アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

アニメレビュー覚書:『けいおん!』(2009年)番外編「冬の日」の演出について

*このレビューは『けいおん!』番外編「冬の日!」の内容に関するネタバレを含みます。

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『けいおん!』(2009年)の番外編「冬の日!」は,第12話「軽音!」(予告編では「最終回」として告知)の後に放映された実質上の最終回であり,原作にないシーンをふんだんに盛り込んだほぼアニメオリジナルの話数である。

学園祭のライブが終わった後のある日,唯はみんなを鍋パーティに誘うが,他の4人には別々の用事があり,集合することができない。

澪の書いた詩を誰かからのラブレターと勘違いする律。

うまく詩が書けずに冬の海辺を訪れる澪。

慣れないアルバイトに戸惑う紬。

友達から預かった猫を持て余す梓。

それぞれが別々の思いを抱きながら過ごす「冬の日」。

アニメオリジナルだけに,絵コンテ担当の山田尚子監督や演出担当の北之原孝將を筆頭とする京都アニメーション制作陣の個性が一際光り,全話数の中でもとりわけ異彩を放つ演出になっていた。

視線の演技

まず特徴的なのは,視線や仕草によるノンヴァーバルな芝居である。そもそも『けいおん!』は,ちょっとした仕草で人物の心情を伝える繊細な演出が魅力だが,「冬の日!」はその点において他の話数よりも顕著だったと言える。 

冒頭,いつもの音楽室のティータイムシーンは,律と梓のメランコリックな表情から始まる。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

2人の目線は目に見えて物憂げである。さらに教室内の光量が抑え気味な上に,窓からの逆光により,2人の顔はやや暗めに描かれている。この回の演出の方向性を告げ知らせる印象的なカットだ。

そしてとりわけ目を引くのは,いくつかのシーンで繊細に演出されている律の視線である。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用 ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

例えばこのシーンでは,梓が偶さか口にした「彼氏」という言葉に律が反応して目線を泳がせる。“恋の予感”に戸惑う律の心の動きを見事に表現している。 

抑えられた光量 

この回では全体的に光量と彩度が抑えられたカットが多用されており,いつものようなキラキラ感のある雰囲気とは好対照を成している。

先述した通り,冒頭の音楽室のシーンは,律と梓の内心を反映するかのように,やや光量を抑えた画作りになっている。それぞれの悩み事が解決(?)した後の終盤のシーンと比較してみるとわかりやすいだろう。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用 ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

冒頭のシーン(画像上)では,窓からの逆光を受けて律と梓の顔が影になっており,彼女たちの内心の憂いを表に滲ませているように見える。それと同調するかのように,卓上のカップやお菓子にも濃い目の影が差している。

それに対し,終盤のシーン(画像下)では人物の顔にも事物にもほとんど影は差しておらず,満遍なく光が当たった明るい画作りになっている。

これ以外にも,特に律と梓を巡る描写における光と影の使い方が面白い。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

律が“ラブレター”を読んで前髪を下ろすシーンと,梓が猫と共に過ごすシーンでは,部屋の中の光量がぐっと抑えられ,メランコリックな空間が効果的に演出されている。

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『けいおん!』番外編「冬の日!」より引用  ©かきふらい・芳文社/桜高軽音部

澪が訪れる冬の海のシーンも,薄曇りの天候に設定することで光量が落とされている。鉛のように黒々とした海と冷え切った岩肌が寒々しく,澪の心中の不安と同期するかのようである。

大人の影

結局,この回では何かドラマチックな出来事が起こるわけではない。彼女たちはいつものように唯の底抜けに明るい笑顔を中心に集い,いつものように賑やかな明るさを取り戻していく。

しかし彼女たちの表情に刺した愁いの影は,やがてくる大人の世界の予感だったのかもしれない。〈空気系作品〉にありがちな“物語性の欠如”を指摘される本作だが,この「冬の日!」で顕著なように,無時間的なユートピアの住人とは似ても似つかない心の機微が描かれていたのだ。故に,終盤のシーンで唯がみんなに向かって言う「みんなすごいよ。わたしを置いて大人にならないでよ」というセリフは,大人になることへの予感と不安を表していたという点で象徴的であった。

ひょっとすると,山田監督はこの回で“子どもと大人の間にいる高校生”の心のリアリティを描きたかったのかもしれない。それはやがて彼女が監督を務める『リズと青い鳥』(2018年) の繊細な心理描写に引き継がれていくことだろう。山田はあるインタビューの中で,『けいおん!』と『リズと青い鳥』を比較してこんな話をしている。

『けいおん!』は心が通じ合っているメンバーが主人公。わかり合えている人たちと,さらに一緒に音を重ね合わせると「最高に楽しいんだ!」と上へ上へと向かって感情を描いていけるのが,すごく楽しかったんです。『リズと青い鳥』は,キャラクターがそれぞれに悩みを抱えていて、見ている方向も違う。どのようにドラマを組み立てていくのかが,とても難しいんです。*1

『けいおん!』の登場人物のシンプルで明るい感情は,確かに『リズと青い鳥』の複雑な感情とは対照的だ。しかし螺旋のように上昇していくそんな『けいおん!』的感情の中に,山田はすでに〈大人の影〉を仕込んでいたのかもしれない。

『けいおん!』の山田尚子から『リズと青い鳥』の山田尚子までをつなぐひとつの結節点として,「冬の日!」を再評価してみるのもよいのではないだろうか。

『けいおん!』番外編「冬の日!」制作スタッフ 

【脚本】吉田玲子
【絵コンテ】山田尚子
【演出】北之原孝將
【作画監督】堀口悠紀子
【楽器作監】高橋博行
【原画】福島正人,伊東優一瀬崎利恵,池田さやか,小高文靖,斉藤敦史,金重鎬

(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

 

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アニメレビュー覚書:『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)におけるゲーテ『ファウスト』のテキスト

前回の記事では『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(2020年)(以下『マギレコ』と省略)における〈タイポグラフィー〉に言及した。それは洗練されたデザインとして作品を装飾すると同時に,「魔法少女の願い事」という作品の主題にも関わる重要なファクターでもあった。

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この記事でも言及したが,『マギレコ』の原作にあたる『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)(以下『まどマギ』と省略)の第2話には,魔女の潜む廃ビルの壁にヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』(第一部1808年,第二部1833年)のテキストが記されているシーンがあり,本作のいわば“裏ネタ”に『ファウスト』の物語があることが暗示されていた。

ただし脚本の虚淵玄によれば,『まどマギ』におけるファウストのモチーフは,劇団イヌカレーが映像の中に取り入れたということらしい。逆に言えば,脚本段階では虚淵の念頭にはなかった要素ということだ。虚淵は以下のように述べている。

イヌカレーさんがモチーフとして入れたばかりに「『ファウスト』がこの物語の下敷きになっている!」みたいに言われて「知らんがな」と思って(笑)。あの辺は全部イヌカレーさんが裏モチーフとしていれて画像の設計に取り入れていったことで,結果的に深読みの余地がたくさん生まれて素晴らしいテコ入れになったんですけど,そこで俺を褒められても困るという(笑)*1

したがって,『ファウスト』が『まどマギ』の“元ネタ”あるいは“原作”であると考えるのは少々穿ち過ぎで,部分的なモチーフとして用いられているに過ぎないというのが実情のようだ。

とはいえ,映像媒体であるアニメの中に文字情報が使われているというのは面白い演出である。それが『ファウスト』のような古典作品であれば,一定の効果はあるだろう。ここで改めて,『まどマギ』の該当シーン,『ファウスト』の該当箇所,その対訳を併せて以下に掲載しておこう。なお『ファウスト』の本文は「プロジェクト・グーテンベルク」で閲覧することができる。日本語訳は,手塚富雄訳のゲーテ『ファウスト 悲劇第一部』(中公文庫,2019年)を使用した。

 

『魔法少女まどか☆マギカ』における『ファウスト』のテキスト

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『魔法少女まどか☆マギカ』第2話より引用 © Magica Quartet/Aniplex・Madoka Partners・MBS

 

ゲーテ『ファウスト』 の該当箇所と対訳

* 赤字=上掲キャプチャー画像の上/青字=下(黒字は影で隠れている部分)

Geisterchor unsichtbar.

Weh! weh!
Du hast sie zerstört,
Die schöne Welt,
Mit mächtiger Faust,
Sie stürzt, sie zerfällt!
Ein Halbgott hat sie zerschlagen!
Wir tragen
Die Trümmern ins Nichts hinüber,
Und klagen
Ueber die verlorne Schöne.
Mächtiger
Der Erdensöhne,
Prächtiger
Baue sie wieder,
In deinem Busen baue sie auf!
Neuen Lebenslauf
Beginne,
Mit hellem Sinne,
Und neue Lieder
Tönen darauf! *2

 

霊たちの合唱 (姿は見えず)

いたまし,いたまし。
美しき世は
毀たれぬ,
たくましき拳もて。
世界は倒れ,世界は崩る。
なかば神なる人これを砕きぬ。
砕かれしそのこなごなを
われら虚空に運びて,
失われし美を
なげく。
地上の子のうちの
力すぐれしものよ!
いやまさりて美しく
新しき世界を建てよ,
おんみの胸にうち建てよ。
新しき生の歩みを
踏みいだせよ,
惑いなき心もて。
さらば新しき歌
湧きて起こらん。*3

該当箇所はメフィストフェレスが「身内の子供たち」と呼ぶ「霊(Geister)」の合唱であるが,なぜこの部分が引用されたかは定かではない。「霊≒魔女」という解釈は不可能ではないが,特別な意味はなく無作為に引用された可能性もある。

他にも「悪魔メフィストフェレス≒キュゥべえ」および「グレートヒェン≒鹿目まどか」の類似,「契約」「ワルプルギスの夜」といったモチーフの使用など,確かに『まどマギ』には『ファウスト』を暗示する要素は少なくない。こうした点についてはすでにネット上でも様々な考察がなされている*4 ので,本記事では内容的な解釈にこれ以上立ち入ることはしない(そもそも『ファウスト』の内容を知ることによって『まどマギ』の理解が深まるわけではないだろう)。

このような,アニメ作品における文字の使用が面白いとすれば,演出上の意図や効果,その歴史的変遷なのではないかと僕は考える。もちろん,本記事でこれ以上踏み込めるテーマではないので,ここでは,今後アニメにおける文字使用を分析するにあたり有意味だと思われる問題設定を示唆するに留めておこう。

① 文字は単なる背景か,それとも何かを暗示する記号か。
② 後者だとすれば,物語の主題との関わりはどの程度か。
③ 「キッズ・ファミリー向けアニメ」と「オトナアニメ」での文字使用傾向の違いはどうか。
④ 文字の使用の歴史的変遷はどうか。

〈アニメと文字〉というテーマについては,今後も折に触れて考察していきたいと考えている。

*1:「ユリイカ 総特集 魔法少女まどか☆マギカ ー魔法少女に花束を」,p.59,青土社,2011年。

*2:Faust: Eine Tragödie [erster Teil] by Johann Wolfgang von Goethe on Project Gutenberg

*3:ゲーテ『ファウスト 悲劇第一部』手塚富雄訳 p.131-132,中公文庫,2019年

*4:例えばネタバレ考察/モチーフ/ファウスト - 魔法少女まどか☆マギカ WIKI - アットウィキ

アニメレビュー覚書:『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(2020年)第1話の演出について

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公式HPより引用 ©Magica Quartet/Aniplex・Magia Record Anime Partners

anime.magireco.com

 『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』(以下『マギレコ』と省略)は,2017年にアニプレックスから配信された同名のスマートフォン向けRPGゲームを原作とするアニメ作品である。そして言うまでもなく,ゲーム『マギレコ 』自体が『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)(以下『まどマギ』と省略)を原作としている。キャラクター原案に蒼樹うめ,キャラクターデザインに谷口淳一郎,アニメ制作にシャフトと,原作の『まどマギ』と同じ布陣を守りつつも,総監督に『まどマギ』の異空間設計を担当した劇団犬カレーを起用するなど,新作に相応しい新機軸を盛り込んだ座組となっている。

コミックスやラノベと比べ,ヒット作が生まれにくい印象のあるゲーム原作だが,第1話の出来栄えは期待以上のものとなり,SNS上でも大きな話題となった。

前景化するタイポグラフィー

第1話の最大の特徴の1つは,学校や電車内の描写に大量の文字記号を用いた点にある。

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〈電車内のタイポグラフィー〉 第1話より引用 ©Magica Quartet/Aniplex・Magia Record Anime Partners

文字媒体によって物語を暗示する手法に関しては,限定的ではあるが,すでに『まどマギ』の中でも行われていた。例えば第2話では,魔女の潜むビルの壁にヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』の一節が書かれており,この作品のいわば“元ネタ”を効果的に暗示していた。

とは言え『まどマギ』における文字媒体は,あくまでも暗示機能を担わされた背景美術の一部に過ぎなかったと言える。

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『魔法少女まどか☆マギカ』第2話より引用 © Magica Quartet/Aniplex・Madoka Partners・MBS

一方『マギレコ』の文字記号は,情報伝達という機能面よりも,デザイン面に重きが置かれていたようだ。ロシア構成主義の芸術家アレクサンドル・ロトチェンコ *1 のポスターを思わせる文字記号たちは,〈文字〉というよりは〈タイポグラフィー〉と呼ぶのに相応しいほどにデザイン化され,『まどマギ』のそれよりもはるかに強い存在感を放っている。

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〈学校内のタイポグラフィー〉 第1話より引用 ©Magica Quartet/Aniplex・Magia Record Anime Partners

そして,第1話前半では本筋とほぼ無関係だったこの〈タイポグラフィー〉的装飾が,終盤で「魔法少女たちの願い事」の場面とリンクし,大きく前景化してくるのが大変面白い。

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〈魔法少女たちの願い事〉 第1話より引用 ©Magica Quartet/Aniplex・Magia Record Anime Partners

このような〈タイポグラフィー〉としての文字記号の使用は,同じシャフト制作の『物語シリーズ』(2009年〜)の応用編とも言えるだろう。

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『化物語』第1話より引用 ©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト

『物語シリーズ』における〈タイポグラフィー〉は,人物の内面や西尾維新原作のテキストを補完したりする機能を持つと同時に,文字そのものの氾濫が演出の一部であった。それは〈解読〉されるためにあったというよりは,〈鑑賞〉されるためにあったと言ってよい。〈タイポグラフィー〉としてデザイン化された『マギレコ』の文字も,これに近い演出意図があると言えるだろう。

ちなみにこうした文字記号の活用は,〈学校〉というトポスならではの表現手法とも言える。そこには,注意書き,貼り紙,掲示などの文字情報があふれているからだ。〈学校〉という風景の中に黙して潜み,絵と台詞に並んで視聴者に雑多な声で語りかける文字記号は,他のトポスにはない独特な意味作用を担っているように思える。近年の作品では,『SSSS.GRIDMAN』(2018年)における文字記号の活用がとりわけ異彩を放っていた。詳細は以下の記事をご覧いただきたい。

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『マギレコ』における〈タイポグラフィー〉の活用がどれほど功を奏すか。それは単なる装飾に終わるのか,あるいは前述の「魔法少女の願い事」との関連のように,物語の根幹に関わってくるのか。今後の展開が楽しみだ。

〈余剰演出〉

実写映画などと違い,すべての表現を意識的ににコントロール可能なアニメーションでは,筋運びと無関係な事物や所作なども“敢えて意識的に”盛り込むことになる。例えば『マギレコ』第1話では,環いろはが先生の指示棒の動きに合わせてリズムをとってしまうというシーンがある。

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第1話より引用 ©Magica Quartet/Aniplex・Magia Record Anime Partners

このようないわば〈余剰演出〉は,本筋とは無関係な演出上の“贅沢”であり,おそらく制作スタッフにそれなりの力量と余裕があることが大前提となると思われる。しかしそれは,登場人物の内面や世界観にある種の“襞”を作り,作品に複雑な妙味を与えるという点で,視聴者にとって大変嬉しいサービスなのだ。

 

こうした演出上の“テンション”が最終話までキープされれば,原作『まどマギ』にも見劣りしない傑作になることが予想される。今期の有望株とみなしてよいだろう。

 

第1話制作スタッフ

【脚本】小川楓,劇団犬カレー(泥犬)
【絵コンテ】鈴木利正
【作画監督】杉山延寛山村洋貴宮井加奈伊藤良明
【原画】阿部厳一朗高野晃久,宮井加奈,綾部美穂,小森亜紀青木聡,上野あさみ,関口渚,長田寛人,川田和樹,有田絵里子,秋葉徹佐藤隼也宮嶋仁志松崎嘉克高橋みき浅井昭人小森良野道佳代渋谷勤大橋勇吾河島久美子小澤和則村山公輔滝山真哲渡辺明夫鈴木利正橋本敬史武内宣之

(リンクはWikipediaもしくは@wiki)

 

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*1:ロトチェンコに関しては,バイオグラフィーと作品がMoMAのウェブサイトで閲覧可能。

2019年 アニメランキング

2019年新作アニメの鑑賞数は,TVシリーズ,劇場版ともに23作品だった(並行して旧作も観ているが,カウントしていない)。以下,「TVアニメランキング」「劇場アニメランキング」「総合ランキング」に分け,2019年の個人的ランキングをカウントダウン方式で紹介する。視認性を高めるため,TVアニメは青字劇場アニメは赤字にしてある。また各セクションの最後には「ランキング表」を掲載してある。

 

TVアニメランキング

10位〜6位

 10位:『どろろ』

dororo-anime.com

【コメント】原作の奔放なコメディ要素を捨象した,いわば“シリアス版どろろ”。百鬼丸とどろろの未来を暗示するだけに留めたラストも好印象だった。

9位:『彼方のアストラ』

astra-anime.com

【コメント】12話という短尺を活かし,非常にスピーディな展開でまとめた秀作。 

8位:『ハイスコアガールⅡ』

hi-score-girl.com

【コメント】アニメではフル3DCGを採用することにより,原作よりもゲームキャラとの相性がよくなった。“ちょっとだけ懐かしい90年代”を仮想空間で描き出した点がユニークな作品。

7位:『さらざんまい』

sarazanmai.com

【コメント】バンクシーン,大胆な楽曲使用,深いテーマ設定など,イクニワールド全開の世界観に加え,監督初の“BL設定”が話題となった作品。尺が短く,テーマを消化し切れていなかったのがやや残念。

6位:『約束のネバーランド』

neverland-anime.com

【コメント】原作に忠実でありながらも,オリジナルの演出も加えた本作は,原作組みを十分に満足させた。2020年10月からの続編も期待される。

TOP 5

5位:『星合いの空』

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『星合いの空』公式Twitterより引用 ©赤根和樹・エイトビット/星合の空製作委員会

www.tbs.co.jp

【コメント】爽やか青春アニメを表面に装いながら,その裏に〈DV〉〈承認欲求〉〈親の過干渉〉など,現代日本の心の“闇”を丹念描きこんだ意欲作であった。テーマの深さだけでなく,ユニークな空間描写も目を引いた。本来24話だったものが12話に短縮され,物語半ばで終わりを迎えるという異例の放送となった。大いに期待していた作品だっただけに残念極まりないが,続編の可能性も皆無というわけではなさそうだ。今後も折に触れ応援して行きたい。

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4位:『BEASTARS』

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『BEASTARS』公式Twitterより引用 ©︎板垣巴留(秋田書店)/BEASTARS製作委員会

bst-anime.com

【コメント】“人間社会を動物世界にカリカチュアした”というよりは,“動物世界を人間社会にカリカチュアした”というユニークな作品。『宝石の国』(2017年)で初の単独元請けとなった制作会社オレンジによる繊細な3DCG表現に加え,主演の小林親弘,千本木彩花,小野友樹らの演技が大いに光った作品であった。続編の制作が決定している。

3位:『荒ぶる季節の乙女どもよ。』

 

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『荒ぶる季節の乙女どもよ。』公式HPより引用 © 岡田麿里・絵本奈央・講談社/荒乙製作委員会

araoto-anime.com

【コメント】〈性という現実〉や〈言葉〉など,精神分析的なモチーフで織り成されたユニークなスラップスティックコメディ。近年の作品では,『さよならの朝に約束の花を飾ろう』(2018年)に次いで,岡田麿里の本領が発揮された作品だったのではないかと思う。原作とともに,何度も味わいたい小品となった。

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2位:『バビロン』

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『バビロン』公式HPより引用 ©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

babylon-anime.com

【コメント】当初完全ノーマークだったダークホース。「自殺」という特異かつ難度の高いテーマ設定に加え,原作にはないアニメオリジナルの演出が光った傑作となった。製作のツインエンジンにとっては代表作となるだろう。本記事を執筆時点ではまだ完了していない(第8話まで放送済み)ため迷ったが,本作に触れずに年は越せまいと判断し,2019年のランキングに入れることにした。後日,放送終了後に完全版レビューを執筆する予定。

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1位『鬼滅の刃』

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『鬼滅の刃』公式HPより引用 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

kimetsu.com

【コメント】コミックスや小説原作のアニメ化作品を観る醍醐味のひとつは,やはり“アニオリ”だ。それも原作に忠実でありながら,原作にはない雰囲気や味わいを引き出すことに成功した作品が高い評価を受ける。そういう意味では,先述の『バビロン』に加え,この『鬼滅の刃』が今年のトップにランクされることに誰もが納得するはずだ。単に“面白い”というだけでなく,線描,背景美術,各種撮影効果など,表現の細部を楽しみ,研究したくなる作品となった。劇場版の続編制作が発表されている。

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TVアニメランキング表

1位:『鬼滅の刃』
2位:『バビロン』
3位:『荒ぶる季節の乙女どもよ。』
4位:『BEASTARS』
5位:『星合いの空』
6位:『約束のネバーランド』
7位:『さらざんまい』
8位:『ハイスコアガールⅡ』
9位:『彼方のアストラ』
10位:『どろろ』

● その他の鑑賞済みTVアニメ作品(50音順)
『えんどろ〜!』/『賭ケグルイ××』/『ケムリクサ』/『けものフレンズ2』/『荒野のコトブキ飛行隊』/『PSYCHO-PASS 3』/『進撃の巨人 第3期 Part. 2』/『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』/『ちはやふる 3』/  『ひとりぼっちの◯◯生活』/『Fate/Grand Order ー絶対魔獣戦線バビロニアー』/『ブギーポップは笑わない』/『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿ー魔眼蒐集列車 Grace noteー』

劇場アニメランキング

10位〜6位

10位:『空の青さを知る人よ』

soraaoproject.jp

【コメント】「超平和バスターズ」による「秩父三部作」の最終部にしてその集大成となった作品。前2作と比べ,秩父というトポスを前面に押し出し,〈束縛・解放・回帰〉というテーマを象徴的に描いた秀作となった。 

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9位:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 ー永遠と自動手記人形ー』

www.violet-evergarden.jp

【コメント】TVシリーズのテーマを引き継ぎながらも,ヴァイオレットの役割や2.31:1の画面比率の採用など,TVシリーズと差別化を図った作品として印象的だった。〈固有名〉という特殊な言語表現をテーマとして扱ったことは大変興味深い。

8位:『羅小黒戦記』

heicat-movie.com【コメント】中国アニメの底力を見せつけた傑作。また,現時点での中国アニメと日本アニメの“距離感”を知る上でも貴重な作品となった。

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7位:『海獣の子供』

www.kaijunokodomo.com

【コメント】「言葉で語り得ないもの=ロゴスの外部がある」という本作のテーマをまさに地で行くアニメとなった。物語の筋や設定を理屈で理解することはほぼ不可能だが,その崇高とも言える映像と音響が五感を圧倒する作品である。

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6位:『HELLO WORLD』

hello-world-movie.com

【コメント】〈現実〉と〈仮想現実〉の相対性を主題にしたラブストーリー。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの『あやつり糸の世界』(1973年)の世界観を継ぐ晦渋なSFテーマをエンターテインメント作品に仕立てた傑作である。

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TOP 5

5位:『天気の子』

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『天気の子』公式HPより引用 ©︎2019「天気の子」製作委員会

tenkinoko.com

【コメント】意図的に賛否両論を巻き起こすような結末にしたことが話題となった本作。〈父性性=社会性〉という規範的な衣を脱ぎ,「好きな人を救いたい」という〈剥き出しの少年性〉を全面に押し出し,“正義”という肥大化した自意識に批判的に対峙した問題作である。はたして新海誠は,今後〈世界(セカイ)〉にどう立ち向かって行くのか。今後の作品が大いに楽しみだ。

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4位:『プロメア』

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『プロメア』公式HPより引用 ©TRIGGER・中島かずき/XFLAG

promare-movie.com

【コメント】今石洋之×中島かずきというゴールデンコンビのオリジナルアニメとあって,制作発表当時から期待の高かった作品。結果,〈熱い男たち〉〈スピード感〉〈超展開〉などTRIGGERの十八番とも言えるモチーフが惜しげなく盛りこまれた超大作となった。色彩設計や幾何学デザインなど斬新な表現も目を引いた。

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3位:『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』

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『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』公式HPより引用 ©武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

anime-eupho.com

【コメント】主人公の久美子が“高校2年生”という絶妙な過渡期を迎えたことにより,さらに複雑な人間関係が繰り広げられることになった本作。子どもと大人の間にある彼女ら/彼らが,ぶつかり合いながらも心を合わせて行く過程が丁寧に描かれている。〈ひょっとしたらあり得たかもしれない可能世界〉を描いた本作は,TVシリーズとともに,京都アニメーションの代表作となったと言えるだろう。

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2位:『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』

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『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』公式Twitterより引用 © 2019こうの史代・双葉社 /「この世界の片隅に」製作委員会

ikutsumono-katasumini.jp

【コメント】前作『この世界の片隅に』(2016年)に,すずとリンのシーンを中心とした250以上ものカット(30分以上)を加えた新作。これにより,前作よりもずっと〈女〉という記号の登場頻度が高くなり,すずと周作の距離感も微妙に異なった印象に仕上がっている。様々な意見があるだろうが,僕としてはやはりこの作品はこうあるべきだったのだと思うし,その意味で『さらにいくつもの』を“完成版”と考えるべきだと思う。後日レビュー記事を執筆する予定だ。

1位:『劇場版 Fate/staynight [Heaven's Feel] II. lost butterfly』

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『劇場版 Fate/stay night Heaven’s Feel [II lost butterfy]』 公式HPより引用 ©︎TYPE-MOON・ufotable・FSNPC ©︎TYPE-MOON

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【コメント】正直このチョイスには悩んだ。というのも,『Heaven's Feel』は前作に当たる『Stay night』『Unlimited Blade Works』を抜きに単体で評価できる作品ではなく,すでにコアファン向けであるという意味で一般的評価が難しい作品だからである。しかしそれを措いても,本作における〈桜〉という人物の描写,「レイン」を代表とする名シーンの数々を評価せずにはおれない。『Fate』シリーズをご存知ない方には,これまでのゲーム版とアニメ版をすべて鑑賞した上で『Heaven's Feel』を観ることを強く勧めたいと思うほどだ。きっとここに描かれる〈桜〉という美しくも禍々しい人物の魅力に当てられることだろう。

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劇場アニメランキング表

1位:『Fate/stay night [Heaven's Feel] II. lost butterfly』
2位:『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
3位:『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』
4位:『プロメア』
5位:『天気の子』
6位:『HELLO WORLD』
7位:『海獣の子供』
8位:『羅小黒戦記』
9位:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝ー永遠と自動手記人形ー』
10位:『空の青さを知る人よ』

● その他の鑑賞済み劇場アニメ作品(50音順)
『映画 この素晴らしい世界に祝服を! 紅伝説』/『ガールズ&パンツァー 最終章 第2話』/『きみと,波にのれたら』/『劇場版シティーハンター〈新宿プライベート・アイズ〉』/『劇場版総集編メイドインアビス【前編】旅立ちの夜明け/【後編】放浪する黄昏』/『コードギアス 復活のルルーシュ』/『甲鉄城のカバネリ〜海門決戦〜』/『センコロール コネクト』/『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』/『二ノ国』/『薄暮』/『フラグタイム』/『ロング・ウェイ・ノース』

総合ランキング

最後に,TVシリーズと劇場版を総合したランキングを5位まで紹介しよう。

1位:劇場アニメ『劇場版 Fate/staynight [Heaven's Feel] II. lost butterfly』
2位:TVアニメ『鬼滅の刃』
3位:劇場アニメ『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
4位:TVアニメ『バビロン』
5位:TVアニメ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』

悩んだなどと言っておきながら,結局は『Heaven's Feel』が1位となった。実は僕の作品評価の軸には,「レビューの書き甲斐があるかどうか」というものがある。作画や演出に多少難があっても,メッセージ性などの高い作品は筆が乗り,高評価になることがある。逆に単純に面白い作品でも,面白いという以上に書きようがない作品はあまり評価が高くならない。そういう意味では,「総合ランキング」に挙げた作品はどれも「書き甲斐のある」作品であり,とりわけ上位2作品は作画,演出,メッセージ性どの点においても「書ける」作品だったのだ。

総評

2019年は,新海誠の『君の名は。』ショック(?)のあった2016年時点においてすでに「劇場アニメラッシュ」が予測されていた年であった。そして予測の通り,矢継ぎ早にクオリティの高い作品が公開されていった印象がある。しかしそれだけに,作品どうしが互いに印象を薄め合ってしまった嫌いもある。「アニメ産業レポート2019」の記事でも言及したように,減退するビデオパッケージ市場を補完する形で劇場アニメに依存する動きが今後も続くはずだ。そうなった時,ひとつひとつの作品の質を一定以上に保つ努力が必須だろう。来年も,今年以上に質の高い劇場作品に出会えることを願いたい。

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一方のTVアニメに関しては,『星合いの空』のような,クリエーターの不本意で終わるような事態は決して繰り返されてはならない。日本の深夜アニメ=オトナアニメは,他国ではまず見られないような表現の多様性を育むことのできる環境だ。これは一種の理想論ではあるが,深夜アニメが“売れるか否か”とは違う指標で作品が評価されるような場であって欲しいと思う。

では,2020年もすばらしい作品に出会えることを祈りつつ,皆様よいお年をお迎え下さい。

 

日本動画協会「アニメ産業レポート2019」を読んで:日本のアニメの未来,世界のアニメの未来

去る12月15日,NHKが報じた「アニメ産業の市場規模 過去最高更新 『海外展開』初の1兆円超」という見出しのニュースを目にした方も多いだろう。

www3.nhk.or.jp

ニュースの主なポイントは「アニメ産業の市場規模が6年連続過去最高を更新」「海外展開の伸長」および「配信とビデオパッケージ売り上げの逆転」である。

報道のソースとなったのは,日本動画協会が毎年出版している「アニメ産業レポート」だ。前年のアニメ産業(今回は2018年)に関する詳細な調査を元に,各種データと分析をまとめた報告書である。このブログでも以前一度取り上げたことがあるが,一般のアニメファンでも購入することができる(「2019年」は書籍版・ダウンロード版ともに1,1000円)資料なので,興味のある方はぜひご覧頂くとよい。

www.spi-information.com

www.spi-information.com

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このレポートの数字から見えてくるものは実に様々だ。今回の記事では,僕を含めた一般のアニメファンにとって興味深いと思われるポイントをピックアップしてみることにする。 

中国市場の行方

NHKのニュースにもあった通り,2018年の「アニメ産業市場 」*1 の規模は2兆1,814億円9年連続の続伸,6年連続の過去最高更新となった。この部分だけを見れば“アニメビジネス堅調”という印象を抱きたくなるが,数字を仔細にみていくと見逃せない事実が浮き彫りになってくる。

まず「9年連続の続伸」とは言え,2018年の2兆1,814億円は前年比で100.9%。グラフを見ればわかる通り,2013年以降の急成長にブレーキがかかった格好である。

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「アニメ産業レポート2019」p. 6,一般社団法人日本動画協会,2019年 Ⓒ一般社団法人日本動画協会

 項目毎の内訳を見てみよう。

【増加】テレビ107.0%,映画103.9%,配信110.2%,音楽104.1%,海外101.4%,遊興105.5%,ライブエンタテイメント123.1%

【減少】ビデオ76.7%,商品化権95.6%

2018年はビデオパッケージの減少が顕著だった。周知の通り,パッケージの売り上げは継続的に減少しており,2005年のピーク以降は減少傾向にある。それを海外市場と遊興市場が相殺していたのである。

とりわけ近年のアニメ市場の成長は海外市場が支えていた。しかしここへ来てその伸びが鈍り始める。レポートによれば,その主な原因は中国市場の翳りにある。

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「アニメ産業レポート2019」p. 9,一般社団法人日本動画協会,2019年 Ⓒ一般社団法人日本動画協会

中国の表現規制が厳しいことは周知の通りだが,近年,これまで比較的寛容だったネット市場に対しても規制の範囲が及ぶようになったらしい。執筆者の増田弘道によれば,日本の海外展開にとってかなり厳しい措置となりそうである。

日本のアニメ作品は総量規制の対象となるほか,配信する 事業者は当局の審査用に,買い付け契約書,吹き替えか日本語字幕付きの全話完パケ素材,各話の粗筋などの提出が義務づけられた。このためサイマル配信が風前の灯火となったのはもちろんだが,審査が通らない作品が増加する可能性も出て来た *2

こうした中国の動きが日本のアニメ市場に影を落とすことはもちろんだが,中国アニメの発展にとっても悪影響を及ぼすのではないかと僕は思う。規制を強めることで中国のアニメファンの視聴範囲を狭めれば,彼らが日本アニメの“上澄み”だけを掬いとるような視聴傾向を作ることにつながるのではないか。

もちろん,中国アニメはすでに“日本アニメから学ぶ”という段階を過ぎ,独自のアニメ文化を能動的に発信できるレベルにまで達している。それについては僕自身,『羅小黒戦記』(2019年)のレビューで言及したことだ。しかし,日本の“深夜アニメ”という特殊な培地で育まれたオトナアニメの文化は,まだまだ中国のクリエーターを刺激する潜在力を秘めているはずだ。その機会を公権力が削ぐという事態は決して肯定的に捉えられるものではない。

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あるいは,アメリカが“欧米版PC”に濾過されながらも良質なキッズ・ファミリー向けアニメを作り続けているのと同様に,中国も当局の規制を忠実に守りながらヒットタイトルを量産することになるかもしれない。その時,日本産オトナアニメの世界的評価はどうなっているか。逆に,日本のアニメはキッズ・ファミリー向けアニメという“グローバルスタンダード”にどう向きあっていくか。いまだ先の見えない未来である。

オトナアニメの行方

さて,そのオトナアニメの話だ。日本では,かつて「キッズ・ファミリー向けアニメ」(以降「KFアニメ」)の方が,主に深夜帯に放送される「オトナアニメ」よりも多かったが,2015年にその割合いが逆転した。日本のアニメは正真正銘“大人が楽しむもの”となったのである。スポンサーの顔色を伺う必要のない「製作委員会方式」によるアニメ製作は,バイオレンス,エロ,ギャグなどの幅を広げ,日本のアニメ表現に豊穣な多様性をもたらしたことは言うまでもない。

その一方で,近年アニメーターの悪待遇や制作スケジュールの逼迫といった業界の暗部が露顕しているのも,もっぱらオトナアニメである。つい先日も,一部のアニメファンの間で評価の高かった赤根和樹監督『星合いの空』(2019年)が物語の半ばで最終回を迎えてしまうという“事件”があったばかりだ。おそらく採算の都合で製作側から判断されたものと推測される。*3 本作はよくある“爽やか部活青春物語”とは明らかに一線を画す作品であっただけに非常に残念である。*4

日本のオトナアニメに薄暗い影が差す中,アメリカから時代の変化を感じさせる作品が誕生した。『スパイダーマン:スパイダーバース』(2018年)だ。

オトナアニメの需要は何も日本だけではない。むしろアメリカは人口的にもオトナアニメの量的な需要が多かったにもかかわらず,KFアニメの方が多く製作されるという,ある意味で矛盾を抱えた市場だったのだ。そこに登場したのが『スパイダーマン:スパイダーバース』であった。増田は「『スパイダーマン: スパイダーバース』は従来のハリウッドのアニメーションの枠を破ることで,オトナアニメを待ち望んで いた潜在層にミートした可能性がある」と分析している。

日本のアニメにとって巨大なライバル登場だ。アメリカでは以前から『RWBY』(2013年-)という日本のオトナアニメから影響を受けたアニメが人気だったが,『スパイダーバース』は第91回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞するなど,明確に“メインストリーム”として評価された感がある。増田はこうした状況を以下のように分析する。

もし,今後オトナアニメの可能性がハリウッドでも認識されれば,ピクサー/ディズニーの独占状態(対抗馬としてイルミネーション/ドリームワークスもあるが)が変化する可能性が出てくる。だが,そうなると領域的に重なる日本のオトナアニメとバッティングしてくることになる。ハリウッドのアニメーションがオトナアニメに向けて大きく舵を切りはじめた時に,改めて日本の存在意義が問われることになるであろう。*5

日本のアニメ製作の懐事情を考えると難しい部分もあるかもしれないが,日本のオトナアニメには,“採算”や“一般的な人気”といったことを敢えて度外視した独自の発展をしていってもらいたい。それこそがやがて世界のアニメ市場の中で日本アニメが独自のプレゼンスを示す力につながるであろう。 

ビデオパッケージ市場の減少 

最後にビデオパッケージの市場について触れておこう。

先述したように,2018年におけるビデオパッケージ市場の減少はとりわけ顕著だった。 

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「アニメ産業レポート2019」p.42,一般社団法人日本動画協会,2019年 Ⓒ一般社団法人日本動画協会

これにより,2018年にはビデオパッケージと配信の市場が初めて逆転し,アニメ視聴の在り方の変化がはっきりと示された結果となった。 

とは言え,この結果はNetflixやAmazon Primeの日本アニメ市場への参入時期から十分に予測できたことであり,殊更驚くべき事態とも言えない。ましてやこの出来事をもって“アニメ市場の縮小”を予測するのは早計に過ぎるというものだ。

執筆者の数土直志によれば,「ビデオパッケージ離れは,むしろアニメファンの消費の多様化を示している」*6 という。パッケージ離れが進む一方で,配信,2.5次元舞台,ライブエンターテインメントなどの市場は成長を続けているのだ。

また「ビデオパッケージで減少した売上の一部を,映画興行でカバーしたいという狙い」*7 もあるという。思えば2019年も,『鬼滅の刃』や『PSYCHO-PASS 3』のようなTVシリーズのビッグタイトルが続編を劇場公開作品として発表した。

要するにアニメファンにとって,パッケージは“アニメを楽しむ複数の方法の1つ”として相対化されたに過ぎない。以前のように,「パッケージの売り上げから作品の人気度を測り続編制作へつなげる」という市場判断は確実に減少していくはずだ。

個人的な好みを言わせてもらえば,Blu-rayやDVDのような物理パッケージから配信への移行は歓迎すべきことと考える。ソフトの入れ替えや保存性のことなどを考えると,データで鑑賞できる環境の方がはるかに利便性が高い。ただし,配信ではいつ自分の好きな作品が配信切れになるかわからないという不安がある。またパッケージ商品では当たり前のようになった特典も,配信では楽しむことができない。

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僕は現在,『鬼滅の刃』(2019年)のBlu-rayを“円盤マラソン”している最中だが,主な目当ては特典のスタッフインタビューやオーディオコメンタリーだ。それらを元にブログ記事を書くこともしばしばである。僕のようなコアなファンがいる限りは,以前よりは小規模化するとしても,パッケージ市場は生き残り続けていくだろうと予想できる。

 

「アニメ産業レポート」には,これ以外にも非常に示唆に富む情報が数多く掲載されている。少々値の張る資料だが,日本アニメの未来を知る上でも,ぜひ御一読されてはいかがだろうか。

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*1:エンドユーザーの消費から算出する「広義のアニメ市場」。

*2:「アニメ産業レポート2019」p.9

*3:赤根監督のTwitterによれば,元々全24話放送の予定だったものが,春に急遽12話の変更されたとのことである。

*4:とは言え続編制作の可能性もないわけではない。今後の公式からの情報発信が待ち遠しいところだ。

*5:「アニメ産業レポート」p.14

*6:同上,P.44

*7:同上,p.41

劇場アニメ『羅小黒戦記』(2019年)レビュー:国境を越える〈かわいい〉のコード

*このレビューはネタバレを含みます。

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公式Twitterアカウントより引用 ©北京寒木春華動画技術有限会社

heicat-movie.com

中国の漫画家でありアニメーターでもあるMTJJが,2011年から動画サイトで公開を始めたフラッシュアニメ『羅小黒戦記』。本国のネット上で徐々に人気を博し,この度の劇場アニメ化にまで至ったスマッシュヒット作品である。日本でもアニメーターの入江泰浩や井上俊之らの高評価を受けて人気が高まり,上映館も拡大されている。

監督のMTJJは日本アニメを研究しつくした人であり,本作は内容の面白さもさることながら,現時点での中国アニメと日本アニメの“距離感”を知る上でも貴重な作品となったと言えるだろう。

 

作品データ

  • 監督:MTJJ木頭
  • 脚本:MTJJ木頭
  • 制作:寒木春華スタジオ

猫の妖精である小黒(シャオヘイ)は,人間の開発によって,楽しく幸せに暮らしていた森を追われてしまう。人間に憎悪を抱きつつ都会にひっそりと暮らしていた小黒は,同じく人と対立する妖精・風息(フーシー)の一味と出会い,仲間として温かく迎えられる。ある日のこと,彼らのもとに妖精と同格の力を持つ人間・無限(ムゲン)が現れ,小黒を「館」へと連れ去ろうとする。道中,無限は小黒の潜在能力を見抜き,彼に術を教える。無限を憎んでいた小黒は,「館」の真の存在理由を知るにつれ,徐々に心を開いていく。

〈かわいい〉コードの集大成としての小黒

子猫の形態時は黒目がちな大きな瞳,二頭身の丸い体型,ハイピッチの鳴き声。人間の形態時は子どもらしい丸く柔らかい体型に,頭には御丁寧に猫耳が付いている。*1 小黒のキャラクターはありとあらゆる〈かわいい〉の記号が総動員され,ほとんど“ケモナーロリショタ”を具現するデザインと言っても過言ではない。

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公式Twitterアカウントより引用 ©北京寒木春華動画技術有限会社

小黒というキャラクターを構成しているこの〈かわいい〉の記号群は,紛れもなく現代の日本アニメが作り上げてきた描写のコードに則っている。例えば,美味しい料理を食べた時に小黒の目がキュピーンと星形に光る表情などは,ごく最近の「日常系」アニメに頻出する描写として,日本ではよく知られたものだ。

劇場版の前身となるWeb版では,この〈かわいい〉コードがさらに前面に押し出されているのが興味深い。YouTubeに公式チャンネルがあり,日本でも手軽に視聴できるのでぜひ一度ご覧頂くとよいだろう(日本語字幕付き)。

www.youtube.com

Web版では,ほのぼのとした愛らしさが背景美術を含めた画面の端から端までを覆い尽くしており,どちらかと言えば「日常系」のカテゴリーに入る作風となっていることがわかる。よりアドベンチャー要素を濃厚にした劇場版でも,その〈かわいい〉要素がほぼ希釈されることなく表現されている。

前述したとおり,これらの〈かわいい〉コードはもっぱら日本のアニメ文化の中で培養されてきたものと言ってよい。しかしだからと言って,『羅小黒戦記』が“日本アニメの模倣”のレベルに留まっているかと言うとそうでもない。映画を観ればすぐにわかることだが,独自の効果音の使用やリズム感とも相まって,日本アニメにはない間合いでコードを使いこなしている感がある。そもそも,表現のコードはその効果が普遍的であればあるほど容易に国境を越え,多様な文化の中に根付く力を持っている。

カンフー映画の呼吸

このことは,本作において〈かわいい〉要素とスタイリッシュなアクションシーンとがみごとに融合した点に最もよく表わされているように思える。文字通り目にも止まらぬ速さで繰り広げられる格闘シーンは,『ドラゴンボール』『NARUTO』『ワンパンマン』など,海外でも人気の日本アニメの影響もあるだろう。しかし同時に,そこには中国映画独特の間合いや呼吸のようなものが感じられる。例えばキャラクターが高速移動後にピタッと立ち止まる刹那,目線を横に流す仕草などは,中国の実写映画の中でよく見られる描写だ。

師匠(無限)が後ろ手に静かに立ち,無駄な動作を一切せず,ちょこまかと悪足掻きをする弟子(小黒)を法術によって翻弄するーー〈静と動〉の対比によって圧倒的な力の差を演出するこのような手法も,まさしく中国・香港が得意としたカンフー映画そのものだ。もちろんこうした描写にしても,前述したような日本のアクションアニメにも見られるものであり,監督がこれらの作品にインスパイアされている事実もあるのだろう。しかし『ドラゴンボール』や『ワンパンマン』にしても,その表現手法の源泉はやはりカンフー映画にある。かつてのディズニーアニメと手塚アニメの間の相互影響関係に似たものがここに伺える。

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公式Twitterアカウントより引用 ©北京寒木春華動画技術有限会社

“ジブリ”の向こう側へ

これだけ魅力的な『羅小黒戦記』だが,何から何まで諸手を挙げて賞賛できるかと言えばそうでもない。多くの物語に触れてきた人にとっては,ややテーマ設定の面で物足りなさを感じてしまうところがある。

終盤,かつて家族のように慕っていた風息が,自分の力を利用して人間から力づくで世界を取り戻そうとしていることを知った小黒は,逆にかつて敵として憎んでいた無限と力を合わせ,風息と対峙することになる。風息は二人によって倒され,再び人と妖精との共生が図られる。

このプロットはそれ自体魅力的であり,ラストで小黒が風息を「師匠!」と呼んで抱きつくシーンは,この作品のテーマである「共生」の達成を象徴しているかのようでもあり,観客の涙を誘わずにはいない。

しかし,これを現代の日本アニメの複雑な物語構成と比較してしまうと,どうしても“無難な”路線を選択したという印象がぬぐえないのだ。 特に「人と精霊(自然)との対立と共生」というテーマは,『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)や『もののけ姫』(1997年)といったジブリアニメの反復に他ならず,むしろ『羅小黒戦記』からは高畑勲や宮﨑駿のような毒気やアクが抜かれている分,乳児向けの流動食のような物足りなさを感じずにはおれない。

もちろんここには中国独自の事情がある。この国では,どんなに優れた技術と潤沢な資金があったとしても,共産党当局に睨まれてしまえば国内での作品発表の場を持つことは難しい。自然,“歴史戦記”や“環境問題”など,当たり障りのない無難路線でテーマ設定をせざるを得なくなる。“表現の自由”からは程遠い現実が,この国のアニメの表現の幅を狭めてしまっている。

しかしサブカルチャーに貪欲になった現代の中国人たちが,いつまでもこの状況に甘んじているとは考えにくい。今後,彼らはアイディアを絞り,規制の範囲内で極上のコンテンツを生み出してくるかもしれない。*2 あるいは,共産党当局自体が規制を緩和する可能性も否定できない。そうなれば,彼らは豊富な人材を武器に多用な物語を生産してくることだろう。そもそも,ジブリの呪縛から逃れ得ず,暗中模索の状態に陥っているのは当の日本アニメも変わらない。

言うまでもなく,もはや“中国アニメが日本アニメを後追いしている”という状況ではない。かつてのように,ささやかな優越感に浸っていてよい時代ではないのだ。

とは言え,僕個人としては「中国アニメが日本アニメに追いついた/追い越した」というような話題には興味がない。ただそこに,日本アニメにはないテイストを持つ高品質なアニメがあるという事実が大事なのだ。

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
5 5 4.5 4.5
声優 OP/ED ドラマ メッセージ
4 3.5 3.5
独自性 普遍性 平均
3 4 4.1
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

 

*1:これについては,わざわざ「変化に慣れていないために耳を隠せない」という設定によって説得力を持たせているのが憎い

*2:すでに中国では『羅小黒戦記』に先立って『哪吒之魔童降世』が上映されており,メガヒットとなっている。

2020年 冬アニメは何を観る?ー2019年 秋アニメを振返りながらー

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『ID: INVADED』公式HPより引用 ©︎IDDU

www.animatetimes.com

uzurainfo.han-be.com

 

2019秋アニメ振返り

2019年秋アニメでは,『PSYCHO-PASS 3』や『ソードアート・オンライン アリシゼーション War of Underworld』などのビッグタイトルがやや出力不足で物足りない印象がある。もちろん,“続編製作は常に難しい”という命題が呪いのように制作陣を悩ませているということもあるだろうが,『ちはやふる 3』のようにシリーズ3作目にも関わらず十分健闘している作品もある。上掲2作品には,ぜひ残りの話数を期待したいところだ。

一方,今クールは『バビロン』『BEASTARS』『星合いの空』といった“心の暗部”を丁寧に(あるいは大胆に)描いた作品が大健闘したことが特徴的だった。

とりわけ『バビロン』は原作の緻密な描写を大胆に省略しながらも,驚くべき演出の妙によって視聴者の度肝を抜いた作品となった。第7話「最悪」は文字通りアニメ史上最悪の展開で終わり,第8話「希望」は12月30日放送という異例のスケジュールとなったが,この独特の見せ方も視聴者の感情を揺さぶる効果があって面白い。

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『BEASTARS』は動物の習性を人間社会にカリカチュアした“リアル『けものフレンズ』”といった風の作品だが,制作オレンジのハイクオリティな3DCGと声優陣の卓越した演技により,濃厚で見応えのある作品となっている。

『星合いの空』は,PVでの“中学生部活もの”という爽やかイメージをいい意味で裏切り,計算された演出によって主人公たちの心の闇を丁寧に描いた良作だ。とりわけ構図やカメラワークなどは見事という他ない。 

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ちなみに当ブログの記事「〇〇年〇アニメは何を観る?」シリーズでは,僕がイチオシと判断した作品のキービジュアルをアイキャッチにしているのだが,この『星合いの空』を含め,今のところすべて外れていないのが自慢だ。

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それでは以下,次クール期待のアニメを五十音順に紹介したいと思う。

異種族レビュアーズ

  • 原作:天原
  • 作画:masha
  • 監督:小川優樹
  • シリーズ構成:筆安一幸
  • キャラクターデザイン:うのまこと
  • 制作:パッショーネ

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いきなりエロ系だが,従来の異世界ファンタジーの世界観を“異世界風俗モノ”という設定で崩してくるのはなかなか興味深い。そして何より,超巨乳の女性キャラのビジュアルが「宇崎ちゃん騒動」に喧嘩を売って…もとい,問題提起をしているようで面白い。ひょっとしたら傑作になるかもしれない。僕は未読だが,天原の原作コミックの人気も高いようだ。

『少女終末旅行』(2017年),『転生したらスライムだった件』(2018年)などの筆安一幸がシリーズ構成を担当するのも注目ポイントだ。

痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。

  • 原作:夕蜜柑
  • キャラクター原案:狐印
  • 監督:大沼心,湊未來
  • シリーズ構成:志茂文彦
  • キャラクターデザイン・総作画監督:平田和也
  • アニメーション制作:SILVER LINK.

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TVアニメ『痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。』ティザーPV

どこかのデミサーヴァントのスピンオフのような印象の作品だが,『AIR』(2005年),『Kanon』(2006-2007年),『CLANNAD』(2007-2008年)など,Keyブランドのゲーム原作,京都アニメーション制作の作品に多く携わった志茂文彦がシリーズ構成を務めるのがポイント。PVからも心地よい作画に仕上がっているのが伺える。

ID: INVADED イド:インヴェイデッド

  • 監督:あおきえい
  • 脚本:舞城王太郎
  • キャラクター原案:小玉有起
  • キャラクターデザイン:碇谷敦
  • メインアニメーター:又賀大介
  • アニメーター:清水慶太、浅利歩惟,豆塚あす香,井川典恵,河合桃子

id-invaded-anime.com

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ID:INVADED イド:インヴェイデッド Official Trailer 01

『Fate/Zero』(2011-2012年)などのあおきえいが監督,小説『阿修羅ガール』(2003年)などの舞城王太郎が脚本を務めるオリジナル作品とあっては,観るなという方が無理というものである。公式からの情報はまだ少ないが,「SFミステリ」というカテゴリらしい。PVからは美麗で豪奢な世界観が伺える。最近方々から引っ張りだこの津田健次郎と細谷佳正の演技にも期待したい。

映像研には手を出すな!

  • 原作:大童澄瞳
  • 監督・シリーズ構成:湯浅政明
  • キャラクターデザイン:浅野直之
  • 制作:サイエンスSARU

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TVアニメ「映像研には手を出すな!」PV 第2弾

大童澄瞳の同名コミックスが原作。『四畳半神話大系』(2010年),『夜明け告げるルーのうた』(2017年),『DEVILMAN crybaby』(2018年)の湯浅政明が監督,彼の率いるサイエンスSARUが制作とあれば,そのクオリティはすでに保証されている。僕は原作未読jだが,同じくアニメ制作の現場を描いた『SHIROBAKO』(2014-2015年)がリアル志向のアニメだったとすれば,本作はそれよりもアドベンチャー風味(?)の強い作品になりそうだ。両者の比較をするのも面白いかもしれない。

空挺ドラゴンズ

  • 原作:桑原太矩
  • 監督:吉平"Tady"直弘
  • シリーズ構成・脚本:上江洲 誠
  • キャラクターデザイン:小谷杏子
  • 音響監督:岩浪美和
  • 制作:ポリゴン・ピクチュアズ

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【2020.1.8放送開始】TVアニメ「空挺ドラゴンズ」“龍の尾身ステーキサンド”飯テロシーン

本クールの「+Ultra」枠作品。『シドニアの騎士 第九惑星戦役』(2015年)で副監督を務めた吉平"Tady"直弘が監督。制作はやはり『シドニア』シリーズのポリゴン・ピクチュアズである。正直,この辺りの座組では『シドニア』の続編を制作して欲しいところなのだが,諸事情あるのだろう。『暗殺教室』(2015年),『この素晴らしい世界に祝福を!』(2015-2016年)などの上江洲誠がシリーズ構成を務めるのもポイント。

ドロヘドロ

  • 原作:林田球
  • 監督:林祐一郎
  • シリーズ構成:瀬古浩司
  • キャラクターデザイン:岸友洋
  • 制作:MAPPA

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TVアニメ『ドロヘドロ』PV

林田球の同名コミックスが原作。「魔法によって顔をトカゲにされてしまった記憶喪失の男,カイマン。本当の顔と記憶を取り戻すため,相棒のニカイドウと一緒に自分に魔法をかけた魔法使いを探し続ける」ータイトルとこの設定からしてすでに独特な匂いを放つ作品のようだが,PVを見るとさらにその異様さがわかる。文字通りカオスな世界観のようだ。

監督は『賭ケグルイ』(2017)などの林祐一郎。脚本は『進撃の巨人』(2013年-),『残響のテロル』(2014年),『甲鉄城のカバネリ』(2016年)などの瀬古浩司。力強い布陣だ。

22/7

  • 総合プロデューサー:秋元康
  • キャラクターデザイン原案:カントク/岸田メル/QP:flapper(小原トメ太さくら小春)/黒星紅白/こやまひろかず(TYPE-MOON)/田中将賀/細居美恵子/堀口悠紀子/深崎暮人/渡辺明夫
  • キャラクターデザイン:堀口悠紀子
  • 監督:阿保孝雄
  • シリーズ構成:宮島礼吏/永井千晶
  • アニメーションキャラクターデザイン・総作画監督:まじろ
  • 総作画監督:田村里美/髙田晃
  • 制作:A-1 Pictures

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TVアニメ「22/7」第1弾PV

秋元康がプロデュースするデジタルアイドルグループ「22/7」だが,キャラクターデザインを『けいおん!』(2009年),『HELLO WORLD』(2019年)などの堀口悠紀子が担当しているのが一番の注目ポイント。原案も岸田メル,黒星紅白,こやまひろかず,田中将賀,深崎暮人,渡辺明夫など錚々たるメンバーである。『HELLO WORLD』の「一行瑠璃」にやられてしまった人は必見だろう。

pet

  • 原作:三宅乱丈「ペット リマスター・エディション」
  • 監督:大森貴弘
  • シリーズ構成:村井さだゆき
  • キャラクターデザイン:羽山淳一
  • 制作:ジェノスタジオ
  • 製作:ツインエンジン

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TVアニメ「pet」第3弾PV(EDテーマ「image _____」眩暈SIREN)

「人の脳内に潜り込み,記憶を操る能力を持つ者達がいた。人は恐れ,蔑み,彼らを『pet』と呼ぶ」(公式HP「INTRODUCTION」より)。これまた設定からしてすでに傑作の予感がする。近年,『甲鉄城のカバネリ』(2016年),『どろろ』(2019年),『バビロン』(2019年)など,山本幸治率いるツインエンジン製作のアニメが快進撃を続けている。本作も『バビロン』に次ぐ“怪作”となるかもしれない。

マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝

  • 原作:Magica Quartet
  • 総監督・シリーズ構成:劇団イヌカレー(泥犬)
  • メインキャラクター原案:蒼樹うめ
  • キャラクターデザイン・総作画監督:谷口淳一郎
  • 総作画監督:杉山延寛,山村洋貴
  • アニメーションスーパーバイザー:新房昭之
  • 制作:シャフト

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TVアニメ「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝」第2弾PV

同名のスマートフォン向けRPGが原作であり,ストーリーとしては『魔法少女まどか☆マギカ』(2011年)の外伝的位置づけである。『まどマギ』で「異空間設計」を担当し,『マギレコ』でも魔女の原案を担当した劇団イヌカレーが総監督とシリーズ構成を務める他,キャラクター原案の蒼樹うめ,キャラクターデザインの谷口淳一郎,制作のシャフトと,“まどマギ同窓会”のような座組が話題性十分の作品だ。虚淵玄のような濃厚な“鬱展開”は望めないだろうが,これだけの布陣には否が応でも期待が高まる。

2020年冬アニメのイチオシは…

現時点での注目アニメは以上だ。2020年冬アニメのイチオシは『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』としたい。『ドロヘドロ』『pet』とも悩んだのだが,ここはひとつオリジナルアニメに期待するとしよう。

 

おそらく2020年も劇場アニメラッシュが継続し,業界はTVシリーズアニメと劇場アニメのバランスの模索を続けていくことになるだろう。いずれにせよ,どちらも見逃せない作品が次々と制作されていくに違いない。

来年の話をしすぎると鬼舞辻無惨が笑うかもしれないが,おそらく我らが鬼殺隊の面々があの胸糞の悪いしたり顔を打ち砕いてくれる日も間近だろう。

来年がアニメファンにとって良き年になりますよう。

アニメレビュー覚書:『鬼滅の刃』撮影監督・寺尾優一インタビュー(Blu-ray/DVD第五巻封入特典「鬼殺隊報」より)

*このレビューはネタバレを含みます。

ufotable制作の映像の“高級感”を支える撮影部門,そしていくつものビッグタイトルで撮影監督を務めてきた寺尾優一の功績は,どれだけ強調してもし過ぎることはない。

11月27日に発売された『鬼滅の刃』Blu-ray/DVD第五巻の封入特典「鬼殺隊報」には,寺尾優一のインタビューが掲載されている。以下,寺尾の言葉を引用しながら重要なポイントを列挙していく。

 

輪郭線について

まず,監督の外崎春雄やキャラクターデザインの松島晃も各所で言及している輪郭線。寺尾もこのインタビューで興味深い発言をしている。

線を太くするバージョンや,線を濃くするバージョン,あるいは鉛筆タッチの処理を加えるバージョンや,カメラからの距離に合わせて色合いを変えるバージョンなど。最終的には原作の絵が動く印象を大切にして,撮影処理を加えることにしました。

キャラクターの輪郭線については,実際には原作の吾峠呼世晴の線よりもはるかに太く描画されており,この作品の表情を極めてユニークなものにしている。それだけに背景美術とのすりあわせには相当気を遣ったことが想像されるが,それについて寺尾は「背景についても原作の絵を再現するために,思い切って,線の太いキャラクターの絵に近づける方向性にしています」と述べている。

 輪郭線のこだわりに関する外崎・松島の発言に関しては,以下の記事を参考にして頂きたい。 

www.otalog.jp

『無限列車編』のレビューについては以下の記事を参照して頂きたい。

www.otalog.jp

 

「水の呼吸」について

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第九話「手毬鬼と矢印鬼」より引用 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 「水の呼吸」は劇中に何度も,何種類も出てくるのですが,登場するたびに新しい演出になっていて,過去に作ったエフェクトを兼用していないんです。良い言い方をすれば,カットごとのオートクチュール(=オーダーメイド)。こういうことが出来たのは,動画の精度が高かったからで,若手の動画スタッフが,何度も描き直して,とても良い動画を上げてくれた。動画が良いと,撮影チームとしてはいろいろな手法を選択できるようになるんですよ。

これは大変興味深い。「水の呼吸」は本作の前半を彩る“華”として頻出する重要なアクションだが,それを各カット「オートクチュール」でエフェクト処理しているのだ。このこだわりが,何度反復されても飽きないアクションを生み出している。“反復の美学”とも言えるバンクシーンとは対極にある思想と言えようか。

またこの引用で,寺尾が若手の動画スタッフの仕事に敬意を表しているのも印象的だ。動画職は原画職に昇格するまでの修行段階のように捉えられがちだが,それは昨今の繊細な動きを重視した作品を考えてみるに,必ずしも妥当なイメージではない。少なくとも動画と原画の間に貴賤のような差はない。各部門の綿密な連携が傑作を生み出すということを寺尾の言葉が示唆しているように思える。

家族の回想シーン

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第十九話「ヒノカミ」より引用 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

炭治郎が家族を思い出すときは,温かい色合いにしようと心掛けていました。本編の中でも一番明るくて,暖色が映える,優しい映像にしたいなと。

ufotableと言えば『Fate』シリーズなどの深い闇のシーンなどが印象に強いが,『鬼滅の刃』の回想シーンは確かにそれと好対照を成す明るい画作りをしている。〈明るさと暗さのコントラスト〉は『鬼滅の刃』という作品の魅力のひとつと言えるかもしれない。それを原作から引き出したufotableの功績は大きい。

 ヒノカミ神楽

第十九話の「ヒノカミ」は,近年のTVシリーズアニメの中でも群を抜く高いクオリティを示した話数だが,「ご自身のお仕事で印象に残っているカットは?」と問われた寺尾もこのシーンを挙げ,次のように述べている。

ヒノカミ神楽,爆血,累の血の糸と,三色の赤が重なり合うんですよ。絵コンテ・演出の白井(俊行)さんからも,それぞれの色に差をつけたいという話があって。ヒノカミ神楽は炎というよりも「太陽」,爆血は「紫」というように,赤の中に個性をつけていきました。

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第十九話「ヒノカミ」より引用 ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

右下の炭治郎と累が激突するシーンでは,炭治郎の「太陽」と禰豆子の「紫」が溶け合い,絶妙な色彩になっている。

なお,ここに掲載した画像はTV放送の映像をキャプチャーしたものであり,後述するようにハーディング・チェックが施されている。オリジナルの色味とは異なることをお断りしておく。

吉川冴と吉田遥

寺尾によると,ufotableの撮影チームには「新人から勤続15年にベテランまで,幅広い年齢層のスタッフが在籍」しているらしいが,中でも吉川冴吉田遥を「印象に残る仕事をした撮影スタッフ」として挙げている(リンクは「アニメ@wiki」)。吉川は『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』(2014-2015年)や『活撃 刀剣乱舞』(2017年)で撮影監督補佐,『衛宮さんちの今日のごはん』(2018-2019年)で撮影監督を担当している。吉田は新人らしいが,寺尾は「ベテラン勢にも見劣りしない仕事」と高評価している。

寺尾の技を継承したスタッフが育ってくれるのはアニメファンとしても嬉しい限りだ。吉川・吉田両氏の名前は今後も要チェックである。

ハーディングチェックについて

寺尾によれば,TV放送された映像はハーディング・チェック(いわゆるパカパカチェック)によって輝度調整がなされており,特に第十七話「ひとつのことを極め抜け」における善逸の「霹靂一閃・六連」と第十九話の「ヒノカミ」のオンエア映像は,オリジナルと色合いが異なっている部分があるということだ。この記事を執筆している時点では,上記の話数を収録したBlu-ray/DVD第七巻(1月29日発売)と第八巻(2月26日発売)は発売されていないため未確認だが,是非オリジナルの色味を味わいたいものである。

寺尾撮影班の仕事の機敏を味わうためには,やはりTV放送用にチェックする前のオリジナル映像を観る必要がある。その意味でも本作のBlu-ray/DVDを購入する価値は十分にあるだろう。特典も充実しているのでオススメである。

 

アニメの撮影については以下の記事も参照して頂きたい。

www.otalog.jp

 

 

 

 

 

アニメレビュー雑感:生きろ,そなたは愉しい。

『天空の城ラピュタ』『エヴァンゲリオン』『魔法少女まどか☆マギカ』ーーこういった過去の傑作を前に必ずと言っていいほど繰り返される“語り尽くされた”という常套句。実は僕はこの言葉が好きではない。

ドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミン(1892-1940年)は,文学作品の「死後の生(Fortleben)」という,実に気の利いた言葉を好んで使った人だ。1921年に書かれた『翻訳者の課題』の中で,彼は翻訳と原作との原理的な関係を以下のように述べている。

[…]翻訳は原作から生まれる。しかも,原作の生〔生きること〕(Leben)からというよりも,原作が「生き延びること(Überleben)」から生じているのだ。なにしろ,翻訳とは原作よりも後に生まれるものなのだから,そしてまた,翻訳は重要な作品──それが成立した時代にはより抜きの翻訳者など望むべくもなかったのだが──がその死後においてもなお「生き続ける(Fortleben)」段階を示すものなのだから。*1

文学作品はそれが完成した瞬間に,化石のごとく時代という地層に固着してしまうわけではない。むしろ作者の死後,原作は時代の価値観の変遷とともに,その都度のコンテクストにおける相対的内実を変化させていくのだ。したがって,「作品の死後の生」は歴史と不可分である。

ところで,これはベンヤミンの悪い癖なのだが,彼は「作品の死後の生」が行き着く未来に「純粋言語」なる怪しい神秘主義思想を設定するため,そのシンプルかつ力強いアイディアが晦渋さというヴェールに覆い隠されてしまう。しかしその実,彼の言っていることは,作品とその歴史に関して僕らが持っている観念からさほど乖離しているわけではない。

作家の時代には,場合によっては彼の詩的言語の傾向であったものが,後の時代には用済みのものとなってしまうこともありうるし,内在的傾向が形成物としての作品から新たに浮かび上がることもありうる。当時若々しかったものが,後の時代には使い古された響きとなることもあるし,当時一般的な言葉が古めかしい響きになることもある。*2

原作そのものは見た目上変化しない。しかしその時代ごとの相対的な意味は常に更新されていくだろう。翻訳はそうした変化そのものを記述する機能を持っている(したがって翻訳も常に更新されることになる)。「翻訳においてこそ,原作の生は,つねに新たな状態での最終的な,そしてもっとも包括的な発展段階に到達する」。*3

そして無論,この「翻訳」という言葉を,ベンヤミン自身が生業としていた「批評」と置き換えることには何の問題もない。というより,「作品の死後の生」という考え方から,彼の“神秘主義的言語観”というアクを完全に抜くのであれば,むしろ「批評」にこそよく当てはまるのだと言える。

作品の批評は,その都度の時代の価値観を担った主体が行う。当然,時代ごとに異なる評価が生まれ,その変化が作品の「死後の生」を形成する。だとすれば,ある作品に関し“語り尽くされた”と言い切ることは,その作品の死亡宣告をしたに他ならない。

無論,同じことはアニメ作品のレビューについても言える。

近年の日本のアニメ制作の事情を見てみるに,多くの作品が一過性の消費物として制作されている感は否めない。だから多くの人が“語り尽くされた”“オワコン”と言った常套句を遠慮会釈なく口にする。

しかしどうだろう。日本初のカラー長編アニメ『白蛇伝』(1958年)が誕生してから半世紀をとうに過ぎた今,アニメが「死後の生」を生きるのに十分な〈歴史〉がすでに熟成したと言っていいのではないだろうか。傑作・駄作を問わず,新たな文脈で過去の作品群を語り,その「死後の生」を形成していこう。“語り尽くされた”などと知った風なことを言う輩を笑い飛ばしながら,かつての作品たちに命を吹き込もう。僕らのレビューはいつも自由で新しいのだ。

アニメとともに生きろ,アニメは愉しいのだから。

 

*1:ヴァルター・ベンヤミン『翻訳者の課題』[山口裕之訳『ベンヤミン・アンソロジー』2011年,河出書房新社所収]

*2:前掲書

*3:前掲書