アニ録ブログ

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劇場アニメ『アリスとテレスのまぼろし工場』(2023年)試写レポート[考察・感想]

この記事には,公式に発表されている情報以外のネタバレはありませんが,事前情報や先入観がまったくない状態で鑑賞されたい方は,鑑賞後に本記事をお読みください。

『アリスとテレスのまぼろし工場』公式HPより引用 ©︎新見伏製鐵保存会

maboroshi.movie


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2023年8月某日。残暑という名の酷暑に痛めつけられながら,僕は都会のビル街を足早に歩いていた。向かうは日比谷のワーナー・ブラザーズ試写室。とある方のご好意で,先から期待していたある劇場アニメを試写する機会をいただいていたのだ。

その作品は岡田麿里原作・脚本・監督『アリスとテレスのまぼろし工場』。なにせ「岡田麿里原作・脚本・監督」だ。“あの”岡田麿里「原作・脚本・監督」作品なのだ。この文字列だけでも,アンドレイ・ルブリョフの「聖三位一体」のイコンを前にしたような荘厳な圧を感じるというものだ。

それにしても暑い。どうやら時代は近代と現代が終わり,“地球温暖化時代”を迎え,つい先日それも終わって“地球沸騰化時代”に突入したらしい。時代は変わる(残念ながら,苦しい方に)。そう言えば主題歌は中島みゆきだったなと思い出す。

大丈夫だ。試写室は涼しいに違いない。試写室が涼しければ,少なくとも映画を観る間だけは快適に過ごせる。今はそれだけでいい。

確かに試写室は涼しかった。しかし映画の方はと言うと,まるでそうはいかなかった。苛烈なほど熱い。おそらく摂氏換算で87℃くらいはある。それとも身を切るように冷たかったのだろうか?いずれにせよ,それは“常温”ではなかった。外の暑さなどどうでもいいと思えてしまうほど,この映画は熱い。そして濃い。ほとんどむせ返らんばかりの濃厚な“岡田エッセンス”が充満している。

廃墟のような製鉄所を“中心”としたトポス,(無)時間の流れ,「あの日」の夏への想い,そして“叫び”としてしか表現し得ない強烈な感情。これまでの岡田関連作品の底に流れていたこれらのモチーフが,新たな表現様式において鋳直され,生々しさをいっそう増した形で映像化されている。

副監督の平松禎史,キャラクターデザインの石井百合子,美術監督の東地和生は,岡田の前作『さよならの朝に約束の花をかざろう』(2018年)からの続投だ(平松は『さよ朝』では「コア・ディレクター」という立場)。いっそ「超さよ朝バスターズ」とでも呼ぶべきだろうか。ここに,存在感をいやましに増しつつあるMAPPA の制作力が加わる。アニメーション面でも文句なしの座組みだ。キャラクターデザインということでは,もちろん『さよ朝』と雰囲気が似ているが,表情や仕草,明暗のコントラストなど,芝居や画作りの面でまるで違う印象に仕上がっている。『さよ朝』が“柔”だとすれば,『まぼろし工場』は“硬”といったところか。

©︎新見伏製鐵保存会

そして岡田の感情表出の“生っぽさ”を伝えるのに必要不可欠な要素が,主演の榎木淳弥上田麗奈久野美咲の演技だ。3名とも,いわゆる“アニメ声”ではなく,もっと生々しい芝居をした時に真骨頂を発揮する声優だ(特に久野は,“幼女ボイス”以外の演技をした時が一番面白い役者だと僕は考える)。

本作鑑賞前に,できれば『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年),『心が叫びたがってるんだ。』(2015年),『空の青さを知る人よ』(2019年)のいわゆる〈秩父三部作〉を観ておくといいかもしれない。岡田監督のテーマ意識の所在がより克明に見えてくるはずだ。さらに深掘りしておきたい人は,岡田監督の自伝『学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで』(文藝春秋,2017年)を読めば完璧だ。部分的なモチーフということでは,TVシリーズの『荒ぶる季節の乙女どもよ』(2019年)もおさらいしておくと面白いかもしれない。

ちなみに原作小説には,人物の心情や出来事が(当たり前だが)言葉で説明されているため,原作を読んでから映画を観るというのもありかもしれない。しかし本作の持ち味を存分に体感するためには,まず映画で非言語的な熱量を感じとってから原作を読んで情報を整理し,できればその後にもう一度映画を再鑑賞する,というのが理想的かもしれない。2度以上鑑賞する機会のある方にはぜひおすすめしたい。

事象のロジックよりも感情のロジックを重視したストーリーテリングは,決してとっつきやすいものではない。その意味では幾原邦彦監督作品に通じるところもあるかもしれない(作風としては似ても似つかないが)。ひょっとすると公開後,賛否を巻き起こす作品となるかもしれない。少なくとも,カップルが互いの愛をほかほか温め合えるほどウォームでフレンドリーな映画ではないことは確かだーーーにもかかわらず,僕はカップルで鑑賞することをおすすめする。ほかほかとはいかないかもしれないが,全身の表皮を剥いでから優しく抱き合うような,ヒリヒリとした愛がそこにはある。

いずれにせよ,僕はこの作品を高く評価する。言い方は悪いが,“大人の事情”に塗れたオリジナルアニメのオリジナリティに疑問を感じざるを得ない昨今,岡田監督は自分の“表現したいもの”をドがつくほどストレートにぶつけてきたのだ。これを真正面に受け止めなければ,アニメレビュアーとして名折れというものだろう。今回の記事はここまでにするが,内容まで踏み込んだ正式なレビューは9月15日公開後,改めて記事にしたいと思う。

 

試写鑑賞後,試写室を出て常温の外気に晒されると,一気に日常の中に引き戻される。いやしかし,『まぼろし工場』という作品を観た後ではこう問いたくなる。それは本当に日“常”なのかと。無情にも時は進み,ある人は生まれ,ある人は育ち,ある人は老いる。街は廃れ,鉄は錆びていく。それは“日常”というよりは“無常”の世界だ。時代はまわる。まわりながら変わっていく。この夏もじきに終わる。

 

©︎新見伏製鐵保存会

 

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
脚本・監督:岡田麿里/副監督:平松禎史/キャラクターデザイン:石井百合子/演出チーフ:城所聖明/美術監督:東地和生/色彩設計:鷲田知子3Dディレクター:小川耕平/撮影監督:淡輪雄介/編集:髙橋歩/音楽:横山克/音響監督:明田川仁/音響制作:dugout/製作プロデューサー:木村誠/アニメーションプロデューサー:野田楓子橘内諒太/企画・プロデューサー:大塚学/主題歌:中島みゆき「心音」/制作:MAPPA

【キャスト】
榎木淳弥
上田麗奈久野美咲八代拓畠中祐小林大紀齋藤彩夏河瀨茉希藤井ゆきよ佐藤せつじ林遣都瀬戸康史

【公開日】
2023年9月15日(金)

 

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