*この記事は『SPY×FAMILY』「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」のネタバレを含みます。
マンガ原作のアニメを観る上で最も面白いポイントは,"いかに原作を忠実に再現したか"というよりは,"いかに原作を解釈したか"だと思う。例えばアニメ化に際しては,しばしばコマとコマの間の動きや時間経過,背景の白抜き部分などを補填する必要があり,その部分がアニメ特有の"解釈"となることがある。また当然,声優陣の声の演技や劇伴なども原作に対する付加価値的となりうる。アニメ『SPY×FAMLY』の第1話「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」は,上記のような意味での"解釈"が随所に見受けられ,ファンの間で事前に高まっていた期待を大きく上回る傑作回だったと言える。今回の記事ではそのいくつかのポイントを見ていこう。
モーション:"かっこいい"と"かわいい"
まず注目したいのは,アニメ化作品の醍醐味であるモーションの演出だ。比較的淡白なルックのキャラデザに比して,人物の動作やカメラワークの描写はかなり細やかで,全体的なモーションの情報量は高い。特にロイドが運転をしながら片手でメガネを装着するカット,ジャケットの袖に腕を通すカット,マフィアの一味との格闘におけるアクションのカットなど,原作にないディテールが盛り込まれており,ロイドのスマートな"かっこよさ"を強調する演出として目を引く。これらによって「かっこいいうそつき」というアーニャのセリフにも説得力が増している。
そしてとりわけ重要なのはアーニャの登場シーンだ。孤児院でロイドにアピールするために背伸びをするカットの足の震えや,クロスワードパズルに駆け寄るカットの足の運びなどが丁寧にアニメートされている。原作では「とたたっ」と擬音で表現されている足音が軽やかな効果音で表されており,耳に心地いい。ロイドの「敵襲」という心の声に反応して隠れ場所を探す場面でも,アーニャの動きが丹念にアニメートされている。その微笑ましい姿に思わず頬がゆるむ。
アーニャがロイドのスパイ道具を漁るシーンは,この話数の目玉と言ってよいかもしれない。興味のないものは無造作に放り出し,見つけた通信装置で嬉々としていたずらをするアーニャ。そこには,ひっくり返したおもちゃ箱を前に目を輝かせる無邪気な子どもの姿が再現されている。
そして特筆すべきは,こうしたアニメーションにさらに生き生きとした命を吹き込んだ種﨑敦美の演技だ。"コメディ担当"としてのアーニャの面白みを引き出しながらも,過度にギャグに寄り過ぎて“子どものカリカチュア”に陥るようなことなどがなく,リアルな子どもの存在感をうまく出している。PVや「AnimeJapan」のステージを見て彼女の演技への期待度は高まっていたものの,正直,ここまで見事にアーニャ役を演じ切るとは思わなかった。
この一連のシーンのモーションや声の演技によって,この物語の焦点が子どもの目線にあることが確かに感じられる演出になっている。
子どもが泣かない世界
個人的にアニメ『SPY×FAMILY』で意外だったのは,ロイド役の江口拓也の演技だ。コミカルなシーンでも比較的抑えめの声で,沈着冷静な側面を強調する演技になっていたのが面白い。本作はロイドの独白が多いため,自然,この江口の声の演技が作品全体の雰囲気を決定づける要素となる。また劇伴も思いのほか控えめで,日常シーンやギャグシーンなどにコミカルな音楽を乗せるといった常套手段が多用されることがない。どちらかと言えば,シリアスに寄せた音響演出だったと言える。こうした音響面でのトーンは,「子どもが泣かない」平和な世界を作るという,本作に込められたシリアスなテーマともうまく整合性が保たれている。
シリアスシーンが丁寧に作られていたのも印象的だった。例えば冒頭,ロイドが列車の中でWISE局長からのミッションを読むシーン。列車がトンネルに入ると,にわかに車内の光量が下がり,ロイドの姿が窓ガラスに映し出される。その後,列車はトンネルを抜け,局長の「影なき英雄よ」というセリフのタイミングで窓に映ったロイドの影=姿も消える。「君たちエージェントの活躍が日に目を見ることはない。勲章もなく新聞の片隅に載ることもない。だがそれでも,その骸の上に人々の日常が成り立っていることを忘れるな」という局長のセリフに合わせ,幸せそうな家族づれの乗客の姿が大写しになる。このシーンの劇伴もシリアス寄りになっている。
このシーンのトーンは,終盤,マフィアとの対決に向かうロイドの「そうだった。子どもが泣かない世界。それを作りたくて俺はスパイになったんだ」という独白のシーンときれいに接続される。このシーンにおけるロイドの一連の所作とアーニャの表情も実に印象的だ。
『SPY×FAMILY』がアクションとスラップスティックを主体としたコメディであることは確かだが,その中にも「子どもの泣かない世界を作る」というロイドの願いがライトモチーフとして流れている。今回見てきた「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」には,コメディ要素によって視聴者を笑わせながらも,子どもが泣き止み,子どもが子どもらしく笑顔でいられる未来を暗示するという古橋の意図を感じたように思う。
この記事をご覧になったみなさんも,原作と比較しながら第1話を観直してみてはいかがだろうか。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど
【スタッフ】
原作:遠藤達哉/監督:古橋一浩/キャラクターデザイン:嶋田和晃/総作画監督:嶋田和晃,浅野恭司/助監督:片桐崇,高橋謙仁,原田孝宏/色彩設計:橋本賢/美術設定:谷内優穂,杉本智美,金平和茂/美術監督:永井一男,薄井久代/3DCG監督:今垣佳奈/撮影監督:伏原あかね/副撮影監督:佐久間悠也/編集:齋藤朱里/音楽プロデュース:(K)NoW_NAME/音響監督:はたしょう二/音響効果:出雲範子/制作:WIT STUDIO×CloverWorks
【キャスト】
ロイド・フォージャー:江口拓也/アーニャ・フォージャー:種﨑敦美/ヨル・フォージャー:早見沙織/フランキー・フランクリン:吉野裕行/シルヴィア・シャーウッド:甲斐田裕子/ヘンリー・ヘンダーソン:山路和弘/ナレーション:松田健一郎
【「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」スタッフ】
脚本:河口友美/絵コンテ・演出:古橋一浩/総作画監督:嶋田和晃/作画監督:浅野恭二,松尾優