アニ録ブログ

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TVアニメ『よふかしのうた』(2022年夏)第4夜「せまくない?」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『よふかしのうた』第4夜「せまくない?」のネタバレを含みます。

第4話「せまくない?」より引用 ©︎2022コトヤマ・小学館/「よふかしのうた」製作委員会

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板村智幸監督『よふかしのうた』は,『だがしかし』(原作:2014-2018年/TVアニメ:2016年,2018年)で知られるコトヤマの同名マンガを原作とするTVアニメだ。エイロマンティック気味の主人公・夜守コウが,吸血鬼の七草ナズナとの出会いを通して,"恋"と"自由"の意味を模索していくコメディ作品である。端々に見られる昭和風味の設定は,観る人を選ぶ可能性もあるが,“ちょっと前の古さ”を効果的な演出スパイスとして用いた例として評価できる。今回の記事では,第4夜「せまくない?」の演出に注目しつつ,本作の魅力を炙り出してみよう。

 

色々な〈色〉

当然のことだが,モノクロのマンガをアニメ化する際には,〈色彩〉という表現要素が付加される。それはアニメの制作者による独自の"解釈"であり,マンガ原作アニメを観る最大の楽しみの1つでもある。

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今期のTVアニメの中でも,『よふかしのうた』のアニメの主要舞台である〈夜〉の色彩設計は抜群に面白い。原作のように淡白な単色で描かず,むしろ艶やかな色彩で彩ることにより,夜の持つ豊かな表情を魅力的に描き出している。この色彩設計を原作者のコトヤマがどう評価しているかが気になるところだが,原作とは違った解釈を誘う要素として,表現上の意義は大きいと言えるだろう。

第4話「せまくない?」より引用 ©︎2022コトヤマ・小学館/「よふかしのうた」製作委員会

夜空には,ほぼ常に彩り豊かな天の川が映し出されている。その下に広がる夜の街の色は,宇宙の色を反映しているかのように神秘的であり,また同時に,一昔前の繁華街の雑多なネオンサインのように淫靡ですらある。

ところで〈色〉という漢字はそれ自体が多義的で,色々な意味を含んでいる。心情,情愛,情欲,風流,多様性。アニメ版で強調されているこの〈色〉は,コウとナズナの関係の多義性ーー性欲か,恋か,友情かーーを象徴しているようにも思える。

ところが第4夜「せまくない?」は,そんな表情豊かな〈夜〉とは対照的な,朝井アキラのやや単調で退屈な〈昼〉の風景から始まる。

第4話「せまくない?」より引用 ©︎2022コトヤマ・小学館/「よふかしのうた」製作委員会

コウの幼馴染であるアキラは,夜ふかしに興じるコウとは違い,一般的な中学生らしい〈昼〉のルーティンを日々こなしている。だが,彼女の〈昼〉の日常は少々彩りを欠いているようだ。学校,団地の建物,浴室,自室。アキラを取り巻く様々な事物の色彩は,彩度を抑え気味に描写されている。

第4夜では,そんなアキラがコウに誘われて吸血鬼ナズナの部屋でゲームをして遊ぶことになる。この奇妙な三角関係を描いた一連のシーンは,そのレイアウトの妙と相俟って,この上なく面白いアニメーションに仕上がっている。

 

小津調ロマン(ス/ポルノ)

『よふかしのうた』は,ナズナの部屋の空間描写がとにかく面白い。多くのヴァンパイア作品では立ち姿の吸血シーンが比較的多い(実際『よふかしのうた』にもそうしたシーンがある)と思われるが,『よふかしのうた』では,敷布団の上でナズナがコウに添い寝しながら血を吸うという,一風変わったリチュアルが描かれるのだ。

フローリングの上に無造作に敷かれた薄い敷布団。スタイリッシュな連れ込み宿のような佇まい(実際,ナズナはそのような使い方をしているのだが)は,令和風味にアレンジされた日活ロマンポルノのワンシーンようだ。団地の畳敷きにベッドが置かれたアキラやコウの部屋ときれいな好対照を成しているのも面白い。

特に第4夜では,ここにコウ,ナズナ,アキラの「男女女」が配置されることにより,空間的にも心理的にも絶妙な関係性が発生している。

第4話「せまくない?」より引用 ©︎2022コトヤマ・小学館/「よふかしのうた」製作委員会

多くのカットで,カメラが床すれすれの地点まで引き下げられ,独特のローアングルが生まれている。上の3枚の構図は特に面白い。小津安二郎も手を叩いて喜ぶのではないかと思わせるほどのユニークな構図だ(ちなみにこの辺りの構図はほぼ原作通りである)。

そして,このシーンにおけるコウとアキラの会話劇,およびアキラの心情描写も注目に値する。

敷布団という,久しぶりに会ったというにはあまりにも近すぎる距離感の中で,アキラは「吸血鬼になりたい」というコウの「夢」を知る。それはあまりにも突飛で現実味のない「夢」だが,少なくともアキラにとって,この対話はコウの真実の気持ちを知り得るきっかけとなったのである。敷布団の上で行われるコウとアキラの親密な会話劇は,コウとナズナの関係に劣らず多義的だ。エイロマンティックのコウがナズナに対して抱く感情が"恋"なのか"友情"なのか"性欲"なのかが留保されている状況の中で,アキラがコウに対して抱く感情も"恋"か"友情"かで留保されている。にもかかわらず,その曖昧な関係は"敷布団の上での添寝"という状況によって,奇妙な形で情欲を暗示してしまっている。それも,こともあろうに"昭和ロマンポルノ"風味なシチュエーションの中で。

第4話「せまくない?」より引用 ©︎2022コトヤマ・小学館/「よふかしのうた」製作委員会

ともかくも,アキラの中でコウに対する感情が何らかの形で変化したのは間違いない。花守ゆみりのあまりにも自然な演技に,ややもすると聞き逃してしまうのだが,彼女はいつの間にか「夜守」ではなく「コウ」と呼びかけるようになっている。

翌朝,見透かしたようなナズナに「人は一日に満足するとよく眠れるのさ。満足できたかい?」と問われたアキラは,「さあ…どうなんでしょうね」と曖昧に返答する。しかしその目に映る雨上がりの町の風景は,少し前まで失われていた〈色〉を幾分か取り戻しているようである。

第4話「せまくない?」より引用 ©︎2022コトヤマ・小学館/「よふかしのうた」製作委員会

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:コトヤマ/監督:板村智幸/チーフディレクター:宮西哲也/脚本:横手美智子/キャラクターデザイン:佐川遥/音楽:出羽良彰/美術設定:杉山晋史/美術監督:横松紀彦/色彩設計:滝沢いづみ/色彩設計補佐:きつかわあさみ/撮影監督:土本優貴/編集:榎田美咲/音響監督:木村絵理子/オープニング・テーマ:Creepy Nuts「堕天」/エンディング・テーマ:Creepy Nuts「よふかしのうた」/アニメーション制作:ライデンフィルム

【キャスト】
夜守コウ:
佐藤元/七草ナズナ:雨宮天/朝井アキラ:花守ゆみり/桔梗セリ:戸松遥/平田ニコ:喜多村英梨/本田カブラ:伊藤静/小繁縷ミドリ:大空直美/蘿蔔ハツカ:和氣あず未/夕真昼:小野賢章/秋山昭人:吉野裕行/白河清澄:日笠陽子

【第4話スタッフ】
脚本:
横手美智子/絵コンテ:伊東優一宮西哲也/演出:武藤信宏/総作画監督:佐川遥

 

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