9月3日,ひとつのビッグニュースがアニメファンをざわつかせた。山田尚子監督・吉田玲子脚本・高野文子キャラクター原案・サイエンスSARU制作のTVアニメ『平家物語』の放送決定の報だ。
“国産アニメ”のブームとなるか
日本人なら誰もが知る古典でありながら,TVアニメ化されるのは今回が初となる。古川日出男の現代語訳を定本としつつ,アニメオリジナルのキャラクター「びわ」を導入することで,アニメ作品としての仮構性を高めているようだ。
この時期に『平家物語』という古典が題材として選ばれたことには(それが偶然の結果だとしても)少なからぬ意味がある。『平家物語』の制作会社であるサイエンスSARU は,古川日出男『平家物語 犬王の巻』を原作とした劇場アニメ『犬王』(湯浅政明監督)も制作しており,2022年夏に公開を予定している。
また『この世界の片隅に』の片渕須直監督は,新会社「コントレール」を立ち上げ,平安時代を舞台にした次回作を制作中と目される。
せっかくなので、このタイミングで、次回作イメージ。#片渕次回作 pic.twitter.com/6I49OasuBj
— 片渕須直 (@katabuchi_sunao) 2019年12月23日
日本アニメ界を代表する3名の監督が,時代こそ違え日本の古典世界を舞台にしたアニメ作品を制作することで,ちょっとした“古典アニメブーム”の流れができあがっていく可能性がある。こうした流れは,それを自覚的にビジネス戦略にするかどうかは措くとしても,結果的に神話や伝承などドメスティックな題材を元にしながら世界的に評価を得ている中国アニメへの対抗馬として機能しうる可能性を持つ。
そう考えた時,この作品がフジテレビの「+Ultra」枠で放映されることもなかなか意義深い。もともと+Ultraは,同じフジテレビのアニメ枠「ノイタミナ」との棲み分けとして“海外訴求”を狙いとしつつ,良くも悪くも“グローバルスタンダード”的な内容の作品を中心に放送してきた。このことは,『INGRESS THE ANIMATION』(2018年秋),『キャロル&チューズデイ』(2019年春),『BNA ビー・エヌ・エー』(2020年春)などの作品群を概観してみればわかることだろう。
しかしここへ来て,+Ultraは『平家物語』というドメスティックな題材へと一気に舵を切った。これが何らかの偶然によってもたらされた“突然変異”的な要素なのか,あるいは+Ultra立ち上げ当初から織り込み済みの計画だったのかは不明だが,どちらにしても,+Ultraという枠にとって大きな転機であることは間違いないだろう。
もう1つ気になるのは,+Ultraが2021年の『セスタス -The Roman Fighter-』以降,「Netflix」での独占配信をやめ,フジテレビ自前のプラットフォームである「FOD」独占配信に切り替えていることだ。『平家物語』も海外向けには「Funimation」と「bilibili」での配信としつつ,国内ではFOD独占配信を予定している。一種の“配信グローバルスタンダード”として機能していたNetflixでの独占配信をやめた背景には,おそらく決定的な方針転換があると考えられる。
要するに,『平家物語』はいくつものレベルにおいて(それが成功するかどうかはさておき)“国産アニメ”としての性質を帯びたアニメとなることが予想される。
山田尚子の去就は…
そして『平家物語』の報が耳目を引いた最大の理由は,山田尚子の監督起用だ。山田は『AIR』(2005年冬)での原画職デビューから監督代表作である『聲の形』(2016年)や『リズと青い鳥』(2018年)に至るまで,「京都アニメーション」の制作にのみ携わり,名実ともに京都アニメーションの“顔”であり続けてきた。その彼女が,『平家物語』では,湯浅政明とチェ・ウニョンが立ち上げた「サイエンスSARU」(湯浅は現在,代表取締役を退任済)で指揮をとるとあって,ネット上では「京アニ退社か?」との憶測が飛び交っている。その真偽の程は不明だが,アニメジャーナリストの数土直志の下記の記事の書き振りを信頼するなら,退社説はどちらかと言えば“濃厚”ということになりそうだ。
仮に長らく“京アニクオリティ”に貢献し続けた山田が退社ということになれば京アニファンとしては寂しい限りだが,近年の監督作品を観るに,山田の作家性が京アニのブランドの枠内に収まるものではなかいことも確かだ。『リズと青い鳥』が,TVシリーズ『響け!ユーフォニアム』の作りに対して,キャラクターデザイン・演出・音楽に至るあらゆる点において明確な距離をとっていたことを思い出して欲しい。僕個人の思いとしては,“京都アニメーション”という軛から解放された彼女が,よりいっそう“山田節”を炸裂させられるのであれば,この結果も歓迎されるべきではないかと思う。
PVを観て
山田の去就は後の公式発表を待つ他ないが,作品そのものに目を向けてみると,これがなかなかのハイクオリティが期待できそうだ。発表されているPVを観ると,サイエンスSARUの作りと山田の技法がここまで見事に融合するものかと痛く感心させられる。全体の作画は比較的淡白なものではあるが,冒頭の「びわ」と思われる人物の口の動きや目のクロースアップなどに山田の方針がはっきりと見てとれる。そして言うまでもなく,キャスト陣も超豪華な顔ぶれである。皆さんにもぜひPV映像を繰り返しご覧頂き,作品への期待感を高めてもらいたい。
作品データ
【スタッフ】原作:古川日出男訳 「平家物語」(河出書房新社刊)/監督:山田尚子/脚本:吉田玲子/キャラクター原案:高野文子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:サイエンスSARU/キャラクターデザイン:小島崇史/美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)/動画監督:今井翔太郎/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)/歴史監修:佐多芳彦/琵琶監修:後藤幸浩
【キャスト】悠木碧/櫻井孝宏/早見沙織/玄田哲章/千葉繁/井上喜久子/入野自由/小林由美子/岡本信彦/花江夏樹/村瀬歩/西山宏太朗/檜山修之/木村昴/宮崎遊/水瀬いのり/杉田智和/梶裕貴
【放送・配信】2022年1〜3月:フジテレビ「+Ultra」ほか/2022年9月15日(水) より:毎週水曜24:00~FODにて先行独占配信。海外ではFunimation・bilibiliで全世界同時配信。