけにはいかない。

もう1つは,先ほどから述べている,インタラクティビティから生成された〈セーラームーン複合体〉という意味だ。

武内が生み出した“原セーラームーン”は,時代とともに様々な要素を取り込みながらその姿を更新していった。〈セーラームーン〉という現象の本質は,この複数性と無定形性にある。それは「総作監」のいなかったTVアニメ版時代に,各話の作監毎にキャラクターデザインが変わっていたあの賑やかな状況を思わせる。

しかし,デザインや設定や物語が変わっても,〈セーラームーン〉というキャラの自己同一性は保たれたままだ。“強いキャラ“というのはそういうものなのだろう。メディアや物語を越え,種々雑多な要素を取り込みながらも自己同一性を保ち続ける。それが〈セーラームーン 〉の本質である。この更新の運動を停止させる権能は,もはや原作者にもかつてのTVアニメ版シリーズディレクターにもない。今後,時代毎の価値観を反映しつつ,〈セーラームーン・コンプレックス〉が永遠に更新され続けることを願う。

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4 4 4 4
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4.5 3 3.5
独自性 普遍性 平均
3.5 3.5 3.8
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

 

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*1:TVアニメ版第160話「大人になる夢!アマゾネスの当惑」では,アマゾネス・カルテットとの戦闘後,うさぎとちびうさの間で「お友達になりたかったのにね」「きっとまた会えるよ」という会話が挿入されているが,これは,カルテットがセーラー戦士であるという設定を念頭に盛り込まれたものだという。『美少女戦士セーラームーン SuperS』Blu-ray Collection Vol. 2 特典「Episode Guide #150〜166」,p.11。

*2:ちなみに,幾原邦彦監督の『劇場版 美少女戦士セーラームーン R』では,冒頭の暗闇のカットや,ちびうさがうさぎの目を覚ますシーンにおける無音の18秒間など,たっぷりと間をとる演出がなされている。

*3:『劇場版 美少女戦士セーラームーン Eternal《後編》』劇場版プログラムより。

*4:「CONTINUE」Vol. 69,pp. 39-41,太田出版,2021年。

*5:新『セーラームーン』、なぜキャラデザ変更?〜プロデューサーに聞く2 | ORICON NEWS

*6:『美少女戦士セーラームーン』Blu-ray Collection Vol. 1 特典「Episode Guide #24〜46」,p.1。なお原作では,セーラーマーズの決め台詞は「ハイヒールでおしおきよ!」だったが,TV局から「放送できない」と判断され変更されたという経緯がある。

*7:「アニメージュ」2021年3月号,p. 81,徳間書店,2021年。