アニ録ブログ

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此元和津也の“対話篇”:『オッドタクシー』と『セトウツミ』のコミックダイアローグ[考察・感想]

*この記事にネタバレはありませんが,『オッドタクシー』と『セトウツミ』の内容に触れています。先入観のない状態で作品を楽しみたい方は,作品本編をご覧になってから本記事をお読みください。

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『オッドタクシー』公式HPより引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

現在放映中のTVアニメ『オッドタクシー』(2021年春)は,原作のないオリジナル作品でありながら,その独特の語り口によってコアなアニメファンを惹きつけている快作だ。脚本を手がける此元和津也は,2006年にマンガ家としてデビューし,『セトウツミ』(2013-2017年)をヒットさせた。2018年以降は映像制作会社P.I.C.S.に所属し,映画『ブラック校則』(2019年)などの脚本を手がけている。

此元の最大の特徴はそのハイセンスなセリフ回しだ。とりわけ『セトウツミ』における洗練されたセリフの応酬は『オッドタクシー』にも流れ込み,本作を近年のアニメ作品の中でも際立ってユニークな作品にしている。今回の記事では,『セトウツミ』と『オッドタクシー』における此元和津也流“対話術"に注目してみたい。

“かけあい”の快楽

大阪のとある川縁の短い階段。部活を辞めたばかりで時間を持て余した瀬戸と,塾へ行くまでの時間を持て余した孤独な秀才・内海がそこに座る。2人は「暇をつぶす」という共通の利害の歯車を噛み合わせるように,毎日ひたすら対話を続ける。

『セトウツミ』は,ただそれだけのマンガである。しかしそれがひたすら面白い。上方漫才ばりのボケとツッコミ,軽やかな飛躍,巧妙な伏線,文学的とも言えるほど大胆な比喩。計算されたコマ割りや改頁のタイミング。対話の場所は川縁にほぼ固定されており,演劇,いや演芸を思わせるユニークな舞台設定だ。 

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此元和津也『セトウツミ⑤』,pp.84-85,秋田書店,2016年 ©︎K.KONOMOTO 2016

“かけあい漫才”などと言う時の“かけあい”は,英語では“dialogue”である。それは本来,dia(2人の間の)+logue(談話)という意味だ。このdialogue=対話の哲学的意義を説いたのは古代ギリシャのソクラテス(プラトン)だが,それをエンターテインメントとして発展させたのが現代日本の此元なのだ。

瀬戸と内海の対話には,ゴールも意図もない。もちろん真理やイデアにたどり着こうというわけでもない。ただの「暇つぶし」なのだから。しかしその対話の中から,人物の個性と人間関係が徐々に浮かび上がってくる。対話はいくつかの伏線を張りながらそれを回収しつつ,いつのまにか読者を終盤の驚くべき展開へと誘導していく。

瀬戸と内海は見た目的にも“普通の高校生”だ。あくまでも普通の日常を描いた本作には,突飛な事件やシュールな出来事はほとんど起こらない。その代わりに,対話がキャラクターと物語を規定する。対話には瀬戸と内海以外の人物も参加することがある。しかし作品の主旋律を奏でるのは,あくまでも彼ら2人の間の対話だ。2人だからこそ,かけあいの濃度は極限まで高まる。

『オッドタクシー』は,『セトウツミ』で洗練された対話術のいわば応用編だ。タクシードライバーの小戸川を中心に,多彩なキャラクターが濃密な対話劇を繰り広げる。その一つひとつが,時に偶然の要素を“かすがい”に接合され,物語を推進していく。

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『オッドタクシー』#3「付け焼き刃に御用心」より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

『オッドタクシー』でも,2名による対話がホームポジションのように反復的に用いられている。対話のシーンではキャラクターを真正面から捉えた構図が多用される。そこでは,ちょうど『セトウツミ』の川縁の階段の瀬戸と内海のカットと同じように,“かけあい漫才”のような空気が生まれる。贅沢な間と,それと対照的なやや食い気味のセリフのかけあいが心地よい。特に#3「付け焼き刃に御用心」における小戸川と白川のやりとりは,2人の微妙な距離感がスパイスとして効いており,すこぶる面白い。

寡黙なセリフ,饒舌な絵

“映像作品はセリフではなく絵で語れ”とよく言われる。『オッドタクシー』は,一見そうした映像界の定言命法に逆らっているように思える。しかしよく見れば,キャラクターたちの対話と同じくらい饒舌な“絵の語り”が随所に散りばめられていることに気づくだろう。

例えば#2「長い夜の過ごし方」では,タクシーのラジオで「ホモサピエンス」のトークが延々と流れる中,小戸川と白川の気まずい空気が表情や仕草のみで表現されている。

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『オッドタクシー』#2「長い夜の過ごし方」より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

白川の「もしかして気まずいの?」という些かストレートな“ツッコミ”が沈黙を破った後,「ホモサピエンス」のトークに代わって小戸川と白川のかけあいが堰を切ったように始まる。絵による語りとセリフによる語りの差異を効果的に用いた名シーンだ。

『セトウツミ』にも“絵の語り”が効果が用いられている箇所はたくさんある。この作品では,しばしば会話の合間にセミコロンのように饒舌な沈黙が挿入され,セリフ以上に文脈を克明に伝えることがある。

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此元和津也『セトウツミ①』,p103,秋田書店,2014年 ©︎K.KONOMOTO 2016

コミック・ディスコミュニケーション

此元の対話術の中でとりわけ目を引くのは,“対話が成立しているように思えて実は成立していない”という局面をコメディとして活用する技法だ。『セトウツミ』で言えば,第9話「表とジョーカー」第10話「裏とババ」における「ババ抜き対決」で,内海が瀬戸のセリフを誤解して玉砕するエピソードや,第43話「過去とファイル」第44話「未来とフォルダ」における「絵しりとり」で,瀬戸と内海が互いの思惑を曲解してディスコミュニケーションが生じるエピソードである。これらのエピソードでは,同じシーンを瀬戸と内海の双方の視点から語り直すことで“答え合わせ”をするという手法がとられている。

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此元和津也『セトウツミ②』,pp.24-25,秋田書店,2014年 ©︎K.KONOMOTO 2016

『オッドタクシー』で言えば,#3「付け焼き刃に御用心」で,柿花がヘッドフォンで電話をしている黒田と偶然対話が“成立”してしまうエピソードがこれに近い。このシーンのすぐ後で,黒田とドブの実際の電話シーンが挿入され,“答え合わせ”が行われている。

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『オッドタクシー』#3「付け焼き刃に御用心」より引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

こうした手法には,単なるコメディとして片付けるにはもったいないほど深い意味があると僕は思う。

対話による意思疎通は常に成功するわけではない。むしろ,その打率は悲劇的なほどに低いと言える。自分の意図が誤解され,相手の意図を曲解してしまうのが人の対話の常というものだ。そこからは悲劇も生まれれば,喜劇も生まれる。だから人は(あるいはケモノは)滑稽な対話を繰り返すことで,その打率を少しでも上げようと奮闘努力する。そしてそれ自体も,悲劇であり喜劇でもある。だからそこからドラマが生まれる。此元和津也は,そのことを熟知した優れた才能である。

www.otalog.jp

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商品情報

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田中革命

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セトウツミ 8 (少年チャンピオン・コミックス)

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