アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

「輪るピングドラム展」レポート[感想]:今ここに"実在"するキャラクターたち

*このレポートにはネタバレはありませんが,『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM[前編]君の列車は生存戦略』に関する言及があります。先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

「輪るピングドラム展〜運命の至る場所〜」公式HPより引用 ©︎2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

penguindrum-exhibition.com

去年(2021年)放送10周年を迎えた幾原邦彦監督の傑作TVアニメ『輪るピングドラム』(以下『TV版ピンドラ』)これを記念して『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM』(以下『劇場版ピンドラ』)がクラウド・ファンディングによって制作され,今年(2022年)に前後編に分けて公開される運びとなった(本記事の執筆時点では『[前編]君の列車は生存戦略』のみが公開済み)。本展示は,この劇場版公開に合わせ,主にTVアニメの制作資料や映像資料などを中心に『輪るピングドラム』の魅力を振り返る企画展である。

 

展示会データ

*チケットやグッズ等については東京会場のもの

【会場・会期】

【東京】池袋サンシャインシティ 文化会館ビル2F 展示ホールD:2022年4月29日(金祝)~5月8日(日)
【大阪】あべのハルカス近鉄本店 ウイング館9階催会場:2022年5月12日(木)~5月24日(火)

【チケット】
日時指定なし。【一般入場券】前売券:2,000円(税込)当日券:2,100円(税込)【お土産謎解き付き入場券】前売券:3,500円(税込)当日券:3,700円(税込)。詳しくはこちら

【グッズ】
図録の販売なし。アクリルスタンド,クリアファイル,缶バッジ,トートバッグ,キャンバスアート,パーカー等の販売あり(ただし完売状態のものも多い)。詳しくはこちら

【その他】
一部のセクション(立体展示物等)で写真撮影可(原画等の壁面展示物は撮影不可)。音声ガイドなし。鑑賞所要時間の目安は「やや急いで鑑賞」で1時間,「じっくり鑑賞」で2時間程度。TVシリーズの第20話と第24話(最終話)の映像展示があり,これをじっくり観ると時間がかかる。また映像展示内に最終話のネタバレがあるので,未鑑賞の人は要注意。劇場版に関するネタバレはない。

TVアニメ『輪るピングドラム』データ

『少女革命ウテナ』(1997年)や『さらざんまい』(2019年)などを手がけた幾原邦彦監督によるTVアニメシリーズ。妹・陽毬の命を救うべく,謎の物体「ピングドラム」を探し求める兄弟・冠葉と晶馬の姿を描く。プリンセス・オブ・ザ・クリスタル,不思議なペンギン,ピクトグラム人間,「生存戦略」,「きっと何者にもなれないお前たち」,バンクシーンなど,幾原流の独特な表現が散りばめられ,ファンの考察欲を掻き立てる話題作となった。最終話の象徴的かつ感動的なシーンは,多くの視聴者の心を揺さぶった。2011年7月から12月にかけて,全24話が放送された。

【スタッフ】
監督:幾原邦彦/原作:イクニチャウダー/キャラクター原案:星野リリィ/シリーズ構成・脚本:幾原邦彦,伊神貴世/キャラクターデザイン:西位輝実/美術:秋山健太郎,中村千恵子/色彩設計:辻田邦夫/アイコンデザイン:越阪部ワタル/編集:西山茂/撮影監督:荻原猛夫/音楽:橋本由香利/音楽制作:スターチャイルドレコード/音響監督:幾原邦彦,山田陽/音響効果:三井友和/助監督:山﨑みつえ/チーフディレクター:中村章子/アニメーション制作:ブレインズ・ベース

【キャスト】
高倉冠葉:木村昴/高倉晶馬:木村良平/高倉陽毬:荒川美穂/荻野目苹果:三宅麻理恵/多蕗桂樹:石田彰/時籠ゆり:能登麻美子/夏芽真砂子:堀江由衣/渡瀬眞悧:小泉豊

展示構成

展示はセクションに分かれておらず,原画,映像,立体物などを話数順に辿る構成になっている。

『TV版ピンドラ』のアニメーション技術

「輪るピングドラム展」は作品展示であるため,開催期間が短く設定された比較的小ぶりな展示会だ。それでも原画等の資料は豊富に展示されており(公式発表では630点以上),画作りや演出など,『ピンドラ』のアニメーション技術を深く知ることができる。

例えば,本作では「プリンセス・オブ・ザ・クリスタル」の登場バンクシーンが印象的だが,展示では完成アニメーションに加えて原撮(原画を撮影して映像にしたもの)の映像展示もある。本作の"目玉"とも言えるシーンの制作過程を目にすることができる。

個人的に面白かったのは,第5話「だから僕はそれをするのさ」で,苹果がプリンセス・オブ・ザ・クリスタルのペンギン帽を奪うシーンの原画だ。前半の話数の中でも印象の強いシーンだが,この辺りの原画を見ると,画面構図や苹果のポージングなど,いかに工夫して制作されていたかがわかる。特に帽子を奪う瞬間の苹果の四肢の描き方など,「こう描くか!」と唸らせるものがある。

第9話「氷の世界」は武内宣之が絵コンテ・演出・作画監督・原画を手がけた話数だが,この際の武内の特殊な制作方法などの展示もあり,たいへん貴重な資料だ。

また,『TV版ピンドラ』の中でも最も感動的な話数である第20話「選んでくれてありがとう」と第24話(最終話)「愛してる」の本編映像の展示があるのも嬉しい。もちろんこれらはBlu-rayや配信でいつでも観ることができるのだが,多くの来訪者が立ち止まって最初から最後まで観続けていたのは印象的だった(もちろん僕もすべて見た)。あたかも,展示会という特別な場で"神回"を共有する『ピンドラ』ファンたちの熱が空間を満たしているかのようだった。

今ここに"実在"するキャラクターたち

『ピンドラ』という作品は〈日付〉〈場所〉において,現実世界と特殊な接点を持つ作品である。

「2011年」という時代設定は放送年と同年であり,また「地下鉄テロ事件」が起こった「1995年」は,明らかに「地下鉄サリン事件」を暗示している。言うまでもなく,この年は我々日本人にとってこの上なく特別な現実感を持った年である。また本作は,荻窪周辺を舞台にした一種の"ご当地アニメ"だ。荻窪という土地は特に目立った名所などがあるわけではなく,"観光地"というイメージからは程遠いー誤解を恐れず言うならば"平凡な"ー土地だ。しかし等身大の現実感を持った土地だからこそ,その中で生じるファンタジーが特殊な現実感を帯びる

このことを強調するかのように,『劇場版ピンドラ』前編の冒頭では,2次元のキャラクターたちが荻窪や池袋の実写風景の中に"実在"する様子が描かれる。一種の拡張現実的な演出だ。*1 

こうして考えてみると,『ピンドラ展』で展示されていた「高倉家」の居間やペンギンなどの立体像がーそれ自体はよくある展示方法ではあるのだがー少しだけ特別な意味を持ってくるように思えてくる。これらの展示は,彼ら/彼女らの確かな"実在"を感じさせてくれる。

 

『ピンドラ』は放送から10年の歳月を経て,新たなリアリティとアクチュアリティを帯びながら〈今ここ〉に立ち現れようとしている。本記事の掲載時には東京会場での展示は終了してしまっているが,大阪会場でご覧になる方は,改めて『ピンドラ』の"実在"感を味わってほしい。

 

 

 

*1:これは2019年に放送された『さらざんまい』のEDアニメーションでも用いられていた演出である。