アニ録ブログ

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TVアニメ『リコリス・リコイル』(2022年夏)第3話「More haste, less speed」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『リコリス・リコイル』「#3 More haste, less speed」のネタバレを含みます。

「3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

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足立慎吾監督『リコリス・リコイル』は,高校生に扮した少女たちが犯罪者を処分するというハードボイルドな設定と,それと対照的な「喫茶リコリコ」での日常的な風景を描いたオリジナルアニメだ。その華やかなルックと豊かな人物描写は多くの視聴者の心を捉え,今期もっとも注目されるオリジナルアニメとして高い評価を受けている。今回の記事では,「#3 More haste, less speed」の演出を中心に,本作の基底を成している〈仮象/現実〉〈規律/日常〉という物語構造を見ていこう。

 

〈仮象〉としてのJK

僕らは高校生が主人公のアニメをごまんと知っている。ハイティーンという限られた人生の期間に圧縮された特殊な行動力,活力,あるいは未熟さは,僕ら自身の過去の経験に触れながら,一種の感情発生装置として的確に笑いや感動を引き起こす。『リコリス・リコイル』という作品も,そうした装置としての"高校生"を世界設定に導入している。ただし,その〈仮装〉,あるいは〈仮象〉として。

千束たきなたち「リコリス」は,女子高生とDAのエージェントを“兼任”しているわけでもなければ,たまたま身につけている衣装が“高校の制服っぽい”わけでもない。彼女たちは「日本で一番警戒されない姿」*1 として女子高生風の制服を身につけているのだ。能力のランクごとにファースト=赤,セカンド=紺,サード=ベージュと色が指定されているのも,まるで学年の違いを示しているようだ。そのようにして,彼女たちは血生臭い実働部隊としての存在を秘匿している。要するに「JKの制服は都会の迷彩服」*2 というわけである。

第3話は,そんな〈仮象JK〉としての千束とたきながDA本部に一時帰還する話数だが,このDA本部そのものが,まるで無機質なパブリックスクールのような〈仮象〉をまとっているのが面白い。

「#3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

寮の部屋や廊下,そして体力測定などの風景は,学園アニメの日常を切り取ったかのようだ。千束とフキの模擬戦も,あたかも部活のライバル同士の対決のようなイベントに感じられる。千束とたきなのコンビが勝った暁には,視聴者は彼女たちと共に「スカッと」する。

「3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

しかしこのまるで"高校生活"のような〈仮象〉の裏には,孤児として生まれ,戸籍も持たず,「マーダーライセンス」を与えられて犯罪者たちを抹殺する「リコリス」たちの〈現実〉がある。この話数は,"高校生活"という〈仮象〉によって視聴者に「スカッと」という類型的な感情を疑似体験させながら,同時に模擬戦のペイント弾のビビッドな色によって,彼女たちの過酷な〈現実〉を暗示する。要するに,ハイブリッドにエモい話数なのだ。

そもそも,『リコリス・リコイル』の世界観そのものが〈仮象〉によって成り立っている。第1話冒頭の千束のモノローグを思い出そう。

平和で安全きれいな東京。日本人は規範意識が高くて、優しくて温厚。法治国家日本。首都東京には、危険などない。社会を乱す者の存在を許してはならない。存在していたことも許さない。消して消して消して、きれいにする。危険はもともとなかった。平和は私たち日本人の気質によって成り立ってるんだ。そう思えることが一番の幸せ。それを作るのが私たちリコリスの役目。なんだってさ。

この世界では,リコリスたちの"暗躍"によって「安全」という〈仮象〉が作られ,日本社会の暗部をきれいに覆い隠している。しかしモノローグ最後の「なんだってさ」は,千束がおそらくこの〈仮象〉の欺瞞にー第4話に登場するテロリスト・真島とは違った感性でー気づき,そこから距離を取ろうとしていることを示している。だから彼女は,DAという〈仮象〉から距離を置いたのかもしれない。

 

〈規律〉から〈日常〉へ

千束は電波塔事件以降,「アラン機関」のチャームをくれた人を探すために本部を離れ,支部「喫茶リコリコ」に勤務している。たきなは第1話で描かれた銃取引現場での命令違反により,本部から支部へ異動させられている。事情こそ異れ,彼女たちの成り行きは本部組織=〈中心〉から町の喫茶店=〈周辺〉という軌道を示している。支部での主な仕事は,保育園の園児の世話,日本語学校の手伝い,コーヒーの配達など,暗殺を主とした本部リコリスのミッションとはその趣を異にする。本部とはまったく異なる,日常的な風景が繰り広げられる町の喫茶店が舞台として選ばれているのが面白い。〈中心/周辺〉という対比は,〈規律/日常〉という対比と重なり合う。

「#3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

第3話の冒頭,たきなは依然としてDA本部への未練を抱え,リコリコでの日常になじみきれていない。リコリコで開催される「閉店ボドゲ会」にもまったく興味を示さない(ちなみにくるみはこの時点ですっかり溶け込んでいる)。その後,本部を訪れる千束にたきなも同行することになるが,行きがけの電車の中で2人の視線が合うことは少ない。2人の心情の齟齬を表すかのように,車窓から憂鬱な雨空がうかがえるのが印象的だ。

模擬戦の直前,DA本部=〈規律〉の世界に執着するたきなに,千束は「たきなを必要としている人が町にはたくさんいるよ」と言い,リコリコと町での〈日常〉の大切さを理解させようとする。この時,銃取引現場でのたきなの行動に関して千束が言ったセリフが重要だ。

あの時たきなは仲間を救いたかった。それは命令じゃない。自分で決めたことでしょ。それが一番大事。

「3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

千束のこのセリフは,ことあるごとに「合理性」にこだわるたきなの行動が,実は〈命令〉=〈規律〉を逸脱し,己自身の気持ちに添ったものであったことを言い当てている。そもそも,DA本部の規律を重んじるたきなが,DAの命令に背いたこと自体が不合理だったのだ。

「3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

たきなが一人,噴水の前で千束の言葉を反芻するシーンでは,それまで降っていた雨が上がり,ガラス天井を通して明るい陽光が差し込む。"雨天から晴天"という変化自体は,登場人物の心情変化を表す常套手段だが,ここで千束の底抜けの笑顔と陽光をたきなの心の中で接続したのは面白い。

たきなは千束の思いに触れ,千束と共に再びリコリコの日常世界に戻る。その表情からは,彼女を呪縛していた〈規律〉への執着心が幾分か失せている。

「3 More hast, less speed」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

リコリコ=〈日常〉の世界からDA本部=〈規律〉の世界へ,そして再びリコリコ=〈日常〉の世界へ。この往復軌道の中で,たきなは〈規律〉の世界から〈日常〉の世界に少しだけ近づく。そしてこの〈日常〉性は,次の第4話「Nothing seek, nothing find」のいわゆる"パンツ回"へと受け継がれることになる。ただし,地下鉄で起こるテロ事件を視聴者から覆い隠す〈仮象〉として。

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:Spider Lily/監督:足立慎吾/ストーリー原案:アサウラ/キャラクターデザイン:いみぎむる/副監督:丸山裕介/サブキャラクターデザイン:山本由美子/総作画監督:山本由美子鈴木豪竹内由香里晶貴孝二/銃器・アクション監修:沢田犬二/プロップデザイン:朱原デーナ/美術監督:岡本穂高池田真依子/美術設定:六七質/色彩設計:佐々木梓CGディレクター:森岡俊宇/撮影監督:青嶋俊明/編集:須藤瞳/音響監督:吉田光平/音楽:睦月周平/制作:A-1 Pictures

【キャスト】
錦木千束:安済知佳/井ノ上たきな:若山詩音/中原ミズキ:小清水亜美/クルミ:久野美咲/ミカ:さかき孝輔

【第3話スタッフ】
脚本:
枦山大/絵コンテ:足立慎吾丸山裕介/演出:丸山裕介/総作画監督:鈴木豪晶貴孝二

 

商品情報

*1:第2話の千束のセリフ。

*2:第2話のウォールナット(くるみ)のセリフ。