『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(以下『マギレコ』と省略)は,2017年にアニプレックスから配信された同名のスマートフォン向けRPGゲームを原作とするアニメ作品である。そして言うまでもなく,ゲーム『マギレコ 』自体が『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)(以下『まどマギ』と省略)を原作としている。キャラクター原案に蒼樹うめ,キャラクターデザインに谷口淳一郎,アニメ制作にシャフトと,原作の『まどマギ』と同じ布陣を守りつつも,総監督に『まどマギ』の異空間設計を担当した劇団犬カレーを起用するなど,新作に相応しい新機軸を盛り込んだ座組となっている。
コミックスやラノベと比べ,ヒット作が生まれにくい印象のあるゲーム原作だが,第1話の出来栄えは期待以上のものとなり,SNS上でも大きな話題となった。
前景化するタイポグラフィー
第1話の最大の特徴の1つは,学校や電車内の描写に大量の文字記号を用いた点にある。
文字媒体によって物語を暗示する手法に関しては,限定的ではあるが,すでに『まどマギ』の中でも行われていた。例えば第2話では,魔女の潜むビルの壁にヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』の一節が書かれており,この作品のいわば“元ネタ”を効果的に暗示していた。
とは言え『まどマギ』における文字媒体は,あくまでも暗示機能を担わされた背景美術の一部に過ぎなかったと言える。
一方『マギレコ』の文字記号は,情報伝達という機能面よりも,デザイン面に重きが置かれていたようだ。ロシア構成主義の芸術家アレクサンドル・ロトチェンコ *1 のポスターを思わせる文字記号たちは,〈文字〉というよりは〈タイポグラフィー〉と呼ぶのに相応しいほどにデザイン化され,『まどマギ』のそれよりもはるかに強い存在感を放っている。
そして,第1話前半では本筋とほぼ無関係だったこの〈タイポグラフィー〉的装飾が,終盤で「魔法少女たちの願い事」の場面とリンクし,大きく前景化してくるのが大変面白い。
このような〈タイポグラフィー〉としての文字記号の使用は,同じシャフト制作の『物語シリーズ』(2009年〜)の応用編とも言えるだろう。
『物語シリーズ』における〈タイポグラフィー〉は,人物の内面や西尾維新原作のテキストを補完したりする機能を持つと同時に,文字そのものの氾濫が演出の一部であった。それは〈解読〉されるためにあったというよりは,〈鑑賞〉されるためにあったと言ってよい。〈タイポグラフィー〉としてデザイン化された『マギレコ』の文字も,これに近い演出意図があると言えるだろう。
ちなみにこうした文字記号の活用は,〈学校〉というトポスならではの表現手法とも言える。そこには,注意書き,貼り紙,掲示などの文字情報があふれているからだ。〈学校〉という風景の中に黙して潜み,絵と台詞に並んで視聴者に雑多な声で語りかける文字記号は,他のトポスにはない独特な意味作用を担っているように思える。近年の作品では,『SSSS.GRIDMAN』(2018年)における文字記号の活用がとりわけ異彩を放っていた。詳細は以下の記事をご覧いただきたい。
『マギレコ』における〈タイポグラフィー〉の活用がどれほど功を奏すか。それは単なる装飾に終わるのか,あるいは前述の「魔法少女の願い事」との関連のように,物語の根幹に関わってくるのか。今後の展開が楽しみだ。
〈余剰演出〉
実写映画などと違い,すべての表現を意識的ににコントロール可能なアニメーションでは,筋運びと無関係な事物や所作なども“敢えて意識的に”盛り込むことになる。例えば『マギレコ』第1話では,環いろはが先生の指示棒の動きに合わせてリズムをとってしまうというシーンがある。
このようないわば〈余剰演出〉は,本筋とは無関係な演出上の“贅沢”であり,おそらく制作スタッフにそれなりの力量と余裕があることが大前提となると思われる。しかしそれは,登場人物の内面や世界観にある種の“襞”を作り,作品に複雑な妙味を与えるという点で,視聴者にとって大変嬉しいサービスなのだ。
こうした演出上の“テンション”が最終話までキープされれば,原作『まどマギ』にも見劣りしない傑作になることが予想される。今期の有望株とみなしてよいだろう。
第1話制作スタッフ
【脚本】小川楓,劇団犬カレー(泥犬)
【絵コンテ】鈴木利正
【作画監督】杉山延寛,山村洋貴,宮井加奈,伊藤良明
【原画】阿部厳一朗,高野晃久,宮井加奈,綾部美穂,小森亜紀,青木聡,上野あさみ,関口渚,長田寛人,川田和樹,有田絵里子,秋葉徹,佐藤隼也,宮嶋仁志,松崎嘉克,高橋みき,浅井昭人,小森良,野道佳代,渋谷勤,大橋勇吾,河島久美子,小澤和則,村山公輔,滝山真哲,渡辺明夫,鈴木利正,橋本敬史,武内宣之
(リンクはWikipediaもしくは@wiki)
*1:ロトチェンコに関しては,バイオグラフィーと作品がMoMAのウェブサイトで閲覧可能。