アニ録ブログ

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TVアニメ『リコリス・リコイル』(2022年夏)第9話「What's done is done」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『リコリス・リコイル』「#9 What's done is done」のネタバレを含みます。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

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足立慎吾監督『リコリス・リコイル』の各話レビュー第2弾として,今回は「#9 What's done is done」を取り上げてみたい。総作画監督の山本由美子以下,作画班の技術が遺憾なく発揮された美麗な作画,丸山裕介副監督の卓越した演出,主人公・錦木千束のキャラ(クター)を的確に表現した各種シーンなど,語りがいのある名話数である。

 

美麗なる作画

千束の「余命2ヶ月」が告知され,最終話に向けて物語が加速し出した第9話。ここぞとばかりにスタッフ最大出力の作画・演出力が発揮された話数だった。特に作画に関しては,山本由美子が総作監を自ら買って出たということもあり,相当に気合の入った仕事が見られた。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

どのカットを切り取っても,アニメ誌のピンナップとして成立しそうなほど美麗な作画だ。近年,作画面で"うまい"と思わせるアニメは少なくないが,なかでもこの話数の作画レベルは段違いに高い。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

ミカを目の前にして頬を赤らめるフキや,フキに引きずられてパフェを惜しみながら去るサクラなど,サブキャラクターの作画も細部の描線まで生き生きと描かれている。すべてのキャラクターに愛情が注がれていることがよくわかる作画だ。

そし何よりこの話数では,たきなの作画と演出が光っている。特に千束の余命を知った後のたきなの芝居は細部まで作り込まれており,何度観ても飽きることがない。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

リコリコでの仕事中に千束と目が合うが,気まずさを抑えきれず目を逸らしてしまい,無言で立ち去る。この一連のシーンの目線の芝居,フォーカスの処理,カメラの切り替えなど,実に丁寧に作られている。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

たきながミカとクルミの話を立ち聞きした後,DAに戻る決意をするカット。前髪から落ちる雨滴が一瞬放つ光は,彼女の静かな決意を象徴的に表している。前髪の房の僅かな動きも丁寧に作画されており,ささやかだが印象に残る効果的な映像アクセントだ。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

ラストシーンで千束からマフラーを巻いてもらうたきな。長い黒髪がいくつもの房に分かれ,マフラーの内側へとカーブする様が美しく描かれている。一種の"マフラー女子あるある"の図だが,ここまで丁寧に作画されているとこれだけで"絵"として成立してしまう。

この話数は,総作画監督に山本由美子,作画監督に小松沙奈森田莉奈戸髙真希と,女性スタッフの割合が高い(原画と第二原画の女性比率も高い)ことも特記しておこう。全体として作画面に女性らしい細やかさが反映されている印象がある(女性スタッフを多く起用した幾原邦彦監督『輪るピングドラム』(2011年)なども想起させる)。*1

 

〈聖母〉の抱擁:千束とシンジのディスコミュニケーション

そして第9話で特筆すべきは,あらゆる命を守ろうとする千束の〈聖性〉が改めて強調された点だ。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

千束の人工心臓を破壊した姫蒲を殺害しようと飛び出すたきな。それを「いいのよ」と母のように優しく宥めて止める千束。夕暮れの光を背後に浴びながら穏やかに微笑む千束の姿は,ある種の神々しさを放っているとすら言える。

そして千束とシンジの初対面シーンは,この話数のクライマックスでもある。病院の中を車椅子で走り回る千束は,そこにたまたま居合わせたシンジを見かける。千束は持ち前の聡い観察眼で,彼が自分に人工心臓を授けてくれた人物であることを悟る。

「#9 What's done is done」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

暗殺者としての千束を生かすべく「救世主」を自称するシンジと,自分の命を救ってくれたことに感謝しつつ,自らも「救世主」になることを誓う千束。この時,シンジの脳裏にあるのは"殺すこと"であり,千束の思いは"生かすこと"である。この「皮肉」(クルミの言葉)なディスコミュニケーションの中で,千束は徐ら車椅子から立ち上がり,シンジを優しく抱きしめる。幼い子どもが大の男を抱擁するというこのシーンは,たとえどんな相手であっても命を奪わない,という千束の〈聖性〉をよく表しており,「#2 The more the merrier」で敵の男を手当てをしたシーンを想起させる。

「#2 The more the merrier」より引用 ©︎Spider Lily/アニプレックス・ABCアニメーション・BS11

「救世主」という言葉を敢えて誤用したシンジと,それを正しく誤解した千束。はたして10年前の千束の抱擁の温もりは,今もシンジの心に残っているのだろうか。

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:Spider Lily/監督:足立慎吾/ストーリー原案:アサウラ/キャラクターデザイン:いみぎむる/副監督:丸山裕介/サブキャラクターデザイン:山本由美子/総作画監督:山本由美子鈴木豪竹内由香里晶貴孝二/銃器・アクション監修:沢田犬二/プロップデザイン:朱原デーナ/美術監督:岡本穂高池田真依子/美術設定:六七質/色彩設計:佐々木梓CGディレクター:森岡俊宇/撮影監督:青嶋俊明/編集:須藤瞳/音響監督:吉田光平/音楽:睦月周平/制作:A-1 Pictures

【キャスト】
錦木千束:安済知佳/井ノ上たきな:若山詩音/中原ミズキ:小清水亜美/クルミ:久野美咲/ミカ:さかき孝輔

【第9話スタッフ】
脚本:
神林裕介/絵コンテ:大槻敦史/演出:丸山裕介/総作画監督:山本由美子/作画監督:小松沙奈森田莉奈戸髙真希

 

商品情報 

*1:このご時世,"女性らしさ"などと言うと,ジェンダーバイアスの謗りを受けかねないが,だからと言って,描かれたものに男女間の文化的感性の違いが反映されることも事実だ。もちろん,この違いが将来的に別の言い方で名指されることになるかもしれないし,また別の性的指向の感性が作品に感取されることもあるだろう。少なくとも,そこにある"差異"は読み取られるべきだ。