アニ録ブログ

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劇場アニメ『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(1993年)レビュー[考察・感想]:愛の花

*このレビューはネタバレを含みます。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

シリーズ初の劇場版作品でありながら,興行的に大成功を収めた『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(1993年)。監督はTV版『R』第60話よりシリーズディレクターを務めた幾原邦彦である。当ブログでは,これまでにもTVシリーズの『セーラームーン』幾原演出回を扱ってきたが,本記事ではその締めくくりとして,この劇場版『R』をレビューしたいと思う。

なお,TVシリーズの幾原演出回については以下の記事を参照して頂きたい。

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あらすじ

植物園を訪れたうさぎ一行の頭上に,突如ピンク色の花びらが舞い降り,フィオレという不思議な少年が姿を現す。彼は困惑する衛に「やっと君に喜んでもらえる花を見つけたんだ」と親しげに語りかけるが,衛を「彼氏」と呼ぶうさぎには明らかな敵対心を示すのだった。一方で,地球には謎の小惑星が接近しつつあり,街では人々が何者かにエナジーを奪い取られる事件が発生する。

 

花の記号性

「あたし,月野うさぎ!こう見えても正義の味方!」というお馴染みのセリフから始まる映画は,うさぎが4人のセーラー戦士を紹介し,「地球の平和も,あたしたちにノリノリでまっかせなさい!」と元気なかけ声を上げるカットまでは,TVシリーズと同じ普段通りのトーンで進行していく。

ところが,この後のカットから映像はわずかに転調する。5人の姿に代わって真っ赤なバラの花が大写しになり,花びらを散らせながら闇の中に消え去る。暗闇と無音の状態が数秒間続いた後,再び無数のバラの花の絵と共に,主題歌「ムーンライト伝説」のイントロが始まる。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

幾原によれば,バラはセーラー戦士たちの「人間性」「人間的なつながり」を象徴しており,花が闇に消え去るカットは,映画がセーラー戦士たちにとって「シリアスなドラマ」になることを予兆しているのだという。また暗闇の間は,映画館という場の特性を活かし,観客に不安感を掻き立てる効果を狙ったものだ。*1 複数の記号と意味作用に満ちた印象的な導入部である。

バラと言えば,〈愛〉を象徴するのに使われる最も一般的なシンボルでもある。幼少の衛がフィオレにバラをプレゼントするシーンは,2人の関係性にボーイズ・ラブのテイストを加味し,うさぎとの間にユニークな三角関係を生み出す。これは,物語後半で明確になる〈愛による孤独の解消〉というテーマが,因習的なジェンダー規範に制約されない普遍的な理念であることを暗示しているように思える。幾原らしい問題設定と感性だ。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

 

ギャップ生成装置としてのギャグ

ところで,幾原のセーラームーンと言えば,その独特の間合いで繰り出されるギャグシーンを忘れるわけにはいかない。本作でも,冒頭で衛からのキスを待ち受けるうさぎのアップ,気絶したうさぎの息を止めるちびうさ,「紳士服ヒグチ」の看板の中から登場するタキシード仮面,うさぎの額をオモチャのピストルで撃つちびうさと,随所にシュールなギャグシーンが盛り込まれている。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

とりわけ,ちびうさが気絶したうさぎの目を覚まそうとするシーンでは,ちびうさがうさぎの口を塞いで息を止めるスチルカット(上図右上)が無音のまま18秒近くも使用されているのが驚きだ(ちなみにBlu-rayのチャプターリストでは,この箇所のインデックスが「口を押さえて18秒」となっている)。冒頭のバラが散った後の暗闇のカットとは別の意味で,当時の劇場の観客を騒つかせたことだろう。

うさぎを中心としたギャグシーンは,観客を飽きさせないためのエンタメスパイスであると同時に,観客にうさぎへの親近感を抱かせつつ,後半のシリアスシーンにおいてセレニティ姿になったセーラームーンとのギャップを創出するという効果もある。『セーラームーン』シリーズでは,三石琴乃の巧みな演じ分けとも相俟って,このギャップが物語に緩急をつける最大の効果となっているのだ。そしてまたこのギャップこそが,『セーラームーン』という物語の本質が〈変身〉であることをはっきりと示しているとも言える。『セーラームーン』の変身においては,外見的な変化よりも内面的な変容が重視される。ギャグとシリアスのコントラストは,この内面的変容を補強する装置としても機能しているのだ。

変身における〈内面的変容〉については,TVシリーズ『S』に関する以下の記事も参照頂きたい。

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〈愛の守護者〉としてのセーラームーン

本作最大の見どころは,四守護神およびタキシード仮面とセーラームーンとの間の〈保護/被保護〉の関係を転倒させ,「みんなを守る/誰も孤独にさせない」というセーラームーンの慈愛を強調した点だ。

フィオレが自分と衛の「孤独」をセーラームーンに語る背後で,マーキュリー,マーズ,ジュピター,ヴィーナスが,それぞれのイメージカラーを基調としたモノトーンの映像の中,かつて経験したそれぞれの「孤独」の場面を想起する。TVシリーズでは,地球への転生後,普通の中学生として日常に溶け込んでいるかのように思えた彼女たちが,実は深い孤独に苛まれていたことが明かされる衝撃的なシーンだ。それと同時に,あたかもフィオレがセーラー戦士たちの心情を代弁しているかのような錯覚を起こさせる演出にもなっている。フィオレの孤独とセーラー戦士の孤独が重ね合わせられることで,両者が単純な敵対関係にあるのではなく,共感する可能性があることを暗示した見事なシーンである。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

セーラームーンを否定し止めを刺そうとするフィオレに対し,四守護神たちは,セーラームーンが「かけがえのないもの」 (マーキュリー)を与えてくれた人なのだと説く(この時,マーキュリーとマーズがセーラームーンを「うさぎ」と呼んでいることにも注目だ)。

そして終盤,セーラームーンの胸に輝く銀水晶に触れたフィオレは,彼女の記憶の中で,タキシード仮面のバラの起源がうさぎのバラだったことを知る。事故で両親を亡くし,友のフィオレとも引き離される衛の孤独を癒そうと,幼いうさぎが彼に一輪のバラを手渡したのだ。そして観客もまた,これまでセーラームーンたちの窮地を救ってきた彼のバラが,“攻撃”の手段ではなく,〈愛の返礼〉だったことを知るのである。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

したがって,タキシード仮面が最後にフィオレの胸に放ったバラも,孤独に苛まれるフィオレを救う〈愛の贈り物〉だったに違いない。しかしフィオレは「だって衛くんが…僕に花を投げつけたんだよ…衛くんまで僕を独りにするなんて」と言い,衛のバラを敵対行為と解釈してしまう。このディスコミュニケーションが,物語終盤における最大の悲哀となっている。

この時,一面に咲いていたキセニアの花が一斉に枯れ,小惑星は落下を始める。画面には,徐々に離れていく地球と月の間に小惑星が割って入るようにしながら降下していく様が映し出される。幾原によれば,このカットにおける地球(衛)と月(うさぎ)の関係は「すべての人間関係の代表」であり,離れていく月と地球,および枯れゆく花には,「人どうしの繋がりっていうのは,あまり信じられないものなのかな,というちょっと暗いムード」を感じさせる意図があったのだという。*2 

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

 

 Moon Revenge

そして,亜美,レイ,まこと,美奈子,衛,フィオレと,その孤独とディスコミュニケーションを解消しみんなを守ろうとする〈愛の守護者〉うさぎの闘いを一気に盛り上げるのが,エンディング主題歌の「Moon Revenge」である。

しばし俯いていたうさぎが,決意したように顔を上げる。一度瞬きをした後,彼女は胸から遊離した銀水晶を高く掲げる。カメラがうさぎの周囲をぐるりと回りながら捉えると同時に,彼女はセレニティの姿に変身し,再び正面を向いたその額には月の文様が光り輝く。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

続いて,四守護神たちがうさぎに「かけがえのないもの」を与えてもらった過去を回想する。各戦士の回想シーンと「Moon Revenge」のそれぞれのソロパートが重なる。〈孤独〉の回想とコントラストを成すように,このシーンは鮮やかなフルカラーで描写されている。

ここまで,うさぎと四守護神の表情や所作と「Moon Revenge」の楽曲が完璧なタイミングでシンクロナイズされており,シーンの感動を否応なく盛り上げる。クライマックスシーンにおける劇伴使用の中でも最も成功した例と言えるだろう。

銀水晶は砕け,うさぎは事切れてしまう。フィオレが衛の前に姿を現し,自分のエナジーを集めた「生命の花」を手渡す。衛がその蜜を口移しで与えると,うさぎは息を吹き返す。「言ったでしょう。全部,あたしが守ってみせるって」といううさぎのセリフの後,5人の姿を写したカメラはやにわにトラックバックし,黒い宇宙に浮かぶ地球と月を捉える。月は地球に寄り添うように大きく描かれ,その間には,〈つながり=愛〉の象徴である花びらがどこからともなく流れる本作におけるうさぎの慈愛,衛への想い,花の象徴性が端的に要約された素晴らしいラストカットだ。

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『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』より引用 ©︎武内直子・PNP・東映アニメーション ©︎東映・東映アニメーション 1993

“子ども向けアニメ”として制作されながら,とても子ども向けとは思えない記号と暗示に満ちた映画である。しかしだからこそ,どの年齢,どの世代がいつの時代に観ても,いくつもの意味を見出すことのできる普遍的な作品だ。 本記事を読まれた方には,『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』を改めてご覧になり,再評価してもらいたいと思う。

 

作品データ(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:武内直子/監督:幾原邦彦/助監督:五十嵐卓哉/キャラクターデザイン・作画監督:只野和子/企画:東伊里弥/製作担当:樋口宗久/脚本:富田祐弘/音楽:有澤孝紀/撮影:𣘺/編集:吉川泰弘録音:立花康夫/美術監修:窪田忠雄/美術監督:谷口淳一色指定・検査:辻田邦夫 

原画:松下浩美山内則康黒沢守新井浩一柳沢正秀濱洲英喜青木康浩,蛭間大介,青山孝,梨澤孝司田中雄一志田直俊須賀重行長谷川眞也羽山淳一香川久伊藤郁子

【キャスト】
月野うさぎ:三石琴乃/火野レイ:富沢美智恵/水野亜美:久川綾/木野まこと:篠原恵美/愛野美奈子:深見梨加/ちびうさ:荒木香恵/ルナ:潘恵子/アルテミス:高戸靖広/地場衛:古谷徹緒方恵美(少年時代)フィオレ:緑川光丸尾知子(少年時代)キセニアン:冬馬由美/グリシナ:山崎和佳奈カンパニュラ:西川宏美

 

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 3.5 4 5
CV ドラマ メッセージ 独自性
5 5 5 5
普遍性 考察 平均
5 5 4.8
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・「平均」は小数点第二位を四捨五入。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

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商品情報

発売中の『美少女戦士セーラームーン THE MOVIE Blu-ray 1993-1995』には,『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』の他,『R』と同時上映された『メイクアップ!セーラー戦士』『劇場版 美少女戦士セーラームーンS』(1994年),『劇場版 美少女戦士セーラームーンSuperS セーラー9戦士集結!ブラック・ドリーム・ホールの奇跡』(1995年),『SuperS』と同時上映された『スペシャルプレゼント 亜美ちゃんの初恋 美少女戦士セーラームーンSuperS 外伝』が収められている。また,本記事でも言及した幾原邦彦のインタビューも収録されており(20代の幾原監督が『R』について熱く語る様は必見だ),ファンコレクションとして必携だ。

美少女戦士セーラームーンR

美少女戦士セーラームーンR

  • 発売日: 2016/09/12
  • メディア: Prime Video
 

*1:『美少女戦士セーラームーン THE MOVIE Blu-ray 1993-1995』特典「劇場セーラームーンの世界 スペシャルトーク 監督 幾原邦彦」

*2:同上。