アニ録ブログ

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TVアニメ『明日ちゃんのセーラー服』(2022年 冬)第三話「部活はもう決めた?」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」の内容に触れています。

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『明日ちゃんのセーラー服』公式Twitterより引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

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女子中学生たちの緩やかな学校生活を描いた原作のマンガ『明日ちゃんのセーラー服』(2016年-)。現在(2022年冬)放映中の黒木美幸監督によるアニメ版は,博の美麗なキャラクター造形をうまくアニメ表現に落とし込みつつ,原作では省略されている背景美術のディテールを描き込むことで,原作とは一味違ったリアリズムを表現し得ている。今回の記事では,中村章子が絵コンテを手がけた第三話「部活はもう決めた?」の中から,アニメオリジナルのシーンに注目しながらその魅力を紹介しようと思う。

 

"百合未満",あるいは"百合以上"

『明日ちゃんのセーラー服』(以下『明日ちゃん』)の舞台は名門の女子校「蠟梅学園中等部」である。女の子どうしのゆるい日常を描いたという点では,美水かがみのマンガ『らき☆すた』(マンガ:2004年-/アニメ:2007年春・夏)などの系譜に連なるとも言えるだろう。ただし『明日ちゃん』の魅力は,日常系特有のゆるいコミュニケーションに加えて,身体的な距離感や接触を描くことによって,いわゆる"百合"に近いーあくまでも「近い」だけなのだがー要素を意図的に盛り込んでいる点だ。特に『らき☆すた』などのギャグテイストの作品と違い,キャラクターの身体をずっとリアル寄りに描いているため,画面から伝わる心理的緊張感はずっと高まる。特に第三話「部活はもう決めた?」では,主人公・明日小路と谷川景・古城智乃との親密な距離感が印象的に描かれていた。

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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会
明日ちゃんと谷川さんが至近距離で音楽を聴くシーンでは,明日ちゃんの肩から髪が落ちた時に谷川さんがわずかに反応するカットがある(画像左)。アニメならではの繊細なカットだ。渡り廊下に並んで座る二人を背後から写したカット(画像右)も,学校の風景をうまく利用した絶妙な構図だ。
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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

雨宿りをしながら明日ちゃんが古城さんに朗読を聞かせるシーンでは,窓ガラス越しの構図望遠レンズの効果を用いることで,二人の親密な空間を〈覗いている〉という感覚が生まれる。特にシャッターの枠を明日ちゃんの手前に配したカット(画像右)は大胆で面白い。

本作で描かれる,恋愛感情の伴わない"百合未満"の人間模様は,あるいは"百合以上"に美しいと言えるかもしれない。アニメ版はその辺りの魅力をうまく引き出していると言える。

リアリズムの中で

アニメ版の特徴の一つに,主に学校内のシーンにおける背景の描き込みがある。博の原作では,特に屋内の背景は比較的淡白に描かれることが多く,アップのコマではまったく背景が描かれないことも多い(ただし建物の外観や自然はしばしば緻密に描かれる)。対してアニメ版は,窓枠等を描き込むことで意図的に画面の情報量を増やしているようである。

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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

背景の描き込みは間違いなくレイアウトにも影響するだろう。構図の取り方やプロップの配置など,画作りの何度は格段に上がるだろうが,それだけに上の画像のような美麗なカットを追求することも可能になる。また,これによって原作とは違ったアニメ特有のリアリズムが生み出されてもいる。

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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

先ほどの明日ちゃんと古城さんの雨宿りのシーンを,マンガ版とアニメ版とで比べてみるとわかりやすい。マンガ版では二人の後ろの背景は白になっており,現実世界から二人の関係性だけを抽出したような画になっている。それに対しアニメ版では,ゴミ箱やパイプ椅子のようなやや無粋なプロップも描かれており,現実世界の中に二人の関係性を配した画になっている。

このブログではこれまでもしばしば述べてきたことだが,マンガ原作のアニメ化において最も注目すべきは,原作に対する忠実度というよりは,原作の〈再解釈〉だと思う。制作者が原作をいかに理解し,解釈したかがアニメの映像として現れている部分が最も面白いのだ。その意味で,『明日ちゃん』という作品がこうした形でアニメ化されて意義は大きいと思われる。

"エロティシズム未満",あるいは"エロティシズム以上"

最後になるが,今回取り上げた第三話の絵コンテを手がけた中村章子について触れておこう。中村と言えば,『クレヨンしんちゃん』(1992年春-)や『天元突破グレンラガン』(2007年春・夏)などの傑作で原画や作監を担当し,劇場アニメ『同級生』(2016年)では監督を務めた実力派アニメーターだが,個人的には『輪るピングドラム』(2011年夏・秋)の仕事が印象に強い。

中村は『輪るピングドラム』のチーフディレクター・コンセプトデザインとして,作品全体のビジュアルの構築に携わっていた。中村が単独で手がけたエンディング・アニメーションなどは特に印象的だ。

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『輪るピングドラム』エンディング・アニメーションより引用 ©︎ikunichawder/pingroup

女性目線から見たエロティシズムがビビッドな色彩でビジュアル化されており,いやらしさのようなものをまったく感じさせない。幾原邦彦監督も「女性ならではの柔らかい表現」として高く評価している。*1

中村は『明日ちゃん』でもエンディング・アニメーションを手がけている。色彩は『輪るピングドラム』と対照的だが,中村独自の「柔らかい」エロティシズムは共通しているように感じられる。"百合未満,百合以上"を描いた『明日ちゃん』という作品にとって,中村の感性は欠かせないものだったのではないだろうか。

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『明日ちゃんのセーラー服』エンディング・アニメーションアニメーションより引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

ちなみに幾原によれば,『輪るピングドラム』における「セクシー」なシーンは,「男性に媚びた感じ」になるのを避けるために,すべて女性スタッフに割り当てたのだという。*2 ジェンダーフリーが叫ばれる昨今,"女性らしさ"や"男性らしさ"も相対化され,"女性の描く男性らしい画"もあれば"男性の描く女性らしい画"もある。しかしだからと言って,"女性の描く女性らしい画"の価値が減じたわけではない。あるいはどうしても作画とジェンダーを関連づけることを忌避したいのであれば,"中村章子が描いた女性らしい画"でもいい。とにかく,中村の"女の子"は特別なのだ

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:/監督:黒木美幸/シリーズ構成・脚本:山崎莉乃/キャラクターデザイン:河野恵美/サブキャラクターデザイン:川上大志安野将人/総作画監督:河野恵美川上大志安野将人/美術設定:塩澤良憲/美術監督:薄井久代守安靖尚/色彩設計:横田明日香/撮影監督:川下裕樹MADBOX3Dディレクター:宮原洋平/キャラクターレタッチ:カプセル/編集:齋藤朱里(三嶋編集室)/音楽:うたたね歌菜/音響監督:濱野高年/制作:CloverWorks

【キャスト】明日小路:村上まなつ/木崎江利花:雨宮天/兎原透子:鬼頭明里/古城智乃:若山詩音/谷川景:関根明良/鷲尾瞳:石上静香/水上りり:石川由依/平岩蛍:麻倉もも/四条璃生奈:田所あずさ/神黙根子:伊藤美来/龍守逢:伊瀬茉莉也/峠口鮎美:三上枝織/蛇森生静:神戸光歩/苗代靖子:本渡楓/戸鹿野舞衣:白石晴香/大熊実:小原好美/明日ユワ:花澤香菜/明日花緒:久野美咲/明日サト:三上哲/福元幹:斉藤朱夏

【第三話「部活はもう決めた?」スタッフ】脚本:山﨑莉乃/絵コンテ:中村章子/演出:原田孝宏/総作画監督:河野恵美,川上大志/作画監督:八重樫洋平長澤翔子/作画監督補佐:小泉初栄末田晃大
 

商品情報

 

*1:『輪るピングドラム』第1話「運命のベルが鳴る」オーディオコメンタリより。

*2:『輪るピングドラム』第12話「僕たちを巡る輪」オーディオコメンタリより。