*この記事はネタバレを含みます。
今期(2022年夏)もっとも注目されるオリジナルアニメ『リコリス・リコイル』。その優れた脚本力と,物語と緊密に連係した〈キャラ(クター)〉の作り込みは,近年のオリジナルアニメの中でも抜きん出てレベルが高い。今回の記事では,主人公「錦木千束(にしきぎちさと)」の〈キャラ(クター)〉の魅力を掘り下げてみよう。
なお,本記事における〈キャラ〉と〈キャラクター〉という用語に関しては,以下の記事を参照頂きたい。
〈キャラ〉としての千束
ルック:赤と黒
千束の基調色は〈赤〉だ。金髪+ボブカット+赤眼+赤リボン+赤い制服という組み合わせは,それ自体としてはさほど気を衒った造形ではないが,いみぎむるデザインの個性を最大限活かすことで魅力的なキャラに仕上がっている。また「#4 Nothing seek, nothing find」の私服姿や「#6 Opposites attract」のツインテールなど,ルックのバリエーションも工夫されており,視聴者を飽きさせない面白いキャラ作りをしている。
この千束の造形は,黒髪+長髪+黒眼の〈無彩色〉を基調とした井ノ上たきなのそれと好対照を成している。千束=おちゃらけ,たきな=生真面目という性格の対照性とも相まって,2人はある種の相互補完的な関係性を成している。バディを成すことで主人公2人のキャラ性を際立たせるという定石をうまく使ったキャラ設計と言えるだろう。こうしたキャラ設計は枚挙にいとまがないが,最近の作品では,現在放送中の『メイドインアビス』の「リコ」と「レグ」なども同様の例と言える。また,おちゃらけ×生真面目というバディで言えば,『けいおん!』の「平沢唯」と「中野梓」の距離感ともよく似ている。
すでにグッドスマイルカンパニーから,ねんどろいどとスケールフィギュアの発売が発表されているが,これも千束とたきなのセット購入を前提としたものだと思われる。
グッドスマイルカンパニーより
— TVアニメ『リコリス・リコイル』公式 (@lycoris_recoil) 2022年8月6日
リコリス・リコイルの商品が発売決定🎉
ねんどろいど 錦木千束
ねんどろいど 井ノ上たきな
1/7スケールフィギュア 錦木千束
1/7スケールフィギュア 井ノ上たきな
開発中の #ねんどろいど の写真も到着✨
近日中に予約開始となりますので続報をお楽しみに!#リコリコ pic.twitter.com/5vDyMsNJ2B
歴代最強リコリス:JK版〈冴羽獠〉
千束は「歴代最強のリコリス」としてその名をとどろかせるほど優秀なエージェントだ。身体能力の高さに加え,僅かな身体所作や衣服の動きから敵の動作を予測し,至近距離からの銃弾でも避けるという特殊能力も備えている。
その一方で,千束は生真面目なたきなとは対照的な,ハイテンションなおちゃらけキャラという側面も持っている。この無敵+おちゃらけというキャラ特性と,町のコミュニティとの関わり合い方は,『シティハンター』(マンガ原作:1985-1991年/TVアニメ:1987-1991年)の冴羽獠を彷彿とさせるかもしれない。冴羽獠も同じだが,この手の"最強おちゃらけキャラ"には影の部分や暗い過去といった"暗"の要素がつきまとうものだ。千束に関しては,後述する「アラン機関」との関係や「人工心臓」にまつわる〈キャラクター性〉がその部分を担うことになるだろう。
聖母性:安済知佳のファルセット
最強無敵キャラである一方で,千束はたとえ凶悪犯でもその命は決して奪わないという主義を貫いており,常に殺傷能力の低いゴム弾で任務を遂行する。「#2 The more the merrier」では,負傷した敵の応急処置をする様子が印象的だ。暗殺部隊「リコリス」の一員である彼女がそのような主義を持つように至った経緯や,今後の展開・変化などについては,現在(第6話時点)では明らかにされていないが,おそらく「電波塔事件」や「アラン機関」などと関係があるものと推測される。
いずれにせよ,他者の死を忌避する千束の主義は,無敵+おちゃらけの背後に隠されたある種の聖性を暗示している。このようなキャラ性は,たきなとのバディ関係のイメージにも少なからず影響するだろう。特に「#5 So far, so good」において,たきなが千束の心臓の鼓動を確かめるシーンは,"百合"というよりは"姉妹"や"母娘"を想起させるイメージになっている。安済知佳のピッチの高いファルセット気味の発声は,千束のハイテンションキャラにマッチすると同時に,この〈聖母性〉というキャラも補強している。
〈キャラクター〉としての千束
アラン機関:天才孤児の「使命」
以上にように,千束のキャラ性は概ね"陽"の要素でまとめられている。その反面,彼女をめぐる物語,つまりそのキャラクター性は,"暗"の要素に彩られている。
「リコリス」は孤児を集めて作られた実働部隊であり,千束やたきなたちも例外ではない。任務中に命を落とすこともしばしばあり,"女子高生風"という見た目の華やかさとは裏腹な,過酷な運命を背負っている。
そして貧困層などから"天才"を見出し支援を行う謎の組織「アラン機関」は,孤児である千束の「才能」を見出し,その証であるフクロウのチャームを与えている。千束は自身の「才能」が何なのか自覚していないが,「#4 Nothing seek, nothing find」では,それが「殺し」の才能であることが暗示されている。アラン機関の一員である吉松シンジは,何からの理由で千束の「殺し」の才能を発揮させようと暗躍している。つまり彼女の〈聖母性〉を侵犯しようと画策しているのだ。この辺りが物語の核となるであろうことを考えると,千束の〈キャラ(クター)〉性はストーリーときわめて緊密に連係していると言ってよいだろう。
鼓動のない心臓
そして,千束というキャラに暗い影を落としているもう1つの要素が,「#5 So far, so good」で明かされる「人工心臓」だ。
千束は何らかの理由でアラン機関から高性能の人工心臓を与えられている。それはちょうど機械装置で遠隔操作されていた老人と同じように,千束がアラン機関=吉松シンジにその生死を掌握されていることを仄めかしている。千束が両手で作るハートの背後に「フクロウのチャーム」が見えているのが象徴的だ。
そしてこの人工心臓に鼓動がないという点も興味深い。実際,人工心臓技術には拍動流型と無拍動流型の2種が存在し,それぞれにメリットとデメリットがあるわけだが,この作品ではあえて無拍動流型が選択されているのだ。その物語上の意図は今後明らかにされていくかもしれないが,少なくとも千束のキャラ(クター)性から見た場合,より生命感の希薄な無拍動流型が選ばれたことには大きな意味があるだろう。千束はあれほど溌剌とした無敵少女でありながら,心の中心に無機質な機械を抱え,生と死の両方を象徴するキャラ(クター)として物語の中心を占めているのだ。
ここまで見てきたことからわかるように,錦木千束というキャラ(クター)には非常に多くの要素と意味が詰め込まれている。それらが物語後半でどう解きほぐされていくか。最後まで見届けようではないか。
作品データ
*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど
【スタッフ】
原作:Spider Lily/監督:足立慎吾/ストーリー原案:アサウラ/キャラクターデザイン:いみぎむる/副監督:丸山裕介/サブキャラクターデザイン:山本由美子/総作画監督:山本由美子,鈴木豪,竹内由香里,晶貴孝二/銃器・アクション監修:沢田犬二/プロップデザイン:朱原デーナ/美術監督:岡本穂高,池田真依子/美術設定:六七質/色彩設計:佐々木梓/CGディレクター:森岡俊宇/撮影監督:青嶋俊明/編集:須藤瞳/音響監督:吉田光平/音楽:睦月周平/制作:A-1 Pictures
【キャスト】
錦木千束:安済知佳/井ノ上たきな:若山詩音/中原ミズキ:小清水亜美/クルミ:久野美咲/ミカ:さかき孝輔