*このレビューはネタバレを含みます。
「プリンセス・プリンシパル Crown Handler」第1章 本予告
TVアニメ『プリンセス・プリンシパル』(2017年夏,以下『TVプリプリ』)は,「壁」,「ノルマンディー公との対決」,そしてとりわけ「アンジェとシャーロットの立場」等といった問題をペンディングにしたまま12回の放送を終えていた。劇場版『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』(以下『プリプリCH』)は,こうした物語上の"課題"を引き継ぎつつ,タイトル通り「王位」の行方に焦点を当てて展開される全6章の物語だ。第1章では,早速アンジェとシャーロットの関係を直射する台詞回しが登場し,2人の立場を仄暗く暗示している。『TVプリプリ』のファンであれば観逃せないシリーズとなるだろう。
あらすじ
女王暗殺未遂事件以降,王国内で頻度を増すスパイ狩りの状況を踏まえ,共和国側コントロールは“二重スパイ"の存在を察知し,チーム「白鳩」に,王室内に潜ませたコードネーム“ビショップ"との接触を命じる。王宮内への侵入に成功し,ビショップの前に姿を現したアンジェに,彼は意外な言葉を投げかけるのだった。
Changeling
映画は,王国に拘束された古本屋の店主を救い出すべく,アンジェ,ちせ,ドロシーの3人が連携するシークエンスから始まる。くるくると宙を舞うちせの華奢な身体は『TVプリプリ』のどのシーンにも増して魅力的であり,「Cボール」アクティブ時の"岩浪流重低音"はえげつないほどに劇場の空気を震わせる。これだけでも,劇場版クオリティの『プリプリ』を観る甲斐があったと思える圧巻のオープニングだ。
そして何より,「通りすがりの古本マニアよ」というアンジェの低温度の台詞回しに,今村彩夏と古賀葵との「チェンジリング作戦」が見事に成功したことが実感できるのも嬉しい。今村の降板*1 が残念極まりないことは言うまでもないが,本作のライトモチーフである「取り替え」がキャスティングにおいても生じたことには,単なる偶発事として済ませられない運命のようなものを感じる。本シリーズにどこか不思議なスリルを加味している要素だ。
王女と乞食,あるいは乞食と王女
だが本来,西洋の民間伝承における"Changeling(取り替え子)"とは,美しい人間の子をさらった妖精が,その代わりに置いて行く醜い子のことだ。そこには“正負"の価値の交換という含意がある。ひょっとすると,王女との入れ替わりを提案したアンジェが,作戦名に「チェンジリング」という言葉を選んだのは,自分(真シャーロット=王女)とプリンセス(真アンジェ=貧民街の孤児)がもともと“取り替え子"だったことを仄めかしていたのかもしれない。同時にそこには,彼女が「真の王女」として認めたプリンセスへの謙譲の心配りも伺える。
ところで,子どもの入れ替えを主題やモチーフにした物語ーーここでは〈取り替え子物語〉と呼んでおこうーーの例は,藤子・F・不二雄『みきおとミキオ』(1974-1975年),07th Expansionの『ひぐらしのなく頃に』(ゲーム原作:2002-2006年)の魅音と詩音,藤子・F・不二雄原作/芝山努監督『ドラえもん のび太の太陽王伝説』(2000年)など,マンガ・アニメ・ゲームに分野を限っても枚挙にいとまがない。この他にも,エーリッヒ・ケストナー『ふたりのロッテ』(1949年)や大江健三郎『取り替え子』(2000年)などの文学作品や,クリント・イーストウッド『チェンジリング』(2008年)やチュ・チャンミン『王になった男』(2012年)などの映画作品も挙げられる。
『プリプリ』もこうした〈取り替え子物語〉の系譜に連なるわけだが,とりわけ,取り替えによって主人公たちの貴賤の立場が入れ替わるという設定に関しては,その嚆矢とも言えるマーク・トウェイン『王子と乞食』(1881年)の物語がその下敷きになっていることは間違いない。身分の違う者同士が入れ替わることによって生まれる喜劇的状況がこの傑作の最大の魅力であることは,ことさら強調するまでもないだろう。
ところが『プリプリCH』では,アンジェとプリンセスの命運を仄暗く暗示する不吉な予言が語られている。それがビショップの次の言葉である。
自分すら曖昧になってくる
あなたもいずれそうなりますよ
嘘をつき続けていると
ビショップのこの台詞と彼の悲しい死は,スパイとして暗躍するアンジェとシャーロットの悲劇的な未来を予告しているようだ。
ここで思い出されるのは,『TVプリプリ』「#12 case24 Fall of the Wall」のエピソードだ。この話数では,「『プリンセスを装ったアンジェ』をプリンセスが装う」という,極めて複雑な展開になったわけだが,もちろんこのプリンセスはもともと「真アンジェ」だったのである。ゼルダが彼女の正体を見抜いた時,プリンセスの「嘘」は成功していたのか,失敗していたのか。おそらく多くの初見視聴者を混乱させたであろうこの取り替え劇は,2人の脆弱な自己同一性をすでに予兆していたように思える。果たして彼女たちのアイデンティティはどこにあるのか。彼女たちは何者なのか。スパイという存在の危うい性だ。
Double Tricksters
しかし,スパイ行為に対するビショップの考えは両義的である。彼は二重スパイの仕事に倦憊した素振りを見せる一方で,「スパイという仕事は,私の推し型に嵌った人生に刺激を与えてくれた」とも言っている。彼にとってスパイ行為は,貴族という「推し型」=束縛から彼を解放し,本来的な自己を取り戻す契機でもあったのだ。確かにシャーロットとアンジェ(とりわけシャーロット)にしても,入れ替わることによってそれぞれの社会の矛盾を目の当たりにし,”秩序を変える”という自分たちの真の使命を見出したはずなのだ。そしてそれは,『王子と乞食』においてトウェインが描こうとしたことでもある。
トウェインの『王子と乞食』では,乞食のトムと王子のエドワードが入れ替わり,双方の世界の矛盾を垣間見たことにより,この2人がリジッドな法と正義を変容させる一種の〈トリックスター〉として機能する結果となった。同様に『プリプリ』でも,プリンセス=真アンジェが女王となって壁を壊し,同時にアンジェ=真シャーロットの「心の壁」を壊すという未来が示されている。*2 ひょっとしたら,彼女たちの脆弱で曖昧なアイデンティティこそが,秩序を変えるトリックスターの特質となり得るのかもしれない。
この後で語られる5章の中では,様々な物語が展開されていくだろうが,『プリプリ』ファンの僕らの心に確かに刻み込まれているのは,キービジュアルに記された「少女の嘘は世界を変えるー」というキャッチフレーズだ。果たして少女たちは,新たな秩序をもたらす真の〈トリックスター〉になりうるのか。最終章まで見届けることにしよう。
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作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど
【スタッフ】監督:橘正紀/シリーズ構成・脚本:木村暢/キャラクター原案:黒星紅白/キャラクターデザイン:秋谷有紀恵,西尾公伯/総作画監督:西尾公伯/コンセプトアート:六七質/メカニカルデザイン:片貝文洋/リサーチャー:白土晴一/設定協力:速水螺旋人/プロップデザイン:あきづきりょう/音楽:梶浦由記/音響監督:岩浪美和/美術監督:杉浦美穂/美術設定:大原盛仁,谷内優穂,谷口ごー,実原登/色彩設計:津守裕子/HOA(Head of 3D Animation):トライスラッシュ/グラフィックアート:荒木宏文/撮影監督:若林優/編集:定松剛/アニメーション制作:アクタス
【キャスト】アンジェ:古賀葵/プリンセス:関根明良/ドロシー:大地葉/ベアトリス:影山灯/ちせ:古木のぞみ/L:菅生隆之/7:沢城みゆき/ドリーショップ:本田裕之/大佐:山崎たくみ/ノルマンディー公:土師孝也/ガゼル:飯田友子/ビショップ:飛田展男
【上映時間】54分
作品評価