アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

「輪るピングドラム展」レポート[感想]:今ここに"実在"するキャラクターたち

*このレポートにはネタバレはありませんが,『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM[前編]君の列車は生存戦略』に関する言及があります。先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

「輪るピングドラム展〜運命の至る場所〜」公式HPより引用 ©︎2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

penguindrum-exhibition.com

去年(2021年)放送10周年を迎えた幾原邦彦監督の傑作TVアニメ『輪るピングドラム』(以下『TV版ピンドラ』)これを記念して『劇場版 RE:cycle of the PENGUINDRUM』(以下『劇場版ピンドラ』)がクラウド・ファンディングによって制作され,今年(2022年)に前後編に分けて公開される運びとなった(本記事の執筆時点では『[前編]君の列車は生存戦略』のみが公開済み)。本展示は,この劇場版公開に合わせ,主にTVアニメの制作資料や映像資料などを中心に『輪るピングドラム』の魅力を振り返る企画展である。

 

展示会データ

*チケットやグッズ等については東京会場のもの

【会場・会期】

【東京】池袋サンシャインシティ 文化会館ビル2F 展示ホールD:2022年4月29日(金祝)~5月8日(日)
【大阪】あべのハルカス近鉄本店 ウイング館9階催会場:2022年5月12日(木)~5月24日(火)

【チケット】
日時指定なし。【一般入場券】前売券:2,000円(税込)当日券:2,100円(税込)【お土産謎解き付き入場券】前売券:3,500円(税込)当日券:3,700円(税込)。詳しくはこちら

【グッズ】
図録の販売なし。アクリルスタンド,クリアファイル,缶バッジ,トートバッグ,キャンバスアート,パーカー等の販売あり(ただし完売状態のものも多い)。詳しくはこちら

【その他】
一部のセクション(立体展示物等)で写真撮影可(原画等の壁面展示物は撮影不可)。音声ガイドなし。鑑賞所要時間の目安は「やや急いで鑑賞」で1時間,「じっくり鑑賞」で2時間程度。TVシリーズの第20話と第24話(最終話)の映像展示があり,これをじっくり観ると時間がかかる。また映像展示内に最終話のネタバレがあるので,未鑑賞の人は要注意。劇場版に関するネタバレはない。

TVアニメ『輪るピングドラム』データ

『少女革命ウテナ』(1997年)や『さらざんまい』(2019年)などを手がけた幾原邦彦監督によるTVアニメシリーズ。妹・陽毬の命を救うべく,謎の物体「ピングドラム」を探し求める兄弟・冠葉と晶馬の姿を描く。プリンセス・オブ・ザ・クリスタル,不思議なペンギン,ピクトグラム人間,「生存戦略」,「きっと何者にもなれないお前たち」,バンクシーンなど,幾原流の独特な表現が散りばめられ,ファンの考察欲を掻き立てる話題作となった。最終話の象徴的かつ感動的なシーンは,多くの視聴者の心を揺さぶった。2011年7月から12月にかけて,全24話が放送された。

【スタッフ】
監督:幾原邦彦/原作:イクニチャウダー/キャラクター原案:星野リリィ/シリーズ構成・脚本:幾原邦彦,伊神貴世/キャラクターデザイン:西位輝実/美術:秋山健太郎,中村千恵子/色彩設計:辻田邦夫/アイコンデザイン:越阪部ワタル/編集:西山茂/撮影監督:荻原猛夫/音楽:橋本由香利/音楽制作:スターチャイルドレコード/音響監督:幾原邦彦,山田陽/音響効果:三井友和/助監督:山﨑みつえ/チーフディレクター:中村章子/アニメーション制作:ブレインズ・ベース

【キャスト】
高倉冠葉:木村昴/高倉晶馬:木村良平/高倉陽毬:荒川美穂/荻野目苹果:三宅麻理恵/多蕗桂樹:石田彰/時籠ゆり:能登麻美子/夏芽真砂子:堀江由衣/渡瀬眞悧:小泉豊

展示構成

展示はセクションに分かれておらず,原画,映像,立体物などを話数順に辿る構成になっている。

『TV版ピンドラ』のアニメーション技術

「輪るピングドラム展」は作品展示であるため,開催期間が短く設定された比較的小ぶりな展示会だ。それでも原画等の資料は豊富に展示されており(公式発表では630点以上),画作りや演出など,『ピンドラ』のアニメーション技術を深く知ることができる。

例えば,本作では「プリンセス・オブ・ザ・クリスタル」の登場バンクシーンが印象的だが,展示では完成アニメーションに加えて原撮(原画を撮影して映像にしたもの)の映像展示もある。本作の"目玉"とも言えるシーンの制作過程を目にすることができる。

個人的に面白かったのは,第5話「だから僕はそれをするのさ」で,苹果がプリンセス・オブ・ザ・クリスタルのペンギン帽を奪うシーンの原画だ。前半の話数の中でも印象の強いシーンだが,この辺りの原画を見ると,画面構図や苹果のポージングなど,いかに工夫して制作されていたかがわかる。特に帽子を奪う瞬間の苹果の四肢の描き方など,「こう描くか!」と唸らせるものがある。

第9話「氷の世界」は武内宣之が絵コンテ・演出・作画監督・原画を手がけた話数だが,この際の武内の特殊な制作方法などの展示もあり,たいへん貴重な資料だ。

また,『TV版ピンドラ』の中でも最も感動的な話数である第20話「選んでくれてありがとう」と第24話(最終話)「愛してる」の本編映像の展示があるのも嬉しい。もちろんこれらはBlu-rayや配信でいつでも観ることができるのだが,多くの来訪者が立ち止まって最初から最後まで観続けていたのは印象的だった(もちろん僕もすべて見た)。あたかも,展示会という特別な場で"神回"を共有する『ピンドラ』ファンたちの熱が空間を満たしているかのようだった。

今ここに"実在"するキャラクターたち

『ピンドラ』という作品は〈日付〉〈場所〉において,現実世界と特殊な接点を持つ作品である。

「2011年」という時代設定は放送年と同年であり,また「地下鉄テロ事件」が起こった「1995年」は,明らかに「地下鉄サリン事件」を暗示している。言うまでもなく,この年は我々日本人にとってこの上なく特別な現実感を持った年である。また本作は,荻窪周辺を舞台にした一種の"ご当地アニメ"だ。荻窪という土地は特に目立った名所などがあるわけではなく,"観光地"というイメージからは程遠いー誤解を恐れず言うならば"平凡な"ー土地だ。しかし等身大の現実感を持った土地だからこそ,その中で生じるファンタジーが特殊な現実感を帯びる

このことを強調するかのように,『劇場版ピンドラ』前編の冒頭では,2次元のキャラクターたちが荻窪や池袋の実写風景の中に"実在"する様子が描かれる。一種の拡張現実的な演出だ。*1 

こうして考えてみると,『ピンドラ展』で展示されていた「高倉家」の居間やペンギンなどの立体像がーそれ自体はよくある展示方法ではあるのだがー少しだけ特別な意味を持ってくるように思えてくる。これらの展示は,彼ら/彼女らの確かな"実在"を感じさせてくれる。

 

『ピンドラ』は放送から10年の歳月を経て,新たなリアリティとアクチュアリティを帯びながら〈今ここ〉に立ち現れようとしている。本記事の掲載時には東京会場での展示は終了してしまっているが,大阪会場でご覧になる方は,改めて『ピンドラ』の"実在"感を味わってほしい。

 

 

 

*1:これは2019年に放送された『さらざんまい』のEDアニメーションでも用いられていた演出である。

『平家物語 アニメーションガイド』レビュー:多声体としてのアニメ『平家物語』

 

今年(2022年)冬クールにTV放映された,山田尚子監督『平家物語』。先日,この作品の魅力を振り返るためのガイドブックがKADOKAWAから出版された。豊富なインタビュー,的確なアニメーション解説,各話の演出意図など,『平家物語』をより深く知るための情報が詰め込まれた,たいへん優れたガイドブックだ。ここではその際立った特徴をいくつか紹介しよう。

 

ポイント①:アニメーション解説

本書は「月刊ニュータイプ」編集部が手がけているからだと思われるが,アニメーションの技法に関する突っ込んだ説明が比較的多い。山田アニメの特徴であるレンズ効果などはもちろんのこと,水の表現などの撮影効果や,御簾の美術制作などに関する詳細な説明もそこかしこに見られ,コアなアニメファンにとっても読み応えのある内容になっている。

左:p.13/中:p.76/右:p.87より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

ポイント②:絵コンテ・演出担当のコメント

これはアニメファンにとってたいへん嬉しい。僕らはややもすると,アニメ作品を監督の名でパッケージしたくなるが,実際には複数の制作者のアイディアや技術がそこに集結している。アニメの絵コンテ・演出に関しては,第1話の監督の演出をもとに,各話の担当が独自の演出案を提示していくという形をとることが多く,とりわけ『平家物語』では,各話の演出担当の裁量に委ねられた部分が多かったようだ*1。そのため,それぞれの担当の個性が比較的はっきりと出ていると言える(それにもかかわらず,"山田節"が明確に打ち出されたわけだから,山田尚子の作家としての個性には並々ならぬものがある)。

左:p.15/右:p.111より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

しかも"ひとことコメント"といった程度のライトな内容ではなく,監督からのディレクションを各担当がどう消化していったかなどがわかるかなり詳細なコメントになっている。また一部では,実際の絵コンテが掲載されており,各担当の演出意図の一端を知ることができる。

ポイント③:多彩なインタビュー

そして本書の最大の特徴は,豊富なインタビュー記事だ。山田尚子,高野文子,吉田玲子,牛尾憲輔など主要スタッフや各キャストはもちろんのこと,キャラクターデザインの小島崇史,歴史監修の佐多芳彦,琵琶監修の後藤幸浩,さらには美術監督の久保友孝,撮影監督の出水田和人,色彩設計の橋本賢,音響監督の木村絵理子,動画監督の今井翔太郎,編集の廣瀬清志,音響効果の倉橋裕宗といった,ふだんあまり声を聞く機会のないスタッフのインタビューも掲載されている。各セクションに固有の工夫や苦労話を知ることのできる貴重な資料とも言える。

個人的に面白かったのは,美術監督の久保友孝の話だ。久保によると,本作の美術設定の方針として,小村雪岱や吉田博のような版画的な表現を目指すというものがあったそうだ。*2 当ブログでは,新版画とアニメーションのつながりを特集した「東京人」を最近紹介したばかりだが,日本の古典作品を題材とした本作で,版画の平面的なルックが追求されたというのも納得だ。また久保はもともと『平家物語』の造形は深くなかったらしいが,時代考証の追求は並々ならぬものがあり,歴史監修を担当した佐多芳彦を唸らせるほどであったようだ。*3

左:p.72/p.78より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

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本書には美術設定の図版と解説も多く掲載されている。この辺りの記事を読んで,美術を中心に本編を観直してみるのも面白いだろう。

撮影監督の出水田和人の話も興味深い。山田尚子と言えば"ボケ"を使った奥行きのある空間描写が特徴だが,当初,出水田は平面的な美術とボケは「水と油」のような関係だと感じており,ボケを多用しないように提案していたらしい(おそらく制作発表当初,"山田尚子×サイエンスSARU"という布陣に少なからぬ人が抱いた不安の焦点はこの辺りにあったと思う)。しかし「実際,やってみると意外にもその違和感がきれいに見えた」というのだ。*4 平面と奥行きという「水と油」を美しく融合させた山田と出水田の功績は大きい。また出水田が同時期に手がけていた『王様ランキング』の線処理の方法を『平家物語』で応用したという小話なども面白い。

 

思えば『平家物語』の第十一話(最終話)「諸行無常」では,「五色の糸」がより合わせられ,各キャラクターの「祇園精舎の鐘の声」という複数の声が重ね合わせられる演出がなされていた。多くのスタッフのインタビュー=声を掲載した本書を読むと,改めてアニメが複数の制作者によって成立するポリフォニック(多声的)な媒体であることを実感させられる。ここに挙げたスタッフ以外のコメントやインタビューもとても興味深い。アニメファンだけでなく,アニメ制作に携わる人にもぜひおすすめしたい一冊だ。

 

書誌情報

出版社:KADOKAWA
発売日:2022年04月28日
判型:AB判
ページ数:160
ISBN:9784041125489

 

 

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*1:例えばp.138の廣瀬清志(編集)の発言を参照。

*2:p.82。

*3:p.56。

*4:p.88。

プチプチノイズとともに生きる:諸行無常のヴァイナル

元々のきっかけは夏目真悟監督『Sonny Boy』(2021年)だった。このアニメは物語もさることながら,楽曲の使い方がとてもいい。作品にすっかり惚れ込んだ僕は,アニメ視聴後,さっそくサントラCDを購入した。

落日飛車,VIDEOTAPEMUSIC,ザ・なつやすみバンド,ミツメ,Ogawa & Tokoro,空中泥棒,カネヨリマサル,toe,銀杏BOYZ。国内外の個性豊かなアーティストたちの楽曲を聴きながら,パンチの効いたあれやこれやのシーンを思い出す。一つひとつの曲の粒立ちがいいので,そうした聴き方が一際楽しい。

しかし楽曲にはたいへん満足したものの,何かが物足りない。そう,ジャケットだ。すでに発売されていたアナログ盤のジャケットに,キャラクター原案を手がけた江口寿史さんのイラストが使われていることは知っていた。『Sonny Boy』という作品にとって,江口さんのデザインの貢献度は極めて高い。アナログを聴く環境はないけれど,このアートワークを存分に堪能するためならばと思い,文字通り"ジャケ買い"をしてしまったのだ。

その後しばらくはニヤニヤしながらジャケットを眺めるだけの生活だったが,山田尚子監督『平家物語』(2022年)のサントラアナログ盤を衝動買いしたことをきっかけに(アナログ盤には"モノ"としての音楽の所有欲をかき立てる何かがあることは言うまでもない),どうせならと一念発起してアナログ環境を揃えることにした。僕はこのところ,CDかハイレゾ音源のダウンロードかストリーミングで音楽を鑑賞してきた。アナログ盤は実に数十年ぶりの"回帰"である。

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僕は決してオーディオマニアというわけではない。耳にもそれほど自信があるわけではない。だから店頭まで行って店員にアドバイスを受けたり,それぞれの機器を聴き比べしたりといったアナログな労力は省くことにし,ネットの口コミに全権を委ねることにした。このご時世,アナログへの回帰はデジタルに解決するのが一番手っ取り早い。

基本コンセプトは“ミドルクラスで揃える”だ。ハイエンドはもちろん金がかかるし,沼にハマると戻ってこれなくなる。かと言ってあまりに安価な機器にすると後で後悔しそうだ。それぞれに5万円前後,という大まかな基準を立てて機器選びをすることにした。

ターンテーブルは当初,TEACのTN-3B-Aを考えていたのだが,まごまごしているうちに欲しかった白い筐体が売り切れてしまった。いっそのこと別のメーカーのものをということで,ネットでの評判もほどほどによいオーディオテクニカのAT-LPW50PBを選んだ。プリメインアンプはDENONのPMA-600NE。スピーカーはDALIのOBERON1だ。どれもネットでの口コミは悪くなく,総じて「コスパがよい」という評価が多い。

それぞれの性能の評価については,そもそも聴き比べなどをしていないのだから,ここでは割愛させていただきたい。ここで素人の感想などを述べるまでもなく,ネットにはたくさんの玄人たちがきっちりとレビューしてくれているので,そちらを参照頂ければと思う(その代わりアニメのレビューなら任せてほしい。)

 

 

しかし,やはりアナログはいい。レコードの音は「ウォーム」と評されることが多い。確かにそれもあるのだが,それ以外にも,袋から出し入れしたり盤面をメンテナンスしたりする面倒や,静電気や埃によって生じるあのプチプチ音など,純粋に音楽を聴くということからすれば"ノイズ"とみなされてしまうような要素がアナログにはたくさんある。そしてそれがいい。レコードに帰ってくると,音楽を聴くことが,データの受信ではなく,フィジカルな行為なのだということを実感できる。

子どもの頃,初めてCDを聴いた時には,レコード特有のプチプチ音がまったくないクリアな音に感動したものだ。そこには,プチプチ音に邪魔されない,純粋な音楽体験が確かにあった。しかしCDは,プチプチ音とともに,可聴帯域外の音やメンテナンスの面倒など,様々な要素を"ノイズ"として音楽鑑賞から奪い去っていった。僕は,そしてアナログに回帰した多くの人々は,その失われたものをもう一度取り戻そうとしている。

哲学者の千葉雅也は,最近出版した『現代思想入門』(講談社現代新書,2022年)の中で,「秩序からズレるもの」=「差異」に目を向けた人物として,ジャック・デリダ,ジル・ドゥルーズ,ミシェル・フーコーらを紹介している。人間は近代合理主義の名の下に,ズレ,差異,異常,狂気といったものを"ノイズ"として社会から排除してきた。しかし社会がそのようにしてクリーンになればなるほど,豊穣なダイナミズムは失われ,社会は硬直化していく。"ズレ"はそうした硬直状態にある社会に揺さぶりをかけるモーメントなのだ。

 

 

音楽鑑賞も同じなのだと僕は思う。プチプチ音,可聴帯域外の音,メンテナンスの面倒=ズレは,クリーンな音を阻害する"ノイズ"として排除された。しかし今,多くの人が,それら"ノイズ"の中に音楽鑑賞の本質(少なくともその一端)があると気づき始めている。

メディアの歴史は“交代”ではなく“並存”だと僕は思う。つまり,レコードやカセットがCDに取って代わられ,CDがデータに取って代わられる,というリニアな進化が起こっているのではなく,レコードとカセットとCDとデータが同時代に存在し,ユーザーがそれぞれのメディアの利点を考慮しながら,自分の好きなものを選択できる状況が実現しつつある。そんな状況が現代的なのだと思う。

同じことはアニメという媒体についても言えるかもしれない。2000年代以降,アニメーション制作の現場ではデジタル化が進行していった。しかし従来のように,紙の上に鉛筆で原画を描くことを好むアニメーターは今でも少なくないし,そうした作画を好む視聴者も一定数いる。一口に“アニメ”と言っても,その中にアナログな手描き,デジタルな手描き,3DCGといった様々なメディアが並存していて,作り手と受け手が好きなものを選択できる。アニメはそのメッセージ(内容)が多様であるだけでなく,メディア(媒体)として多様な形態を備えているのだ。そういえば,『Sonny Boy』の背景美術も絵具を使った手描き=アナログだった。

今,僕は牛尾憲輔さんの手がけた『平家物語』のサントラを毎日のように聴いている。特にアニメ史に残るあの名ラストシーンで流れた「requiem phases」は何度聴いても聴き飽きることがない。

僕はこのアナログ盤をこれからも毎日,文字通り擦り切れるほど聴くだろう。聴けば聴くほど,音溝は擦り減り,プチプチ音が増えていくだろう。数年後には今と同じようなきれいな音は出ないかもしれない。しかしそれでいいのだ。『平家物語』の音楽は恒久的なデータとして常にどこかに存在し続けるだろうから,僕の手元にあるこの盤が経年劣化することに問題はない。しかも僕はプチプチ音とともに音楽を聴くことをー子どもの頃とは違ってー主体的に選んだのだ。今ここにある『平家物語』のアナログ盤は,年とともにプチプチ音というノイズを増していきながら,元の音源から否応なしに"ズレ"ていく。それもまた,諸行無常である。

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TVアニメ『SPY×FAMILY(スパイファミリー)』(2022年春)「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『SPY×FAMILY』「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」のネタバレを含みます。

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『SPY × FAMILY』公式HPより引用 ©︎遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

spy-family.net


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マンガ原作のアニメを観る上で最も面白いポイントは,"いかに原作を忠実に再現したか"というよりは,"いかに原作を解釈したか"だと思う。例えばアニメ化に際しては,しばしばコマとコマの間の動きや時間経過,背景の白抜き部分などを補填する必要があり,その部分がアニメ特有の"解釈"となることがある。また当然,声優陣の声の演技や劇伴なども原作に対する付加価値的となりうる。アニメ『SPY×FAMLY』の第1話「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」は,上記のような意味での"解釈"が随所に見受けられ,ファンの間で事前に高まっていた期待を大きく上回る傑作回だったと言える。今回の記事ではそのいくつかのポイントを見ていこう。

 

モーション:"かっこいい"と"かわいい"

まず注目したいのは,アニメ化作品の醍醐味であるモーションの演出だ。比較的淡白なルックのキャラデザに比して,人物の動作やカメラワークの描写はかなり細やかで,全体的なモーションの情報量は高い。特にロイドが運転をしながら片手でメガネを装着するカット,ジャケットの袖に腕を通すカット,マフィアの一味との格闘におけるアクションのカットなど,原作にないディテールが盛り込まれており,ロイドのスマートな"かっこよさ"を強調する演出として目を引く。これらによって「かっこいいうそつき」というアーニャのセリフにも説得力が増している。

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©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

そしてとりわけ重要なのはアーニャの登場シーンだ。孤児院でロイドにアピールするために背伸びをするカットの足の震えや,クロスワードパズルに駆け寄るカットの足の運びなどが丁寧にアニメートされている。原作では「とたたっ」と擬音で表現されている足音が軽やかな効果音で表されており,耳に心地いい。ロイドの「敵襲」という心の声に反応して隠れ場所を探す場面でも,アーニャの動きが丹念にアニメートされている。その微笑ましい姿に思わず頬がゆるむ。

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©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

アーニャがロイドのスパイ道具を漁るシーンは,この話数の目玉と言ってよいかもしれない。興味のないものは無造作に放り出し,見つけた通信装置で嬉々としていたずらをするアーニャ。そこには,ひっくり返したおもちゃ箱を前に目を輝かせる無邪気な子どもの姿が再現されている。

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そして特筆すべきは,こうしたアニメーションにさらに生き生きとした命を吹き込んだ種﨑敦美の演技だ。"コメディ担当"としてのアーニャの面白みを引き出しながらも,過度にギャグに寄り過ぎて“子どものカリカチュア”に陥るようなことなどがなく,リアルな子どもの存在感をうまく出している。PVや「AnimeJapan」のステージを見て彼女の演技への期待度は高まっていたものの,正直,ここまで見事にアーニャ役を演じ切るとは思わなかった。

この一連のシーンのモーションや声の演技によって,この物語の焦点が子どもの目線にあることが確かに感じられる演出になっている。

子どもが泣かない世界

個人的にアニメ『SPY×FAMILY』で意外だったのは,ロイド役の江口拓也の演技だ。コミカルなシーンでも比較的抑えめの声で,沈着冷静な側面を強調する演技になっていたのが面白い。本作はロイドの独白が多いため,自然,この江口の声の演技が作品全体の雰囲気を決定づける要素となる。また劇伴も思いのほか控えめで,日常シーンやギャグシーンなどにコミカルな音楽を乗せるといった常套手段が多用されることがない。どちらかと言えば,シリアスに寄せた音響演出だったと言える。こうした音響面でのトーンは,「子どもが泣かない」平和な世界を作るという,本作に込められたシリアスなテーマともうまく整合性が保たれている。

シリアスシーンが丁寧に作られていたのも印象的だった。例えば冒頭,ロイドが列車の中でWISE局長からのミッションを読むシーン。列車がトンネルに入ると,にわかに車内の光量が下がり,ロイドの姿が窓ガラスに映し出される。その後,列車はトンネルを抜け,局長の「影なき英雄よ」というセリフのタイミングで窓に映ったロイドの影=姿も消える。「君たちエージェントの活躍が日に目を見ることはない。勲章もなく新聞の片隅に載ることもない。だがそれでも,その骸の上に人々の日常が成り立っていることを忘れるな」という局長のセリフに合わせ,幸せそうな家族づれの乗客の姿が大写しになる。このシーンの劇伴もシリアス寄りになっている。

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©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

このシーンのトーンは,終盤,マフィアとの対決に向かうロイドの「そうだった。子どもが泣かない世界。それを作りたくて俺はスパイになったんだ」という独白のシーンときれいに接続される。このシーンにおけるロイドの一連の所作とアーニャの表情も実に印象的だ。

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©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

『SPY×FAMILY』がアクションとスラップスティックを主体としたコメディであることは確かだが,その中にも「子どもの泣かない世界を作る」というロイドの願いがライトモチーフとして流れている。今回見てきた「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」には,コメディ要素によって視聴者を笑わせながらも,子どもが泣き止み,子どもが子どもらしく笑顔でいられる未来を暗示するという古橋の意図を感じたように思う。

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©遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

この記事をご覧になったみなさんも,原作と比較しながら第1話を観直してみてはいかがだろうか。

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:遠藤達哉/監督:古橋一浩/キャラクターデザイン:嶋田和晃/総作画監督:嶋田和晃浅野恭司/助監督:片桐崇高橋謙仁原田孝宏/色彩設計:橋本賢/美術設定:谷内優穂杉本智美金平和茂/美術監督:永井一男薄井久代/3DCG監督:今垣佳奈/撮影監督:伏原あかね/副撮影監督:佐久間悠也/編集:齋藤朱里/音楽プロデュース:(K)NoW_NAME/音響監督:はたしょう二/音響効果:出雲範子/制作:WIT STUDIO×CloverWorks

【キャスト】
ロイド・フォージャー:江口拓也/アーニャ・フォージャー:種﨑敦美/ヨル・フォージャー:早見沙織/フランキー・フランクリン:吉野裕行/シルヴィア・シャーウッド:甲斐田裕子/ヘンリー・ヘンダーソン:山路和弘/ナレーション:松田健一郎

【「MISSION:01 オペレーション〈梟〉」スタッフ】
脚本:河口友美/絵コンテ・演出:古橋一浩/総作画監督:嶋田和晃/作画監督:浅野恭二松尾優

商品情報

 

2022年 冬アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

『平家物語』公式HPより引用 ©︎「平家物語」製作委員会

2022年最初のクールである冬アニメも,ほぼすべての作品が最終話を迎えた。今回の記事では,2022年冬アニメの中から,特にレベルの高かった7作品をランキング形式で振り返る。

なお,最終話までの評価によって,以前掲載した「2022年冬アニメ 中間報告」ではピックアップしなかったがランクインした作品,逆にビックアップしたが最終的にランクインしなかった作品が含まれることをお断りしておく。

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7位:『明日ちゃんのセーラー服』

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独特のキャラクターデザインは好き嫌いが分かれるところもあるだろうが,原作にはない背景美術の描き込みに合わせた的確なレイアウトや人物の繊細な関係性を画に落とし込んだ演出が光った。後述する『その着せ替え人形は恋をする』と併せて,制作会社CloverWorksの代表作となるだろう。

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6位:『錆喰いビスコ』

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「錆」や「キノコ」といった新奇な道具立ての割には,最終話の辺りは"セオリー通り"の展開だったのがやや残念だが,本作はなんと言っても碇谷敦のキャラクターデザインが光っていた。続編の制作を期待したい。

5位:『からかい上手の高木さん 3』

takagi3.me

異世界でもSFでも未来でも過去でもなく,〈今ここ〉の日常の中で起きるミニマルな物語。にもかかわらず,キャラクターデザインや声の演技など,この作品の魅力は実写ではなくアニメーションという媒体によってこそ輝く。原作の魅力を最大限に引き出した表現力を高く評価したい。6月に公開予定されている劇場版も楽しみだ。


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4位:『鬼滅の刃 遊郭編』

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「堕姫」のデザインやCV沢城みゆきの演技,迫力のアクションシーンなど,あらゆる点において平均値を遥かに上回るクオリティだった。流石のufotableと言わざるを得ない。1位にランクする価値が十分あるのだが,当ブログではすでにいくつかの記事で最上級の高評価をしている作品なので,今回は他作品に上位を譲るという意味で,この順位とした。

3位:『その着せ替え人形は恋をする』

bisquedoll-anime.com

AnimeJapanのステージで紗寿叶役の種﨑敦美も言及していたが,11話で心をざわつかせるシーンで引きを作り,12話(最終話)は比較的落ち着いた雰囲気で締めくくるという流れは,作品全体への句点の置き方として最適だったのではないかと思う。総じて,デザイン,演出,声優の演技を始め,視聴者に愛されるキャラクター造形と細やかな演出が際立った秀作であり,上述した『明日ちゃんのセーラー服』とともに,CloverWorksの存在感を印象付けた作品となった。是非とも続編の制作を期待したい作品だ。

2位:『王様ランキング 第2クール』

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最終話が終わって振り返ってみた時,この作品の最大の魅力はやはりキャラクターだったのではないかと思う。ボッジを好きになる人もいれば,ヒリングやデスパーに自分の身を重ねる人もいただろう。観る人によって感情移入の対象が異なり,様々な立場や価値観の人を引きこむ作品だったのではないかと思う。AnimeJapanのステージでも,メインキャストたちがそれぞれのキャラクターの魅力を熱く語る姿が印象的だった。本作も続編制作を大いに期待したい作品だ。

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1位:『平家物語』

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全11話という限られた尺の中で,びわと平家の日常的なふれあいを丁寧に描き,平家物語に内在する悲哀という叙情を際立たせた傑作であった。特に最終話,様々な色と音とが渾然一体となる「灌頂巻」の演出には目を見張るものがあり,アニメ史に残る名ラストシーンと言っても過言ではないだろう。また,本作を観た多くの人が『平家物語』の中に新たなポテンシャルを見出し,この古典作品への関心をいっそう高めたのではないかと推測される。その意味で,文化的な影響力の強い作品でもあった。

なお平家をめぐる物語は,5月に公開が予定されている湯浅政明監督『犬王』に引き継がれる。同じサイエンスSARUの制作だが,もちろんそのテイストはまったく異なるものになるはずだ。山田マジックと湯浅マジックを比較するのも面白いだろう。大いに期待したい。

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● その他の鑑賞済み作品(50音順)

『東京24区』『トライブナイン』『リーマンズクラブ』
 

以上,当ブログが注目した2022年冬アニメ7作品を挙げた。

残念ながら前クールに引き続き,オリジナル・アニメのランクインはなかった。言うまでもなく,オリジナル作品の制作は難しい。しかしだからこそ,2021年の『Vivy』『SK∞』『SSSS.DYNAZENON』『Sonny Boy』『オッドタクシー』のようなユニークな傑作が生み出された時には,アニメの潜在的な表現力を確かに感じ,心が躍る。だから当ブログでは今後もオリジナル・アニメを応援していきたいと思う。

2022年春アニメのおすすめに関しては以下の記事を参照頂きたい。

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TVアニメ『平家物語』(2022年冬)レビュー[考察・感想]:〈日常〉を見る,〈無常〉を語る

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。

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『平家物語』公式HPより引用 ©︎「平家物語」製作委員会

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山田尚子監督『平家物語』は,古川日出男の現代語訳をもとにしつつ,山田独自の感性でこの軍記物語を再解釈したアニメ作品である。オリジナルのキャラクター「びわ」という観察主体を導入することにより,『平家物語』に内在する叙情的な側面を際立たせることに成功した傑作だ。

 

あらすじ

平安末期,栄華を極めていた平家一門の横暴を見つめる一人の少女がいた。名は「びわ」。その青く妖美な眼は,「先」,すなわち未来を見通す力を持っていた。平家に父を殺されたびわは,亡者を見る眼を持つ平重盛に拾われ,やがて来る平家の滅亡を告げる。

 

〈見る〉を観る

『リズと青い鳥』の制作開始時,山田尚子監督は「ガラスの瓶の底をのぞいたような世界観」というディレクションを提示したという。*1 いかにも山田らしいこの直喩には,子どものように無邪気な好奇心,「のぞく」という行為の悪戯っぽさ,親密な隠密性,そして日常の焦点をわずかにずらして非日常に変換する感性といったものが凝縮されている。そしておそらくそれは,極端に浅い被写界深度の撮影,色収差,ピン送り,青みがかった色彩設計といった,多彩な視覚効果やカメラワークによって演出されている。撮影監督の髙尾一也や色彩設計の石田奈央美らが,その要求に十二分に応えていたことは言うまでもない。

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『リズと青い鳥』より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

もちろん,そうした演出効果そのものは近年のアニメ作品では珍しくなくなっている。とりわけデジタル制作と撮影技術の進歩した現在では,撮影効果のインフレが起きていると言っても過言ではない。しかし山田作品の画作りは,単なる表面的な装飾であることを超え,作品全体の世界観と深く関わり合いながら,それを鑑賞者に視覚的に伝達する確かな効果を持っている。おそらく『リズと青い鳥』を観た人にとって,「ガラスの瓶の底をのぞいたような世界観」という言い回しほどきれいに胸に落ちる表現もないだろう。多くの部員に目を行き渡らせた群像劇的な『響け!ユーフォニアム』と比べ,『リズと青い鳥』は,みぞれと希美だけの関係性と,2人の心象世界にフォーカスを当てた作品なのだから。*2 

『リズと青い鳥』を観る人は,特殊な視覚効果によって,透明でパッシブな傍観者であることをやめ,みぞれと希美の関係性をアクティブに「のぞく」観察主体になったかのような感覚を得る。そして『リズと青い鳥』に限らず,『たまこまーけっと』(2014年)『映画 聲の形』(2016年)などの代表作を通覧した時,山田作品において〈見る〉という行為が特別な意味づけをなされていることがわかるだろう。様々な視覚効果やカメラワークは,自分が物語世界を〈見ている〉ことを鑑賞者に否応なしに意識させる。〈見る〉行為の意識化〈見る〉ことそのものを観ること。視覚効果は,そのための装置として機能しているのだ。

 

「びわ」を呼びだす

そして『平家物語』は,『リズと青い鳥』ほどリッチな効果を用いてはいないにもかかわらず,〈見る〉という行為を主題レベルにまで前景化したと言える点で,山田尚子作品の中でも特別な位置を占める作品と言える。

本作でも,すでに第一話冒頭において各種の視覚効果が用いられている。

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左・中:第一話「平家にあらざれば人にあらず」アヴァンより引用/右:オープニングアニメーションより引用 ©︎「平家物語」製作委員会

アヴァンでは,沙羅双樹の花のカットでピンボケとライトリーク(光漏れ)の効果が施されている。またピンボケはタイトルバックにも用いられている。これら以外にも,浅い被写界深度や前景から後景へのピン送りなど,様々な視覚効果が本編の随所に見られる。これらを観て“まさしく山田流の演出だ”と感じた視聴者も多いことだろう。こうした効果によって,鑑賞者は〈見る〉ことそのものを意識するよう促され,〈見る〉ことをメタレベルで認識するようになる。

また本作では,人物の眼をクロースアップしたカットも多用されている。まるでカメラアイがカメラアイを再帰的に観察するかのように。当然,びわの眼のクロースアップが最も多いが,重盛,維盛,清盛などの眼のクロースアップも見られる。場合によっては,そうしたカットの前後に当該人物の主観視点のカットが挿入される。こうして,客観視点と主観視点が作品内で折り重ねられ,〈見る〉行為がますます意識されるようになる。同時に鑑賞者は作品内の人物,とりわけ「びわ」の眼を通して,『平家物語』を内部から〈見る〉視点を得る。

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左:びわの眼 中:重盛の眼 第一話「平家にあらざれば人にあらず」より引用/右:維盛の眼 第五話「橋合戦」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

さらに〈見る〉行為は,びわの「先=未来が見える眼」というキャラクターの特性とも重ね合わせられる。

本作の底本となった現代語訳を手がけた古川日出男は,「前語り」と「訳者あとがき」の中で,琵琶法師が『平家物語』を語り広めていったことに言及した上で,「私は無数の語り手を呼びだした」と述べている。*3 実際,古川の訳文では,文体が常体から敬体に変化したり,語り手の一人称が「私」「僕」「手前」「俺」に次々と変化したりと,かなり大胆な"超訳"がなされている。ここでは,もはや語り手(琵琶法師)は透明な媒体であることをやめ,それぞれが"語る意志"を持った主体と化しているかのようだ。

山田はこの「複数の語り手」を「びわ」という単一の主体へと凝集した。さらにびわは,琵琶法師=語り手であると同時に,その特殊な眼によって平家一門の生き様と未来を〈見る〉主体として物語内に呼び出される。そしてその意味でも,びわの〈見る〉眼は僕ら鑑賞者自身の〈見る〉眼と重ね合わせられている。多くの日本人は,『平家物語』の結末について義務教育の時点で"ネタバレ"を喰らっている。だから『平家物語』のアニメーションの鑑賞を開始した時点で,僕らはすでにそのあらましを知っている。それはちょうど,平家の「先(未来)」が見えるびわの視点と重なる。びわの物語への導入は,僕ら視聴者の視点の導入に他ならないのだ。

では,びわ=私たちの眼は,『平家物語』というアニメーションの中に何を〈見る〉のだろうか。

 

〈日常〉から〈無常〉へ

びわというキャラクターの導入による最大の効果の1つは,平家の〈日常〉の描出を可能にした点にある。

まず面白いのはオープニングアニメーション(絵コンテ・演出:山田尚子/作画監督:小島崇史)だ。羊文学の爽やかなオープニングテーマ「光るとき」とともに,びわと平家の日常的な風景が明るいトーンで描かれる。ちなみに本作の本編は,人物の所作等を含め細部まで歴史監修が行き届いていると思われるが,*4 このオープニングアニメーションでは,徳子や重盛が,とても平安末期の軍記物語とは思えない,現代ドラマの登場人物のような所作を見せる。

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オープニングアニメーションより引用  ©︎「平家物語」製作委員会


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第一話「平家にあらざれば人にあらず」の後半では,びわと維盛・資盛・清経三兄弟との日常的な風景が愉快に,かつ美しく描かれている。びわが資盛らとじゃれ合い,維盛と同じ風を感じる姿がとても印象的だ。びわが平家と同じ空気の中に存在していることが確かに感じられるシークエンスである。

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第一話「平家にあらざれば人にあらず」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

続く第二話「娑婆の栄華は夢のゆめ」はいわば“女子回”だ。そしてこの話数が本作において持つ意味はとても大きい。

当初,平家に警戒心を抱いていたびわだが,徳子にはすっかり気を許している。徳子の方も寛いだ様子で,日頃口に出せないであろう身の上話や愚痴をびわに語って聞かせる。2人の様子は姉妹のように親密で,まるで『たまこまーけっと』(2013年冬)のガールズトークをのぞいているかのようでもある。

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第二話「娑婆の栄華は夢のゆめ」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

その後,びわは清盛の元を訪ねてきた白拍子の祇王と出会い,彼女に自分の母の姿を重ねる。祇王もそんなびわを愛おしく思う。食事をするびわの口元を実の母のように拭ってやる祇王の姿には,くすぐったくなるような日常の温かさを感じる。

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第二話「娑婆の栄華は夢のゆめ」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

これらのシーンは,まさしく山田の得意とする柔らかい日常感に溢れている。『平家物語』原作では描かれることの少ない平家の,それも女たちの日常が,さながら“日常系アニメ”の空気感の中で描かれているのである。

話はいったん第二話から逸れるが,山田はキャラクター原案の高野文子が提出した「静御前」の原案について「型に囚われていないというか,まるで,校則は破るものよ,とでも言っているような高野さんならではの悪戯っぽさが溢れていました」と絶妙なコメントをしている。*5 平安末期の歴史的人物と現代の学校の日常風景とを軽やかに接続してしまう山田の感性,そしてその感性に打ち響くデザインを生み出す高野の技量。『平家物語』の伝統的な読みでは決して見えてこない〈日常性〉が,この2つの才能の邂逅によって本作に姿を現していると言える。

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左:高野文子による「静御前」原案/右:高野文子がアニメを観た後に描き下ろしたイラスト:「わたしたちが描いたアニメーション『平家物語』」,pp.70-71,河出書房新社,2022年。 ©︎「平家物語」製作委員会

第二話に戻ろう。びわは出家した祇王の元を訪れた後,祇王や仏御前らの「先」を見る。清盛の「駒」であることから解放され,穏やかに祈る彼女たちの「先」を見て,びわは顔をほころばせる。この表情は,本作が祇王と仏御前の出家を“逞しく生きる女”の物語として肯定的に捉えていることを明確に表している。第七話「清盛,死す」以降の徳子の覚悟にもつながっていく重要な話数だ。

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第二話「娑婆の栄華は夢のゆめ」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

祇王と仏御前の穏やかな未来を見て,にわかに多幸感に包まれたびわは,その夜,重盛にこう告げる。

明日,あさって。これから,この先。ずっと先。もっと先。いいこともある。

この刹那,びわは自分が見た平家の末路を忘れ,終わりのない〈日常〉の幸福感を望んでいる。

しかし言うまでもなく,『平家物語』ほど"終わりのない日常"からかけ離れた物語はない。第二話は,〈見る〉ことの〈日常〉に加え,それが〈無常〉に転じていく予感を描いた話数でもある。先程の祇王のシーンに先立つ場面で,びわと重盛は次のような会話をしている。

重盛:私は子どもの頃から暗闇が恐ろしかった。見えるせいかもしれぬがな。びわ,そなたは何が恐ろしい?
びわ:先。
重盛:はっ…
びわ:わしは…先が恐ろしい。
重盛:そうか。闇も先も恐ろしくとも、今この時は美しいの。

ここでびわの「先」は重盛の「闇」と並置され,その暗い側面が強調されている。これに呼応するかのように,第二話のラストで徳子が入内するシーンでは,びわの眼に再び暗い「先」が映ってしまう。

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第二話「娑婆の栄華は夢のゆめ」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

〈日常〉から〈無常〉へ。山田は平家一門の〈日常〉をびわの目線で捉えることによって,その〈無常〉の酷薄さを際立たせる。これまで,どちらかと言えば〈日常〉を描くことが多かった山田ならではの『平家物語』解釈と言えるかもしれない。

この後,平家の〈日常〉は源氏との戦における〈死の予感〉によって侵食されていく。軍記物語である『平家物語』は,合戦シーンを一種の娯楽として提供していることは確かだ。しかしこの物語では,勇猛果敢な武将たちの勇姿ばかりが描かれているわけではない。平家には嬉々として戦に興じる兵だけではなく,〈弱さ〉を抱えた者たちがいた。『平家物語』はそんな彼らの物語でもあるのだ。

 

戦という〈無常〉,弱き者たちへの眼差し

僕らは歴史を“進歩”と捉えがちである。Aの時代の欠陥がBの時代で正され,Bの時代の不備がCの時代で補われる,といった具合に。しかしそうした見方の中では,歴史に"勝者"の姿ばかりが求められ,"弱者"への視線が決定的に欠けがちである。そのような歴史観を「勝利者」への「感情移入」として批判したのはヴァルター・ベンヤミンだったが,進歩を「瓦礫の山」に例える彼にとって,歴史は〈無常〉そのものに見えたに違いない。*6

古川日出男訳『平家物語』に収められた「解題」の中で,国文学者の佐伯真一は『平家物語』の魅力を「弱者を弱者として描き出すところにある」と述べている。*7 平家一門は栄華を極めた。その意味では確かに"勝者"である。しかし「諸行無常」「盛者必衰」という冒頭の有名な句は,この物語のフォーカスが勝者の勝利ではなく,勝者の敗北にあることを示している。佐伯の言を借りれば,『平家物語』は「敗者への鎮魂の思いに満ちた作品*8 なのである。

そうして見た時,山田版『平家物語』の中でたいへん面白い描かれ方をしている人物がいる。平維盛である。

維盛と言えば,「富士川の戦い」で水鳥の羽音に驚き,戦わずして敗走したエピソードが有名だ。あくまでも軍記物という側面から見るのであれば,"容姿端麗ではあるが戦はめっぽう下手な軟弱者"というのが一般的な評価だろう。もちろん山田版『平家物語』にも,維盛が「軟弱者」として描かれる場面はある。第二話では,鳥の羽音に驚く場面が「富士川の戦い」の伏線として描かれているし,弟の資盛から「怖がり」と揶揄されるシーンがいくつも見られる。

しかし本作の維盛の眼は,例えば知盛のような猛者には決して見えることのない,戦の恐ろしさ,その不条理をしっかりと捉えているように思える。

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第五話「橋合戦」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

第五話「橋合戦」では,維盛の目線から見た恐ろしい戦場のカットが挿入され,彼が戦へのトラウマを募らせていく様が丁寧に描かれていく。しかしそれは単に維盛を「軟弱者」としてキャラ付けしているというよりは,戦そのものの理不尽,平家の〈日常〉を犯す戦の〈無常〉への,等身大の反応を描いているように思える。

そして第九話「平家流るる」では,最終決戦である「壇ノ浦」を前にして,戦の〈無常〉は早くもクライマックスに達する。清経の入水敦盛の最期である。

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第九話「平家流るる」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

清経は源氏に追われ都落ちをする中で,「網にかかった魚」のような平家の命運に思い悩み,自ら命を断つ。敦盛は戦の功に焦る熊谷直実に首を取られ,悲劇の最期を迎える。どちらのシーンも,落ちゆく者たちの壮絶な最期を描いている。敦盛の最期は,原典でも「敦盛最期」という一節が設けられており,学校の授業でも取り扱われることが多い有名なエピソードである。一方,清経の入水については,原典での描かれ方は比較的淡白である。にもかかわらず,山田は入水に至るまでの清経の心情を実に丁寧に描き込んでいる。

そしてどちらのシーンにもびわの眼のカットが挿入されることで,透明なカメラが2人の死を“史実”として客観的に伝達するのではなく,びわという個人の眼を通してそれを〈見る〉という演出がなされている。2人の死にまつわる“史実”は,びわという抵抗素子を通過することで,大きな熱量を持った〈感情〉となって我々を揺さぶる。これに先立つ話数で,清経と敦盛の〈日常〉がびわ目線で丹念に描かれているからこそ,このシーンの〈無常〉がいっそう際立つ。これが山田の狙った「叙情詩」としての『平家物語』なのであろう。

ちなみに敦盛の首を取った熊谷直実は,我が子と同じほどの若き公達の命を奪ってしまったことを気に病み,出家への思いを募らせていく。*9 敦盛の首に刀を突き立てようとする瞬間の直実の表情には,戦の〈無情〉あるいは〈無常〉が凝縮されているようである。

 

〈見る〉ことが終わり,〈語る〉ことが始まる

かくして平家は源氏に敗れ,第十一話(最終話)「諸行無常」で時子と安徳天皇の入水が描かれるに至り,この物語の幕は閉じられる。これにて,びわの〈見る〉使命も終わる

ラストシーンは,原典で「灌頂巻」と題された挿話で締め括られる。源氏の手によって生きながらえた徳子は,その後出家し,寂光院に隠棲して祈りの日々を送っている。ある日,そんな彼女の元を後白河法皇が訪れる。徳子は己が身の上を「六道」*10 になぞらえて回顧する。

面白いのは,このシーンの中に,徳子が後白河法皇に「柴漬け」を供する場面が挿入されていることだ。

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第十一話「諸行無常」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

もともと柴漬けは,寂光院に閑居した徳子に里人が夏野菜の漬物を差し入れ,その美味に喜んだ徳子が名付けたのが起源と言われている。『平家物語』原典にはこの柴漬けの件はなく,また山田がこのシーンを挿入した意図も定かではないが,徳子の出家後の祈りの日々の中にも,「柴漬け」をめぐる里の人々との交わりのような俗世的な〈日常〉が確かにあったことを思わせるシーンである。

徳子はこの後,阿弥陀仏の手にかけわたされた「五色の糸」を握りながら往生する。五色の糸とは,念仏者が臨終を迎えた時,阿弥陀仏から自分の手にかけわたした五色の糸のことであり,これによって念仏者は極楽浄土に導かれるとされた。なお,この「五色の糸」の件は原典にも存在する。この五色の糸を用いたラストシーンのシンボリカルな演出は見事だ。

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第十一話「諸行無常」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

五色の糸,徳子の僧衣の紫,柴漬けの赤紫,草葉の緑,びわの髪の白,アゲハ蝶の青,笛の音,琴の音,鐘の音,声優たちの「祇園精舎の鐘の声」の声,そして琵琶の激しくも悲しげな音色。大量の色と音色が一体となって,平家一門鎮魂のラストシーンを構成している。アニメ史に残る名ラストシーンと言っても決して過言ではない。

残されたびわは,平家の物語をまさにその初めから語り始めることになる。光を失ったその眼には,徳子が夢の中の竜宮城で見たのと同じ,平家の面々の柔らかな〈日常〉が記憶されているに違いない。びわの眼を借りた平家の物語はここで終わり,彼女の琵琶が〈語る〉物語がここから始まる。この作品を〈見た〉僕らも,びわに倣って『平家物語』を語り継いでいこう。

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第十一話「諸行無常」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

 

この悲しくも美しい物語を永遠に遺した平家一門に,合掌。

 

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:古川日出男訳 「平家物語」(河出書房新社刊)/監督:山田尚子/脚本:吉田玲子/キャラクター原案:高野文子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:サイエンスSARU/キャラクターデザイン:小島崇史/美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)/動画監督:今井翔太郎/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)/歴史監修:佐多芳彦/琵琶監修:後藤幸浩

【キャスト】
びわ:悠木碧/平重盛:櫻井孝宏/平徳子:早見沙織/平清盛:玄田哲章/後白河法皇:千葉繁/平時子:井上喜久子/平維盛:入野自由/平資盛(幼少期):小林由美子/平資盛:岡本信彦/平清経:花江夏樹/平敦盛:村瀬歩/高倉天皇:西山宏太朗/平宗盛:檜山修之/平知盛:木村昴/平重衡:宮崎遊/静御前:水瀬いのり/源頼朝:杉田智和/源義経:梶裕貴

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 4

5

5
CV ドラマ メッセージ 独自性
5 4 4 5
普遍性 考察 平均
5 5 4.7
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

商品情報

 

*1:『リズと青い鳥』Blu-ray特典オーディオコメンタリーより。

*2:なお,山田は「アニメ!アニメ!」のインタビューで「身を潜めてのぞき見るような感覚で,女の子の秘密のお話を撮り逃さないように意識を集中していました」という言い方もしている。

*3:古川日出男訳『平家物語』,p.10,およびp.879,河出書房新社,2016年。

*4:例えば徳子の"立膝"などがわかりやすい。

*5:「わたしたちが描いたアニメーション『平家物語』」,p.75,河出書房新社,2022年。

*6:ヴァルター・ベンヤミン『歴史の概念について』(ヴァルター・ベンヤミン著(浅井健二郎編訳・久保哲司訳)『ベンヤミン・コレクション Ⅰ 近代の意味』,pp.643-665に所収,ちくま学芸文庫,1995年)。

*7:古川上掲書,pp.886-887。

*8:同上,p.888。

*9:出家後の直実は第十一話に登場している。

*10:「地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道」のこと。

2022年 春アニメは何を観る?来期おすすめアニメの紹介 ~2022年冬アニメを振返りながら~

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『SPY × FAMILY』公式HPより引用 ©︎遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

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2022年 冬アニメ振返り

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前クール(2021年秋)に続き,今クールもオリジナル・アニメがいまひとつ振るわない。オリジナル推しの当ブログとしては残念至極だが,その代わりにアニメ・小説原作のアニメの質は高く,語るに値する作品が多いのは幸いだ。

とりわけ目立ったのは『平家物語』『その着せ替え人形は恋をする』『王様ランキング』の3作だろう。

『平家物語』は「びわ」という観察主体を物語に投じることで,この物語に内在する〈叙情性〉を際立たせた傑作だ。〈見る〉という行為をカメラアングルやレンズ効果で表現する山田尚子の手腕がいかんなく発揮されている。

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『その着せ替え人形はをする』は,"ハーレム&ちょいエロ&ラブコメ"という,それ自体はありがちな設定ながら,きめ細かい演出と心理描写は高評価に値する。同時期に放送されている『明日ちゃんのセーラー服』と並んで,制作会社CloverWorksの代表作となるかもしれない。

『王様ランキング』は,奇想天外な物語に加えて,極めて大胆なカメラワークや空間描写によって毎話アニメファンを唸らせている。監督の八田洋介は,まだ参加作品もさほど多くない新進気鋭のクリエーターだが,本作によってその評価が高まることは間違いない。

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また,『からかい上手の高木さん 3』『鬼滅の刃 遊郭編』など,すでに評価の定まったシリーズ作の続編も好調だった。総じて,アニメファンにとって十分楽しめるクールだったのではないだろうか。なお,2022年冬アニメの最終ランキングは後日発表する予定である。

では2022年春アニメのラインナップの中から,五十音順に注目作をピックアップしていこう。各作品タイトルの下に最新PVなどのリンクを貼ってあるので,ぜひご覧になりながら本記事をお読みいただきたい。なお,オリジナルアニメ(マンガ,ラノベ,ゲーム等の原作がない作品)のタイトルの末尾には「(オリジナル)」と付記してある。

 

① 阿波連さんははかれない


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aharen-pr.com

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【スタッフ】
原作:水あさと/総監督:山本靖貴/監督:牧野友映/シリーズ構成:吉岡たかを/脚本:吉岡たかを,久尾歩,兀兀/キャラクターデザイン:八尋裕子/総作画監督:八尋裕子,岩佐とも子,三島千枝,福地友樹/美術監督:倉田憲一(獏プロダクション)/色彩設計:田中千春/撮影監督:岩井和也(スタジオシャムロック)/特殊効果:木村実乃理(スタジオシャムロック)/編集:山田聖実(editz)/音響監督:阿部信行/音楽:神前暁 & MONACA/アニメーション制作:FelixFilm/製作総指揮:夏目公一朗/プロデュース:藍沢亮/製作:bilibili

【キャスト】
阿波連れいな:水瀬いのり/ライドウ:寺島拓篤/大城みつき:M・A・O/石川:柿原徹也/佐藤ハナコ:楠木ともり/桃原先生:花澤香菜/ライドウ妹:長江里加/宮平先生:小坂井祐莉絵/ふたば:指出毬亜/あつし:藤原夏海

【コメント】
春クール期待の学園ラブコメ作品。テンポのよいコミカルなモーションが表現されていることがPVからわかる。最近,この手の丸みのあるシンプルなキャラクターにきちんと動きを付ける作品が増えてきた印象があるが,ある意味でアニメーションという媒体の本質と言ってもいいだろう。とりわけ本作のような〈日常系〉においては重要な要素である

 

② インセクトランド


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insect-land.com

【スタッフ】
原作:
香川照之/エグゼクティブプロデューサー:香川照之/監督:川越淳/シリーズ構成・脚本:木戸雄一郎/キャラクター原案:ロマン・トマ/キャラクターデザイン:筧あゆみ/クリエイティブサポート:Studio No Border/制作:トムス・エンタテインメント/アニメーション制作:トムス・ジーニーズ/企画協力:ロータス・ルーツ

【キャスト】
アダム:泊明日菜/ミア:久野美咲/シャルロット:美山加恋/テオ:七海ひろき/エデン:高橋李依/アクセル:花江夏樹/ガブリエル:奈良徹/ラファエル:斉藤貴美子/マキシーム:菊池こころ/ナレーション:櫻井孝宏

【コメント】
原作は作:香川照之/絵:ロマン・トマの自然教育絵本『INSECT LAND』(2022年)。Eテレ枠ということもあり,まぎれもないキッズアニメだが,何せ原作があの香川照之だ。好きなものに大量の情熱を注ぎ込んで作られた作品が面白くないはずがない。

監督は『ルパン三世 お宝返却大作戦!!』(2003年)『それいけ!アンパンマン だだんだんとふたごの星』(2009年)などの川越淳。また,キャラクター原案を『スペース☆ダンディ』(2014年冬・夏)のメカニックデザインを務めたロマン・トマが手がけるのもポイントだ。ちなみにこの作品とはあまり関係ないかもしれないが,トマと言えば,2015年にTwitterに投稿したパースの説明が大変わかりやすいと話題になったことがある。アニメファンにとっても参考になる説明だ。

togetter.com

 

③ エスタブライフ グレイトエスケープ(オリジナル)


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establife.tokyo

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【スタッフ】
原案・クリエイティブ統括:谷口悟朗/監督:橋本裕之/原作:SSF/シリーズ構成・脚本:賀東招二/キャラクターデザイン原案:コザキユースケ/コンセプトアート:富安健一郎(INEI)/音楽:藤澤慶昌/企画・プロデュース:スロウカーブ/アニメーション制作:ポリゴン・ピクチュアズ

【キャスト】
エクア:嶺内ともみ/フェレス:高橋李依/マルテース:長縄まりあ/アルガ:速水奨/ウルラ:三木眞一郎

【コメント】
遠い未来,人類は遺伝子改造によって「常人」「獣人」「魔族」などに多様化し,AIによって管理された街「クラスタ」に分かれて暮らしている。そんな中,それぞれのクラスタに適応できない人々を別のクラスタに逃がすことを生業とする「逃がし屋」と呼ばれる者たちがいたーという話。「獣人」や「魔族」を異世界モノの住人としてではなく,「遺伝子改造」というSF設定によって登場させている点がユニークだ。また「クラスタ」とそこからの逃亡というテーマは,現代のネット社会における「島」や「フィルターバブル」の問題をカリカチュアしているようにも思えて面白い。

座組では,やはり『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006年秋-2007年冬)などの谷口悟朗が原案・クリエイティブ統括を務める点が注目だろう。『ご注文はうさぎでうか?』(2014年春)などのゆるふわ系を得意とする橋本裕之が監督を務める点も面白い。

 

④ かぐや様は告らせたい-ウルトラロマンティック-


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kaguya.love

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【スタッフ】
原作:赤坂アカ/監督:畠山守/シリーズ構成:中西やすひろ/キャラクターデザイン:八尋裕子/総作画監督:矢向宏志,針場裕子,田中紀衣/プロップデザイン:木藤貴之/美術監督:若林里紗/美術設定:松本浩樹,平義樹弥/色彩設計:ホカリカナコ/CG監督:栗林裕紀/撮影監督:岡﨑正春/編集:松原理恵/音楽:羽岡佳/音響監督:明田川仁/音響制作:マジックカプセル/制作:A-1 Pictures

【キャスト】
四宮かぐや:古賀葵/白銀御行:古川慎/藤原千花:小原好美/石上優:鈴木崚汰/伊井野ミコ:富田美憂/早坂愛:花守ゆみり/柏木渚麻倉もも/大仏こばち:日高里菜/柏木の彼氏:八代拓/ナレーション:青山穣

【コメント】
話題の傑作ラブコメアニメ待望の第3期。多くを語るまでもないだろう。上に挙げたティザーPV「石上優は語りたい」は,10分弱あるメタ気味の短編だが,これがすでに超絶面白い。本編も大いに期待できるだろう。

 

⑤ 攻殻機動隊 SAC_2045 シーズン2


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www.ghostintheshell-sac2045.jp

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【スタッフ】
原作:士郎正宗/監督:神山健治 × 荒牧伸志/シリーズ構成:神山健治/脚本:神山健治,檜垣亮,砂山蔵澄,土城温美,佐藤大,大東大介/キャラクターデザイン:イリヤ・クブシノブ/3Dキャラクタースーパーバイザー:松重宏美/プロダクションデザイナー:臼井伸二,寺岡賢司,松田大介/モデリングスーパーバイザー:田崎真允/リギングスーパーバイザー:錦織洋介,井上暢三/エフェクトスーパーバイザー:清塚拓也/ライティングコンポジットスーパーバイザー:高橋孝弥/編集:定松剛/音楽:戸田信子 × 陣内一真/サウンドデザイナー:高木創/音楽制作:フライングドッグ/制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS

【キャスト】
草薙素子:田中敦子/荒巻大輔:阪脩/バトー:大塚明夫/トグサ:山寺宏一/イシカワ:仲野裕/サイトー:大川透/パズ:小野塚貴志/ボーマ:山口太郎/タチコマ:玉川砂記子/江崎プリン:潘めぐみ/スタンダード:津田健次郎/ジョン・スミス:曽世海司/久利須・大友・帝都:喜山茂雄/シマムラタカシ:林原めぐみ

【コメント】
Netflix配信のWebアニメ。シーズン1(2020年)の配信から2年。シーズン1がとんでもない引きの場面で終わっていたので,待ちに待った続編だ。複雑な世界観や少々クセのある3D描画は,ともすれば視聴者を選ぶ嫌いもあるが,神山健治らしい緻密で硬派なストーリーテリングはじっくり読み解きながら鑑賞するに値する。PVを見るに,ピンクのキャラ「江崎プリン」の活躍が楽しめそうだ。

 

⑥ 古見さんは、コミュ症です。 2期


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komisan-official.com

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【スタッフ】
原作:オダトモヒト/総監督:渡辺歩/監督:川越一生/シリーズ構成:赤尾でこ/キャラクターデザイン:中嶋敦子/美術監督:佐藤勝/色彩設計:林由稀/撮影監督:並木智/編集:小島俊彦/音楽:橋本由香利/音響監督:渡辺淳/音響制作:HALF H・P STUDIO/アニメーション制作:オー・エル・エム

【キャスト】
古見硝子:古賀葵/只野仁人:梶原岳人/長名なじみ:村川梨衣/山井恋:日高里菜/中々思春:大久保瑠美/上理卑美子:藤井ゆきよ/矢田野まける:前島亜美/地洗井茂夫:赤羽根健治/井中のこ子:潘めぐみ/尾根峰ねね:青木瑠璃子/尾鶏かえで:森山由梨佳/園田大勢:佐藤悠雅/忍野裳乃:小野賢章/鬼ヶ島朱子:ブリドカットセーラ恵美/古見秀子:井上喜久子/古見将賀:星野充昭/古見笑介:榎木淳弥/只野瞳:内田真礼/片居誠:神尾晋一郎/成瀬詩守斗:三浦勝之/米谷忠釈:鵜澤正太郎/加藤三九二:内村史子/佐々木あやみ:髙橋ミナミ/ナレーション:日髙のり子

【コメント】
1期(2021年秋)では,すでに第1話から一般的な学園ラブコメのアベレージを遙かに上回るクオリティの作画と演出を見せつけた上,最終話までまったくぶれることなくその質を維持していたことに感服する。PVを見るに,2期もこの制作陣の手腕を期待してよさそうだ。新たなキャラクターも加わり,さらに賑やかさを増しそうな”コミュ症”の物語である。

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⑦ サマータイムレンダ


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【スタッフ】
原作:田中靖規/監督:渡辺歩/シリーズ構成:瀬古浩司/キャラクターデザイン:松元美季/美術:草薙/音楽:岡部啓一,高田龍一,帆足圭吾/音楽制作協力:MONACA/アニメーション制作:オー・エル・エム/制作:小学館集英社プロダクション

【キャスト】
網代慎平:花江夏樹/小舟潮:永瀬アンナ/小舟澪:白砂沙帆/南方ひづる:日笠陽子/根津銀次郎:浦山迅/菱形窓:小野賢章/菱形朱鷺子:河瀬茉希/菱形青銅:大塚明夫/小舟アラン:玄田哲章/凸村哲:上田燿司/雁切真砂人:小西克幸

【コメント】
原作は田中靖規の同名マンガ(2017-2021年)。幼馴染みの死をめぐる謎を解き明かしていくSFサスペンスだ。離島という,このジャンルでは伝統的な舞台をもとに,「影」というギミックがどう効果的にアニメ化されるかがポイントだろうか。

監督は『海獣の子供』(2019年)『漁港の肉子ちゃん』(2021年)などの渡辺歩。シリーズ構成は『モブサイコ100』(第1期:2016年夏,第2期:2019年冬)などの瀬古浩司。音楽を『NirR: Automata』(2017年)などの楽曲を手がけた岡部啓一高田龍一帆足圭吾が担当するのもポイントだ。布陣も盤石である。

 

⑧ SPY×FAMILY


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【スタッフ】
原作:遠藤達哉/監督:古橋一浩/キャラクターデザイン:嶋田和晃/総作画監督:嶋田和晃,浅野恭司/助監督:片桐崇,高橋謙仁,原田孝宏/色彩設計:橋本賢/美術設定:谷内優穂,杉本智美,金平和茂/美術監督:永井一男,薄井久代/3DCG監督:今垣佳奈/撮影監督:伏原あかね/副撮影監督:佐久間悠也/編集:齋藤朱里/音楽プロデュース:(K)NoW_NAME/音響監督:はたしょう二/音響効果:出雲範子/制作:WIT STUDIO×CloverWorks

【キャスト】
ロイド・フォージャー:江口拓也/アーニャ・フォージャー:種﨑敦美/ヨル・フォージャー:早見沙織/フランキー・フランクリン:吉野裕行/シルヴィア・シャーウッド:甲斐田裕子/ヘンリー・ヘンダーソン:山路和弘

【コメント】
絶大なる人気を誇る遠藤達哉の同名マンガ(2019年-)が原作。個人的に”疑似家族”という設定が大好物なので,本作には大いに期待している。

監督は『機動戦士ガンダムUC』(2010-2014年)や『どろろ』(2019年冬・春)などの古橋一浩。キャラクターデザインは『約束のネバーランド』(第1期:2019年冬,第2期:2021年冬)などの嶋田和晃。PVを見ると,原作の雰囲気を忠実に保ちながら,アニメ的な動きに適した絵柄に落とし込まれていることがわかる。特にアーニャはすでにPVからもその魅力がはっきりと伝わってくる。種﨑敦美のキャスティングも非常に面白い。

 

⑨ TIGER & BUNNY 2


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www.tigerandbunny.net

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【スタッフ】
企画・原作・制作:BN Pictures/監督:加瀬充子/シリーズ構成・脚本 ・ストーリーディレクター:西田征史/キャラクターデザイン・ヒーローデザイン:桂正和/アクションディレクター:中島大輔/アニメーションキャラクターデザイン:板垣徳宏,山本美佳,立花希望/デザインワークス:小曽根正美/ビジュアルデザイン:川井康弘/メカデザイン:安藤賢/タイトルロゴデザイン:海野大輔/色彩設計:永井留美子,柴田亜紀子/美術デザイン:兒玉陽平,宮本崇/美術監督:東潤一/CG制作:サンライズ Digital Creation Studio/撮影監督:後藤春陽,田中唯/編集:長坂智樹/音楽:池頼広/音響監督:木村絵理子/音響効果:倉橋裕宗/選曲:合田麻衣子/録音:太田泰明/音響制作:東北新社/製作:BN PicturesBANDAI NAMCO Arts

【キャスト】
鏑木・T・虎徹/ワイルドタイガー:平田 広明/バーナビー・ブルックス Jr.:森田成一/カリーナ・ライル/ブルーローズ:寿美菜子/アントニオ・ロペス/ロックバイソン:楠大典/キース・グッドマン/スカイハイ:井上剛/ホァン・パオリン/ドラゴンキッド:伊瀬茉莉也/イワン・カレリン/折紙サイクロン:岡本信彦/ネイサン・シーモア/ファイヤーエンブレム:津田健次郎/トーマス・トーラス/ヒーイズトーマス:島﨑信長/仙石昴/Mr. ブラック:千葉翔也/ラーラ・チャイコスカヤ/マジカルキャット:楠木ともり/マリオ:太田真一郎

【コメント】
2011年春・夏に放送された大人気作の11年ぶりの続編ということもあり,発表当時はネットを大いに沸かせた。『劇場版TIGER & BUNNY The Rising』の後の世界を描く。

 

⑩ であいもん


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deaimon.jp

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【スタッフ】
原作:浅野りん/監督:追崎史敏/シリーズ構成:吉田玲子/キャラクターデザイン・総作画監督:渋谷秀/プロップデザイン・和菓子作画:佐藤史暁/2D・衣装デザイン:蓬田佑季/美術監督:空閑由美子(スタジオじゃっく)/色彩設計:中村千穂/CGディレクター:山本祐希江(いなほ)/撮影監督:松本乃吾(いなほ)/編集:齋藤朱里(三嶋編集室)/音楽:高田漣/音楽制作:フライングドッグ/音響監督:森下広人/アニメーション制作:エンカレッジフィルムズ/製作:緑松

【キャスト】
納野和:島﨑信長/雪平一果:結木梢/納野平伍:小山力也/納野富紀:大原さやか/巽政:岩崎ひろし/お鶴さん:ゆきのさつき/瀬戸咲季:永塚拓馬/堀河美弦:鈴木みのり/松風佳乃子:髙橋ミナミ/私市緋色:早見沙織/雪平巴:松岡禎丞/雪平真理:坂本真綾/納野一光:及川いぞう/納野倭世:吉田美保

【コメント】
原作は浅野りんによる同名マンガ(2016年-)。京都の和菓子屋を舞台に,主人公・和と少女・一果との出会いと交流を描くハートフルストーリー。シリーズ構成を吉田玲子が務めるのが大きなポイントだ。京都・和菓子・吉田玲子と並ぶと,山田尚子監督『たまこまーけっと』(2013年冬)を思い出すが,この手のミニマル日常系アニメは吉田のもっとも得意分野と思われるので,期待したいところだ。

 

2022年春アニメのイチオシは…

2022年春アニメの期待作として,今回は10作品をピックアップした。

今回のイチオシとしては『SPY × FAMILY』を挙げよう。これまで当ブログではオリジナルアニメを「イチオシ」として挙げることが多かったが,今回は原作のポテンシャルに期待して本作を筆頭にあげようと思う。

次点としては,やはり谷口悟朗原案のオリジナルアニメ『エスタブライフ』。そして安定のラブコメ枠として『かぐや様は告らせたい-ウルトラロマンティック-』『古見さんは、コミュ症です。 2期』を挙げておこう。

以上,2022年春アニメ視聴の参考にして頂ければ幸いである。

TVアニメ『王様ランキング』第2クール(2022年冬)第二十一話「王の剣」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『王様ランキング』「第二十一話 王の剣」のネタバレを含みます。

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『王様ランキング』公式Twitterより引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

osama-ranking.com


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『王様ランキング』という作品には2つの意味での驚きがある。1つはその奇想天外なストーリー。個々のキャラクターの根本の目論みが最後まで明かされずにいるため,その意外かつ先の読めない行動に毎話,意表を突かれる。それがとてつもなく楽しい。

そしてもう1つは,もちろんアニメーション技術である。本作はアクションシーンを中心に,カメラワークや構図の取り方の部分で随所にアニメオリジナルを取り入れており,原作をかなり自由に解釈しているようだ。今回の記事では,先日放映されたばかりの第二十一話「王の剣」の中から,特に目を引くシーンを取り上げてみよう。

 

うねるパース

まず驚かされたのがAパートのカメラワークとパースだ。

ボッスとミランジョの対話のカットでは,隣の椅子の下に置かれたカメラから覗き見るような構図がとられている。視界が遮られ,上下から圧迫されるような感覚がする。カットの最後で,椅子の足がボッスとミランジョを別つ構図になっているのが印象的だ。原作にはこうしたカメラワークはない。

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図①:第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

そしてこの場所を俯瞰から捉えたカット。画面の左右で違うレンズを使っているかのように,パースが非現実的に歪められているが,これがとても面白い。

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図②:第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

これは僕の個人的な解釈なのだが,こうした大胆な空間描写が,キッズアニメを思わせる本作のルックの背後に,ただならぬ物語の“うねり”の力が潜んでいることを表しているように思える。アニメという媒体の特性を最大限に活かした抜群の空間解釈だ。

極小 vs 極大の対決

次に注目すべきは,今回の話数の目玉と言えるボッジvsボッスの対決シーンだ。

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図③:第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

ボッジと対峙するやいなや,ボッスの身体が巨大化し(実際に巨大化しているわけではなく,ボッジ,あるいはこの対決を見ている他のキャラクターたちの印象を映像化したもの,ということなのだろう),ボッジめがけて棍棒を振り回す。ボッジは城壁を使いながら俊敏に身をかわす。

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図④:第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

落下して小さくなっていくボッジに代わり,ボッスの顔が画面にイン。巨大な棍棒がボッジに目がけて振り下ろされる。やがて小さなボッジは,デスパーから授かった技を駆使して父たる巨人を打ち倒す。ボッスの巨大化も含め,この対決シーンもほぼすべてアニメオリジナルである。

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図⑤:第二十一話「王の剣」より引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

この対決シーンには複数のアニメーターが参加しているが,ここでは上の図④の辺りの原画を手掛けたは今井有文を特記しておこう。

先述した通り,落下するボッジとボッスの顔のアップとの対比によって,その途方もない巨大感を演出した見事なシーンだ。今井と言えば,話題となった「リヴァイvsケニーの決闘シーン」など,WIT時代の『進撃の巨人』における数々の名アクションシーンを手がけたことで知られる。巨人を打倒するシーンは,ある意味で彼の十八番と言えるのかもしれない。

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図⑤:「E-SAKUGA進撃の巨人 立体機動線画集 –今井有文-」より引用 ©︎Onebilling Inc. ©︎諫山創・講談社/「進撃の巨人」製作委員会 ©︎WIT STUDIO

今井の『進撃の巨人』の仕事については,「E-SAKUGA進撃の巨人 立体機動線画集 –今井有文-」で細部まで確認することができる。紙媒体でも出版されているが,現在入手が難しくなっている。「E-SAKUGA」では,原画を動かしたり,コンテ・タイムシート・完成映像と対照させたりすることができるので,紙媒体よりも資料を効率よく堪能できる(ただしUIには慣れが必要)のでお勧めだ。

www.esakuga.net

本話数にはこれ以外にも数々の名場面がある。ここで触れなかった制作パートについても,絵コンテ・演出の御所園翔太Twitterで個々の作業を詳しく説明してくれている。ここまで一人ひとりの仕事を丁寧に労う様子を見ると,ファンとして感動すら覚える。この話数に心惹かれた方はぜひご覧にになるといいだろう。

何度も鑑賞したくなる名話数だ。御所園翔太をはじめ,この素晴らしい話数を手がけたすべての制作フタッフに惜しみない拍手を。

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:十日草輔/監督:八田洋介/シリーズ構成:岸本卓/キャラクターデザイン・総作画監督:野崎あつこ/サブキャラクターデザイン・総作画監督:河毛雅妃/副監督:今井有文/チーフ演出:渕上真/メインアニメーター:大城勝小笠原真藤井望/美術監督:金子雄司/美術設定:藤井一志/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人上田程之/編集:廣瀬清志/音楽:MAYUKO/音響監督:えびなやすのり/音響効果:緒方康恭/アニメーションプロデューサー:岡田麻衣子/アニメーション制作:WIT STUDIO

【キャスト】ボッジ:日向未南/カゲ:村瀬歩/ダイダ:梶裕貴/ヒリング:佐藤利奈/ドーマス:江口拓也/ベビン:上田燿司/アピス:安元洋貴/ドルーシ:田所陽向/ホクロ:山下大輝/ボッス:三宅健太/シーナ:本田貴子/魔法の鏡:坂本真綾/デスハー:下山吉光/デスパー:櫻井孝宏

 

【第二十一話「王の剣」スタッフ】脚本:岸本卓/絵コンテ・演出:御所園翔太/演出補佐:田中洋之/総作画監督:野崎あつこ/作画監督:金採恩荒尾英幸山本祐子鴨居知世野田猛島袋奈津希野崎あつこ御所園翔太オスミン河内佑土上いつき桝田浩史

 

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劇場(OVA)アニメ『地球外少年少女』(2022年)レビュー[考察・感想]:Boys & Girls In the Middle of Nowhere

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読み下さい。また同監督の『電脳コイル』の内容についても言及していますのでご注意ください。

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『地球外少年少女』公式Twitterより引用 ©︎ MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

chikyugai.com


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『電脳コイル』(2007年春・秋)以来15年ぶりとなる,磯光雄監督オリジナルアニメ『地球外少年少女』。20世紀の映像作品に頻出した〈宇宙〉という舞台を入念にバージョンアップしつつ,人とAIとの関わりや人の進化・未来といった壮大なテーマの中で,少年少女たちの成長を描いた物語だ。「宇宙」「AI」というテーマを独自の感性で鋳直した意欲作として,間違いなくアニメ史に名を残すであろう傑作である。

 

あらすじ

時は2045年。月面で生まれた登矢心葉,地球で生まれた大洋美衣奈博士は,インターネットやコンビニが揃う日本の商業ステーション「あんしん」で出会う。彗星の衝突という難局を迎え,少年少女は時に反発し合いながらも,力を合わせて危機を乗り越えていく。果たして彼ら/彼女らを窮地に追い込んだものの正体とは…

〈内⇄外〉

「地球外(Extra-Terrestrial)」という言葉が持つ未知性・疎隔性。そしてそのすぐ後に続く「少年少女(Boys & Girls)」という語感の親密性・日常性。どこか『ガールズ&パンツァー』というタイトルにも似た,絶妙なミスマッチ感がこの作品のタイトルから響いてくる。おそらくそれは,全6話からなるこの物語を最初から最後まで貫く,〈内/外〉というダイアレクティックな枠組みと深い関わりがある。

『地球外少年少女』は,ある意味で磯監督の前作『電脳コイル』と対を成す作品だ。2007年にTV放映された『電脳コイル』では,「電脳メガネ」という近未来のデバイスを装着した子どもたちが,ありふれた住宅街や路地裏に電脳の世界を拡張現実的に読み込む様子が描かれていた。『電脳コイル』は,日常世界の外部へ移行する物語ではなく,むしろその内部の只中に"異世界"を出現させる物語だったのであり,その点がこの作品の新しい部分でもあった。その意味で,『ペンギン・ハイウェイ』(原作:2010年,劇場アニメ:2018年)や『映像研には手を出すな!』(原作:2016年-,TVアニメ:2020年冬)などと同じ系譜にあるとも言える。

それと比べると『地球外少年少女』は,一見,宇宙を〈外部〉として設定し,日常という〈内部〉から非日常という〈外部〉への移行を軸に据えた古典的な物語構造に依拠したかに思える。しかし第1話を観れば誰でもわかるように,この作品の宇宙は単純な〈外部〉として描かれているわけではない。

低軌道を周回する商業宇宙ステーション「あんしん」は,一言で言えば〈猥雑〉だ。道頓堀のような瓦屋根の居酒屋がカニ看板をデカデカと掲げ,3つの「シリンダ」には地球,月,火星のモックがおでんのごとく串刺しになっている。ステーション内部の壁面には,あたかも日本の都市の繁華街のように,「ONIQLO」「ビックリデンキ」「爆天」といった雑多な会社のロゴがひしめき合う。子どもたちは布製の柔らかい内壁に優しく守られながら,まるで駄菓子屋に集う子どもたちのように無邪気に宇宙食を頬張る。

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第1話「地球外からの使者」より引用 ©︎MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

そこにはごく普通の都市の猥雑で親密な風景が再現されている。それは紛れもなく,『電脳コイル』の少年少女たちが冒険していたのと同じ類のありふれた〈日常〉の再現,すなわち〈内部〉の複製なのである。

磯監督はオーディオコメンタリや各所のインタビューで,「普通の人でも行けるような宇宙」「子どもでも行けるような宇宙」(磯によれば「21世紀の宇宙」)を描きたかったのだと述べている。言ってみれば,磯は宇宙という〈外部〉に日常を召喚したのだ。『電脳コイル』が内部を異化することによって日常に非日常を読み込んだとすれば,『地球外少年少女』は外部を異化することによって非日常に日常を読み込んでいる。磯の描く世界には,〈内〉と〈外〉,〈日常〉と〈非日常〉の関係が絶えず更新されるようなダイナミズムがある。作品を観終わった後に改めて『地球外少年少女』というタイトルを考えてみると,それは単純に「地球外に少年と少女が住んでいる」というスタティックな事実を伝達しているというよりは,そうした〈内〉と〈外〉とのダイナミックな関係を表示しているように思えてくる。

フレームの〈内と外〉

かくして宇宙空間に複製された〈日常〉を,「彗星の衝突」というアクシデントが見舞う。この事故を引き起こした張本人であるAI「セブン」の存在がまた格別に面白い。

セブンは,かつて知能を爆発的に上昇させ,AIにとっての「知能の枠組み」である「フレーム」を破壊して制御不能に陥った。作中で「ルナティック」と呼ばれている事件である。この際,セブンは多大な人的被害を引き起こす*1  と同時に,「今すぐ人類の36.79%を殺処分するべきだ」という不吉な予測を出したため,これを危険視した「UN2.1」によって「殺処分」されていた。彗星の事件を引き起こしていたのは,そのセブンを構成していたのと同じマイクロマシン「Sパターン」によって作られた「セカンド・セブン」だったのだ。そして「セカンド・セブン」は,「人類の36.79%を殺処分する」という目的を果たすべく,彗星を地球に落下させることを目論む。

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第4話「セブンズ・パターン」より引用 ©︎MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

このルナティックの説明に際に登場する「フレーム」という言葉は,現実のAI開発における最大の難問の1つ「フレーム問題」に依拠している。

1969年に「フレーム問題」を最初に提唱したのは,AI研究者のジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズである。その要点は「ある行為をコンピュータにプログラムしようとした時,『その行為によって変化しないこと』をすべて記述しようとすると計算量が爆発的に増えてしまい,結果としてその行為を行うことができなくなる」*2 というものだ。その際にマッカーシーらが挙げた例は「(電話を所有している)人間Pが電話帳で人間Qの電話番号を調べ,電話をかけて,会話をする,という状況設定」である。これをAIに記述する際,「ある人が電話を所有していれば,その人が電話帳で誰かの電話番号を調べた後でも,まだその人は電話を所有している」といったような,人間であれば"当たり前"として処理しているような条件を一つひとつ記述していかなくてはならず,その情報量は膨大になってしまう。*3

そうした行動をとる際,人間はその場の状況や前後の文脈から余分な情報を排除し,必要な情報だけを「フレーム(枠)」で囲い,情報処理量を削減して適切に行動することができる。要するに「フレーム」とは,無限にある情報の中から,認識主体がどの情報に"フォーカス"を当てているかを示しているのである。

現実のAIはこのフレーム問題を解決できていないが,どうやらセブンは既に克服済みのようだ(だからこそ,かつてのセブンは柔軟に行動し,さまざまな発明をして人間社会に貢献していた)。しかしセブンはルナティックによってこのフレームを自ら破壊してしまった。それは,セブンにとっての情報のフォーカスが,事実上,霧散してしまったことを意味する。フレーム問題が「電話をかける」くらいのことであればさして問題はないだろう。しかしそれが人間そのものを対象とした認識に関わってくるのであれば,事は極めて重大になる。そして磯が本作の後半で挑んだのは,正に"対人間フレーム問題"とでも呼ぶべき大がかりなテーマだった。

「人類」か「人間」か

フョードル・ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(1880年)には,とある医者の切実なディレンマが語られている。

自分は人間を愛しているけど,われながら自分に呆れている。それというのも,人類全体を愛するようになればなるほど,個々の人間,つまりひとりひとりの個人に対する愛情が薄れていゆくからだ。[中略]その代りいつも,個々の人を憎めば憎むほど,人類全体に対するわたしの愛はますます熱烈になってゆくのだ。*4

種としての「人類」個としての「人間」。アルベール・カミュの小説『ペスト』(1947年),庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air / まごころを,君に』(1997年),谷口悟朗監督の『ガン×ソード』(2005年),弐瓶勉原作の『シドニアの騎士』(原作:2009-2015年,TVアニメ:2014-2015年,劇場アニメ:2021年),芥見下々原作『呪術廻戦0』(原作:2018年,劇場アニメ:2021年)など,「人類」と「個」の間で引き裂かれる登場人物や,両者の間の対立を描いた物語は枚挙にいとまがない。

磯は『地球外少年少女』において,この古典的なディレンマをAIという最新テクノロジーと絡めることによって再提起している。第6話(最終話)「はじまりの物語」では,セブンの"通訳"として登場するトゥエルブの口から,このディレンマが詳しく語られる。

トゥエルブ:あの人[引用者注:セカンド・セブンのこと]から質問があるそうです。人間の言葉にするのが難しいのですが,人類と人間は同じものなんですか?
登矢:何の話だ?同じに決まってる。
トゥエルブ:セカンド・セブンは"違う生き物ではないか"と言っています。思考方法も,生存の本能も別なものです。*5
フレームを破棄したはずのセブンは,なぜか「人間」をフレームの外側に置いてしまった。その理由は明かされていないが,それほどセブンというAIにとって「人間」は理不尽で不可解な存在なのだということだろう。ちなみにこのやりとりと第5話「おわりの物語」の登矢と心葉のやりとりを比べてみると,その違いは明らかである。
心葉:登矢君がルナティックを起こすって言ったのは,私のインプラントを治すため。地球人を傷つけるためじゃない。
登矢:あっ。そうだ,インプラント…
心葉:登矢君は口は悪いけどそれは本心じゃない。小さい頃から登矢くんは私のフレームの中にいた。だから分かる。
登矢:心葉…
心葉:今の登矢君のフレームには地球人がいる。大洋さんや美衣奈さんたちが。
登矢:あ…
心葉:彗星を落としちゃダメ…
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左:第5話「おわりの物語」より引用/右:第6話「はじまりの物語」より引用 ©︎MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

戦争状態でもない限り,人間にとって個としての「人間」をフレーミングすることは自然なことのはずだ。だが,それがセブンには極めて難しい。
しかしセブンは必ずしも「人間」を外置したままにしておくつもりはないようだ。再び第6話の登矢とトゥエルブのやりとりに戻ってみよう。

登矢:セブンは…セブンは俺たちを救ってくれるんじゃなかったのか?
トゥエルブ:セカンドが救いたいのは人類です。セブンは皆さんの説得で一度はフレームに人間を取り入れましたが,今は削減を始めています。
登矢:人間を見捨てるつもりなのか。
トゥエルブ:違います。人間と人類の概念を統合した上で,新しい解釈を試みています。

セブンはセブンなりに,「人間」という存在をフレームの内側に囲い込もうとしている。この「新しい解釈」というものがどんなものなのかは作中では示されていないが,彼が「人間」という外部を己のフレームの内部に取り込み,新しい進化を遂げようとしていることは確かなようだ。

更新し続ける〈内と外〉,そして「どこでもない場所の中間」へ?

第6話「はじまりの物語」では,〈内と外〉の関係の更新が登矢の口からはっきりと語られる。

心葉:ねえ,登矢君。
登矢:何だよ。
心葉:あんなに嫌がってたのに,なんで地球に降りたの?
登矢:俺は,地球に降りたんじゃない。
心葉:え?
登矢:地球に飛び出したんだ。
心葉:どういう意味?
登矢:あの時,あのでかいやつに言われたんだ。"お前のゆりかごを飛び出せ"って。
心葉:ゆりかご…
登矢:ゆりかごは人によって違うんだ。俺のゆりかごは宇宙だった。安心できる場所から,それまで怖がっていた場所に飛び出して,乗り越えることだって。あいつに触れて頭がよくなって,それで分かった。だから宇宙を飛び出した。
心葉:私も…あの時,私も飛び出したよ。運命っていうゆりかごから。 

登矢はここで地球=ゆりかご=〈内〉と宇宙=〈外〉の関係を転倒させる。彼は宇宙を"故郷"としていながら,物語の当初では,宇宙を〈外〉,地球を〈内〉と認識していた。それがラストシーンでは,宇宙を〈内〉,地球を〈外〉と認識し直している。

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左:第6話「はじまりの物語」より引用/右:第1話「地球外からの使者」より引用 ©︎MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

実はこの〈内と外〉の転倒は,すでに第1話の美衣奈のセリフによって暗示されていた。彼女は「あんしん」に到着して船窓から地球を見た時,「地球ってホントにあるんだね」と呟いている。これまで地球の内部にいた彼女が,初めて外側から地球を見たことから生じた素直な感想だ。美衣奈は地球を外化することによって,自分の認識の枠組みを更新していたのだ。

そもそも僕らにとって宇宙とは〈内〉なのだろうか,〈外〉なのだろうか。20世紀の宇宙は〈外〉だったのかもしれない。そこは特別な人間だけが行ける世界であり,特別なことが起こる世界だった。しかし「21世紀の宇宙」はー少なくとも高度2,000km以内の低軌道はーすでに〈外〉ではなくなりつつある。これまでも人間は絶えず〈外〉を〈内〉へと囲い込みながら,その都度,認識の枠組みを更新してきた。それが人間にとっての"進化"なのかもしれない。

人間は〈外〉だったものを〈内〉に変え,また新たな〈外〉を措定する,という営為を繰り返しながら,因果律も目的論もプログラムも超えた,自由な「創造的進化」(アンリ・ベルクソン)を遂げていく。その先にあるのは,セブンすら予測し得なかった,未来予測の〈外〉にある,真に自由な未来だ。磯が示したラストは,そのような未来を暗示しているように思える。第6話では,登矢と心葉のやりとり,そして那沙の回想によって,本作における「未来」の意味が示される。

心葉:未来は全部,セブンポエムで決まっていたの。那沙にね,メールで教えてもらったの。すべての答えが書いてあった。
(那沙:セブンポエムでは,心葉ちゃん,あなたは登矢くんとはお別れする未来が決まっています。)
登矢:ダメだ。セブンポエムなんて,決まった未来なんて,俺は信じない!
心葉:登矢君…
(那沙:でもね,1つだけセブンポエムには謎の言葉があったの。それがフィッツ。フィッツが何を意味するかわからないけど,それは私が思うに,多分セブンにも読みきれなかった,誰にもわからない未来。)
登矢:セブンが用意した未来なんて,要らない!
(那沙:セブンが読みきれなかった,最後の可能性。それが,あなたたちの選択。見つけて,心葉。あなたの選択を。)
登矢:俺たちが未来を変えるんだ!
心葉:はっ…
登矢:俺たちが変えられるのは未来だけだ! 

あるいは〈内/外〉という概念自体が,「人間」の側が勝手に意味付与した空間解釈であって,それ自体が人間にとっての「フレーム」なのかもしれない。AIにとっては〈内〉も〈外〉もなく,強いて言えば「どこでもない場所の中間」*6 があるだけなのかもしれない。しかし少なくとも「人間」は,この世界の内側に投じられた「世界内存在」(マルティン・ハイデガー)として,〈内/外〉というフレームを立脚点として世界を認識せざるを得ない。人間はあくまでも〈内〉において〈外〉を認知し,絶えず〈内〉と〈外〉の関係を更新しながら進化していく存在なのだ。

だから登矢は,ラストシーンで新たな知性が住まう宇宙を見つめながら,最後にこう呟くのだ。

 

今度はもっと遠くから呼んでる。早くあそこまで行かなきゃ。

 

おそらく磯は人類(あるいは「人間」)の進化を信じている。しかし進化の先には何があるのか。もちろんそれは誰にもわからない。その答えを思考することは,「今の人類にはまだ早すぎる」。強いて言うなら,「どこでもない場所の中間」なのかもしれない。しかし,たとえそれがどんな場所なのだとしても,そこには必ず等身大の「少年少女」がいるはずなのだ。

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第6話「はじまりの物語」より引用 ©︎MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作・脚本・監督:磯光雄/キャラクターデザイン:吉田健一/メインアニメーター:井上俊之/美術監督:池田裕輔/色彩設計:田中美穂/音楽:石塚玲依/音響監督:清水洋史/制作:Production +h./配給:アスミック・エースエイベックス・ピクチャーズ

【キャスト】相模登矢:藤原夏海/七瀬・Б・心葉:和氣あず未/筑波大洋:小野賢章/美笹美衣奈:赤﨑千夏/種子島博士:小林由美子/那沙・ヒューストン:伊瀬茉莉也

【上映時間】前編:99分/後編:91分

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
4.5 4.5 5 4
CV ドラマ メッセージ 独自性
4.5 4.5 5 4.5
普遍性 考察 平均
4 5 4.6
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・「平均」は小数点第二位を四捨五入。
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商品情報

『地球外少年少女』関連の磯光雄監督インタビュー一覧

wired.jp

gigazine.net

dengekionline.com

www.animatetimes.com

animeanime.jp

febri.jp

anime.eiga.com

otajo.jp

akiba-souken.com

*1:ただし実際はこの被害を引き起こしたのはセブンではなく,セブンを殺処分したUN2.0であったことがOtajoのインタビュー AIの反乱はハリウッドの願望!? “ゆとり世代”でも行きたくなる宇宙!? アニメ『地球外少年少女』裏話たっぷり!磯光雄監督インタビュー | オタ女 で説明されている。

*2:松原仁『AIに心は宿るのか』,p.129,インターナショナル新書,2018年。

*3:松原仁『暗黙知におけるフレーム問題』,p.46,1991年。「科学哲学24」所収。

*4:ドストエフスキー(原卓也訳)『カラマーゾフの兄弟(上)』,pp.136-137,新潮文庫,1978年。

*5:第6話「はじまりの物語」より。

*6:最終話でトゥエルブが言うセリフ。最終話の監督のオーディオコメンタリによれば,Googleの研究者がAIに"Where are you now?"と尋ねたところ,"I'm in the middle of nowhere."と答えたというエピソードに着想を得たらしい。GoogleのAIのやりとりについては The Strange Philosophies of Google's Latest Chatbot | Time などを参照。