アニ録ブログ

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「平家物語 アニメーションガイド」レビュー:多声体としてのアニメ『平家物語』

 

今年(2022年)冬クールにTV放映された,山田尚子監督『平家物語』。先日,この作品の魅力を振り返るためのガイドブックがKADOKAWAから出版された。豊富なインタビュー,的確なアニメーション解説,各話の演出意図など,『平家物語』をより深く知るための情報が詰め込まれた,たいへん優れたガイドブックだ。ここではその際立った特徴をいくつか紹介しよう。

 

ポイント①:アニメーション解説

本書は「月刊ニュータイプ」編集部が手がけているからだと思われるが,アニメーションの技法に関する突っ込んだ説明が比較的多い。山田アニメの特徴であるレンズ効果などはもちろんのこと,水の表現などの撮影効果や,御簾の美術制作などに関する詳細な説明もそこかしこに見られ,コアなアニメファンにとっても読み応えのある内容になっている。

左:p.13/中:p.76/右:p.87より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

ポイント②:絵コンテ・演出担当のコメント

これはアニメファンにとってたいへん嬉しい。僕らはややもすると,アニメ作品を監督の名でパッケージしたくなるが,実際には複数の制作者のアイディアや技術がそこに集結している。アニメの絵コンテ・演出に関しては,第1話の監督の演出をもとに,各話の担当が独自の演出案を提示していくという形をとることが多く,とりわけ『平家物語』では,各話の演出担当の裁量に委ねられた部分が多かったようだ*1。そのため,それぞれの担当の個性が比較的はっきりと出ていると言える(それにもかかわらず,"山田節"が明確に打ち出されたわけだから,山田尚子の作家としての個性には並々ならぬものがある)。

左:p.15/右:p.111より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

しかも"ひとことコメント"といった程度のライトな内容ではなく,監督からのディレクションを各担当がどう消化していったかなどがわかるかなり詳細なコメントになっている。また一部では,実際の絵コンテが掲載されており,各担当の演出意図の一端を知ることができる。

ポイント③:多彩なインタビュー

そして本書の最大の特徴は,豊富なインタビュー記事だ。山田尚子,高野文子,吉田玲子,牛尾憲輔など主要スタッフや各キャストはもちろんのこと,キャラクターデザインの小島崇史,歴史監修の佐多芳彦,琵琶監修の後藤幸浩,さらには美術監督の久保友孝,撮影監督の出水田和人,色彩設計の橋本賢,音響監督の木村絵理子,動画監督の今井翔太郎,編集の廣瀬清志,音響効果の倉橋裕宗といった,ふだんあまり声を聞く機会のないスタッフのインタビューも掲載されている。各セクションに固有の工夫や苦労話を知ることのできる貴重な資料とも言える。

個人的に面白かったのは,美術監督の久保友孝の話だ。久保によると,本作の美術設定の方針として,小村雪岱や吉田博のような版画的な表現を目指すというものがあったそうだ。*2 当ブログでは,新版画とアニメーションのつながりを特集した「東京人」を最近紹介したばかりだが,日本の古典作品を題材とした本作で,版画の平面的なルックが追求されたというのも納得だ。また久保はもともと『平家物語』の造形は深くなかったらしいが,時代考証の追求は並々ならぬものがあり,歴史監修を担当した佐多芳彦を唸らせるほどであったようだ。*3

左:p.72/p.78より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

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本書には美術設定の図版と解説も多く掲載されている。この辺りの記事を読んで,美術を中心に本編を観直してみるのも面白いだろう。

撮影監督の出水田和人の話も興味深い。山田尚子と言えば"ボケ"を使った奥行きのある空間描写が特徴だが,当初,出水田は平面的な美術とボケは「水と油」のような関係だと感じており,ボケを多用しないように提案していたらしい(おそらく制作発表当初,"山田尚子×サイエンスSARU"という布陣に少なからぬ人が抱いた不安の焦点はこの辺りにあったと思う)。しかし「実際,やってみると意外にもその違和感がきれいに見えた」というのだ。*4 平面と奥行きという「水と油」を美しく融合させた山田と出水田の功績は大きい。また出水田が同時期に手がけていた『王様ランキング』の線処理の方法を『平家物語』で応用したという小話なども面白い。

 

思えば『平家物語』の第十一話(最終話)「諸行無常」では,「五色の糸」がより合わせられ,各キャラクターの「祇園精舎の鐘の声」という複数の声が重ね合わせられる演出がなされていた。多くのスタッフのインタビュー=声を掲載した本書を読むと,改めてアニメが複数の制作者によって成立するポリフォニック(多声的)な媒体であることを実感させられる。ここに挙げたスタッフ以外のコメントやインタビューもとても興味深い。アニメファンだけでなく,アニメ制作に携わる人にもぜひおすすめしたい一冊だ。

 

書誌情報

出版社:KADOKAWA
発売日:2022年04月28日
判型:AB判
ページ数:160
ISBN:9784041125489

 

 

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*1:例えばp.138の廣瀬清志(編集)の発言を参照。

*2:p.82。

*3:p.56。

*4:p.88。