アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

日本動画協会「アニメ産業レポート2019」を読んで:日本のアニメの未来,世界のアニメの未来

去る12月15日,NHKが報じた「アニメ産業の市場規模 過去最高更新 『海外展開』初の1兆円超」という見出しのニュースを目にした方も多いだろう。

www3.nhk.or.jp

ニュースの主なポイントは「アニメ産業の市場規模が6年連続過去最高を更新」「海外展開の伸長」および「配信とビデオパッケージ売り上げの逆転」である。

報道のソースとなったのは,日本動画協会が毎年出版している「アニメ産業レポート」だ。前年のアニメ産業(今回は2018年)に関する詳細な調査を元に,各種データと分析をまとめた報告書である。このブログでも以前一度取り上げたことがあるが,一般のアニメファンでも購入することができる(「2019年」は書籍版・ダウンロード版ともに1,1000円)資料なので,興味のある方はぜひご覧頂くとよい。

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このレポートの数字から見えてくるものは実に様々だ。今回の記事では,僕を含めた一般のアニメファンにとって興味深いと思われるポイントをピックアップしてみることにする。 

中国市場の行方

NHKのニュースにもあった通り,2018年の「アニメ産業市場 」*1 の規模は2兆1,814億円9年連続の続伸,6年連続の過去最高更新となった。この部分だけを見れば“アニメビジネス堅調”という印象を抱きたくなるが,数字を仔細にみていくと見逃せない事実が浮き彫りになってくる。

まず「9年連続の続伸」とは言え,2018年の2兆1,814億円は前年比で100.9%。グラフを見ればわかる通り,2013年以降の急成長にブレーキがかかった格好である。

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「アニメ産業レポート2019」p. 6,一般社団法人日本動画協会,2019年 Ⓒ一般社団法人日本動画協会

 項目毎の内訳を見てみよう。

【増加】テレビ107.0%,映画103.9%,配信110.2%,音楽104.1%,海外101.4%,遊興105.5%,ライブエンタテイメント123.1%

【減少】ビデオ76.7%,商品化権95.6%

2018年はビデオパッケージの減少が顕著だった。周知の通り,パッケージの売り上げは継続的に減少しており,2005年のピーク以降は減少傾向にある。それを海外市場と遊興市場が相殺していたのである。

とりわけ近年のアニメ市場の成長は海外市場が支えていた。しかしここへ来てその伸びが鈍り始める。レポートによれば,その主な原因は中国市場の翳りにある。

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「アニメ産業レポート2019」p. 9,一般社団法人日本動画協会,2019年 Ⓒ一般社団法人日本動画協会

中国の表現規制が厳しいことは周知の通りだが,近年,これまで比較的寛容だったネット市場に対しても規制の範囲が及ぶようになったらしい。執筆者の増田弘道によれば,日本の海外展開にとってかなり厳しい措置となりそうである。

日本のアニメ作品は総量規制の対象となるほか,配信する 事業者は当局の審査用に,買い付け契約書,吹き替えか日本語字幕付きの全話完パケ素材,各話の粗筋などの提出が義務づけられた。このためサイマル配信が風前の灯火となったのはもちろんだが,審査が通らない作品が増加する可能性も出て来た *2

こうした中国の動きが日本のアニメ市場に影を落とすことはもちろんだが,中国アニメの発展にとっても悪影響を及ぼすのではないかと僕は思う。規制を強めることで中国のアニメファンの視聴範囲を狭めれば,彼らが日本アニメの“上澄み”だけを掬いとるような視聴傾向を作ることにつながるのではないか。

もちろん,中国アニメはすでに“日本アニメから学ぶ”という段階を過ぎ,独自のアニメ文化を能動的に発信できるレベルにまで達している。それについては僕自身,『羅小黒戦記』(2019年)のレビューで言及したことだ。しかし,日本の“深夜アニメ”という特殊な培地で育まれたオトナアニメの文化は,まだまだ中国のクリエーターを刺激する潜在力を秘めているはずだ。その機会を公権力が削ぐという事態は決して肯定的に捉えられるものではない。

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あるいは,アメリカが“欧米版PC”に濾過されながらも良質なキッズ・ファミリー向けアニメを作り続けているのと同様に,中国も当局の規制を忠実に守りながらヒットタイトルを量産することになるかもしれない。その時,日本産オトナアニメの世界的評価はどうなっているか。逆に,日本のアニメはキッズ・ファミリー向けアニメという“グローバルスタンダード”にどう向きあっていくか。いまだ先の見えない未来である。

オトナアニメの行方

さて,そのオトナアニメの話だ。日本では,かつて「キッズ・ファミリー向けアニメ」(以降「KFアニメ」)の方が,主に深夜帯に放送される「オトナアニメ」よりも多かったが,2015年にその割合いが逆転した。日本のアニメは正真正銘“大人が楽しむもの”となったのである。スポンサーの顔色を伺う必要のない「製作委員会方式」によるアニメ製作は,バイオレンス,エロ,ギャグなどの幅を広げ,日本のアニメ表現に豊穣な多様性をもたらしたことは言うまでもない。

その一方で,近年アニメーターの悪待遇や制作スケジュールの逼迫といった業界の暗部が露顕しているのも,もっぱらオトナアニメである。つい先日も,一部のアニメファンの間で評価の高かった赤根和樹監督『星合いの空』(2019年)が物語の半ばで最終回を迎えてしまうという“事件”があったばかりだ。おそらく採算の都合で製作側から判断されたものと推測される。*3 本作はよくある“爽やか部活青春物語”とは明らかに一線を画す作品であっただけに非常に残念である。*4

日本のオトナアニメに薄暗い影が差す中,アメリカから時代の変化を感じさせる作品が誕生した。『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)だ。

オトナアニメの需要は何も日本だけではない。むしろアメリカは人口的にもオトナアニメの量的な需要が多かったにもかかわらず,KFアニメの方が多く製作されるという,ある意味で矛盾を抱えた市場だったのだ。そこに登場したのが『スパイダーマン:スパイダーバース』であった。増田は「『スパイダーマン: スパイダーバース』は従来のハリウッドのアニメーションの枠を破ることで,オトナアニメを待ち望んで いた潜在層にミートした可能性がある」と分析している。

日本のアニメにとって巨大なライバル登場だ。アメリカでは以前から『RWBY』(2013年-)という日本のオトナアニメから影響を受けたアニメが人気だったが,『スパイダーバース』は第91回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞するなど,明確に“メインストリーム”として評価された感がある。増田はこうした状況を以下のように分析する。

もし,今後オトナアニメの可能性がハリウッドでも認識されれば,ピクサー/ディズニーの独占状態(対抗馬としてイルミネーション/ドリームワークスもあるが)が変化する可能性が出てくる。だが,そうなると領域的に重なる日本のオトナアニメとバッティングしてくることになる。ハリウッドのアニメーションがオトナアニメに向けて大きく舵を切りはじめた時に,改めて日本の存在意義が問われることになるであろう。*5

日本のアニメ製作の懐事情を考えると難しい部分もあるかもしれないが,日本のオトナアニメには,“採算”や“一般的な人気”といったことを敢えて度外視した独自の発展をしていってもらいたい。それこそがやがて世界のアニメ市場の中で日本アニメが独自のプレゼンスを示す力につながるであろう。 

ビデオパッケージ市場の減少 

最後にビデオパッケージの市場について触れておこう。

先述したように,2018年におけるビデオパッケージ市場の減少はとりわけ顕著だった。 

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「アニメ産業レポート2019」p.42,一般社団法人日本動画協会,2019年 Ⓒ一般社団法人日本動画協会

これにより,2018年にはビデオパッケージと配信の市場が初めて逆転し,アニメ視聴の在り方の変化がはっきりと示された結果となった。 

とは言え,この結果はNetflixやAmazon Primeの日本アニメ市場への参入時期から十分に予測できたことであり,殊更驚くべき事態とも言えない。ましてやこの出来事をもって“アニメ市場の縮小”を予測するのは早計に過ぎるというものだ。

執筆者の数土直志によれば,「ビデオパッケージ離れは,むしろアニメファンの消費の多様化を示している」*6 という。パッケージ離れが進む一方で,配信,2.5次元舞台,ライブエンターテインメントなどの市場は成長を続けているのだ。

また「ビデオパッケージで減少した売上の一部を,映画興行でカバーしたいという狙い」*7 もあるという。思えば2019年も,『鬼滅の刃』や『PSYCHO-PASS 3』のようなTVシリーズのビッグタイトルが続編を劇場公開作品として発表した。

要するにアニメファンにとって,パッケージは“アニメを楽しむ複数の方法の1つ”として相対化されたに過ぎない。以前のように,「パッケージの売り上げから作品の人気度を測り続編制作へつなげる」という市場判断は確実に減少していくはずだ。

個人的な好みを言わせてもらえば,Blu-rayやDVDのような物理パッケージから配信への移行は歓迎すべきことと考える。ソフトの入れ替えや保存性のことなどを考えると,データで鑑賞できる環境の方がはるかに利便性が高い。ただし,配信ではいつ自分の好きな作品が配信切れになるかわからないという不安がある。またパッケージ商品では当たり前のようになった特典も,配信では楽しむことができない。

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僕は現在,『鬼滅の刃』(2019年)のBlu-rayを“円盤マラソン”している最中だが,主な目当ては特典のスタッフインタビューやオーディオコメンタリーだ。それらを元にブログ記事を書くこともしばしばである。僕のようなコアなファンがいる限りは,以前よりは小規模化するとしても,パッケージ市場は生き残り続けていくだろうと予想できる。

 

「アニメ産業レポート」には,これ以外にも非常に示唆に富む情報が数多く掲載されている。少々値の張る資料だが,日本アニメの未来を知る上でも,ぜひ御一読されてはいかがだろうか。

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*1:エンドユーザーの消費から算出する「広義のアニメ市場」。

*2:「アニメ産業レポート2019」p.9

*3:赤根監督のTwitterによれば,元々全24話放送の予定だったものが,春に急遽12話の変更されたとのことである。

*4:とは言え続編制作の可能性もないわけではない。今後の公式からの情報発信が待ち遠しいところだ。

*5:「アニメ産業レポート」p.14

*6:同上,P.44

*7:同上,p.41