アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

「東京人」2022年3月号 特集「新版画と東京」について:新版画・シティポップ・アニメーション

 

東京都の魅力を紹介する月刊誌「東京人」2022年3月号で,アニメファンにとって興味深い特集が組まれている。その名も「新版画と東京」。近年,展覧会が開かれるなどして俄に注目が集まっている「新版画」だが,意外にもアニメ・マンガ・イラストなど現代のジャンルとの親和性が高い。この特集では,新版画の歴史的成り立ちや代表的な画家についての詳細な解説に加え,アニメ監督のイシグロキョウヘイ,マンガ家・イラストレーターの江口寿史,アニメーション美術監督の山本二三らと新版画との出会いが扱われている。ファンのみならず,アニメ・マンガの創作に携わる人にとっても必携の一冊と言ってよいだろう。

「新版画」とは

「新版画」とは,大正初期,海外に浮世絵を輸出していた版元の渡邊庄三郎(1885-1962年)が,浮世絵に匹敵する質の高い版画制作を目指すべく新たに興した美術分野である。彼は川瀬巴水伊東深水吉田博らを含む多くの版画家と組んで数々の傑作を生み出し,この分野を一大ジャンルとして発展させていった。特集記事では,川瀬巴水,吉田博,笠松紫浪,伊東深水,ノエル・ヌット,土屋光逸,小早川清らの作品紹介の他,渡邊庄三郎の生涯や新版画の制作工程などの解説が掲載されており,極めて情報価値が高い。

新版画→シティポップ→アニメ・マンガ

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「東京人」2022年3月号より引用

『サイダーのように言葉が湧き上がる』(2021年,以下『サイダー』)で知られるイシグロキョウヘイ監督は,そんな新版画の作品に大きな影響を受けた作家の一人である。彼は『サイダー』で,『輪るピングドラム』(2011年)などの中村千恵子を美術監督に起用し,鈴木英人ら「シティポップ」系のイラストレーターを範とした記号的な美術スタイルを目指した。その際,イシグロはシティポップ調のイラストと新版画との間に「シルエット=輪郭」という共通点を見出す。彼は参考資料として中村に吉田博の作品を紹介したのだが,逆に中村からは川瀬巴水の作品を紹介されたのだという。この辺りの経緯については,イシグロが『サイダー』の制作裏話を語った「サイコトちゃんねる」に詳しい。


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吉田博と川瀬巴水と言えば,ともに新版画の代表的画家だ。「東京人」の記事の中でイシグロは,新版画・シティポップ・アニメをつなぐキーワードとして「シルエット」を挙げた上で,「百年前に生まれた新版画が,四十年前に流行ったシティポップを経て,現代のアニメにつながっているーそんな流れがあるように思うんです」と述べている。そして『サイダー』の後に手がけたNetflixオリジナルアニメ『ブライト:サムライソウル』(2021年)では,吉田博の画風をより明確に意識した画作りをしたという。*1 シティポップのイラストレーターたちが新版画にどれほど影響を受けていたかは不明だが,その2つがアニメという媒体の中で合流したという点は,表現の影響史を考える上でも興味深い。

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さらに特集記事には,『ストップ!!ひばりくん!』(1981-1983年)などのマンガ家・江口寿史と,多くのジブリ作品の美術を手がけた山本二三のコラムが掲載されている。それぞれの分野で独自の世界観を持つ江口と山本だが,彼らと新版画との印象深い出会いの物語は一読に値する。

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「東京人」2022年3月号より引用

「東京人」は電子書籍版も購入可能だ。今回の特集では図版が豊富に掲載されているので,拡大しながら細部を観ることのできる電子版のメリットは大きい。いずれにせよ,アニメ・マンガ界隈の方々にはぜひ手にとってもらいたい一冊だ。

*1:「東京人」2022年3月号,p.38,都市出版,2022年。