*このレビューはネタバレを含みます。
今回の記事では,『美少女戦士セーラームーンR』(1993-1994年)における幾原邦彦演出回を紹介していく。なお,ファーストシーズン(無印)『S』『SuperS』の幾原演出回,および『劇場版R』のレビューについては以下の記事を参照頂きたい。
『R』の第60話(話数は無印からの通し番号)以降は,佐藤順一に代わって幾原邦彦がシリーズディレクターを務めており,“イクニカラー”がいっそう色濃くシリーズを染め始めていく時期でもある。なお,このシリーズディレクター就任と,同時期に制作が始まった『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』の監督業務が理由だと推測されるが,『R』はファーストシーズンほど幾原演出回が多くない(ファーストシーズンは8回,『R』は4回)。
- 『美少女戦士セーラームーンR』(1993-1994年)幾原邦彦演出回一覧
- 第51話「新しき変身! うさぎパワーアップ」
- 第60話「天使?悪魔? 空から来た謎の少女」
- 第61話「うさぎ大ショック! 衛の絶交宣言」
- 第68話「ちびうさを守れ! 10戦士の大激戦」
『美少女戦士セーラームーンR』(1993-1994年)幾原邦彦演出回一覧
第51話「新しき変身! うさぎパワーアップ」
Aパートの花見シーンにおけるコメディ要素と,Bパートの妖魔との対決シーンにおけるシリアス要素のコントラストが幾原の芸の幅の広さを窺わせる話数。冒頭,なるが照れ隠しに海野の寝袋のジッパーを閉めるシーンは,1コマ打ちのカットや絶妙な間の取り具合など,幾原流のハイセンスな演出が目を引く。
特に注目すべきは,花見シーンの演出だ。みんなが車座で花見をしている画を背景に,頭身をやや低めにデフォルメしたキャラクターたちが前景で寸劇を繰り広げる。キャラクターの枠線はやや太めに描かれており,背景から際立つように描画されている。カメラワークに頼らず,レイアウトで複数の人物のやりとりを写しとる秀逸なアイディアだ。むろん,レイを中心としたギャグもテンポがよくハイレベル。見どころ満載のシーンである。
一方,Bパートは妖魔に囚われたうさぎがクイーン・セレニティと出会い,「クリスタル・スター」を授かって新たな力を得る,というシリアス展開であり,コメディ中心のAパートからはガラリと雰囲気が変わる。
なお今回の作画には,作画監督の香川久を初め,柳沢まさひで,爲我井克美,須賀重行といった第一級の原画マンが勢揃いしており,非常にリッチなビジュアルに仕上がっている点も特筆に値する。ブックレット執筆者の高橋和光も「“作監クラス”の原画マンたちが大挙投入されている点も見逃せない」と高評価だ。
高橋によると,今回初お披露目となった新しい変身シーンとフィニッシュ技の「ムーン・プリンセス・ハレーション」のシーンは,幾原が絵コンテと演出を手がけている。
どれだけシリアス展開になろうとも,最後はコメディタッチの明るい終わり方をするのが『セーラームーン』の醍醐味。今回も,最後の最後でうさぎvsレイの対決が再燃し,画風もたちまちギャグ風味に一変する。
うさぎが月を見上げてクイーン・セレニティに感謝するラストシーンで,うさぎの顔がデフォルメバージョンからシリアスバージョンに“変身”するカットも,いかにも幾原流のサービスという感じで面白い。
【その他のスタッフ】
脚本:柳川茂/美術:鹿野良行/作画監督:香川久(リンクはWikipediaもしくは@wiki。以下同様)
第60話「天使?悪魔? 空から来た謎の少女」
ちびうさ初登場の話数。冒頭,うさぎと衛のロマンチックなキスシーンから始まったと思いきや, 空から降ってきたちびうさが2人の邪魔をする。画面いっぱいにピンクで彩色されたこのカットが,まずもってインパクト大である。ちびうさは見た目の可愛さとは裏腹に,うさぎに対して強い敵意を示すも,子どもらしいギャグを後に残して忽然と姿を消す。視聴者を煙に巻くこの一連のシーンは,ちびうさという謎めいたキャラクターを印象付けると同時に,彼女とうさぎ&衛とのその後の三角関係(?)をコンパクトに要約しているとも言える。
その一方で,うさぎとの母娘関係,衛との父娘関係を思わせるカットが,ちびうさの正体を暗示する伏線のようなものになっていることも見逃せない。
うさぎと衛の間に割って入るようなお邪魔キャラとしてちびうさを登場させつつ,ラストシーンではさながら“聖家族”のような三者の関係性をほのめかす。ちびうさという新キャラに関する情報がギュッと詰め込まれた1話である。
先述したように,この回以降,幾原はシリーズティレクターとしてクレジットされている。
【その他のスタッフ】
脚本:富田祐弘/美術:大河内稔/作画監督:安藤正浩
第61話「うさぎ大ショック! 衛の絶交宣言」
前話の第60話に続き,前半ではうさぎ&衛&ちびうさの“三角関係/聖家族”という両義的な関係性が微笑ましく描かれる。この話数の原画は柳沢まさひで(作監),下笠美穂,田口広一,伊藤郁子と,またもや精鋭揃いであり,美麗な作画だけでなく,3人の関係性を的確に捉えた細やかなレイアウトも目を引く。
うさぎと衛の関係を知り,うさぎパパが狼狽える一方でママが2人を応援する,というテンプレ展開も実に愉快に描かれており(なぜかルナが照れているのもポイント),さぞかし当時のお茶の間を温めたことだろう。
とは言え,この回の最大の見所は,“幻覚”を見たことをきっかけに衛がうさぎを拒絶するシーンである。前半のカラッとした明るい画風とは打って変わり,暗めの照明と濃い影によって一気にメランコリックな気分へと転調する。ウサギが衛のマンションを訪れた時のギクシャクしたやりとりの中に,薔薇の花が散り落ちるカットを挿入したシーンなどは,いかにも幾原流と言える。
だがそんなシリアス展開の中にも,敵キャラ・ベルチェの(やや時代を感じさせる)「モーレツ」や,ドロイド・アツゲッショの厚化粧などのギャグを“お約束”と言わんばかりに仕込んでくるのもやはり幾原流と言えるだろうか。
なお,この回は前回の第60話に引き続き幾原が絵コンテを切っているが,演出は宇田鋼之介が担当している。
【その他のスタッフ】
脚本:富田祐弘/美術:田尻健一/作画監督:柳沢まさひで/演出:宇田鋼之介
第68話「ちびうさを守れ! 10戦士の大激戦」
うさぎのベッドに潜り込んだちびうさが,オネショをしてしまうというなかなかの衝撃シーンから始まるこの話数。うさぎとルナの変顔によってコミカルシーンに仕立てられており,全編ギャグ回かと思わせる一種のミスリーディングである。
オネショをきっかけにちびうさがクイーン・セレニティ(未来のうさぎ)を思い出すシーンは,ラフスケッチ風の作画で描かれているが,画力もレイアウトも第一級。強い印象を残すシーンに仕上がっている。
工事現場の衝立を挟んで,うさぎがちびうさの事情と真の思いを聞き知るシーンは,ユニークなレイアウトだが不思議と心を打つ。クリスタル・トーキョーでの四守護神との回想のカットも美しく,ここから四守護神と「あやかしの四姉妹」との対決シーンまでの流れが見事である。
颯爽と現れる四守護神。薔薇の舞い散る象徴的なカットを合図に,四守護神と「あやかしの四姉妹」との戦いの幕が切って落とされる。石田よう子のアップテンポなテーマ『愛の戦士』に合わせ,両者のバトルシーンが繰り広げられていく。楽曲や止め絵の効果的な使用に幾原の手腕が垣間見られる。ちなみに四守護神と「あやかしの四姉妹」の対決では,両者の色調を合わせていると思われ,視覚的にも見応えのあるシーンになっている。
四守護神に加勢せず,敢えてちびうさを守ることに徹するうさぎ。ちびうさの手が腕にしがみつく刹那,うさぎは彼女の心の奥底に触れたかのような感覚を覚える。このシーンのうさぎの芝居は実に繊細で,原画陣の画力とも相まってシリーズ中最高の名シーンとも言える仕上がりだ。
この回は珍しく“ギャグ落ち”がなく,最後までシリアスに徹している。原画は伊藤郁子(作監),柳沢まさひで,長谷川眞也。頭身が高めの大人っぽいデザインは,今回のようなシリアス回の魅力を存分に引き出す役割を担っている。
【その他のスタッフ】
脚本:富田祐弘/美術:大河内稔/作画監督:伊藤郁子
以上が『R』における幾原邦彦演出回である。とりわけ,うさぎ&衛&ちびうさの関係性を掘り下げる重要回を担当していることがお分かりかと思う。
この後,幾原は『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』の監督から『美少女戦士セーラームーンS』(1994-1995年)のシリーズディレクターを経て,なおいっそう独自色を強めていくことになる。ことに『S』は脚本家に榎戸洋司を迎え入れ,同性愛的な関係性など,後の『少女革命ウテナ』(1997年)を思わせるモチーフを積極的に導入していく。次回の「『美少女戦士セーラームーン』幾原邦彦演出回を観る③」の記事では,『S』の演出を詳しく見ていく。