※この記事は『鬼滅の刃』『リズと青い鳥』『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』に関するネタバレを少々含みます。気になる方は作品本編をご覧になってから本記事をお読みください。
「これはもう劇場版クオリティだ」
先ほど放送された『鬼滅の刃』十九話「ヒノカミ」を観た多くの人が,このような印象を抱いたのではないだろうか。戦闘シーンのエフェクト,回想シーンの父の「神楽」,歌入りの挿入歌――シリーズアニメでありながら,どれもが劇場版アニメのクライマックスを思わせる極めて高い品質で作られていたのである。
そしてこの「劇場版クオリティ」の多くの部分を支えているのが,〈撮影〉という制作工程であることは間違いない。
かつてのセルアニメーションの時代において,撮影は「撮影台を用いてセルデータと背景をフィルムで撮影・合成する」という,文字通り〈撮影〉の工程がメインであった。*1 しかしアニメ制作のデジタル化が進むにつれて撮影の工程もデジタル化し,現在では上記のような合成作業に加え,レンズフレアや流体表現などの様々なエフェクトを実現できるようになり,作品のクオリティへの貢献度が飛躍的に増したのである。したがって,僕らが「劇場版クオリティだ」と言ってシリーズアニメを評価する際に,撮影の作業工程やその担当者の仕事を知ることは,決して意味のないことではないだろう。
今回の記事では,〈撮影〉の工程や制作者の仕事を知る上で役立つツールをいくつか紹介したい。ただし,あまりに専門的な知識はこのブログの読者には不要だろうから,あくまでも〈アニメファンのための情報提供〉という内容に留めておきたい。 また,もとより網羅的なリストアップは目指していないので,情報不足などの点はコメント欄でご指摘頂ければ幸いである。
- 「月刊MdN 2017年11月号」(2017年,エムディエヌコーポレーション)
- 高瀬康司編『アニメ制作者たちの方法』(2019年,フィルムアート社)
- 『聲の形』(2016年)『リズと青い鳥』(2018年)特典オーディオコメンタリー
- 『Fate/Zero』(2011-2012年)『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』(2019年)特典「Animation Material」
- CGWORLD編集部編「アニメのCGの現場 2017」(2017年,株式会社ボーンデジタル)
- 『AfterEffects for アニメーション』
- さいごに
「月刊MdN 2017年11月号」(2017年,エムディエヌコーポレーション)
![月刊MdN 2017年11月号(特集:アニメを観たり、語るのは楽しい。でも……撮影を知るとその200倍は楽しい!)[雑誌] 月刊MdN 2017年11月号(特集:アニメを観たり、語るのは楽しい。でも……撮影を知るとその200倍は楽しい!)[雑誌]](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/513fp9Gnw8L._SL160_.jpg)
月刊MdN 2017年11月号(特集:アニメを観たり、語るのは楽しい。でも……撮影を知るとその200倍は楽しい!)[雑誌]
- 出版社/メーカー: エムディエヌコーポレーション(MdN)
- 発売日: 2017/10/06
- メディア: Kindle版
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「月刊MdN」はグラフィックデザインとWebデザインをメインとした雑誌だが,アニメ,ゲーム,マンガなどのビジュアル・カルチャーを特集することも多い。2017年11月号の特集はズバリ「アニメを観たり,語るのは楽しい。でも……撮影を知るとその200倍は楽しい!」。このタイトルからもわかる通り,アマチュアのアニメファンに向けた情報提供を主としているので,アマチュアにも読みやすい点がポイントだ。
撮影の基礎知識や略史の他,『宝石の国』(2017年)の撮影工程にフォーカスした記事が面白い。監督の京極尚彦,VFXアートディレクターの山本健介,撮影監督の藤田賢治らのロングインタビューと具体的な作業工程が掲載されており,『宝石の国』の独特な世界観を作り上げた舞台裏を知ることができる。
今号以外にアニメを特集した号を以前の記事で紹介したので,参考にして頂きたい。
高瀬康司編『アニメ制作者たちの方法』(2019年,フィルムアート社)

アニメ制作者たちの方法 21世紀のアニメ表現論入門 (Next Creator Book)
- 作者: 高瀬康司,片渕須直,京極尚彦,井上俊之,押山清高,泉津井陽一,山田豊徳,山下清悟,土上いつき,土居伸彰,久野遥子,藤津亮太,石岡良治,渡邉大輔,泉信行,古谷利裕,吉村浩一,福本達也,原口正宏,吉田隆一,氷川竜介
- 出版社/メーカー: フィルムアート社
- 発売日: 2019/02/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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様々なアニメクリエーターや関連分野の研究者のインタビューやエッセイを掲載し,アニメを多角的に捉えた良書である。本書の「Discussion 3 コンポジットの快楽をめぐって アニメーション撮影の歴史と表現」では,スタジオジブリなどで撮影に携わった泉津井陽一と,『天元突破グレンラガン』(2007年)『キルラキル』(2013-2014年)などで撮影監督を務めた山田豊徳によるディスカッションが掲載され,撮影技術の歴史やその具体的作業などが語られている。ここで泉津井は,『リズと青い鳥』(2018年)『聲の形』(2016年)などの高尾一也(京都アニメーション),『Re:CREATORS』(2017年)などの加藤友宜と津田涼介(TROYCA),『Fate』シリーズなどの寺尾優一(ufotable)を,山田は新海誠の作品を手がけた三木陽子,李周美,福澤瞳,『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』シリーズの中西康祐,『メガロボクス』(2018年)の江間常高,『耳をすませば』(1995年)などの奥井敦(スタジオジブリ)などを注目のクリエーターとして挙げている。*2 アニメファンからは固有名が見えづらいフィールドだけに,こうした情報は大変ありがたい。
なお,本書全体の簡単なレビューは以下を参照頂きたい。
『聲の形』(2016年)『リズと青い鳥』(2018年)特典オーディオコメンタリー
『アニメ制作者たちの方法』で泉津井陽一も言及する,京都アニメーションの高尾一也。近年のアニメにおける高いクオリティを語る上で,彼の仕事には注目せざるを得ないだろう。『聲の形』と『リズと青い鳥』のDVD/Blu-rayには,高尾を含めた制作スタッフのオーディオコメンタリーが特典として収録されている。オーディオコメンタリーという性質上,その大部分が作品を巡る“軽めのトーク”であり,あまり専門的な内容に触れられてはいないが,高尾の仕事の一端を知るための貴重な資料として一聴に値するだろう。
『リズと青い鳥』のコメンタリーは,高尾が手がけた仕事への言及が比較的多い。監督の山田尚子から「ガラスの瓶の底をのぞいたような世界観」という指示があったらしいが,おそらくこの辺りは被写界深度の調整などで表現したのではないかと推測される。また,山田は〈学園風景〉〈絵本の世界〉〈みぞれの心象風景〉をまったく異なる処理にするよう高尾に求めたという。
泉津井陽一によれば,「[『リズと青い鳥』と比べ]『聲の形』では登場人物の主観的世界や心象風景,つまり心理的表現として[被写界深度の表現が]用いられている部分が大きい。一方『リズ』の撮影処理は実写的で,実際にレンズ(カメラ)を通して撮影したかのような画面設計がなされている」 ということだ。
確かに『リズと青い鳥』では,先ほどの山田の言にあったようにみぞれと希美の世界を「のぞく」カメラワークになっているのに対し,『聲の形』では,主人公である将也の主観カメラが多用されていると思われる。この辺りも含め,オーディオコメンタリーを聞きながら『聲の形』と『リズと青い鳥』を見比べてみるのもいいのではないだろうか。
『Fate/Zero』(2011-2012年)『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』(2019年)特典「Animation Material」

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泉津井が注目するもう1人の撮影監督が,ufotableの寺尾優一だ。『空の境界』(2007-2010年)や『Fate』シリーズの他,本記事の冒頭に挙げた『鬼滅の刃』の撮影監督も寺尾が務めている。彼が撮影監督を担当した『Fate/Zero』と『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』のDVD/Blu-rayには「Animation Material」が特典として付属しており,その中に寺尾のインタビューが掲載されている。例えば『lost butterfly』のインタビューでは次の発言が興味深い。
雨ひとつとっても,土砂降りなのか,さらさらなのか,悲しいのか,嬉しいのかなど,違いを意識して描こうと思っていました。雨はどこか悲しいイメージがありますけど,衛宮士郎と間桐桜の距離がゼロになる「レイン」のシーンは,雨粒がキラキラと輝いて,ポジティブに見える表現を意図しました。雨が「綺麗な涙」のように見えて,画面的にも明るくなっていくと良いなと。そういう変化を意識しながら,映像を作っていきましたね。*3
「レイン」は「桜ルート」の中でも最も美しいシーンの1つだが,劇場版はこのシーンを極めて印象深いスローモーションに仕上げ,浮遊するかのような雨粒を丁寧に描いている。その一つ一つが士郎と桜の間に芽生えた親密な温かさを反映しているようで,寺尾の言うとおり,そこには「ポジティブに見える表現」が表されているようだ。寺尾の撮影技術が冴え渡る名シーンと言えよう。
CGWORLD編集部編「アニメのCGの現場 2017」(2017年,株式会社ボーンデジタル)
株式会社ボーンデジタルが発行する「CGWORLD」はCG映像のクリエーター向けの情報誌だが,CGアニメーションの特集を組むことも多く,2017年の「特別編集版」は,新海誠監督の『君の名は。』(2016年)を取り上げている。新海誠と言えば,業界内でもとりわけ撮影技術へのこだわりが強く,光や被写界深度の効果などを駆使して美麗な美術を作る監督として有名である。山田豊徳によれば,新海は『君の名は。』でも編集段階でAfter Effectsを用い,全カット自ら手を入れていると言う。*4
新海は『天気の子』(2019年)でも,その繊細な表現技術を惜しみなく見せつけた。彼の表現はアニメ業界の極限値を示していると言っても過言ではなかろう。しかし表現技術も感性も時代と共に進化する。この先,現在の新海のさらに上を行く撮影技術が生まれることを願ってやまない。
『AfterEffects for アニメーション』
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最後に紹介するのは,今回の記事で唯一クリエーター向けの「専門書」だ。現在の撮影の現場ではアドビシステムズのソフト「Adobe After Effects」が主流となっており,本書はその操作方法や表現技法をクリエータ向けに説明した書物である。中級者向けの無印に加え,「BEGINNER」と「EXPERT」があるが,一般のアニメファンであれば「Beginner」と無印で十分だ。「EXPERT」はすでにアニメ業界で働いているプロ向けの内容である。
僕も含めたアマチュアのアニメファンではわからないような専門用語が頻発する書籍で正直とっつきやすくはないのだが,撮影工程の範囲や,その作業フローを大まかに理解する手助けにはなるだろう。
見ているだけでも楽しい書物なのだが,1冊3000円以上するので,アマチュアが参考資料として積ん読,というわけにもいかないかもしれない(僕は電子版を買ってしまったが)。実店舗などで見かけた時に目を通してみるのをお勧めする。
さいごに
当たり前のことだが,監督や脚本家や作画監督と違って,撮影に携わるスタッフの人数は相対的に多い。当然,ここで紹介した書物や本記事そのものに登場していない有能なクリエーターが数多くいる。本記事を読んだみなさんが,今後アニメを観る際に撮影技術にも目を向け,エンドクレジットの「撮影」の項目に目を凝らすようになってもらえれば幸いである。
*1:「三鷹の森ジブリ美術館」には,セル画時代の撮影台のミニチュアが展示されており,かつての撮影工程を体験することができる。
*2:人名のリンクは「アニメ@wiki」もしくは「Wikipedia」。参考までにご覧頂きたい。
*3:『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』「ANIMETION MATERIAL」p.21。
*4:『アニメ制作者たちの方法』p.124。