アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『平家物語』(2022年 冬)を観る・読む・聴く[考察・感想]

*この記事はネタバレを含みます。

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『平家物語』公式HPより引用 ©︎「平家物語」製作委員会

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山田尚子監督『平家物語』のTV放映が始まった。京都アニメーションからサイエンスSARUへと制作母体が変わり,これまでの山田作品とはアニメーションのルックが大幅に変わったものの,美しく繊細かつユニークな"山田節"はすでに第一話から明確に打ち出されている。今回の記事では,山田版『平家物語』の魅力を「観る」「読む」「聴く」の3つの側面から紹介していこうと思う。

 

『平家物語』を観る

山田尚子監督作品と言えば,被写界深度の浅いレンズによって〈視点の主観性〉を強調した画面作りが特徴だ。これによって,客観的な"神の視点"ではなく,ある具体的な個人の視点から世界を覗いているような映像を生み出していると言える。

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左:『聲の形』(2016年)より引用 ©︎大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会 右:『リズと青い鳥』(2018年)より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

『平家物語』でも,こうしたレンズ効果を用いたカットが多用され,主人公のびわを中心とした登場人物,あるいは視聴者の主観視点から,平安末期の世を"覗いている"という感覚が生み出されている。

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『平家物語』第一話「平家にあらざれば人にあらず」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

こうした画作りは,アニメオリジナルのキャラクターである「びわ」に込められた山田の思想とも符号する。山田はYouTubeで公開されているインタビュー(前編)の中で,びわというキャラクターを「観てる方の目線」として設定したのだと述べている。つまり,びわは〈視聴者の視点〉として導入されているのだ。

そしてこの思想は,本作の原作である現代語訳の訳者,古川日出男の考え方とも一致するものだ。古川はFebriに掲載されたインタビューの中で,『平家物語』の現代語訳について以下のように述べている。

やはり,語り手がいないと平家が滅亡へ至るドラマは描けないんだ,それを神様が書いちゃダメなんだ,やっぱり人間の目で書かちゃくちゃいけないって。*1

客観視点=神の視点ではなく,主観視点=人間の視点から物語を伝える。古川版『平家物語』と山田版『平家物語』に共通して流れる重要な思想として,今後の話数を観る上で常に念頭に置いておくべきだろう。

そして「びわ」と平清盛の嫡男・重盛にまつわる特殊な設定も面白い。びわは「先の見える眼」を持っており,平家の滅亡がすでに〈見えている〉。重盛は「亡者の見える眼」を持っており,戦や平家の暴虐によって命を落とした人たちの姿が〈見えている〉。そして当然,この2人以外の人物にはそれらが〈見えていない〉。

当ブログではこれまでも何度か言及してきたが,アニメにおいて〈見える/見えない〉の視点の差 ー当ブログでは〈視差〉と呼んでいるー がモチーフとして用いられるケースは多い。『輪るピングドラム』『見える子ちゃん』『サマーゴースト』,さらにはハイデガーの『存在と時間』に至るまで,この〈視差〉という観点から複数の作品を縦横無尽に考察するのも面白いかもしれない。


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『平家物語』を読む

アニメ版『平家物語』の「原作」となっているのは,河出書房新社から出版されている古川日出男訳である。古川訳の最大の特徴は,複数の琵琶法師による「語り物」としての『平家物語』の特徴を重視し,訳語の文体を自在に変えている点(敬体から常体への変化など)だ。訳書に付された「前語り」の中で古川はこう述べている。

平家には多くの人間の手が加わっていると前々から聞いていたが,実際に現代語訳に取りかかると,本当のことなのだと皮膚で捉えられた。わかるのだ ー「今,違う人間が加筆した」と。ふいに書き手が交代したことがはっきりと感知されるのだ。文章の呼吸が変わる,と説明したらいいのか。*2

これを古川は「私は無数の語り手を呼びだした」*3と端的に言い切っている。これは先ほどの「神様が書いちゃダメなんだ,やっぱり人間の目で書かなくちゃいけない」という思想を訳の叙述レベルで再現したものだと言えるだろう。つまり,複数の語り手が存在し,複数の語りをしていた以上,それを神のような統一的な視点で均すのではなく,むしろ複数の文体という形で再現したということだ。

古川訳の"文体変化"は,一般的な現代語訳の水準から見るとかなりアクロバティックな手法かもしれないが,『平家物語』の原典に潜在するそうしたハイブリッドな叙述の特性をわかりやすく示してくれるという点ではたいへん興味深い。そして何より,読みやすい。900頁を超える分厚の訳書だが,思いのほかすいすいと読み進めてしまう。アニメを通して『平家物語』に興味を持たれた方も,機会があれば手にとってみてはいかがだろうか。

ちなみに,『平家物語』の入門としては,予備校講師の板野博行の書いた『眠れないほどおもしろい平家物語』なども読みやすくておすすめだ。この本を読んでから古川訳なり原典なりに戻る,という読み方もいいだろう。

そして「語り物」としてのダイナミックな文体を味わうには,やはり原典に触れるのが理想的だろう。おすすめは講談社学術文庫から出版されている杉本圭三郎訳『新版 平家物語』だ。各エピソードごとに,原文,現代語訳,語釈,解説という順に配列されており,原文のリズムを味わった後で細部まで理解する,という読み方ができる。

『平家物語』を聴く

山田版『平家物語』のもう1つ特徴に,劇伴がある。平安時代の風景の中に,突如としてロックやテクノ調の音楽が鳴り響くのだ。

上掲の山田のインタビュー(後編)によれば,当初は平安時代当時の楽器のみを使うという案もあったらしい。しかし後に,びわによる琵琶の弾き語りを「大きな柱」とした上で,それ以外のシーンはもっと自由で「ポップ」な楽曲作りする方向へ方針転換をしたのだという。

西洋音階とはまるで原理の異なる琵琶の音色に対し,現代音楽の「ポップ」をぶつける。この難題に取り組んだのは,山田とは『映画 聲の形』(2016年),『リズと青い鳥』(2018年)以来,3度目のタッグとなる牛尾憲輔だ。YouTubeには牛尾のインタビューもアップされている。こちらも大変興味深い話(「後白河法皇のスニーカー」は傑作だ)が聞けるので,ぜひご覧になることをお勧めする。


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少々余談になるが,今年(2022年)から始まった三谷幸喜脚本のNHK大河『鎌倉殿の13人』の第1回で,北条時政が「首チョンパ」と言ったことが話題となったが,これなども"歴史にポップをぶつける"ということなのだろうと思う。歴史を語るというのは,その歴史の価値観を尊重しつつも,そこに現代の感性をぶつけることだ。そのラディカルな手法として,僕らは同じ2022年という年に「ロック」と「首チョンパ」を耳にした。これはなかなか稀な経験ではないだろうか。

アニメ版『平家物語』の「大きな柱」であるアニメオリジナル・キャラクター,びわ。その声を担当した悠木碧の演技も特筆すべきだろう。悠木と言えば,どの独特な台詞の節回が魅力的な演技派の声優だ(ちなみに僕が最も尊敬する声優の1人でもある)。その悠木が演じるびわも絶品で,特に劇中に挿入される琵琶の弾き語りは,彼女の経歴の中でも抜きん出て秀でた演技と言える。周囲の劇伴が「ポップ」であるからこそ,彼女の重厚な演技も映える。

最後に,その重厚な琵琶の音色を生み出した琵琶監修の後藤幸浩についても言及しておこう。山田と牛尾のインタビューを聞けばわかることだが,本作の琵琶の音色は後藤の演奏がなければ実現し得なかったと言える。特に牛尾は後藤の琵琶を「技巧的な問題より生き様の問題」と言って大絶賛している。

後藤の演奏もYouTubeで公開されている。生演奏と比べうるものではないだろうが,それでも後藤の「生き様」の一端がはっきりと伝わってくる。アニメ視聴の参考としても,ぜひご覧いただきたい。


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第一話からすでに型破りをぶつけてきた山田版『平家物語』。今後の話数ではどんな"山田節"を見せてくれるだろうか。

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:古川日出男訳 「平家物語」(河出書房新社刊)/監督:山田尚子/脚本:吉田玲子/キャラクター原案:高野文子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:サイエンスSARU/キャラクターデザイン:小島崇史/美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)/動画監督:今井翔太郎/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)/歴史監修:佐多芳彦/琵琶監修:後藤幸浩

【キャスト】悠木碧櫻井孝宏早見沙織玄田哲章千葉繁井上喜久子入野自由小林由美子岡本信彦花江夏樹村瀬歩西山宏太朗檜山修之木村昴宮崎遊水瀬いのり杉田智和梶裕貴

 

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*1: Febri特集「原作訳者:古川日出男に聞く アニメをより楽しむための『平家物語』ガイド①」

*2:古川日出男訳『平家物語』(「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09」),p.9,河出書房新社,2016年。

*3:同上,p.879。