アニ録ブログ

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TVアニメ『響け!ユーフォニアム 3』(2024年春)第10話の脚本と演出について[考察・感想]

*この記事は『響け!ユーフォニアム 3』第十回「つたえるアルペジオ」のネタバレを含みます。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

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武田綾乃原作/石原立也監督『響け!ユーフォニアム 3』各話レビュー第3弾として,今回は第十回「つたえるアルペジオ」を取り上げる。部員たちの間に広がる不穏なディゾナンスが,あすかという存在の間接的な介在を経てコンゾナンスへと至る。この熱いドラマが卓越した脚本と演出で見事な完成度で描き出された話数だ。脚本は言うまでもなく花田十輝, 絵コンテは太田稔,演出は太田稔北之原孝將。3名の技を詳しく観ていこう。

 

ディゾナンス

Aパートは編成を変えた理由を問いに来た久美子にやや歯切れの悪い返答をした後,教頭からもらったというキャンディを久美子に渡す。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

普段とは明らかに異なる行動をとる滝。その振る舞いは彼の心中の“揺れ”や“ブレ”を示しているのかもしれない。キャンディを手に戸惑う久美子。本当は久美子は真由がソリに選ばれた理由を問いたかったのだが,結局切り出せない。2人の間に居心地の悪いディスコミュニケーションが発生している。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

音楽室の練習シーンでは,部員たちが「コンクール毎のオーディション」という新システムに疑義を呈し始める。皆の前で指揮台に立つ麗奈は,それを「自分の不満をオーディションのせいにしないでください」と跳ね除ける。その声は,彼女自身の吹くトランペットのように公正で澱みがなく透徹している。しかしそれにもかかわらずーーあるいは,それだからこそーー部員たちの心に「響」くことはない。むしろその激しい音圧は彼ら/彼女らの心を砕いてしまっているように見える。

合宿以来,最悪の状況に陥った吹奏楽部員。そこに滝が入ってくる。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

部員たちの不穏な空気に気付く滝。彼はほんの刹那,感情の動きを見せるが,眼鏡の反射による目隠しとともに“仕切り直し”をした後,部員たちに喝を入れ始める。滝の心内の“揺れ”を表した繊細な芝居だ。この辺りの演出が,後述するあすかの洞察につながる“伏線”となっている。

この後,久美子は意を決して,前話で気まずい雰囲気になった麗奈に相談を持ちかける。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

川辺に座る久美子と麗奈の対話シーンはなかなかトリッキーだ。2人を横から写したカット(上図左)では,あたかも久美子と麗奈が接近して座っているように見える。「幹部ノート」に麗奈が普段通りのコメントをしたこともあり,一瞬,2人の距離が元通りになったように感じられる。しかしその後,カメラが2人の正面に回ると(上図中・右),実は2人が微妙に距離を置いて座っていることが判明する。相変わらず久美子と麗奈の間には決定的な溝がある。視聴者の感情を絶妙に揺さぶる上手い構図だ。

部内の不穏な空気と麗奈との不和を前になす術もなくなった久美子は,あの「ひまわりの絵葉書」に助けを求めることに決める。

 

Looking Awry:あすかの眼差し

Bパート,久美子は「ひまわりの絵葉書」を頼りに田中あすかの部屋を訪れる。そこにはあすかとルームシェアを始めたという中瀬古香織の姿があった。

上:第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024/下:『響け!ユーフォニアム 2』第九回「ひびけ!ユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

あすかの部屋のシーンを観て,2期第九回「ひびけ!ユーフォニアム」を思い出した人も多いだろう。事実,上の図を見てもわかるように,この2つの話数はいくつかの点で類似している。

どちらの話数でも,狭小空間が舞台になることで人物とカメラの距離が相対的に近くなっている。プロップなどによって画面の情報量が多くなり,構図も複雑になる。屋外の環境音からも断絶され,独特の親密さや緊張感が生み出されている。

『響け!ユーフォニアム 2』第九回「ひびけ!ユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

2期第九回のシーンを少し振り返っておこう。この話数で面白いのは,ドイツ表現主義映画以来のダッチアングルがやや極端な形で用いられていた点だ。特にあすかが己のエゴイズムを語るシーンでは,カットが切り替わる毎に画面が右に回転(つまりカメラが左に回転)し,最後に時計のカットが挿入される。母との不和を抱えるあすかの苦悩,あすかの不在に苦しむ久美子の不安定な心理,および否応のない時の進行が,このアングルによって巧みに表現されている。

3期第十回に戻ろう。帰宅したあすかが香織の隣に座り,ごく自然に香織の膝を枕にする。SNSを大いに賑わせたシーンだ。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

あすかが膝枕ををしたことにより,久美子・香織の姿勢とあすかの姿勢が直交する。ここでダッチアングル(というよりもほぼ水平に近いのだが)を作り出すのは,2期第九回のようにカメラの動き(外的要因=母との不和)ではなく,あすかの主体的行為である。当然,アングルの意味も変わってくる。

あすかは香織の膝に頭を乗せながら奇妙な行動をとる。オレオを2つに割り,その間の空間で久美子の姿を捉え始めるのだ(上図右)。この時,あすかのオレオはまるでカメラのAFフレームのように,久美子のわずかな顔の動きを“追尾”している。このカメラのメタファーが真由のフィルムカメラやEDアニメーションのカメラを想起させることは言うまでもない。

あすかは彼女に固有のアングルから,久美子とその環境を洞察し始める。驚くべきことに,彼女は直接目にしていないはずの滝の内的な“揺れ”をも見抜いてしまう。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

オレオを回転させ,クリームの“白”とクッキーの“黒”によって滝の心の“揺れ”を示すあすか。オレオをここまで見事に活用したアニメ演出もそう多くはないだろう。

そしてこの2つの話数を比較した時,あすかと香織の“膝枕”も,単なる“百合仕草”という以上の大きな意味を持つことがわかる。

『響け!ユーフォニアム 2』第九回「ひびけ!ユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

2期第九回では,あすかは自分のスニーカーの紐を甲斐甲斐しく結び直す香織を不穏な表情で見下ろしていた。難解な演出として放送当時も話題になったシーンだが,少なくともこの時のあすかが,単なる友情以上の愛情(アニメでは明示的に描かれることはなかったが)を差し向けてくる香織を素直に受け入れていないことは確かだ。しかし3期第十回のシーンでは,あすかは香織の愛を能動的に受け入れているように見える。2人の目線の上下関係も逆転し,光量も暗から明へ反転している。

あすかにとって,香織との関係を受け入れることは(おそらくは母の望むような)伝統的な関係性との断絶を意味するだろう。膝枕とダッチアングルは,彼女が因習的な関係性からの解放を主体的に選択し,同時に因習的なものの見方からの脱却を主体的に選択したことを意味する。あすかの特殊な洞察力の有り様を見事に映像化したシーンと言える。

少し余談だが,『リズと青い鳥』(2018年)の山田尚子監督が,脚本の吉田玲子に「10年後のみぞれと希美はどうなっているんでしょう?」と問われ,「(恋ではなく)『愛』で成り立っているのを願ってやまないです」と答えていたことを思い出す。*1 『響け!ユーフォニアム』という作品における彼女たちの関係は,一般的な意味での“百合”として娯楽的に消費するだけでは汲み取り切れない,奥深い意味があるように思える。

さて,そんなあすかがこのシーンの最後で発した「黄前ちゃんのいいところは,無責任に言いたいこと好き勝手に言っちゃうところでしょ?」という言葉(無論,これは2期第十回「ほうかごオプリガート」の久美子とあすかのやりとりを指している)は,確かに久美子の心に「響」くことになる。

 

「響」く久美子

実はこの話数は,「響」くという言葉を3度用いることでいわば“タイトル回収”のようなものをしている(原作にはない,花田のオリジナルである)。

先ほどのあすか宅のシーンで,久美子とあすかのやりとりを聞いていた香織は「うらやましいな。響いたんだよ」と言う(これも2期第十回「ほうかごオプリガート」の久美子とあすかのやりとりを示していると思われる)。それに応じるような形で,久美子は「あすか先輩に伝えてください。響きましたって」と香織に言ってあすか宅を去る。久美子とあすかという2人のユーフォニアムは,ここで相互に「響」き合うに至る。

あすか宅を出た久美子は,あすかの言葉によって昂った感情を燃焼させるかのように,全速力で疾走する。

上:第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024/下:『響け!ユーフォニアム』第十二回「わたしのユーフォニアム」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

場所こそ違え,このシーンの構成は三好一郎(木上益治)が手がけた1期第十二回「わたしのユーフォニアム」をオマージュしていると思われる*2 久美子の感情の迸りを伝える行動として,彼女のこの「疾走」の姿は非常に強く印象に残る。もはや“ユーフォ名物”と言ってもいいくらいだろう。アニメーションの演出としてもたいへん見栄えがよい。

しかし,1期では「上手くなりたい」という個人的な叫びだったものが,3期では「思ったことをみんなにぶつける」という共同的な願いに変わっている。彼女は確かに“部長”になったのだ。

コンクール本番直前,久美子は部員全員に「思ったこと」を語る。このシーンはAパートの麗奈のシーンと綺麗なコントラストを成している。

第十回「つたえるアルペジオ」より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024

久美子の声には,麗奈のような透徹した自信はない。むしろ“思ったことが口に出る”を地で行ってしまうほど,とてつもなく不器用だ。しかしそれだけに,部員たちの心に打ち響く。その涙に濡れた瞳は,包み込むように部員たちの姿を映し出している。まるで彼女自身の吹くユーフォニアムのように(1期第九回であすかが「黄前ちゃんはほんと,ユーフォっぽいね」と言っていたことを思い出そう)。

久美子はオーディションのシステムが変わったことを謝罪した後,「北宇治で全国金をとりたい!」という思いを全身で伝える。ここで3度目の“タイトル回収”が行われる。

ワガママかもしれない。でも,ここにいるメンバーと不満も戸惑いも全部吹き飛ばす最高の演奏をして全国に行きたいんです!1年間みんなを見ていて思いました。こんなに練習しているのにうまくならないはずない!こんなに真剣に向き合ってるのに響かないはずない!北宇治ならとれる!私たちならできるはず!だから自信を持って。今までやってきたことを信じて…

このシーンにおける黒沢ともよの演技はとても素晴らしい。黒沢はどちらかと言えば舞台演劇に軸足を置いてきた役者だが,ここでも舞台上から観客に声をぶつけるような,生々しくも力強い演技が実現している。

かくして,黄前久美子=黒沢ともよの“ユーフォニアム”は,確かに部員たちと僕らの心に「響」いたのだ。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど

【スタッフ】
原作:武田綾乃/監督:石原立也/副監督:小川太一/シリーズ構成:花田十輝/キャラクターデザイン:池田晶子池田和美/総作画監督:池田和美/楽器設定:髙橋博行/楽器作画監督:太田稔/美術監督:篠原睦雄/3D美術:鵜ノ口穣二/色彩設計:竹田明代/撮影監督:髙尾一也/3D監督:冨板紀宏/音響監督:鶴岡陽太/音楽:松田彬人/音楽制作:ランティスハートカンパニー/音楽協力:洗足学園音楽大学/演奏協力:プログレッシブ!ウインド・オーケストラ/吹奏楽監修:大和田雅洋/アニメーション制作:京都アニメーション

【キャスト】
黄前久美子:
黒沢ともよ/加藤葉月:朝井彩加/川島緑輝:豊田萌絵/高坂麗奈:安済知佳/黒江真由:戸松遥/塚本秀一:石谷春貴/釜屋つばめ:大橋彩香/久石奏:雨宮天/鈴木美玲:七瀬彩夏/鈴木さつき:久野美咲/月永求:土屋神葉/剣崎梨々花:杉浦しおり/釜屋すずめ:夏川椎菜/上石弥生:松田彩音/針谷佳穂:寺澤百花/義井沙里:陶山恵実里/滝昇:櫻井孝宏

【第十回「つたえるアルペジオ」スタッフ
脚本:
花田十輝/絵コンテ:太田稔/演出:太田稔北之原孝將作画監督:岡村公平
原画:羽根邦広大野由里加疋田彩原島彩帆吉田愛夢舞

 

この他,この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

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【原作小説】

 

 

*1:劇場用プログラムのインタビューより。

*2:ちなみにそれぞれに登場する橋は,1期第十二回は宇治橋,3期第十回は出町柳駅近くの河合橋である。