アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

「庵野秀明展」レポート[感想]:〈庵野秀明というレンズ〉は何を映し出すのか

 

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「庵野秀明展」公式Twitterより引用 ©︎HIDEAKI ANNO EXHIBITION

www.annohideakiten.jp

今年(2021年)『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を発表し,1995年から始まる『エヴァ』シリーズの歴史に終止符を打った庵野秀明。『シン・ウルトラマン』や『シン・仮面ライダー』などの公開を控えた今,その創作は新たなステージに至ろうとしているように思える。本展示は,庵野の創作に影響を与えた特撮作品や,彼が直接関わった作品を中心に,膨大な量の資料によって“庵野秀明”という稀有なキャラクターの軌跡を辿る大規模展示である。

展示会データ

*チケットやグッズ等については東京会場のもの

【会場・会期】

以下の順で巡回。

【東京】国立新美術館:2021年10月1日(金)~12月19日(日)

【大分】大分県立美術館:2022年2月14日(月)~4月3日(日)

【大阪】あべのハルカス美術館:2022年4月16日(土)〜6月19日(日)

【山口】山口県立美術館:2022年7月8日(金)〜9月4日(日)

以降,追加巡回を予定。

【チケット】

事前予約制(日時指定券)。一般 2100円(税込)大学生 1400円(税込)高校生 1000円(税込)。詳しくはこちら

【グッズ】

図録の販売あり(4620円(税込))。その他,アクリルスタンド,クリアファイル,缶バッジ,トートバッグ,キャンバスアート,Tシャツ等の販売あり。詳しくはこちら

【その他】

ほぼすべてのセクションで写真撮影可(映像展示や一部の制作資料などは撮影不可)。東京会場では音声ガイドなし(大分会場以降は音声ガイド開始予定。詳しくはこちら)。鑑賞所要時間の目安は「やや急いで鑑賞」で2時間30分。「じっくり鑑賞」で4時間以上。1日にとれる時間が少ない人は,2回に分けて鑑賞することが推奨される。

庵野秀明プロフィール

1960年,山口県宇部市生まれ。大阪芸術大学在学中の1981年に大阪で開催された「第20回日本SF大会(通称「DAICON 3」)」のオープニングアニメーションを制作し,その卓越した技量を披露する。この際,河森正治に才能を認められ,『超時空要塞マクロス』(1982年)の制作に参加。『風の谷のナウシカ』(1984年),『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)などの制作に参加した後,OVA『トップをねらえ!』(1988-1989年)で商業作品監督デビューを果たす。続いて『ふしぎの海のナディア』(1990年春-1991年春)にてTVシリーズアニメ初監督を務めた後,『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年秋-1996年冬)を世に放ち,アニメ界を揺るがす社会現象を巻き起こした。その一方で,実写映画にも持続的に関心を持ち続け,監督として『ラブ&ポップ』(1998年)『式日』(2000年)『キューティハニー』(2004年)などを制作。総監督・脚本を手がけた『シン・ゴジラ』(2016年)は特撮ファンからも高い評価を受けた。2021年,『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』にて『エヴァ』シリーズの歴史に終止符を打つ。現在,『シン・ウルトラマン』(企画・脚本)と『シン・仮面ライダー』(監督・脚本)の公開が予定されている。

展示構成

展示は以下5つの章に分かれており,編年的に庵野の創作活動を追う構成になっている。なお,それぞれの章題の字体には『エヴァンゲリオン』と同じ「マティスEB」が使用されており,文字列が直角に折れ曲がるスタイルになっている。

第1章:原点、或いは呪縛
第2章:夢中、或いは我儘
第3章:挑戦、或いは逃避
第4章:憧憬、そして再生
第5章:感謝、そして報恩

「総天然色」原体験

*キャプションでの断りがない写真は筆者撮影。

庵野秀明の代表作『エヴァンゲリオン』は,しばしばその斬新な色づかいが注目される。紫,赤,山吹色を基調としたエヴァンゲリオンの機体は,それまでのロボットアニメとは一線を画す大胆なカラーリングであり,またアパレル関連商品とも相性のよい適度な"おしゃれ"度であることによって,アニメファンの裾野を広げるきっかけの1つとなったとも言える。

では,『エヴァ』の色彩は庵野という個人において突然変異的に発生した新種なのだろうか。本展示を見ていくと,必ずしもそうとは言い切れない時代的な背景が見えてくる。

庵野秀明が生まれた1960年は,日本で初めてカラーテレビの本放送が始まった年でもある。むろん,放送が始まったからと言って,カラーテレビの受像機がすぐに普及したわけではなく,その後もしばらくは白黒テレビが主流の状況が続いた。「庵野秀明展」の中には,1991年に発売された『サンダーバード』のLD-BOX用に庵野が執筆したライナーノートが展示されている(写真撮影不可だが,図録には手書きの原稿が掲載されている)。そこには,白黒からカラーへの過渡期の時代に,『サンダーバード』の再放送を観た時の彼の感動が綴られている。

自分の家はまだ白黒テレビだったので,学校帰りに友人宅へ行き,カラーテレビで見た。

感動である。

今の子供達(ーと言っても中,高校生でも無理かー)には,この感動はもう味わえないであろう。

「色」が付いている…唯,それだけの有難味を,そしてカッコ良さをー。

『サンダーバード』は,明らかにカラーを意識した作品だと思う。

キャラクターもメカニックも実にカラフルである。原色に近い色を遠慮なく配色している。が,それでいて実にシブイ。ウェザーリングとディテールの旨さであろう。実にリアルにできている。*1

庵野の幼少時の原体験には,技術の進歩がもたらした"色"に対する素朴な驚きがある。そうして改めて見てみると,展示の最初のセクション「第1章 原点、或いは呪縛」の重要性が際立ってくる。ここで庵野の創作の原点として展示された展示物(『ウルトラマン』シリーズや『マイティジャック』など)には,現代の僕らから見ても斬新な配色やデザインのものが多いのだ。

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また,同セクションには『宇宙大戦争』(1959年),『モスラ』(1961年),『妖星ゴラス』(1962年)など,本多猪四郎と円谷英二コンビの特撮映画の展示もあるが,この当時の特撮映画のポスターには必ずと言っていいほど「総天然色」という宣伝文句が付けられていた(なお,日本で最初の長編カラー映画は木下恵介『カルメン故郷に帰る』(1951年),最初のカラー特撮映画は島耕二『宇宙人東京に現る』(1956年)である)。庵野だけでなく,映像業界全体が"カラー映像を観る"ことに歓喜していた時代だったのだ。

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今回の展示では「色」を明示的に主題にしたコーナーはないが,こうしたいくつかの資料を仔細に見ていった時,『エヴァ』の色彩を生み出した庵野がかつて目にしていたであろう「総天然色」の世界がありありと浮かび上がってくる。

「第3村」のミニチュア:庵野秀明というレンズ

先述したように,本展示は庵野が目にしていた創作世界から始まる。さらに創作物だけでなく,工業地帯として急速に発展した彼の故郷・宇部市についての言及や,庵野の両親が愛用していたという足踏み式ミシンの展示などもあって興味深い。こうした創作物や事物が庵野の感性を刺激し,その想像力の下地を作っていった様が伺える展示構成になっている。

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つまり「庵野秀明展」には,庵野の作品を透明な眼差しで客観的に見るだけでなく,〈庵野秀明というレンズ〉を通して現代カルチャー史を見るという側面もあり,単なる"個展"の枠を超えた広がりを持った展示会なのだ。

〈庵野というレンズ〉ということで言えば,『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の制作に使われた「第3村」のミニチュアセットの展示も面白い。同作は,通常のアニメのように絵コンテをスターティングポイントとするような制作工程をとらず,モーションキャプチャーやプリヴィズ(映像制作の前段階として,3DCGなどによって簡易な映像をシミュレーションすること)を活用することによって事前にカメラアングルを模索したことで知られる。このプリヴィズの工程において使用されたのが,「第3村」のミニチュアセットだ。「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」(2021年)の拡大版「さようなら全てのエヴァンゲリオン〜庵野秀明の1214日〜」(2021年)では,この「第3村」のミニチュアをあらゆる角度から眺めながら,何度も手を入れ直す庵野の姿が映し出されている(「プロフェッショナル」の方ではこの部分がほぼカットされている)。

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「さようなら全てのエヴァンゲリオン〜庵野秀明の1214日〜」より引用

したがって,このミニチュアを"ちょっと大掛かりなジオラマ"程度のものとしてカジュアルに眺めるだけではもったいない。このミニチュアにカメラのレンズを向け,フレームで切り,フォーカスを当てた世界は,まさしく〈庵野というレンズ〉を通して見た世界そのものだ。ここでは『シン・エヴァンゲリオン』を制作していた庵野秀明の身体的所作までをも疑似体験できる。ぜひ様々なアングルから撮影することをお勧めしたい。

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消えるカラータイマー:原点回帰

〈庵野というレンズ〉は今後何を映し取っていくのだろうか。

展示も終わり近くの「第4章 憧憬、そして再生」には,かつてウルトラマンのデザインを手がけた成田亨の油彩画(複製)が展示されている。題名は『真実と正義と美の化身』(1983年)。そこには,左手を腰の辺りで拳にし,右手を前に突き出したポーズのウルトラマンが描かれている。胸にはあの「カラータイマー」がない。

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庵野は自身が企画・脚本を手がける『シン・ウルトラマン』におけるウルトラマンのデザインについて,以下のように述べている。

成田亨氏の描いた『真実と正義と美の化身』を観た瞬間に感じた「この美しさを何とか映像に出来ないか」という想いが,今作のデザインコンセプトの原点でした。

我々が『ウルトラマン』というエポックな作品を今一度現代で描く際に,ウルトラマン自身の姿をどう描くのか。

その問題の答えは,自ずと決まっていました。

それは,成田亨氏の目指した本来の姿を描く。現在のCGでしか描けない,成田氏が望んでいたテイストの再現を目指す事です。

世界観を現代に再構築する事は挑戦出来てもあの姿を改める必要を感じ得ず,成田亨・佐々木明両氏の創作したオリジナルへの回帰しか,我々の求めるデザインコンセプトを見出せませんでした。*2

よく知られたことだが,ウルトラマンのデザインの生みの親である成田は,目に開けられた覗き穴や,ウルトラマンのシンボルとも言える「カラータイマー」の存在を好まなかった。『真実と正義と美の化身』は,成田のウルトラマンの理想像なのだ。庵野は『シン・ウルトラマン』において,その成田のデザインコンセプトを完全再現しようと目論んでいるのである。

かつて庵野は,自主制作映画『ウルトラマン』(1980年)や『DAICON FILM版 帰ってきたウルトラマン』(1983年)において,みずからウルトラマン役として出演していた。そこでは,マスクやスーツなどは身に付けていない,"庵野秀明"という剥き出しの身体が露出していた(カラータイマーは付いてた)。あれから40年ほど経った今,庵野は自らの身体性を慎重に包み隠し,真(シン)の「ウルトラマン」の姿に立ち返ろうとしている。庵野というレンズは,新しいものをゼロから作り出すことではなく,彼の創作の原点となったものに回帰しようとしている。それはちょうど,老成した画家が風景の忠実なデッサンに立ち返る態度に似ているかもしれない。彼はあらゆる現代の技術を総動員して,『ウルトラマン』を新(シン)生させるのだろう。

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しかしどれだけ原点に忠実になったとしても,結局は庵野固有の身体性が端々から漏出するはずだ。何しろそれは,〈庵野秀明というレンズ〉を通過した原点回帰なのだから。そしておそらく僕らは,『シン・ウルトラマン』と『シン・仮面ライダー』という作品によって,庵野秀明に固有の回顧的な視界を共有することを楽しみにしているのだ。

さいごに

今回の展示の目玉は,庵野が直接手がけた作品を中心にほぼすべての資料が写真撮影可となっている点だ。ただし,一部の資料に関しては(おそらく権利上の問題だと思われるが)撮影不可であり,会場でしかお目にかかることができないものもある。例えば『美少女戦士セーラームーンS』におけるウラヌスとネプチューンの変身バンクの絵コンテは,なかなか目にすることができない貴重な資料だが,撮影不可の上,図録にも掲載されていない。機会のある方は,ぜひ会場に赴いて資料を目に焼き付けて欲しい。

* 公式図録について

本展示の図録は,東京会場における展示品の中からスタッフが選んだものが掲載されている。その分量は500頁近くに及び,主だった展示品をほぼ網羅していると言ってよいだろう。庵野秀明という個人を知る上でも,また戦後のいわゆる“オタク第一世代”以降の歴史を振り返る上でも,高い資料価値を持った図録だ。展示会をご覧になった方は入手されることをお勧めする。

www.otalog.jp

*1:「庵野秀明展」図録,p.229,朝日新聞社,2021年。

*2:同上,p.472。