アニ録ブログ

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TVアニメ『オッドタクシー』(2021年春)レビュー[考察・感想]:空を舞うセイウチ,改変される世界

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。

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『オッドタクシー』公式HPより引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

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木下麦監督/此元和津也脚本『オッドタクシー』は,その緻密な構成と洗練された語り口によって,近年のオリジナルアニメの中でも最も注目すべき作品の1つとなった作品だ。セイウチ,アルパカ,ゴリラ,サルなど,登場人物がすべて動物の姿をしている点も目を引く特徴だ。その意味で,本作は戦前の黎明期のアニメから続く“動物擬人化”の系譜に連なる ー少なくとも当初はそのように見えるー 作品である。

あらすじ

主人公の小戸川は東京でタクシードライバーをしている偏屈な中年男だ。彼の元には,承認欲求丸出しの樺沢,どこかミステリアスな看護師の白川,売れない芸人のホモサピエンスなど,個性豊かな客ばかりが訪れる。やがて「女子高生失踪事件」を中心に,いくつもの必然と偶然が彼ら/彼女らを結びつけていく。

ダイアローグ,モノローグ,ラップローグ

『オッドタクシー』の魅力の1つはキャラクターたちの軽妙なセリフ回しにある。

まず特筆すべきはダイアローグだ。2人の人物の対話を真正面から捉えたカットや,「Aの問いに対し一拍置いた後にBがボケ,間髪入れずAがツッコミを入れる」という間合いの取り方が多用され,まるで上方漫才を見ているかのような心地よい空気感とリズムが生まれている。特に小戸川を演じる花江夏樹の朴訥とした語り口は,この作品全体に独特なリズムを与えている。“セイウチ様の中年”というキャラクターはおそらくこれまでの花江のキャリアにはなかった役どころであり,彼の芸風の広さがうかがえる。

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『オッドタクシー』#2「長い夜の過ごし方」(左)/#3「付け焼き刃に御用心」(右)より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

脚本担当の此元和津也は,これまでマンガ家としてのキャリアをメインとしてきた人物だ。彼の代表作である『セトウツミ』(2013-2017年)には上記のようなダイアローグの場面が数多く見られる。その意味で『オッドタクシー』を『セトウツミ』の“応用編”として見ることもできるかもしれない。両作品の洗練された“対話術”をつぶさに比較・分析してみるのも面白いだろう。

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その一方で#4「田中革命」では,田中モノローグが1話分まるごと埋め尽くすという大胆な構成が視聴者を驚かせた。斉藤壮馬演じる田中が淡々と語る自らの生い立ちの中には,“スクール・カースト”や“SNS時代の廃課金”といった現代的な問題が含まれており,『オッドタクシー』という作品がアクチュアリティをベースにしていることを示した話数でもある。その一見本筋とは無関係に思える田中の転落人生が徐々に小戸川たちの運命に接続していく様は,本作の中でも最もスリリングで見応えのある部分だ。

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『オッドタクシー』#4「田中革命」(左)/#7「トリック・オア・トリート」(右)より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

そして極めつけは,#7「トリック・オア・トリート」で本格的に登場するヤノである。ヤノには,彼の登場と共に流れるBGMに合わせてラップ調の韻を踏みながら話すという習性があり,二階堂からは「変なリズムで喋る男」(#11「あの日に戻れたら」)と呼ばれている。ヤノのこの語り口が,物語後半のシリアスな展開に極めてシュールなフレーバーを加味している。#12「たりないふたり」で偽金をつかまされたヤノが慌てふためいて韻を踏むのを忘れる,という展開もすこぶる面白い。このユニークなキャラクターのCVを担当したのは本職のラッパーMETEORだ。本作の音楽を担当したPUNPEEからの推薦で起用されたらしいが,その独特な声質とリズム感はヤノというキャラクターの魅力を倍増させていると言えるだろう。

サスペンス,そして違和感

動物擬人化という世界観を採用し,軽妙洒脱な語り口をスパイスとして効かせつつも,本作のメインストーリーそのものは意外なほど硬派なサスペンス&ミステリーである。

特に終盤では,「女子高生失踪事件」と「宝くじ当選」を中心軸に物語が進展し,そこに「田中」というアクシデントが加わることで一気に緊張感が増していく。それと並行して,「小戸川の素性」に関する謎が剛力の調査によって徐々に明らかにされていく。この「女子高生失踪事件」「宝くじ」「小戸川の素性」という3つのキーワードを軸に,物語は“動物擬人化”という要素の真の意味をペンティングにしたまま,シリアスさの度合いをいやましに高めていく。

しかし,#11「あの日に戻れたら」における凄惨な遺体遺棄のシーンに至り,多くの視聴者はいよいよこう疑問に思う。“なぜこのアニメは動物擬人化という呑気な世界観を採用したのだろうか”,と。動物擬人化の系譜,とりわけ本作のような丸みを帯びたコミカルな身体表象の系譜において,(直接の描写はないとは言え)グロテスクな遺体損壊の描写は概ね避けられてきたはずだからである(よりリアルな身体を表象した『BEASTARS』の“捕食”シーンと比べて見ればいい)。コミカルな動物キャラとグロテスクのアンチノミー。本作はこの辺りの按配と提示のタイミングが絶妙である。

動物擬人化の系譜……?

『のらくろ二等兵』(1935年)や『桃太郎 海の神兵』(1945年)などの黎明期の作品に始まり,『ドン・チャック物語』(1975-1978年),『名探偵ホームズ』(1984-1985年),『銀河鉄道の夜』(1985年),『宇宙戦サジタリウス』(1986-1987年),そして近年の『BEASTARS』(2019-2021年)に至るまで。日本のアニメには連綿と続く〈動物擬人化〉の系譜がある。これらの作品では,人が動物であることの理由は原則として語られない。そういうものとして,いわば所与条件として与えられている。動物擬人化は,〈設定〉ではなく〈世界観〉としてあらかじめ与えられているのだ。そして僕らはそういうアニメの見方にすっかり慣らされている。

『オッドタクシー』はこの動物擬人化の系譜に連なる素振りを見せつつ,最後にそれが小戸川の「高次脳機能障害による視覚失認」が原因だったという設定を明らかにすることで,擬人化の世界観に慣れ切った視聴者の裏をかく。つまり“動物擬人化”というジャンルの特質を利用し,〈世界観〉を〈設定〉にどんでん返ししているわけだ。この手のどんでん返しそのものはさほど珍しくないものの,そこへ至るまでのストーリーテリングのテクニックには大いに感心させられる。

振り返ってみれば,微細な違和は初期の話数からすでにいくつもあったのだ。

小戸川の回想に登場する父と母の影。擬人化されていない標識。剛力と小戸川の「なあ小戸川。俺は何に見える?」「ゴリラだ」「…まあ合ってる」という両義的なやりとりや,小戸川が「この辺でアルパカはあんたしかいない」と言った時の白川の曖昧な笑い(#1「変わり者の運転手」)。「個性豊かな動物を飼育・展示」するスマホゲーム「ズーロジカルガーデン」。

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『オッドタクシー』#1「変わり者の運転手」(左)/#2「長い夜の過ごし方」(右)より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

僕らはこうしたいくつものサブリミナル・メッセージを脳のある部分に蓄積していきながら,意識の表層においては動物擬人化という世界観の系譜に概ね依拠しながら話を追っていたわけだ。

しかし最終話で動物擬人化という〈世界観〉が「高次脳機能障害による視覚失認」という〈設定〉へと転換した瞬間,物語はまるで“世界改変”を遂げたかのように様変わりする。すべての動物は人間になり,絵本のようにぼかされた背景は“リアル”な輪郭を得る。この劇的な瞬間が,それまでの比較的即物的な描写とは異質な一種の“奇跡”のシーンによって演出されているのは非常に面白い。

#13「どちらまで?」で,偽金をつかまされたことに激昂したヤノの一行は,本物の金を奪うべく小戸川のタクシーを猛追する。雪の降りしきる夜の都会を舞台にしたカーチェイスは,まるで映画のラストシーンのようにドラマチックで見応えがある。

そして小戸川はヤノ一味を振り切るべく東京湾への“ダイブ”を敢行する。それは幼少時代の一家心中というトラウマの再演でもあった。

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『オッドタクシー』#13「どちらまで?」より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

まるで『E.T.』(1982年)のあのカットのように,巨大な満月の前に舞う小戸川のタクシー。トランクから溢れて宙を舞う札。すべてのコマを視聴者の目に焼き付けんとするかのような贅沢なスローモーション。この劇的なダイブの瞬間を,物語に関わったすべてのキャラクターが同時に目撃するという“奇跡”がここで起こる。そしてあたかもこの“奇跡”が誘因となったかのように,小戸川は「視覚失認」を克服し,世界は改変される。

そして“強くてニューゲーム”へ

最終話で“世界改変”が起こった瞬間,僕ら視聴者は,これまで小戸川の主観カメラのようなものを通して世界を観察していたことに気付かされる。そして今度は,小戸川の主観の外部から客観的に物語を見直したいという気持ちに駆られる。つまり『オッドタクシー』は,最初から2度観られることを前提とした作品なのだ。

すべての事情を知った後,いわば“強くてニューゲーム”の体で最初から見直した時,随所に“隠れアイテム”があることに気づくだろう。カメラワークやキャラクターの視線やセリフの細部1つひとつにも巧妙な仕掛けが潜んでいるのだ。

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『オッドタクシー』#2「長い夜の過ごし方」より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

YouTubeで公開されている長嶋のオーディオドラマや「メテオの1分オッドタクシーリポート」もとても面白い。特に「幸せのボールペン」をめぐる長嶋のオーディオドラマは,話数ごとに追っていくとさらにディテールを掘り下げて物語を楽しむことができる。まだ視聴されていない方にはぜひお勧めしたい。

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さて,物語は小戸川が“真犯人”の和田垣さくらを乗せたところで終わってしまった。ラストカットの和田垣の不気味な笑みは,さながらサイコホラーのラストシーンのように保留的で恐ろしい。あの後,小戸川は和田垣に襲われてしまうのだろうか。だとしても心配は無用だろう。きっと白川の「ケイシャーダ」が彼を守ってくれるだろうから。

作品データ 

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】企画・原作:P.I.C.S./脚本:此元和津也P.I.C.S. management/監督:木下麦P.I.C.S./副監督:新田典生/キャラクターデザイン:木下麦中山裕美/美術監督:加藤賢司/色彩設計:大関たつ枝/撮影監督:天田雅/編集:後田良樹/音響監督:吉田光平/音響制作:ポニーキャニオンエンタープライズ/音楽:PUNPEEVaVaOMSB/音楽制作協力:SUMMIT/音楽制作:ポニーキャニオン/アニメーション制作:P.I.C.S. × OLM

【キャスト】小戸川:花江夏樹/白川:飯田里穂/剛力:木村良平/柿花:山口勝平/二階堂ルイ:三森すずこ/市村しほ:小泉萌香/和田垣さくら:村上まなつ/三矢ユキ:鬼頭明里/大門兄:昴生(ミキ)/大門弟:亜生(ミキ)/柴垣(ホモサピエンス)ユースケ(ダイアン)/馬場(ホモサピエンス):津田篤宏(ダイアン)/樺沢:たかし(トレンディエンジェル)/タエ子:村上知子(森三中)/福本(煩悩イルミネーション):高井佳佑(ガーリィレコード)/近藤(煩悩イルミネーション):フェニックス(ガーリィレコード)/ドブ:浜田賢二/今井:酒井広大/田中:斉藤壮馬/山本:古川慎/関口:堀井茶渡/笑福亭呑楽:大塚芳忠/黒田:黒田崇矢/花音:汐宮あまね/玲奈:神楽千歌/ヤノ:METEOR/長嶋聡:高杉真宙

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 4 4 5
CV ドラマ メッセージ 独自性
5 5 3.5 5
普遍性 考察 平均
4 4.5 4.5
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・「平均」は小数点第二位を四捨五入。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

商品情報

当初Blu-rayの発売予定はなかったが,多くの反響を受け,「受注数に応じて特典内容が豪華になる」という方式のプロジェクトが立ち上がった。詳しくこちらのサイトを参照。