アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

劇場アニメ『窓ぎわのトットちゃん』(2023年)レビュー[考察・感想]:僕たちの〈トットちゃん〉

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読みください。

『窓ぎわのトットちゃん』公式HPより引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

tottochan-movie.jp


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『窓ぎわのトットちゃん』(以下『トットちゃん』)は,黒柳徹子の自伝的小説を原作とするアニメーション映画である。実在の人物や出来事を扱ったリアリズムをベースとしつつ,子どもたちの身体運動をアニメーションならではの技法によって細やかに表象し,戦争前夜の日本における小さな〈自由〉を美しく描いた傑作だ。

 

あらすじ

「困った子」として小学校を退学になってしまったトットちゃんは,ある日,母に連れられて「トモエ学園」という風変わりな学校を訪れる。その校長・小林先生はトットちゃんの話に熱心に耳を傾け,「君は,ほんとうは,いい子なんだよ」と言ってトットちゃんを温かく迎え入れる。

 

トットちゃん:自由な身体

母に連れられて自由が丘の駅に到着したトットちゃんは,後ろに人が並んでいるのも構わず改札の出口に留まり,駅員に切符をねだってしまう。別れ際,全身をくねくねと捩らせながら「わたしこれから新しい学校に行くので忙しいの」と言ったかと思うと,そそくさと母の元へ駆け寄り,おしゃべりを始める。クルクルとよく動くトットちゃんの姿に目を奪われる。

トットちゃんは以前通っていた学校を「退学」になっていた。机のフタを何度もパタパタ開け閉めしたり,窓からちんどん屋を呼んだり,机にはみ出してお絵描きをしたりと先生に迷惑をかけたため,「困った子」として“普通”の学校から疎外されてしまったのだ。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

映画はこの冒頭数分のシーンで,トットちゃんの自由な行動ーーあるいは〈運動〉と言った方が適切かもしれないーーを鑑賞者に徹底的に印象付ける。金子志津江のデザインによる可愛らしいトットちゃんは,適度なデフォルメを施されつつ,アニメ的身体ならではの解放感と浮遊感に満ち溢れたモーションでそこかしこを生き生きと動き回る。

トットちゃんというキャラクターは,あらゆる制約や束縛から解放されている。裕福でリベラルな家庭環境という条件もその人格形成における重要な外的要因の一つだ。しかしアニメになったトットちゃんを見ていると,もっと内発的なエラン・ヴィタールがキャラクターの中核を成しているように思える。それはちょうど,線路という束縛から解放されてトモエ学園の校舎に置かれ,トットちゃんの空想の中で解き放たれたあの電車の教室と同じような,生き生きと豊かな創造性に満ちた生命の力だ。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

したがって,トットちゃんというキャラクターがアニメーションとして表象されたことには一定の必然性がある。黒柳によれば,原作の『トットちゃん』はこれまで何度か実写映画化のオファーがあったのだが,実写では彼女の中のイメージに合わないと判断し,断り続けてきた。*1 今回,改めてアニメ映画化が提案された際,「アニメであれば幻想的な雰囲気にもなって,自分のイメージに近いものになるのかもしれない」と考え承諾したのだそうだ。*2

トットちゃんの自由な身体は,現実の身体そのものというよりは,アニメーションによって仮構されたアニメ的身体である。それは“黒柳徹子”という現実の身体を基底としながらも,部分的に「幻想」化された表象-身体なのだ。現実に存在した身体でありながら,アニメーションーーそれも最新のアニメーションーーの技術と演出によって,現実よりも自由に運動する。トットちゃんというキャラクターは,その半身をアニメーションという媒体の中でいっそう自由に解き放つ。このキャラクターの魅力の一端はそこにある。

 

リトミック:生命のリズム

1928年,子どもの自主性を重んじる「自由主義教育」を標榜した手塚岸衛は,その理念を具現化すべく「自由ヶ丘学園」を創立する。現在の「自由が丘」の駅名・地名の由来となった学校だ。1936年,手塚は志半ばにして病死。その後1937年に,自由が丘学園の幼稚園と小学校を引き継ぐ形で小林宗作(小林先生)が創立したのが,『トットちゃん』の舞台となる「トモエ学園」である。トモエ学園は,当初から自由を醸成する風土の中で立ち上がったのだ。

小林は「トモエ学園」創立以前,1923年と1930年の二度に渡って渡欧し,エミール・ジャック=ダルクローズから「リトミック教育」という音楽教授法を学んでいる。*3 ダルクローズが展開したリトミック教育は,「リズム運動」「ソルフェージュ」「即興」を三本柱とし,身体的感覚によって児童の音楽的感受性と創造性を養うことを目的とした教授法である。ダルクローズは著書の中で以下のように述べている。

音楽家として一人前になるには,子どもは,その本質が身体的なのと精神的なのと両方の原動力と資質,すなわち,一方には耳,声,音の意識を,他方には身体全体(骨格,筋肉,神経)と身体のリズムの意識を併せもたねばならない。 *4

とりわけダルクローズは,身体を用いたリズム感覚の会得の重要性を強調している。

音楽を味わせ,好きにさせるには,子どものうちに聴く力を育成するだけでは充分ではない。音楽において,最も強烈に感覚に訴え,生命に最も密接に結びつく要素というのは,リズムであり,動きだからである。 *5

さらにダルクローズは,リトミックを音楽教育の一方法にとどめず,児童の人格形成と社会性育成の根幹を成すものとみなしていた。

すべて健全な教育法では,すなわち,身体の精神への,精神の身体への,感覚の思考への,あるいはその逆の,密接な相互への働きかけというものに基礎を置いているすべての教育法にあっては,音楽や音楽に依拠している芸術に高い位置づけがあてがわれていることを認めることができよう。*6

リトミックによって心身を調和させ,子どもの感受性と人格を養うというダルクローズの教育理念は,当時の音楽教育に疑念を抱いていた小林に深く影響を及ぼした。二度目の留学から帰国した小林は,ダルクローズの方法を独自のものとして消化・吸収し,「トモエ学園」で実践していく。映画の中で描かれていたあのシーンである。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

小林先生がピアノを弾き,子どもたちがそれに合わせて思い思いの動きをする。途中でわざと拍子を変え,子どもたちの心と身体にリズムの概念を理解させる。しかしそこには,メトロノームに合わせるような息苦しい強制はない。一人ひとりの子どもが,それぞれのできる範囲で身体を動かしている。そこには〈自由〉がある。

ちなみに小林は,自分の子どもが何かを口ずさみながら自然に身体を動かして楽しんでいる様子を目にしたことを回想している。*7 彼にとって,自然で自由なリズムは子どもの生命エネルギーの根源のようなものだったのだろう。この小林であれば,机のフタをパタパタ開け閉めするトットちゃんを見て退学を促すどころか,むしろ手を叩いて歓喜したはずだ。

トットちゃんと小林宗作は,あたかも何かの符号のように奇跡的に出会う。この出会いはトットちゃんの自由な身体を大いに解放し,その人格形成にも深く影響したことだろう。しかしトットちゃんは,ただ単に天真爛漫に自由を謳歌するだけではない。この物語の最も強いドラマ性は,この自由な身体=トットちゃんが〈病〉〈死〉〈戦争〉という“他者”と邂逅し,変化していく点にある。

 

ふれあう手:トットちゃんと泰明ちゃん

自由なトットちゃんは,病によって自由を奪われた泰明ちゃんと出会う。この出会いのシーンは,本作の中でも一際印象的に描かれている。

泰明ちゃんは小児麻痺を患ったため,手足が不自由である。そのことを知ったトットちゃんは,自分の手のひらを泰明ちゃんの手のひらに優しく重ね合わせる。トットちゃんの手の動きがこの上なく細やかにアニメートされている。まるでトットちゃんの身体と泰明くんの身体が同期し,共鳴し合うかのような美しいカットである。*8

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

八鍬新之介監督は,企画段階から「泰明ちゃんとの交流を経てトットちゃんが成長していく物語を描きたい」という思いを黒柳に伝えていたそうだ。*9 おそらくこの手のカットは,2人の心のふれあいが本作のライトモチーフになることを暗示するものとして挿入されたのだろう。同時に,2人の関係性において〈身体〉が大きな意味を持つことをも予示している。

手と足に麻痺が残る泰明ちゃんは,普段みんなと一緒に散歩に行かず,自由時間はたいてい本を読んで過ごしている。泰明ちゃんは,自身の身体の“不自由”という状況を受け入れているのだ。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

トットちゃんはーートットちゃんらしい強引さでーーそんな泰明ちゃんの身体を〈自由〉へと解放しようとする。自分が感じている世界と同じ世界を,彼にも感じて欲しいと願いながら。いくつかのシーンを見てみよう。

 

小さな抵抗

1つめは「水泳」のシーンだ。

トモエ学園の水泳の時間では,(強制ではないが)水着を着用せず全裸でプールに入ることが推奨されていた。服を脱ぐことを躊躇う泰明ちゃんにトットちゃんは「恥ずかしくなんかないわよ。みんな,一緒でしょ?」と言いながらプールに連れ出す。恐る恐るプールの中に入った泰明ちゃんは,自分の身体が軽くなったように感じる。この後,作画は水彩画のようなタッチの画風(原作の挿絵に使われているいわさきちひろの絵によく似ている)に変わり,幻想的な雰囲気の中,泰明ちゃんは水中を自由に泳ぎ回る。トットちゃんの導きと浮力という物理的な力によって,泰明ちゃんは束の間,身体の自由を得る。この一連のシーンもとても美しい。

2つめは「トットちゃんの木」のシーンだ。

トットちゃんは自分専用の木登り用の木を“所有”しており,それを「トットちゃんの木」と名付けていた(原作によれば,他の生徒も自分専用の木を“所有”していたらしい)。ある日トットちゃんは,「トットちゃんの木」に泰明ちゃんを「招待」しようと決意する。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

トットちゃんはハシゴを木に立てかけて泰明ちゃんに登らせようとするが,うまくいかずに落ちてしまう。すると今度は物置から脚立を引っ張り出してきて木の側に立て,泰明ちゃんを押し上げようとするが,やはりうまく行かない。トットちゃんは自分が先に木に登り,泰明ちゃんを引っ張り上げようとする。先述の「ふれあう手」がリフレインされる。トットちゃんはんとかして泰明ちゃんを引き上げ,「招待」に成功する。泰明ちゃんは「木の上から見た風景」という世界をトットちゃんと共有する。

ちなみにこの作品は,〈重力〉ないし〈落下〉という現象をきめ細かく描写している点も注目に値する。椅子から立ち上がる小林先生の所作,男の子が網棚にランドセルを投げ込む際の軌道,そしてトイレの落とし物…

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

アニメーションにおいて,〈重さ〉の演出は極めて重要だ。それはキャラクターや事物がその世界の中に確かな重量をもって定位していることを示す記号でもある。細部において〈重さ〉が丁寧に描かれているからこそ,それに抗い木に登ろうとするトットちゃんと泰明ちゃんの〈小さな抵抗〉にも説得力が増す。本作のアニメーション技術が優れている所以である。

3つめは「雨の中のダンス」のシーンだ。

トットちゃんと泰明ちゃんが雨の中お腹を空かせながら「よく噛めよ」の歌を歌っていると,国民服を着た男性に「卑しい歌を歌ってはいけないよ。君たちも銃後を守る立派な小国民だろう」と怒られてしまう。泣き出すトットちゃんを見た泰明ちゃんは,水たまりの中で懸命にジャンプして,水の音で「よく噛めよ」リズムを奏でる。まもはく2人は笑顔を取り戻し,まるで映画『雨に唄えば』のようにクルクルと踊り始める。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

ここでは戦時下の〈制約〉に対する子どもたちの〈小さな抵抗〉が示されている。“贅沢は敵だ”という同調圧力の中で社会が色彩を失っていく中,2人の空想の中で彩られた商店街の灯りが美しく映える。

最後に「トモエ学園いい学校」のシーンを見てみよう。

ある日のこと,他校の生徒が学園の前で「トモエ学園ボロ学校/入ってみてもボロ学校」と囃し立てにやって来る。彼らは泰明ちゃんの身体を見ると「そんな身体でどうやって戦う?兵隊になれない穀潰し!」と悪態をつき,石を投げつけてくる。トモエ学園の生徒たちは「ケンカはだめ」という校長先生の言いつけを守るべく,「トモエ学園いい学校/入ってみてもいい学校」と歌いながらスクラムを組んで迫り,彼らを撃退する。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

戦時下の価値観に染まってしまった子どもたちに対する,トットちゃんたちの〈抵抗〉。トモエ学園の自由な気風を擁護しようとする彼ら/彼女らの中には,確かに〈自由の力〉が宿っている。

自由で力強いエラン・ヴィタールは,トットちゃんだけでなく,トモエ学園の生徒全員の中に育まれていた。自分の運命を受け入れてしまっていた泰明ちゃんですら,腕相撲でトットちゃんがわざと負けた時,顔を真っ赤にして激怒したのだ。制約や束縛といったものに抗う力強い生命力が,この作品の子どもたちの中に美しく漲っている。

人は置かれた状況に身を委ねつつも,時としてささやかに抵抗し,また身を委ね,また抵抗する。そのようにして人は少しずつ前進して行く。それが人の人生の,そして人の歴史のダイナミズムなのかもしれない。そして人は誰もが,トットちゃんと同じ〈自由な生命力〉を内に秘めている。それは泰明ちゃんの中にも,トモエ学園のみんなの中にも,そして僕らの中にもある力なのだ。

やがてトットちゃんはひよことお別れしたのと同じように,泰明ちゃんとお別れしなければならなくなる。トットちゃんにとって2つの〈死〉は,“命がなくなったこと”というより,“命が確かにそこにあったこと”の証として記憶に刻まれるだろう。例えどれだけ短くとも,自由で伸びやかな生がそこにあったことの証として。

 

僕たちの〈トットちゃん〉

泰明ちゃんの葬儀を飛び出したトットちゃんの目に,紛れもない〈戦争〉の影が映る。2つの〈死〉の悲しみに,人類の〈タナトス〉の無情が重ね合わせられる。ある意味で非常に残酷なシーンだ。しかしこの時,黒柳徹子のナレーションは何も語らない。ただトットちゃんの前に〈戦争〉の具体的な表れが突きつけられるだけだ。

『窓ぎわのトットちゃん』より引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

ちなみに,『トットちゃん』の原作小説は黒柳徹子の自伝という形式をとっているが,その叙述には少々興味深い特徴がある。トットちゃんに寄り添い,トットちゃんの目線で語る叙述と,トットちゃんを客観視する叙述がしばしば混在するのである。その一例を見てみよう。トットちゃんの父が所属するオーケストラの指揮者・ローゼンシュトックに関する記述である。

ローゼンシュトックさんは,ヨーゼフ・ローゼンシュトックといって,ヨーロッパでは,とても有名な指揮者だったんだけど,ヒットラーという人が,こわいことをしようとするので,音楽を続けるために,逃げて,こんな遠い日本まで来たのだ,とパパが説明してくれた。パパは,ローゼンシュトックさんを尊敬しているといった。トットちゃんには,まだ世界情勢がわからなかったけど,この頃,すでに,ヒットラーは,ユダヤ人の弾圧を始めていたのだった。もし,こういうことがなかったら,ローゼンシュトックは,日本に来るはずもない人だったし,また,山田耕作が作った,このオーケストラも,こんなに急速に,世界的指揮者に依って,成長することもなかったのかも知れない。 *10

第1文と第2文では「ローゼンシュトックさん」や「パパ」という呼称を用い,トットちゃん目線で叙述されている。ところが下線を引いた第3文以降では「ローゼンシュトック」という呼称に変わり,ドキュメンタリーな文体に変わっている。

こうしたことが生じる理由は,おそらく本作が自伝という形式をとりながら,「私」という主語を使わずに,「トットちゃん」と呼称することで自身を客体化していることが1つの理由だと考えられる。「トットちゃん」という主語は,トットちゃんとそれを読む子どもたちの目線に合わることを可能にする一方で,同時にそれを対象化する〈大人=黒柳〉の目線を導入することも可能にする。その意味で,原作は再帰的で内省的な描写スタイルをとっている。

一方アニメ映画では,映画冒頭とラストに黒柳のナレーションが入るのみで,〈大人=黒柳〉が姿を現す場面はほとんどない。先ほどのローゼンシュトックの登場シーンでも,彼がユダヤ人であるということすら説明されず,場面の解釈は視聴者の知識と読解力に完全に委ねられているのだ。

先述した泰明ちゃんの葬儀後のシーンもそうなのだろう。アニメ映画では,黒柳はあえて身を引き,あくまでもトットちゃんの目が捉えたものだけを視聴者に伝達している。この時、トットちゃんは何を思ったか,どんな気持ちだったか。それを解釈する権限と義務は,完全に視聴者に委ねられているのだ。

ひょっとすると黒柳は,〈トットちゃん〉を自分の分身としてではなく,1つの自律したキャラクターとして僕らの手に差し渡したのかもしれない。それも,現実そのものから部分的に乖離したアニメ的身体という形で。だとすれば,現代に生きる僕らは,現代という時代的文脈の中で改めて〈トットちゃん〉を捉えるべきなのだろう。〈自由〉とは何なのか。それを奪う〈暴力〉とどう対峙すればいいのか。〈トットちゃん〉という特殊なキャラクターの持つ,その普遍性を噛み締めつつ。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:黒柳徹子/監督・脚本:八鍬新之介/共同脚本:鈴木洋介/キャラクターデザイン・総作画監替:金子志津枝/イメージボード:大杉宜弘西村貴世/車輌設定:和田たくや/美術設定:矢内京子/美術監督:串田達也/色彩設計:松谷早苗/音響監督:清水洋史/音響効果:倉橋静男西佐知子/音楽:野見祐二/アニメーション制作:シンエイ動画

【キャスト】
トットちゃん:大野りりあな/小林先生:役所広司/トットちゃんのパパ:小栗旬/トットちゃんのママ:/大石先生:滝沢カレン/泰明ちゃん:松野晃士

 

作品評価

キャラ

モーション 美術・彩色 音響
5.0 5.0

5.0

4.0
CV ドラマ メッセージ 独自性

4.0

3.5 5.0 3.5
普遍性 考察 平均
5.0 5.0 4.5
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

商品情報

 

 

*1:なお,1982年には黒柳自身の語りとオーケストラによる音楽劇『窓ぎわのトットちゃん』が初演され,現在ではオンデマンドCDとして販売されている。また2017年には黒柳の半生を描いたTVドラマ『トットちゃん!』が放送され,『窓ぎわのトットちゃん』の中のエピソードも一部抜粋されている。しかし『窓ぎわのトットちゃん』そのものがまとまった形で映像化されたのは今回のアニメ映画が初である。

*2:『窓ぎわのトットちゃん』劇場用プログラムより。下線は引用者による。

*3:日本におけるリトミックの受容と普及については,板野晴子『日本におけるリトミックの黎明期 ー日本のリズム教育へリトミックが及ぼした影響ー』,ななみ書房,2016年などを参照。

*4:エミール・ジャック=ダルクローズ(板野平監修・山本昌男訳)『リズムと音楽と教育』,p.43,全音楽譜出版社,2003年。

*5:同上,p.73。

*6:同上,p.114。

*7:板野晴子上掲書,p.96。

*8:なお,こうした描写は原作の中にはない。

*9:劇場用プログラムより。

*10:黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』,pp.98-99,講談社,1981年。下線は引用者による。

TVアニメ『姫様“拷問”の時間です』(2024年冬)第1話の演出について[考察・感想]

*この記事は『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」のネタバレを含みます。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

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今期ギャグアニメ枠の中でも特に注目される春原ロビンソン・ひらけい原作/金森陽子監督『姫様“拷問”の時間です』(以下『ひめごう』)。金森監督が絵コンテ・演出を手がけた「EPISODE #01」は作画と演出のクオリティが極めて高く,初手で本作の魅力を印象付けた優れた話数である。

 

凛々しい姫様とユルい姫様

マンガ原作アニメのギャグは難しい。これは『THE FIRST SLAM DUNK』のレビューでも触れたことだが,マンガはコマや吹き出しの大きさや形状の変化,手書き台詞,キャラの描き込みなどで緩急を作り出し,“笑いのポイント”を明確にすることができる。それに対し,アニメは画角も時間の流れも一定だ。ややもすると単調になる。『ひめごう』アニメは原作のエピソード順を再構成し,作画と演出の手数を増やすことによってこれを克服している。

アバンから見てみよう。王女にして国王軍第三騎士団騎士団長でもある姫様が魔王軍と戦うシーンである。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

突然の魔物の出現に自ら出陣する姫様。軽やかに飛翔し,頭上から魔物を一撃で仕留める。この辺りのアクションもかなり作り込まれており,非常に見応えがある。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

髪をアップにした姫様。騎士団長としての凛々しさが強調されている。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

ちなみに姫様出陣の際の足元のカットではオバケが使われている。姫様の凛々しさが演出されるとともに,小気味のよいスピード感も生まれている。さりげないが効果的な演出だ。

実はこの一連のシーンは原作第1巻巻末に「番外編」として掲載されているエピソードなのだが,アニメではアバンにこのシーンを置くことで“凛々しい姫様”を印象付け,この後の拷問シーンの“ユルい姫様”とのコントラストを生み出している。おそらく脚本段階での判断と思われるが,姫様のキャラを立たせることに成功している。効果的な構成だ。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

アバンラスト,魔物を倒し勝鬨をあげる(本当は痛くなった脇腹を伸ばしただけ)姫様(上図左)と魔王軍に捉えられ「私は沈黙を貫く!」と決意した姫様(上図中)。ここでも姫様は凛々しく描かれている。これに対し,OP開けてAパート冒頭でトーチャーが出したトーストに魅入られ,一気にユルくなる姫様(上図右)。作画の幅が広く楽しい。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

トーストの魅力を前につい早口になる姫様。作画がいっそうユルくなり,クルクルとよく動く。スピード感のある楽しいカットだ。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

全体的に拷問シーンは原作よりも作画の引き出しが多い。多様な作画が次々と繰り出されることによって,コマ割りという表現手段がないアニメにも緩急が生まれる。編集もかなり計算されているように見受けられる。結果,ギャグとしての成立度がきわめて高い。この辺り,『かぐや様は告らせたい』のアニメなどにも通じる技術と言える。

 

トーチャーの食事:エロティシズム・オルタナティブ

『ひめごう』の見どころは姫様の作画だけではない。姫様の“敵役”,最高位“拷問”官トーチャーの作画も非常に魅力的だ。特にその食事シーンは本作最大の見どころといって差し支えない。トーストのシーンから見てみよう。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

姫様目線カメラからトーチャーなめの姫様正面カメラに切り替わり,トーチャーの口元アップとご満悦の表情へ。カメラワークのダイナミズムが小気味いい。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

一方,こってりラーメンのシーンではカメラをほぼ固定し,ラーメン女子定番の髪を耳にかける仕草滴る汗をじっくり捉えている。『ラーメン大好き小泉さん』にも匹敵する描画力だ。

原作では姫様の反応の仕方などに“エロ寄り”な芝居が多いのだが,アニメではその辺りをオミットし,トーチャーの食事シーンをより艶かしく描いているように思える。小悪魔風のコケティッシュなデザインとも相まって,非常に魅力的なキャラ造形に仕上がっている。

『姫様“拷問”の時間です』「EPISODE #01」より引用 ©春原ロビンソン・ひらけい/集英社・国王軍第三騎士団

ちなみにトーチャーが魔王と電話で話すシーンでは,当ブログでも言及することの多い“着座カット”が挿入されている。ソファの沈み込みなどはオミットされているが,体重移動や手の動きなどが丁寧に作画されている。衣擦れのSEも心地よく,上品なエロティシズムを感じさせるカットだ。

 

金森陽子の技

この話数を手がけた金森陽子監督は,これまで『おそ松さん』『魔法使いの嫁』『進撃の巨人』『王様ランキング』などで絵コンテや演出を担当している。ごく最近では『ミギとダリ』(2023年)の第12話「僕らの復讐」の絵コンテなどが記憶に新しい。

『ミギとダリ』第12話「僕らの復讐」より引用 ©佐野菜見・KADOKAWA/ビーバーズ

監督は『ひめごう』が初だが,今後の活躍が楽しみな作家だ。注目していこう。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:春原ロビンソンひらけい/監督:金森陽子/シリーズ構成:筆安一幸/キャラクターデザイン:河野敏弥古橋聡/サブキャラクターデザイン:滝山真哲住本悦子/料理・プロップデザイン:田村恭穂近藤明也圭石井しずく/美術監督・美術設定:宮本実生/色彩設計:今野成美/編集:坂本久美子/撮影監督:長谷川麻美/音響監督:明田川仁/音響効果:安藤由衣/音楽:横山克/アニメーション制作:PINE JAM

【キャスト】
姫:
白石晴香/エクス:小林親弘/トーチャー・トルチュール:伊藤静/陽鬼:永瀬アンナ/陰鬼:井上ほの花/クロル:山根綺/ジャイアント:茅野愛衣/マオマオちゃん:日高里菜/ルルン:中原麻衣/ギルガ:千本木彩花/バニラ:富田美憂/カナッジ:福島潤/ジモチ:大塚芳忠/魔王:玄田哲章

【「EPISODE #01」スタッフ】
脚本:
筆安一幸/絵コンテ・演出:金森陽子/総作画監督:河野敏弥/作画監督:片出健太滝山真哲上原史之湯団迫江沙羅河野敏弥/料理創作画監督:田村恭穂

 

商品情報

 

 

2023年 アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品について簡単なコメントを付しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,下の目次から「ランキング表」へスキップするなどしてご覧ください。

2023年新作アニメの鑑賞数は,TVシリーズが58作品(『スパイ教室』『呪術廻戦』『ダークギャザリング』のように2クールにまたがる作品は1作品としてカウント),劇場版が22作品だった(『劇場版 美少女戦士セーラームーン Cosmos』など前後編に分かれているものは1作品としてカウント。TVアニメの劇場先行上映やOVAに相当する作品も「劇場版」としてカウント)。

以下,「TVアニメランキング(10作品)」「劇場アニメランキング(10作品)」「総合ランキング(20作品)」に分け,当ブログの基準による2023年のランキングをカウントダウン方式で紹介する。視認性を考慮し,TVアニメは青字劇場アニメは赤字にしてある。また各セクションの最後にはコメントなしの「ランキング表」を掲載してある。未視聴の作品がある場合には,「ランキング表」だけをご覧になることをお勧めする。

 

TVアニメランキング

10位〜6位

10位:『Buddy Daddies』(冬)

buddy-animeproject.com

【コメント】
殺し屋バディと4歳児との“擬似家族”物語。世話焼きな一騎と陰気な零という2人の“パパ”の掛け合いに,天真爛漫なミリという“娘”が加わる構成が面白く,あれこれと詰め込みすぎないシンプルな物語も魅力的な秀作だ。オリジナルアニメの1つの在り方を提示したという意味でも評価されるべき作品だろう。

 

9位:『TRIGUN STAMPEDE』(冬)

trigun-anime.com

【コメント】
制作会社オレンジによるハイクオリティのCGアニメーションは,“CGでも可”の時代から“CGならでは”の時代に完全に移行したことを示していた。ピクサーなどとはまったく異なる到達点に達したと言っても過言ではないだろう。すでに続編(完結編)の制作も発表されている。楽しみに待とう。

 

8位:『ミギとダリ』(秋)

migitodali.com

【コメント】
当初は単にアクの強いサスペンスアニメとして楽しんでいたのだが,話が進むにつれミギとダリのキャラクター・アークがはっきり見えてくるようになり,最終話では2人それぞれの自己認識と他者理解で大団円を迎える。サスペンスとしての面白さはもちろんのこと,原作者・佐野菜見が愛情を込めて描いたキャラにこそ本作の本懐があったのではないかと思う。個人的には,今年一番泣いたアニメである。

 

7位:『天国大魔境』(春)

tdm-anime.com

【コメント】
アニメ班の解釈が原作の面白さをいっそう引き出した本作。特に話数担当の演出家の個性を前面に押し出した第10話などは,賛否を分つリスクもあったが,最終的にはコアなアニメファンも満足させる結果となったと言える。一方で,第8話のようにエモーショナルな演出に徹した話数も目を引いた(この話数は「2023年 TVアニメ話数ランキング」で1位として挙げた)。総じて演出の手数が非常に多く,見どころ満載のアニメであった。今のところ続編制作の報はないが,原作が進行(あるいは完結)すれば期待できるはずだ。

www.otalog.jp

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6位:『進撃の巨人 The Final Season 完結編(後編)』(秋)

shingeki.tv

【コメント】
今世紀最大のマンガ原作アニメが,MAPPA渾身のアニメーションによって大団円を迎えた。その一点だけでも評価に値する。それに加えて「完結編(後編)」は,ラストの立体機動シーンの絵コンテ担当にWIT時代のアクション作画監督・今井有文を迎え,本作が紛れもなくWIT×MAPPAの合作であることを改めてファンに示した。アニメオリジナルの演出が見られたのも嬉しい。特にエレンとアルミンの対話シーンにおける台詞の改変などは,原作と比較してみると面白いだろう。

 

TOP 5

5位:『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』(夏・秋)

jujutsukaisen.jp

【コメント】
夏アニメランキングの第1位として挙げた作品。“御所園翔太監督とその仲間たち”の類稀な技が炸裂した傑作である。キャラのデフォルメや各話担当に裁量を委ねた演出方針など,第1期よりも技の手数が多く,アニメーション的に見どころの多い作品になった印象がある。ufotableの『鬼滅の刃』が作画を“集中”させてきたのに対し,MAPPAの『呪術廻戦』は“拡散”させた。人気度の点において同じスケール感のジャンプマンガが,対極的な演出方針でアニメ化されたのは大変興味深い現象だ。

五条悟と夏油傑の回想における苦味成分の多い青春ドラマと,渋谷を舞台にした凄惨な殺戮と破壊劇。“陽”の成分が多い「懐玉・玉折」“陰”の成分が多い「渋谷事変」とでコントラストを作り,視聴者を飽きさせないシリーズ構成になっていたのも評価に値する。原作もまだ続いており,長期的なシリーズ展開になる作品だ。これからの続編も楽しみにしたい。

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4位:『お兄ちゃんはおしまい!』(冬)

onimai.jp

 

【コメント】
冬アニメランキングの1位として挙げた作品。TSFという〈受動的変身譚〉をベースに,ガールズトークの賑やかな楽しさとマスコット的な可愛さを伝えた傑作だ。丁寧な日常芝居とファンタジー風味がほどよく両立しており,日本アニメの伝統たる〈日常系〉の代表的作品となったと言える。12話という少ない話数の中で,受動的に受け入れた〈変身〉を最終話で主体的に選択し直し,仲間とのかけがえのない日常を守るというキャラクターアークを実現したことも評価に値する。また,肌色の多い美少女アニメでありながら,露骨なエロさよりもむしろ爽やかさを感じさせる面白い作品である。

レビュー記事ではカフカの『変身』と絡めて考察した。当ブログではアニメ作品と文学・哲学を突き合わせて論じることが多いが,その面白さを改めて実感した作品でもある。

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3位:『PLUTO』(秋)

『PLUTO』公式Twitterより引用 ©︎浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション ©︎浦沢直樹/長崎尚志/手塚プロダクション/「PLUTO」製作委員会

pluto-anime.com

【コメント】
手塚治虫の原作を受けた浦沢直樹のリメイク作品が,最新のアニメーション技術によって見事アニメ化された。60年前と20年前と現代の表現技術が融合した傑作である。この作品が提示した“人とロボットの宥和”というテーマは,AI時代に生きる僕らにとってやがてリアリティを持つことになるかもしれない。あるいはそれは“人間は真の他者理解が可能か”という普遍的な問題提起の礎となるかもしれない。いずれにせよ,本作の基底に確かなアクチュアリティがあることは間違いない。

本作は浦沢直樹ワールドを忠実に再現しつつも,優れた作画技術と音響効果によって原作の魅力をアンプリファイしている。特に第1話における「ノース2号」のエピソードでは,孤高の作曲家・ポール・ダンカンのピアノ曲に実際に音がつくことによって,映画のような重厚なドラマが生まれている。総じて,歴代のNetflixアニメの中でも最高傑作と言って過言ではないだろう。

 

2位:『スキップとローファー』(春)

『スキップとローファー』公式HPより引用 ©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

skip-and-loafer.com

【コメント】
春アニメランキングで1位として挙げた作品。主人公の岩倉みつみは,学園モノとしては少々珍しい地味めのキャラだが,優れたキャラクターデザイン名優・黒沢ともよの演技がきわめて魅力的なキャラ造形を実現している。表面的には素朴なルックだが,その実,非常に計算された作画と演出が施されている。特にスカイブルーを中心とした色彩が美しく,キャラクターの心理描写や人間関係に寄り添った優れた色彩設計である。

レビュー記事ではこの“色彩”の感情価を中心に作品を論じた。オープニングアニメーションの効果も非常に高く,キャラの魅力を伝える重要な媒体として機能している点も見逃せない。

「趣味・嗜好のまったく異なる若者同士の親和力」という素朴なテーマを中心に据えた作品だが,素朴なだけに,それを説得力ある形で伝えるのには高い表現力が必要だ。本作は繊細かつ丁寧な演出技術でそれを達成している。青春学園アニメの1つの理想型としていつまでも評価されることだろう。現時点では続編の報はないが,ぜひとも制作してもらいたい。

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1位:『葬送のフリーレン』(秋)

『葬送のフリーレン』公式HPより引用 ©︎ 山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

frieren-anime.jp

【コメント】
秋アニメランキングの1位として挙げた作品。「エルフ」という典型的なファンタジー系キャラクターを主人公としながら,冒険や戦闘よりも,むしろ遠大な時間の流れと穏やかな心情変化人と人との関わりなどを中心に据えた傑作である。閑寂な趣を感じさせるシーンも多く,このジャンルにおいては特異な作品と言えるだろう。種﨑敦美市ノ瀬加那小林千晃岡本信彦東地宏樹上田燿司ら声優人の落ち着いた演技もたいへん耳心地よく,Evan Callの音楽との親和性も高い。

豊富な空間余白,ゆったりとしたテンポ感,丁寧な日常芝居が,そうした内的な世界観を的確に表現している。長閑な雰囲気の作品だが,キャラの芝居などの点で細やかな技術が用いられており,“作画アニメ”としての側面もある。当ブログではアクション芝居よりも日常芝居を評価することが多いが,本作もその点を高く評価し,2023 年TVアニメの1位として挙げた次第である。

2024年の冬から第2クールの放送も決定している。ぜひとも完結編まで制作を継続してもらいたい作品である。

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TVアニメランキング表

1位:『葬送のフリーレン』
2位:『スキップとローファー
3位:『PLUTO』
4位:『お兄ちゃんはおしまい!』
5位:『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変
6位:『進撃の巨人 The Final Season 完結編(後編)』
7位:『天国大魔境』
8位:『ミギとダリ』
9位:『TRIGUN STAMPEDE』
10位:『Buddy Daddies』

● その他の鑑賞済みTVアニメ作品(50音順)
『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』『AIの遺電子』『新しい上司はど天然』『AYAKA ーあやかー』『アルスの巨獣』『アンデッドアンラック』『アンデッドガール・マーダーファルス』『いきものさん』『ウマ娘 プリティーダービー Season3』『ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP』『うる星やつら』『王様ランキング 勇気の宝箱』『大雪海のカイナ』『【推しの子】』『カミエラビ』『カワイスギクライシス』『機動戦士ガンダム 水星の魔女』『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ TVエディション』『ギヴン』(再放送)『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』『吸血鬼すぐ死ぬ 2』『薬屋のひとりごと』『幻日のヨハネ』『この素晴らしい世界に爆焔を!』『地獄楽』『事情を知らない転校生がグイグイくる。』『シャングリラ・フロンティア』『SYNDUALITY Noir』『スパイ教室』『SPY×FAMILY』『ゾン100〜ゾンビになるまでにしたい100のこと〜』『ダークギャザリング』『デキる猫は今日も憂鬱』『とんでもスキルで異世界放浪メシ』『NieR:Automata Ver1.1a』『HIGH CARD』『はめつのおうこく』『不滅のあなたへ  Season 2』『便利屋斎藤さん,異世界に行く』『放課後インソムニア』『僕の心のヤバイやつ』『星屑テレパス』『ホリミヤ -piece-』『無職転生 Ⅱ 〜異世界行ったら本気だす〜』『山田くんとLv999の恋をする』『ライザのアトリエ 〜常闇の女王と秘密の隠れ家〜』『REVENGER』『わたしの幸せな結婚』

 

 

劇場アニメランキング

10位〜6位

10位:『君たちはどう生きるか』

www.ghibli.jp

【コメント】
2023年劇場アニメの中でもっとも賛否相半ばとなった問題作。宮﨑駿監督自らが作り上げた“ジブリ”という型に依拠しながらも,そこから敢えて逸脱しつつ(それは最初の5分のシーンで伺える),巨匠の脳内にある無数のイメージを表出した作品。そこには数多の不協和音が含まれるが,決して不快ではない。不可解でもない。歴代のジブリ作品,いやすべてのアニメ映画の中で,異質な存在感を放つ怪作として語り継がれるであろう。

 

9位:『ガールズ&パンツァー最終章 第4話』

girls-und-panzer-finale.jp

【コメント】
戦車の速度の限界を斜面の滑降という状況で“限界突破”するというアイディア。リアリズムをフィクションで進化させるという技。おそらく『ガルパン』史上もっともスピーディでエキサイティングなアクションシーンになったであろう。最終章の公開ペースは遅々としているが,必要な時間と資金と労力を費やした作品は確かな見応えがある。さて次章はどんな技を仕掛けてくるだろうか。

 

8位:『金の国 水の国』

wwws.warnerbros.co.jp

【コメント】
“心の美しさ”と“知恵の強さ”という価値を,コレクトネスやモラルのような押し付けがましさに陥ることなく,シンプルなアニメーションと魅力的なキャラクターで伝えた傑作。表面的には子ども向けだが,大人が観ても十分に楽しめる。主演の浜辺美波賀来賢人も,“おっとりとした王女”と“田舎臭いお調子者”という役どころをきちんと解釈しており,非プロ声優のキャスティングとして成功していると言える。

 

7位:プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第3章

pripri-anime.jp

【コメント】
TVシリーズから劇場公開へと変わった「Crown Handler」3作目となる本作。アーカム公(リチャード)という“力”がいよいよ本性を現し,ノルマンディー公という“壁”が彼ら/彼女らの前に立ちはだかる。己の正義を貫こうとする「白鳩」たちにとって,真の敵は“力”か,それとも“壁”か。「Crown Handler」の意味がはっきりしてくるにつれ,物語はいっそう緊張感を増している。次回はどんな展開が待ち受けているだろうか。

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6位:『北極百貨店のコンシェルジュさん』

hokkyoku-dept.com

【コメント】
表面的には“百貨店には色んな客が来る”という状況を動物の多様性でカリカチュアした作品なだが,安直な適者生存をささやかに批判しつつ,優しさと思いやりをたっぷり込めた寓話になっている。多様な動物を登場させることにより,カメラワーク,構図,アイレベルのバリエーションを生み出しており,アニメーション的にもたいへん面白い。鋭角と曲線を取り合わせたキャラデザと的確なタイミングの動きとで,あらゆるカットを“見せる”絵にした表現力が素晴らしい。コアなアニメファンも唸らせる傑作である。

 

TOP 5

5位:『SAND LAND』

sandland.jp

【コメント】
西部劇的な世界観での相互理解と融和,『ガルパン』的なメカニカルの爽快さ,抜群の3DCG。最新のアニメーション技術によって,鳥山明原作コミックの魅力を最大限に引き出した傑作だ。いわゆる“キッズアニメ”のカテゴリーに入ると思われるが,そのテーマ性の深さや技術レベルの高さなどは,大人が観ても十分に楽しめる水準である。田村睦心山路和弘チョーらの倍音多めの声質もたいへん耳心地良い。キャラにマッチしているだけでなく,1つの“音響効果”として作品全体の世界観を支えている。

そして何より見どころは,愛すべき小さなダークヒーロー・ベルゼブブの活躍だ。個人的には,「アラレちゃん」や「孫悟空」に匹敵するキャラ強度があると感じる。一回のアニメ映画で消費されてしまうには惜しいキャラなので,ぜひとも続編を期待したいところだ。

 

4位:『BLUE GIANT』

bluegiant-movie.jp

【コメント】
「圧倒された」の一言である。“渋い”や“音がいい”ではなく,とにかく“激しい”の一点突破でジャズの魅力を伝えた大傑作。キャラクターとドラマの作りも素晴らしく,完全に映画に引き込まれる。ジャズとアニメーションの組み合わせでここまでできるものかと大いに感服した。CG作画の面でやや物申したいところもあるが,それを差し引いても十分な完成度である。まったく異なるジャンルだが,あの『モブサイコ100』の立川譲監督の作だとはっきりわかるところもファンとしては嬉しい。

いわゆる作画が美麗という意味での“劇場版クオリティ”がインフレを起こしている昨今,ルックの美麗さとは違う面で“劇場版クオリティ”を提示したという点でも大いに評価されるべきだろう。こうした方向性の作品が今後も出てきて欲しいものである。アニメは好きだがジャズには興味ない,という人にこそこの作品は観て欲しい。もちろんこの作品においてジャズという要素は不可欠だが,同時にこの映画は,純粋な“熱量”が主成分なのであり,それはどんな趣味嗜好の人が観ても感取されるべき強い強度がある。

 

3位:『アリスとテレスのまぼろし工場』

『アリスとテレスのまぼろし工場』公式HPより引用 ©︎新見伏製鐵保存会

maboroshi.movie

【コメント】
『君たちはどう生きるか』に次いで賛否両論となった問題作。岡田麿里監督の問題意識をどう捉えるかで評価が分かれるわけだが,秩父三部作(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』『心が叫びたがってるんだ。』『空の青さを知る人よ』)『さよならの朝に約束の花をかざろう』などの岡田作品を追ってきた当ブログとしては,本作も高く評価せざるを得ない。それくらい“岡田エッセンス”が濃厚に抽出された作品だった。特に「閉塞感」「停滞感」といった要素において秩父三部作との関連が深い。すでに鑑賞済みの方も,改めて比較考察されてみてはいかがだろうか。ちなみに超平和バスターズによる新作『ふれる。』の公開が2024年秋に予定されている。

fureru-movie.com

映画単体として見た場合,確かに荒削りで伝えきれていない部分も多かったのだが,原作小説で補完すると「永遠のデュナミス」「両価的感情」「回帰」といったキーワードが見えてくる。下に掲載したレビュー記事では,これらの観点から作品考察を行なっているのでご覧いただければ幸いである。

いずれ何年かした後,この作品が再評価される時が来ると信じている。

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2位:『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』

『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』公式Twitterより引用 ©︎映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

www.kitaro-tanjo.com

【コメント】
〈村の閉鎖性とその恐怖感〉
という古典的な道具立てを用いつつ,複数の動機と行動によって多層的に物語を駆動した傑作。それにもかかわらず混雑した印象がまったくなく,非常に優れた脚本力である。エンドロールとその後のシーンで原作「鬼太郎の誕生」につなげていく辺り,虚淵玄の『Fate/Zero』にも似た鮮やかさを感じる。アニメーションの面でも,思わず身を乗り出すほど上手い作画が多々見られ,コアなアニメファンも唸らせる。

かなりのホラーと狂気と暴力の要素があるPG-12指定作品で,その部分も見どころなのだが(少なくともキッズ向けに作られる最近の『鬼太郎』アニメシリーズでは盛り込めない要素だ),核にあるのは“愛”である。特に妻と息子・鬼太郎への愛情を唯一の動機として行動する鬼太郎の父のキャラ造形が素晴らしい。その内面的なキャラの強度に加え,「目玉おやじ」とは対照的なスマートなルックと関俊彦によるイケボによってきわめて魅力的なキャラに仕上がっている。女性ファンの獲得にも一役買ったことは間違いないだろう。

過去作品のリサイクルの在り方として,1つの模範解答を提示した傑作と言えよう。

 

1位:『窓ぎわのトットちゃん』

『窓ぎわのトットちゃん』公式HPより引用 ©︎黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

tottochan-movie.jp

【コメント】
去年の『THE FIRST SLAM DUNK』もそうだったのだが,年の瀬の最後に鑑賞した作品が1位となった。

まず,純粋にアニメーション作品として面白いキャラクターデザインが優れており,PVを観た時に少なからず違和感を覚えた大人メイクのような顔色も,光量が多く明度を高めに設定した背景とマッチしている。あの色彩だからこそ実現した華やかで魅力的なデザインだ。

そのキャラを細やかに心地よく動かし,トットちゃんを中心とした子どもたちの奔放で天真爛漫な動作を的確にアニメートしている。すべてのカット,すべてのシーンが見応えのある作画力で構成されており,最初から最後まで飽きさせない。冒頭,トットちゃんと泰明ちゃんが手を重ね合わせるカットがあるが,そこだけで目頭が熱くなるほど感動する。アニメーションが心を動かすというのはこういうことだと実感した。

必ずしも反戦メッセージが前面に出た作品ではないが,例えばトットちゃんたちが“非暴力”の構えでいじめっ子たちを撃退する様を見て小林先生が涙するシーンなどは,単純に感動的であると同時に,トモエ学園の温かさと戦争の暴力性とのコントラストを暗示しているようでもある。今年は『ゴジラ -1.0』や『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』など,戦時下や戦後を舞台にした作品が目立った年だ。本作も戦時下という時代設定をうまく活かしつつ,説明台詞を極力避け,あの時代の出来事をあくまでもトットちゃんの目に映る映像として伝えることに成功している。文句なしの傑作である。

 

劇場アニメランキング表

1位:『窓ぎわのトットちゃん』
2位:『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』
3位:『アリスとテレスのまぼろし工場
4位:『BLUE GIANT』
5位:『SAND LAND』
6位:『北極百貨店のコンシェルジュさん』
7位:『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第3章
8位:『金の国 水の国』
9位:『ガールズ&パンツァー最終章 第4話』
10位:『君たちはどう生きるか』

● その他の鑑賞済み劇場アニメ作品(50音順)
『大雪海のカイナ ほしのけんじゃ』『グリッドマン ユニバース』『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス PROVIDENCE』『劇場版 シティーハンター 天使の涙(エンジェルダスト)』『劇場版 SPY×FAMILY CODE:White』『劇場版 美少女戦士セーラームーン Cosmos』《前後編》『駒田蒸留所へようこそ』『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』『ダンジョン飯 Delicious in Dungeon』『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』『屋根裏のラジャー』『らくだい魔女 フウカと闇の魔女』

 

総合ランキング表

最後に,TVシリーズと劇場版を総合したランキングを紹介しよう。

1位:『窓ぎわのトットちゃん』
2位:『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』
3位:『葬送のフリーレン』
4位:『スキップとローファー
5位:『アリスとテレスのまぼろし工場
6位:『BLUE GIANT』
7位:『PLUTO』
8位:『お兄ちゃんはおしまい!』
9位:『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変
10位:『進撃の巨人 The Final Season 完結編(後編)』
11位:『天国大魔境』
12位:『SAND LAND』
13位:『北極百貨店のコンシェルジュさん』
14位:『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第3章』
15位:『金の国 水の国』
16位:『ガールズ&パンツァー最終章 第4話』
17位:『ミギとダリ』
18位:『TRIGUN STAMPEDE』
19位:『君たちはどう生きるか』
20位:『Buddy Daddies』

 

 

総評

2022年のTVアニメは,『天国大魔境』『呪術廻戦』『進撃の巨人』など,作画面で“見せる”作品が多く,当ブログでも各話レビューの記事数が増えた結果となった。またこれらの作品ほど派手さはないものの,丁寧な日常芝居で作品の世界観を伝えた『お兄ちゃんはおしまい!』『スキップとローファー』『葬送のフリーレン』などの作画技術も目を引いた。しかしこれらの作品は,単にルックの面で優れているというだけでなく,内容面でも深いテーマ性を備えている。要するに,作画技術とテーマ性が一体となった作品が優れた作品になるということに他ならない。

一方の劇場アニメでは,『窓ぎわのトットちゃん』『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の2作品が圧倒的な存在感を放っている。去年の「アニメランキング」のコメントで,これからの“劇場版クオリティ作品”には,表面的な美しさの底に「確実に面白い脚本や確かなテーマ性」があるべきことを指摘したが,この2作品は見事にその水準に達していると言える。劇場アニメの1つの到達点として,今後の作品制作の“モデル”となるのではないだろうか。

その一方で,『君たちはどう生きるか』『アリスとテレスのまぼろし工場』のように,いわゆる“売れ筋路線”から外れた作品があったことも印象的である。多様なテーマと多様な表現技法で多様なアニメが制作可能であることが日本のアニメの最大の強みであり,それは劇場アニメでも変わらない。仮にすべての制作者が興行収入ばかりを気にかけて萎縮し,視聴者大衆の媚を売る作品ばかりを制作するようになってしまえば,この豊穣な作品環境が失われてしまうでだろう。これらのような挑戦的なアニメ作品が今後も制作され続けることを切に願う。

 

この記事を書き終えたところで外を見ると,2023年最後の陽もすっかり落ちてしまった。あと1時間ほどもすれば「NHK紅白歌合戦」が始まる。来年も優れたアニメ作品に出会えることを祈念しつつ。皆さま,よいお年を。

 

2023年 秋アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

2023年の師走もあっと言う間に過ぎ,2023年秋アニメもほぼすべての作品が放送を終えた。今回の記事では,恒例通り2023年秋アニメの中から,当ブログが特にレベルが高いと判断した9作品をランキング形式で振り返ってみよう。コメントの後には,作品視聴時のTweetをいくつか掲載してある。なお,この記事は「一定の水準を満たした作品を挙げる」ことを主旨としているので,ピックアップ数は毎回異なることをお断りしておく。

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9位:『新しい上司はど天然』

do-tennen.com

【コメント】
舞台は一般的な日本の会社だが,そこはまるで関係性のユートピアのように優しい世界である。ゆえにそれはあくまでも一種のファンタジーなのだが,それだけに,現実世界の僕らに不足している様々な価値を示してくれた作品だと思う。“現実逃避”ではなく,“現実治癒”型の作品と言えるだろうか。

 

8位:『カミエラビ』

kamierabi.com

【コメント】
3DCGの独特なキャラデザ,極端な色彩設計,エキセントリックな世界観。どれをとっても今の“売れ筋”の規格から外れているのだが,それだけにオリジナルアニメとして唯一無二の存在感を放っていたと思う。まだ完結していないため,最終的な判断は下せないが,現時点ではまずまずの評価をしていいだろう。2024年からの続編放送が発表されている。


www.youtube.com

 

7位:『アンデッドアンラック』

undead-unluck.net

【コメント】
ジャンプ原作アニメとして単純に“面白い”と同時に,“絵”としての完成度が高い作品だ。要所で美しい構図や表情を挿入し,キャラクターや場面の情緒を的確に伝えてくる。またOPとEDのアニメーションと主題歌も素晴らしく,本編とは異なる趣向で本作の魅力を引き出し,作品全体に深みを与えている。本編とOP・EDとの理想的な関係を示す事例としても価値がある作品と言えるだろう。

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6位:『薬屋のひとりごと』

kusuriyanohitorigoto.jp

【コメント】
魅力的なデザインと悠木碧の演技によって,「薬屋の娘」というユニークなキャラが見事に仕上がっており,かつミステリーとしての物語も面白い秀作だ。作画的な見どころも多く,とくにちな演出回の「#4 恫喝」は演出家と作画担当の個性が遺憾無く発揮された名話数だった。欲を言えばこの手の個性的な話数がもっと観たかったのだが,来年からの第2クールで期待できるかもしれない。

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5位:『ミギとダリ』

migitodali.com

【コメント】
サスペンスとしての面白さに加え,美麗なキャラデザや奇抜なキャラモーションなど,アニメーション的な見どころも多い。また堀江瞬,村瀬歩,三石琴乃ら声優陣の演技も非常に面白く,アニメ化による付加価値が大変高い作品だ。しかし最大の評価ポイントは,作品の根底に明確なキャラクターアークの流れがある点だろう。identical twinsの復讐劇で始まった物語が,やがてそれぞれが自己のidentityを見出す物語へと変わって行き,最終話は大きな感動をもたらす。今年亡くなった原作者・佐野菜見への最高の手向けとなったに違いない。改めて,心よりご冥福をお祈りいたします。素晴らしい作品をありがとう。

 

4位:『進撃の巨人 The Final Season 完結編(後編)』

shingeki.tv

【コメント】
10年の歳月を経て結末を迎えた『進撃の巨人』。いくらかのーーしかし大きな意味を持つーーアニメオリジナルを盛り込みながら,この今世紀最大のダーク・ファンタジーに終止符を打った大傑作である。WIT制作時代にアクション作画を手がけた今井有文によるラストシーンは,「立体機動」 のアクションと物語の感動が渾然一体となった類まれな映像表現となった。制作会社の変更はとかくマイナスイメージで捉えられがちだが,こと本作に関しては,2つの制作会社の強みが活かされたことが成功をもたらしたと言えるだろう。

 

3位:『呪術廻戦 渋谷事変』

jujutsukaisen.jp

【コメント】
『呪術廻戦』は夏アニメのランキングでも1位として挙げた。通常,当ブログでは1つの作品を連続してランクインさせることはないのだが,今回ばかりは例外だ。数多くのアニメオリジナル演出を盛り込みつつ,各話担当の裁量に任せた個性的な話数を繰り出し,原作ファンのみならずコアなアニメファンをも惹きつける大傑作となった。前クールの「懐玉・玉折」は五条悟・夏油傑・天内理子を中心とした青春ドラマが主体だったわけだが,「渋谷事変」では徹底的な殺戮と破壊と絶望が描かれ,2クールの前半・後半の間に大きなコントラストが生まれている。全体的なシリーズ構成の点でも成功している作品である。続編も楽しみだ。

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2位:『PLUTO』

pluto-anime.com

【コメント】
「ロボットと心」
というテーマ自体は古典的だが,これを浦沢直樹の作画で物語にすると強い説得力が生まれる。それは彼の描く人物の顔(まさしく“Gesicht”)の,ある種のリアリズムに依るのだろう。この浦沢タッチを的確なキャラ芝居によって“生きた”作画として再現したアニメの功績は極めて大きい。原作は2003年から2009 年にかけて発表されたものだが,現代のアニメーション技術で命を与えられたことにより,新たなアクチュアリティをもった作品となった。本作を昨今の“AIモノ”作品の中に位置付け,再評価する機会を設けたという意味でも,原作付きアニメ作品として大きな成果を収めたと言えるだろう。

 

1位:『葬送のフリーレン』

『葬送のフリーレン』第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

frieren-anime.jp

【コメント】
空間と時間を“有”で埋めるのではなく,“空”で埋める。そこに深い情趣と感情が生まれる。そんな表現がぴったりの作品だ。フリーレン,フェルン,シュタルクを中心としたキャラやアクション作画も魅力だが,この作品の最大の評価ポイントはそうした“余白”の表現にこそある。豊かな青空が人々の心情に寄り添い,ゆったりとした足取りが内的な時間経過を表示する。“減算”が逆説的に生み出す“豊穣”。この豊かな時空間をベースに,キャラたちの日常芝居が丁寧に丁寧に描かれ,“その時その場所に確かに彼ら/彼女らがいた”という定位感が生まれている。hohobunによるEDアニメーションも,本編とは異なる作風でこの“豊穣”を描きだしている。単なる人気作品のアニメ化という以上に,アニメーションとしての表現力が評価されるべき作品だ。来年1月から第2クールが放送される。新たな展開も楽しみだ。

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● その他の鑑賞済み作品(50音順)
『ウマ娘 プリティーダービー Season3』『シャングリラ・フロンティア』『SPY×FAMILY』『ダークギャザリング』『はめつのおうこく』『星屑テレパス』

 

以上,当ブログが注目した2023年秋アニメ9作品を紹介した。

5位の『ミギとダリ』は,当初はもう少し下のランクだったのだが,最終話近辺の展開が素晴らしく急遽ランクアップした次第である。アニメは最終話まで観なければ正当に評価できないということを改めて実感した。1位の『葬送のフリーレン』と2位の『PLUTO』に関しては,いずれ作品レビューを執筆する予定である。

 

2023年冬アニメのおすすめに関しては以下の記事を参照頂きたい。

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2023年 TVアニメ話数ランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

今回の記事では,2023年に放送されたTVアニメの中から特に優れた話数を作品横断的に選び,ランキング形式で紹介したいと思う。原作に“解釈”を施し大胆に再構成したもの,逆に原作に忠実でありながら原作の持ち味をブーストしたもの,演出担当の個性を前面に押し出したものなど,どれも見応えのある話数である。各話数に関するレビュー記事も併せてご覧いただければ幸いである。

それぞれのタイトルは,水色=冬アニメ桃色=春アニメ赤色=夏アニメ茶色=秋アニメのように色分けしてある。

 

8位:『お兄ちゃんはおしまい!』 第2話

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「#02. まひろと女の子の日」
ユニークなカメラワークによって,〈日常感〉と〈ファンタジー感〉を両立させた優れた話数。第2話という早い話数の段階で,本作が“作画アニメ”系であることを印象付けたことにより,コアなアニメファンを取り込む結果になったのではないかと考えられる。

「#02. まひろと女の子の日」より引用 ©︎ねことうふ・一迅社/「おにまい」製作委員会

【スタッフ】
脚本:横手美智子/絵コンテ・演出:伊礼えり/総作画監督:今村亮/総作画監督補佐:ヘイン/作画監督:山﨑匠馬/作画監督補佐:内田百香五藤有樹株式会社マカリア),西野佳佑mockingbird

【レビュー記事】

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7位:『呪術廻戦 渋谷事変』 第37話

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「#37 赫鱗」
標識,地下通路,ピクトグラムなど,都市=渋谷というトポスを巧みに用いた優れた話数。渋谷はもはや単なる“背景”ではなく,キャラと同期し,キャラの行動を条件づける,もう1つの“キャラ”として存在している。第41話における渋谷大破壊の序章として観ると感慨深いものがある。

「#37 赫鱗」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

【スタッフ】
脚本:
瀬古浩司/絵コンテ・演出:荒井和人砂小原巧/演出協力:青木youイチロー/総作画監督:矢島陽介森光恵

【レビュー記事】

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6位:『薬屋のひとりごと』第4話

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「#4 恫喝」
猫猫の毒味カットや“手”の繊細な芝居が光る名話数。ちなの演出ともああんの作監によって,他の話数とは明らかに異なる存在感を持ったユニークな話数となった。それだけにやや玄人好みの話数でもあったが,当ブログとしてはこの手の演出を積極的に推していきたい。

「#4 恫喝」より引用 ©︎日向夏・イマジカインフォス/「薬屋のひとりごと」製作委員会

【スタッフ】
脚本:柿原優子/絵コンテ・演出:ちな/総作画監督:中谷友紀子/作監:もああん

【レビュー記事】

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5位:『天国大魔境』第10話

『天国大魔境』「〈#10〉壁の町」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「〈#10〉壁の町」
大胆なデフォルメ,巧みなカメラワーク,効果的な止め絵など,多彩な技が繰り出された名話数。他の話数と作風が異質であると同時に,この話数ないでもシーン毎に異質な作風の作画が混在している。今年最も話数担当の裁量に委ねられた話数と言えるかもしれない。

『天国大魔境』「〈#10〉壁の町」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

【スタッフ】
脚本:窪山阿佐子/絵コンテ・演出:五十嵐海/作画監督:竹内哲也

【レビュー記事】

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4位:『スキップとローファー』第9話

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用 ©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

【コメント】
正式タイトル:第9話「トロトロ ルンルン」
劇伴やセリフを一切排した帰郷シーン,パストラルな田舎の風景,それと対照的な仄暗い心情など,繊細で豊かな演出が光った名話数。特に「スイカ」のシーンは,環境音とスイカを齧る「シャク」という音だけで,主人公みつみの穏やかな内面を伝えた名シーンだ。

『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」より引用 ©︎高松美咲・講談社/「スキップとローファー」製作委員会

【スタッフ】
脚本:日高勝郎/画コンテ・演出:本間修/総作画監督:井川麗奈作画監督:井上裕亮迫江沙羅小笠原憂田中沙希齊藤和也田中彩

 【レビュー記事】

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3位:『葬送のフリーレン』第1話

第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「冒険の終わり」
空の青を余白として用いつつ,細やかな芝居,Evan Callの楽曲,声優陣の演技の穏やかな音響情報によって,本作のゆったりとした時間感覚を伝えた名演出。透徹した青空とフリーレンの“涙”を重ねたカットもとても美しく仕上がっている。

第1話「冒険の終わり」より引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

【スタッフ】
脚本:鈴木智尋/絵コンテ:斎藤圭一郎/演出:辻彩夏/作画監督:長澤礼子

【レビュー記事】

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2位:『呪術廻戦 渋谷事変』第41話

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「#41 霹靂-弐-」
アニメオリジナルの解釈をふんだんに盛り込みながら,膨大なエネルギーによる都市トポスの徹底的な〈破壊〉と〈生きんとする意志〉を描いた話数。土上いつき,伍柏諭,山崎晴美の個性を存分に活かした,極めてユニークな傑作話数である。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

【スタッフ】
脚本:瀬古浩司/絵コンテ・演出:土上いつき伍柏諭山崎晴美/作画監督:山﨑爽太矢島陽介石井百合子青木一紀

【レビュー記事】

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1位:『天国大魔境』第8話

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

【コメント】
正式タイトル:「〈#8〉それぞれの選択」
光と影,青と赤,暴殺と尊厳死。原作では意図的にサブエピソードとして扱われていた「宇佐美」と「彼女」の別れを,アニメでは情感たっぷりに描きこんでいる。今期最も美しいアニオリと言っても過言ではないだろう。

『天国大魔境』「〈#08〉それぞれの選択」より引用 ©︎石黒正数・講談社/天国大魔境製作委員会

【スタッフ】
脚本:窪山阿佐子/絵コンテ:藤田春香/演出:仲野良/作画監督:富坂真帆奥谷花奈澤田英彦小林冴子廣江啓輔永野裕大ゼロ柴田海

【レビュー記事】

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以上,2023年TVアニメ話数の中から,8作品を挙げた。この記事を参考に,改めて各作品を再鑑賞していただければ幸いである。

 

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アニメと一緒に読んだ本 2023

アニメを観る。キャラクターや物語のどこかに,一種の既視感がある。当然のことだが,創作において完全な“オリジナル”は存在しない。すべてのーーそう,文字通り“すべての”ーー創作が,過去の創作の部分的な模倣であり,再構成である。その模倣と再構成の手順が“オリジナル”なのだ。

頭の中の情報を検索する。大昔に読んだ本や大昔に観た映画がヒットする。確かに似ている。SNSで検索すると,他にも同じように感じている人が少なからずいる。見知らぬ人と同じ思いを共有できたことにささやかな喜びを感じる。

でも僕はたいていそこで満足できない。脳内であれSNSであれ,「検索」という行為はインデックスという表面的な情報をピックアップしただけのことだからだ。そこには作品そのものの体験という決定的な要素が欠けている。すでに鑑賞済みの作品だとしても,やはり一次情報に立ち返って記憶を呼び戻さないと気が済まない。だから僕は,自室のリアルな書棚に向かう。数年前,数十年前に読んだ古い本を引っ張り出してきて,数年ぶり,数十年ぶりに再読する。

こうして僕は,最新のアニメ作品を通して過去の作品と再会する。僕がむかしむかしそのむかしに得て,これまで脳内で静かに眠っていた鑑賞体験の記憶が,現代のアニメによって再びアクティブになる。アニメ鑑賞は現在における刹那的消費から,過去の記憶と有機的に結びついた,より重層的で深い鑑賞体験へと変わる。

少し大袈裟な言い方かもしれないが,これは豊かな文化的営為だと思っている。率直に言って,アニメが刹那的に消費されるだけのものなら,これだけ多くの人がこれだけ多くの時間と労力を使って作る必然性はないだろう。僕がアニメを観るだけでなく,アニメと一緒に本を読む理由はそこにある。

さて前置きが長くなったが,今回の記事では2023年に掲載したアニメレビューに関連する書籍,およびアニメ関連の書籍をいくつか紹介しよう。

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カフカ『変身』(1915年)

フランツ・カフカ『変身』を最初に読んだのは,もう20年以上も前のことだ。もともと僕は大学院時代にドイツ文学や思想を専門としていたので,『変身』は原書と翻訳を合わせて数回は読んでいたと思う。しかしあの頃,TSF系美少女アニメをきっかけに再読することになるとは夢にも思わなかっただろう。

ねことうふ原作/藤井慎吾監督『お兄ちゃんはおしまい』の主人公まひろは,ある朝目覚めると変身していた。この受難的で不条理な変身譚は,ちょうどグレゴール・ザムザのそれと相似する。両者の類似は,早くからSNS等で指摘されていた。しかしカフカの不条理が〈害虫〉という存在の疎外的実存を描くのに対し,『おにまい』は〈美少女〉のインクルーシブなコミュニケーション世界を描く。同じ〈日常世界での変身〉というモチーフを扱っていながら,両者における〈日常〉のありようはまるで異なる。『おにまい』を観ていただけでは見えてこなかった作品の側面だ。

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安部公房『棒』(1955年)(新潮文庫『R62号の発明 鉛の卵』に所収)

『変身』との連想で思い出されるのは,カフカの影響を強く受けたとされる安部公房『棒』(1955年)だ。「デパートの屋上に佇む子連れの男が,突然一本の「棒」 になって屋上から落下する」という話を高校生の頃に初めて読んだ僕は,これほど不条理な小説が世の中に存在するということに素直に驚いた。今にして思えば当たり前にすぎる感想だが,素朴な読書体験しかしてこなかった当時の僕にとって,その衝撃はとてつもなく大きかったのだ。ちなみに上にリンクを貼った新潮文庫版は短編集だが,〈受動的変身〉をモチーフに扱ったものとしては『棒』の他,『R62号の発明』(1953年),『盲腸』(1955年),『人肉食用反対陳情団と三人の紳士たち』(1956年)が所収されている。

 

野崎透『アニメーションの脚本術』(2022年)

さて話は打って変わって,今年初読したアニメ制作関連の書籍を一冊紹介しておこう。アニメ制作に携わっていない者にとって,「脚本」はもっともイメージが掴みづらい制作工程の1つと言えるだろう。本書は数名のアニメ脚本家の話を通して,その曖昧なイメージを具体化してくれる。面白いのは,脚本家によって脚本執筆の具体的作業や理念がまったく異なっていて,普遍的な“脚本像”のようなものがまったく存在しないということだ。結果,本書を読んだ後も相変わらず脚本のイメージは曖昧なままなのだが,その曖昧さの質が読書前後でまったく変わってくる。アニメファンならば一読の価値はあるだろう。

 

吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(1937年)

今年最も世の賛否を分けたアニメ映画,宮﨑駿監督『君たちはどう生きるか』の“予習”として読んだ一冊。登場人物も物語も異なるので,いわゆる“原作”というわけではないが,本書を読んだか否かで映画の観方が大きく変わることは確かだろう。しかし映画との関連は別にして,本書は哲学・歴史学・倫理学を文字通り「生きる」ことの意義について考えさせてくれる,優れた哲学書である。大都会を見下ろす中学生の頭の中で〈見る主体〉と〈見られる主体〉とが錯綜するくだりなど,哲学的省察と文学的感動が入り混じった不思議な感覚に襲われる。この歳になるまでこの本を読まなかったことが悔やまれるほどの良書だ。

 

岡田麿里『アリスとテレスのまぼろし工場』(2023年)

おそらく『君たちはどう生きるか』の次に賛否相半ばとなった,岡田麿里監督『アリスとテレスのまぼろし工場』。こちらは映画鑑賞後の“復習”として読んだ。世間では評価が分かれたが,岡田の問題意識をダイレクトに反映した作品として当ブログでは高く評価した。類まれな世界観と激烈な感情,閉塞感と停滞感と強烈な痛み。おそらくこれまでの岡田作品の中でも最も濃厚な“岡田麿里エッセンス”が充溢した作品だろう。アニメ映画の方も,優れたアニメーション技術と卓越したキャストの演技によって,この稀有な物語を美しく映像化していた。アニメ映画を観て圧倒的な映像体験をした後,原作で情報の整理をし,アニメを再鑑賞,という流れが理想的だと思われる。

 

セルジュ・ティスロン『ロボットに愛される日』(原書:2015年/翻訳:2022年)

『アイの歌声を聴かせて』(2021年)『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(2021年)『地球外少年少女』(2022年)『PLUTO』(2023年)など,アニメ作品に限定してみても,“AIモノ”や“ロボットモノ”は近年量産され続けており,当ブログでもしばしば話題にしてきた。本書はAIと人間との関係性を心理学の見地から論じた啓発書だ。「ロボットは心を持ち得るか」ではなく「どうして人はロボットに“心”を見出そうとするのか」という問題提起を出発点としている。人間はロボットという「対象(オブジェ)」との間に「人工エンパシー(共感)」を持ち,強い「アタッチメント(愛情)」を抱く可能性がある。その時どんなリスクが生じ得るか。人間とロボットはどのような関係を築くべきか。ロボットに心があることを“前提”とすることの多いアニメ作品とはやや視点が異なるのだが,それだけに,〈ロボットと心〉というテーマを多角的に見るきっかけとなる良書だ。

 

岡田美智男『〈弱いロボット〉の思考』(2017年)

筆者の岡田は,サッチマンの「状況的行為」という着想を踏まえ,人やロボットの行動を主体的な「プラン」ではなく,環境や他者との間の開かれた「関係」から発生するものと捉える。当初,アニメ作品におけるAIやヒューマノイドロボットの考察のために読み始めたのだが,読み進めていくうち,アニメーションの制作や考察にも役立つのではないかと思い始めた。アニメーションもある意味で〈行動〉に関する考察と表現であり,個々のキャラクターの行動は,舞台となる場所の具体的な形状との「関係」で発生するものだからだ。この観点から,『特別編 響け!ユーフォニアム〜アンサンブルコンテスト〜』における「窓」「段差」『呪術廻戦 渋谷事変』第37話における「渋谷」という「環境」を考察した。来年はこの点についてさらに考察を深めていこうと考えている。

 

以上,2023版「アニメと一緒に読んだ本」7冊を紹介した(ここに挙げた以外にも間接的に参照した本も多数あるが,今回は割愛した)。本記事をご覧になったアニメファンのみなさんが上掲の書のいくつかを手に取ってお読みになり,どこかで互いの感想を共有できれば幸いである。

最後に,とあるサイコパスの男に倣ってこう付け加えておこう。

「紙の本を買いなよ」

2024年 冬アニメは何を観る?来期おすすめアニメの紹介 ~2023年 秋アニメを振返りながら~

『ダンジョン飯』公式Twitterより引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

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2023年 秋アニメ振返り

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今クールの作品で特にクオリティが高いのは,『薬屋のひとりごと』『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』『進撃の巨人 The Final Season 完結編(後編)』『葬送のフリーレン』『PLUTO』の5作品だ。

日向夏原作/長沼範裕監督『薬屋のひとりごと』は,薬屋の娘・猫猫というユニークなキャラ設定中国風の美麗な世界観ミステリー仕立ての魅力的なストーリーなどが話題を呼んでいる秀作だ。アニメーションの点でも光る話数が多く,当初の期待以上の仕上がりと言える。

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芥見下々原作/御所園翔太監督『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』は,前回の「2023年 夏アニメランキング」で1位として挙げた作品だが,今回も上位にランクインしそうだ。各話の演出担当の個性を強力に押し出す演出方針は,作画オタクを中心としたコアなアニメファンをも唸らせている。

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諫山創原作/林祐一郎監督『進撃の巨人 The Final Season 完結編(後編)』は,台詞や演出面で原作とは異なる“アニオリ”を示しつつ,この世界的な大作を見事に締め括った傑作である。とりわけ,WIT制作時代に活躍した今井有文が絵コンテを切ったことにより,ラスト近辺の「立体機動」のシーンは,完結編にふさわしい,熱く豪華な仕上がりとなった。間違いなくアニメ史に残る名作となるだろう。

山田鐘人(原案),アベツカサ(作画)原作/斎藤圭一郎監督『葬送のフリーレン』は,大きな余白を用いた構図,丁寧な所作芝居,Evan Callの的確な劇伴によって,この物語の静穏な世界観を美しく表現した傑作である。ファンタジーの世界観を〈動〉よりも〈静〉で表すという点で,近年のアニメ作品の中でユニークな存在感を放っている。hohobunによる美しいEDアニメーションも高く評価したい。

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浦沢直樹原作/河口俊夫監督『PLUTO』は,完璧なキャラクターデザインによって浦沢ワールドを再現しつつ,迫力のモーションや声優陣の魅力的な演技などによって重厚な作品に仕上げている。AIという存在を通して,〈心〉というものの在処と力について改めて考えさせてくれる傑作である。

 

この他,要所で印象的な構図を挿入する演出で表現に深みを与えた『アンデッドアンラック』,ユニークなキャラデザとストーリーで“独自路線”をひた走る『カミエラビ』,濃厚すぎるほどのキャラ造形で唯一無二の存在感を放つ『ミギとダリ』,今クールの“癒し枠”として現代視聴者の心を治癒し続けている『新しい上司はど天然』など,目が離せない作品が多くある。最終話までの出来栄え次第では,これらの作品も上位に食い込む可能性がある。

2023年秋アニメの最終的なランキングは,全作品の最終話放送終了後に掲載する予定である。

 

では今回も2024年冬アニメのラインナップの中から,五十音順に注目作をピックアップしていこう。各作品タイトルの下に最新PVなどのリンクを貼ってあるので,ぜひご覧になりながら本記事をお読みいただきたい。なお,オリジナルアニメ(マンガ,ラノベ,ゲーム等の原作がない作品)のタイトルの末尾には「(オリジナル)」と付記してある。

 

①『異修羅』


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『異修羅』公式Twitter

【スタッフ】
原作:珪素/原作イラスト:クレタ/総監督:高橋丈夫/監督:小川優樹/助監督:朝岡卓矢浅利藤彰間島崇寛青柳宏宜/シリーズ構成・脚本:猪原健太/キャラクターデザイン:菊地洋子高品有桂/モンスターデザイン:反田誠二飯島弘也/メカデザイン:鈴木勘太/ワールドデザイン:福島達也/美術設定:須江信人多田周平/背景美術:草薙/美術監督:小倉一男畠山佑貴/色彩設計:歌川律子/撮影:サンジゲン/撮影監督:井上麻梨/編集:丹彩子新沼奈美/音楽:得田真裕/音楽制作:KADOKAWA/音響監督:濱野高年/音響効果:中島勝大/音響制作:マジックカプセルCGアニメーション制作:サンジゲン/アニメーション制作:パッショーネ

【キャスト】
柳の剣のソウジロウ:梶裕貴/遠い鉤爪のユノ:上田麗奈/星馳せアルス:福山潤/静寂なるハルゲント:大塚明夫/警めのタレン:朴璐美/鵲のダカイ:保志総一朗/夕暉の翼レグネジィ:森久保祥太郎/晴天のカーテ:雨宮天/世界詞のキア:悠木碧/赤い紙箋のエレア:能登麻美子/濫回凌轢ニヒロ:高橋李依/音斬りシャルク:山寺宏一/鎹のヒドウ:岡本信彦/速き墨ジェルキ:子安武人/月嵐のラナ:花守ゆみり/海たるヒグアレ:杉田智和/通り禍のクゼ:三木眞一郎/静かに歌うナスティーク:堀江由衣

【コメント】
原作は珪素による同名小説。真の勇者を決めるべく「修羅」たちが死闘を繰り広げるというバトルファンタジーものだが,PVを見るに,見せ場であるバトルシーンのクオリティは相当に高い。そして何より注目すべきは,異様なほど豪華なキャストだ。総監督は『狼と香辛料』(2008年)などの高橋丈夫,監督は『異種族レビュアーズ』(2020年)『見える子ちゃん』(2021年)などの小川優樹が務める。『幼女戦記』(2017年)『見える子ちゃん』(2021年)『異世界おじさん』(2022年)『便利屋斎藤さん,異世界に行く』(2023年)などの猪原健太が脚本を担当するのもポイントだ。

 

②『うる星やつら 第2期』


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『うる星やつら』公式Twitter

【スタッフ】
原作:高橋留美子/監督:髙橋秀弥木村泰大/シリーズディレクター:亀井隆広/シリーズ構成:柿原優子/キャラクターデザイン:浅野直之/サブキャラクターデザイン:高村和宏みき尾/メカニックデザイン:JNTHED曽野由大/プロップデザイン:ヒラタリョウ/美術設定:青木薫/美術監督:野村正信/色彩設計:中村絢郁/CGディレクター:大島寛治/撮影監督:長田雄一郎/編集:廣瀬清志/音楽:横山克/音響監督:岩浪美和アニメーション制作:david production

【キャスト】
あたる:神谷浩史/ラム:上坂すみれ/しのぶ:内田真礼/面堂終太郎:宮野真守/錯乱坊:高木渉/サクラ:沢城みゆき/ラン:花澤香菜/レイ:小西克幸/おユキ:早見沙織/弁天:石上静香/クラマ姫:水樹奈々

【コメント】
2022年10月から放送された第1期の続編。スタッフは第1期からの続投である。第1期はコアなファンからの辛めの評もあり,それなりに賛否両論の結果となったが,個人的には上坂すみれ演じるラムの完成度を高く評価したい。『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年)などもそうだったが,往年のファンは“ありし日の思い出”をいったんカッコに入れて,フラットな眼で鑑賞するのがいいのではないだろうか。

 

③『俺だけレベルアップな件』


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『俺だけレベルアップな件』公式Twitter

【スタッフ】
原作:DUBUChugongh-goon/監督:中重俊祐/シリーズ構成:木村暢/キャラクターデザイン:須藤智子/サブキャラクターデザイン:古住千秋/モンスターデザイン:徳田大貴/プロップデザイン:白石創太郎/アクションディレクター:菅野芳弘/キーアニメータ―:鳥居貴史丸山大勝橋元快斗中川肇/色彩設計:中野尚美/撮影監督:井関大智/CG監督:森岡俊宇/モーショングラフィックス:大城丈宗(Production I.G)/編集:近藤勇二/音響監督:田中亮/音楽:澤野弘之/アニメーション制作:A-1 Pictures

【キャスト】
水篠旬:坂泰斗/諸菱賢太:中村源太/水篠葵:三川華月/向坂雫:上田麗奈/最上真:平川大輔/白川大虎:東地宏樹/後藤清臣:銀河万丈/犬飼晃:古川慎

【コメント】
原作はChugongの同名小説。DUBUの作画でコミカライズされている。異世界と現実世界との往来,最弱主人公,レベルアップといった設定そのものには目新しいものはないが,韓国の小説・マンガが原作とあり,“国産モノ”との違いを発見するのも楽しみだ(もちろん違いがないことを発見する可能性もある)。A-1 Pictures制作ということもあり,PVのアニメーションのクオリティは高い。監督は『女神寮の寮母くん。』(2021年)の中重俊祐,シリーズ構成は『プリンセス・プリンシパル Crown Handler』(2021年-)の木村暢が務める。

 

④『休日のわるものさん』


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『休日のわるものさん』公式Twitter

【スタッフ】
原作:森川侑/監督:小高義規/シリーズ構成:後藤みどり/キャラクターデザイン:島崎知美/美術監督:松本浩樹(アトリエPlatz),有本妃査恵(アトリエPlatz/色彩設計:大野嘉代子/撮影監督:長野慎一郎LIGHTFOOT/編集:藤本理子(岡安プロモーション)/音楽:信澤宣明/音響監督:山本浩司/音響制作:ダックスプロダクション/アニメーション制作:シンエイ動画×SynergySP

【キャスト】
わるものさん:浅沼晋太郎/ルーニー:斉藤壮馬/トリガー:中村悠一/レッド:石橋陽彩/ブルー:江口拓也/ピンク:加隈亜衣/空・麦:山村響/ブラック:梅原裕一郎

【コメント】
原作は森川侑による同名マンガ。地球防衛組織「レンジャー」と戦う…はずの悪の組織の幹部が,休日をのんびり過ごすという“癒し系”アニメだ。PVからは,作品のテーマにふさわしい,明るく柔らかな作風であることがうかがえる。監督は『BEM』(2019年)の小高義規が務める。

 

⑤『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』


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『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』公式Twitter

【スタッフ】
原作:豊田悠/監督:奥田佳子/キャラクターデザイン:岸田隆宏/シリーズ構成:金春智子/美術設定:古宮陽子/美術監督:佐藤豪志/色彩設計:中山久美子/撮影監督:久保田淳/編集:兼重涼子/音響監督:宮村優子/音響効果:小山健二/音響制作:ダックスプロダクション/音楽:長谷川智樹/音楽制作:エイベックス・ピクチャーズ/アニメーション制作:サテライト

【キャスト】
安達清:小林千晃/黒沢優一:鈴木崚汰/柘植将人:古川慎/綿矢湊:佐藤元

【コメント】
原作は豊田悠の同名マンガ。すでに実写でドラマ化(2020年)と映画化(2022年)がなされている上,現在(2023年12月)タイでリメイク版ドラマが放映中という人気作品だ。「チェリーボーイ×魔法×BLラブコメ」という取り合わせが斬新で面白い。『魔法少女まどか⭐︎マギカ』(2011年)を始め,数多くの作品を手がけてきた岸田隆宏がキャラクターデザインを担当するのも見どころだ。PVを観るだけでもキャラクターの生き生きとした魅力が伝わってくる。『かくりよの宿飯』(2018年)でタッグを組んだ奥田佳子金春智子がそれぞれ監督とシリーズ構成を務める。

 

⑥『ダンジョン飯


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『ダンジョン飯』公式Twitter

【スタッフ】
原作:九井諒子/監督:宮島善博/シリーズ構成:うえのきみこ/キャラクターデザイン:竹田直樹/音楽:光田康典/アニメーション制作:TRIGGER

【キャスト】
ライオス:熊谷健太郎/マルシル:千本木彩花/チルチャック:泊明日菜/センシ:中博史/ファリン:早見沙織/ナマリ:三木晶/シュロー:川田紳司

【コメント】
原作は丸井諒子の同名マンガ。何と言っても注目はあのTRIGGER制作という点だろう。TRIGGERはこれまでオリジナルアニメを中心に制作を行ってきた会社だ。小説やゲーム原作のアニメ化はこれまでにもあったが,マンガ原作は本作が初めてである。そんなTRIGGER の“処女作”だが,PVを観るといくつかのカットに“らしさ”が見えるのが嬉しい。『SSSS.DYNAZENON』(2021年)助監督の宮島善博が監督を務める。『リトルウィッチアカデミア』(2017年)や『BNA ビー・エヌ・エー』(2020年)など,TRIGGER作品の各話脚本を手がけた経歴のあるうえのきみこがシリーズ構成を担当するのもポイントだ。

 

⑦『BURN THE WITCH #0.8』


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『BURN THE WITCH』公式Twitter

【スタッフ】
原作:久保帯人/監督:川野達朗/キャラクターデザイン・総作画監督:山田奈月/脚本:岸本卓/背景美術:スタジオコロリド美術部/美術監督:稲葉邦彦/色彩設計:田中美穂/3DCG制作:Peakys/CGI監督:仲座知弥/撮影:EOTA撮影ユニット/撮影監督:福田光/音楽:堤博明/音響監督:三好慶一郎/制作:team ヤマヒツヂスタジオコロリド

【キャスト】
ニニー・スパンコール:田野アサミ/新橋のえる:山田唯菜/バルゴ・パークス:土屋神葉/チーフ:平田広明/オスシちゃん:引坂理絵/セルビー:木村昴

【コメント】
原作は久保帯人のマンガ『BURN THE WITCH』。前作の劇場版『BURN THE WITCH』(season 1)(2020年)を受けた「2人の魔女の前日譚」という内容だ。監督は『甲鉄城のカバネリ』(2016年)でアクション作画監督を務めた川野達朗。川野は劇場版 の監督も務めている。2023年12月29日25:00からの放送では,「#0.8」と「season 1」の一挙放送が予定されている。

 

⑧『ぶっちぎり?!』(オリジナル)


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『ぶっちぎり?!』公式Twitter

【スタッフ】
原作:内海紘子岸本卓MAPPA東宝/監督:内海紘子/シリーズ構成・脚本:岸本卓/キャラクターデザイン・総作画監督:加々美高浩/サブキャラクターデザイン・総作画監督:齊田博之伊藤公規伊藤晋之/衣装コンセプトデザイン:澤田石和寛/美術監督:鈴木くるみ/色彩設計:垣田由紀子/撮影監督:加藤慎之助/編集:長坂智樹/音楽:大島ミチル/音響監督:菊田浩巳/音響制作:dugout/アニメーションプロデューサー:小川崇博/制作:MAPPA

【キャスト】
灯荒仁:大河元気/浅観音真宝:星野佑典/千夜:こばたけまさふみ/まほろ:永瀬アンナ/摩利人:佐々木望/拳一郎:斉藤次郎/座布:野津山幸宏/駒男:山口勝平/王太:竹内良太/蛇走:古川慎/刃暮:葉山翔太/阿久太郎:鈴木千尋

【コメント】
次クール期待のオリジナル枠。「本気」を「マジ」と読んでしまうほど少々懐かしいヤンキー的世界観だが,あの『SK∞ エスケーエイト』(2021年)を手がけた内海紘子が監督というだけあって,非常にエキセントリックなキャラ造形が目を引く。あの世界観が好きな人であればハマる作品になるだろう。さらに『ハイキュー!!』(2014年)や『王様ランキング』(2021-2022年)の岸本卓がシリーズ構成MAPPAが制作という布陣は文句のつけようがない。

 

⑨『僕の心のヤバイやつ 第2期』


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 『僕の心のヤバイやつ』公式Twitter

【スタッフ】
原作:桜井のりお/監督:赤城博昭/シリーズ構成・脚本:花田十輝/キャラクターデザイン:勝又聖人/色彩設計:柳澤久美子/美術監督:黛昌樹/撮影監督:峰岸健太郎竹沢裕一/編集:肥田文/音響監督:小沼則義/音響制作:マジックカプセル/音楽:牛尾憲輔/制作:シンエイ動画

【キャスト】
市川京太郎:堀江瞬/山田杏奈:羊宮妃那/小林ちひろ:朝井彩加/関根萌子:潘めぐみ/吉田芹那:種﨑敦美/足立翔:岡本信彦/神崎健太:佐藤元/太田力:福島潤/原穂乃香:豊崎愛生/市川香菜:田村ゆかり/南条ハルヤ:島﨑信長/イマジナリー京太郎:福山潤/安堂カンナ:井口裕香/半沢ユリネ:上田麗奈

【コメント】
原作は桜井のりおの同名マンガ。2023年春クールに人気を博した学園ラブコメの続編である。この手の作品は2期でパワーアップしてくることが多いので期待大だ。制作スタッフの異同もなく,安心して楽しめるだろう。すでに1期で変化していた“隠キャと美少女”の関係が,2期でどう深まっていくか。

 

⑩『魔法少女にあこがれて』


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『魔法少女にあこがれて』公式Twitter

【スタッフ】
原作:⼩野中彰⼤/監督:鈴木理人大槻敦史/シリーズ構成:木村暢/キャラクターデザイン:大滝那佳/美術監督:平良亜梨沙/色彩設計:上村修司/撮影監督:鯨井亮/音響監督:本山哲/音響効果:櫻井陽子/音響制作:ダックスプロダクション/音楽:高梨康治鈴木暁也ヨハネスニルソン/音楽制作:ランティス/アニメーション制作:旭プロダクション

【キャスト】
柊うてな/悪の女幹部:和泉風花/阿良河キウィ/レオパルト:古賀葵/杜乃こりす/ネロアリス:杉浦しおり/花菱はるか/マジアマゼンタ:前田佳織里/水神小夜/マジアアズール:風間万裕子/天川薫子/マジアサルファ:池田海咲/阿古屋真珠/ロコムジカ:相坂優歌/姉母ネモ/ルベルブルーメ:津田美波/ヴェナリータ:福圓美里/ヴァ―ツ:阿澄佳奈

【コメント】
原作は⼩野中彰⼤による同名コミック。魔法少女に憧れた少女が皮肉にも悪の組織の幹部になってしまい,魔法少女たちをサディスティックになぶるという物語。エロ要素多めの百合系魔法少女サディスティックコメディという“ひねり”がユニークだが,同時にキャラクターデザインや衣装のデザインなども面白く,アニメーション的にも見応えのある作品になりそうだ。

 

⑪『メタリックルージュ』(オリジナル)


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 『メタリックルージュ』公式Twitter

【スタッフ】
総監修:出渕裕/シリーズ構成:出渕裕根元歳三/監督:堀元宣/キャラクターデザイン:川元利浩/特技監督:村木靖/グラディエーターデザイン:竹谷隆之篠原保/メカニカルデザイン:平尾朋之/プロダクトデザイン:宮武一貴/セットデザイン:武半慎吾石津泰志/コスチュームデザイン協力:山田章博/美術監督:海老澤卓也/色彩設計:梅崎ひろこ/撮影監督:池上真崇/3DCGスーパーバイザー:今義和/3DCGディレクター:内田大樹/設定考証:堺三保/文化考証:柴田勝家/音響監督:山田陽/音楽:岩崎太整yuma yamaguchiTOWA TEI/アニメーション制作:ボンズ

【キャスト】
ルジュ・レッドスター:宮本侑芽/ナオミ・オルトマン:黒沢ともよ/ジーン・ユングハルト:武内駿輔/サラ・フィッツジェラルド:嶋村侑/ジャロン・フェイト:吉野裕行/ジル・スタージョン:小倉唯/アフダル・バシャール:津田健次郎/エデン・ヴァロック:興津和幸/アッシュ・スタール:宮内敦士/ノイド262:小林千晃

【コメント】
次クール期待のオリジナル枠パート2。「人造人間の少女・ルジュとそのバディ・ナオミが政府に敵対する人造人間と戦う」という設定のSFアニメ。総監修に数々のメカニックデザインを務めた出渕裕,監督に『キャロル&チューズデイ』(2019年)の堀元宣,キャラクターデザインに『カウボーイビバップ』(1998年)の川元利浩,制作に『モブサイコ100』(2016年)のボンズと,ビッグネームがずらりと揃った大型プロジェクトだ。宮本侑芽黒沢ともよ のバディも楽しみだ。

 

2024年冬アニメのイチオシは…

2024年冬アニメの期待作として,今回は11作品をピックアップした。今回のイチオシ作品として宮島善博監督『ダンジョン飯』を挙げたい。オリジナル作品の『メタリックルージュ』と迷ったのだが,“TRIGGER初のマンガ原作アニメ”という点に期待してイチオシとした。

次点として,堀元宣監督『メタリックルージュ』内海紘子監督『ぶっちぎり?!』鈴木理人・大槻敦史監督『魔法少女にあこがれて』奥田佳子監督『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』にも注目したい。特に『魔法少女にあこがれて』と『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』はその設定の“ひねり”具合に要注目だ。

以上,2024年冬アニメ視聴の参考にして頂ければ幸いである。

 

2023年 秋アニメOP・EDランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

『葬送のフリーレン』EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

今回の記事では,2023年秋アニメの優れたOP・EDを紹介する。タイトルの下にノンクレジットの映像を引用してあるので,ご覧になりながら記事をお読みいただければ幸いである。なお,通常のランキング記事と同様,一定の水準に達した作品を取り上げるため,ピックアップ数は毎回異なることをお断りしておく。

 

5位:『SPY×FAMILY Season 2』 OP


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【コメント】
ポップなカラーとデフォルメされた身体。湯浅政明監督の独特な映像世界が『SPY×FAMILY』という作品にここまでマッチするというのは,ある意味で“大発見”だろう。“湯浅版『SPY×FAMILY』”を夢想してしまうが,いつかCパートなどで披露されないものだろうか。Adoのパンチの効いた主題歌も上手くはまっており,本作の楽しさを的確に伝えた名OPである。

『SPY×FAMILY Season 2』OPアニメーションより引用 ©︎遠藤達哉/集英社・SPY×FAMILY製作委員会

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出:湯浅政明/作画監督:嶋田和晃

【主題歌】Ado「クラクラ」
作詞・作曲:meiyo編曲:菅野よう子×SEATBELTS

 

4位:『葬送のフリーレン』特別ED


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【コメント】
「金曜ロードショー」初回放送時に使われた特別版ED。作風を観れば一見してわかるように,アニメーション担当はスタジオシルバー所属の名アニメーター,吉成鋼だ。吉成と言えば,『ヤマノススメ Next Summit』(2022年)のEDアニメーションも担当していたが,もはや“EDアニメの名手”と呼んで差し支えないだろう。その水彩画風の柔らかな作画は,特に女性キャラ同士のふれあいを抒情的に伝える。台詞がなくとも,フリーレンとフェルンの親密な関係性がわかる素晴らしいアニメーションだ。

『葬送のフリーレン』特別EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

【アニメーションスタッフ】
吉成鋼

【主題歌】milet「bliss」
作詞:milet/作曲:編曲:Evan Call

 

3位:『アンデッドアンラック』OP


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【コメント】
万華鏡のイメージ,それと連動した“回転”の運動,彩度と明度を落とした作画。本作の持ち味であるアクション的な要素を盛り込みながらも,本編とはテイストの異なるシンボリックな表現が目を引く。そして何より女王蜂の主題歌だ。オーバードライブ感のあるアヴちゃんの歌唱と特徴的なギターリフが盛り上げている。

『アンデッドアンラック』EDアニメーションより引用 ©︎戸塚慶文/集英社・アンデッドアンラック製作委員会

【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出:松浦力/作画監督:守岡英行

【主題歌】女王蜂「01」
作詞・作曲:薔薇園アヴ/編曲:女王蜂塚田耕司

 

2位:『アンデッドアンラック』ED


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【コメント】
棺に横たわるアンディ,枯葉=枯死のイメージ,喪服に身を包んだ女性。二人は彼岸への渡し船にようなものに乗っている。本編のポップなイメージと対極的な,“死”を強く喚起させるイメージ群だ。

『アンデッドアンラック』EDアニメーションより引用 ©︎戸塚慶文/集英社・アンデッドアンラック製作委員会

その後,死のビジョンを“廃墟”が引き継ぐ。実写画像をキャプチャリングしたと思しき映像が挿入されることにより,アニメ的な作画と違ったドキュメンタリ的事実性が付与される。

『アンデッドアンラック』EDアニメーションより引用 ©︎戸塚慶文/集英社・アンデッドアンラック製作委員会
『アンデッドアンラック』EDアニメーションより引用 ©︎戸塚慶文/集英社・アンデッドアンラック製作委員会

満開の桜の木の下で,アンディが目を覚ます。それはヴィクトルとジュイスの記憶だったのだろうか。おそらく今後の物語を予示しているのだろう。それまでの寒々とした風景が一変し,画面いっぱいに豊かな桜色が満ちる。しかし梶井基次郎によれば,桜の樹の下には屍体が埋まっているのだ。“ジャンプ作品”の一般的なイメージをよい意味で裏切った,暗示性の強い名EDアニメーションである。

アニメーション担当の紺野大樹は,本作以外にも『炎炎ノ消防隊』(2019年)『約束のネバーランド Season 2』(2021年)『魔法少女マジカルデストロイヤーズ』(2023年)などでもEDを手がけている。イラストレーション的に“見せる”作画が特徴的だ。


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【アニメーションスタッフ】
絵コンテ・演出・作画・背景・仕上:紺野大樹

【主題歌】八木海莉「know me...」
作詞・作曲:八木海莉/編曲:益田トッシュ八木海莉

 

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1位:『葬送のフリーレン』ED


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【コメント】
hohobun
として活躍する高橋美帆は,切り紙アニメーションを用いて〈捕食〉〈食物連鎖〉といったテーマを表現するアーティストだ。本作EDアニメーションでも,動物が植物を育み,植物が動物を育む円環が流れるようなイメージの連鎖によって表現されている。

『葬送のフリーレン』EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

冒頭のこのイメージ群は,本編第2話「別に魔法じゃなくたって…」の「蒼月草」のエピソードを彷彿とさせる。

『葬送のフリーレン』EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

色とりどりの植物や花はフリーレンの「花畑を出す魔法」を表している。二次元性を強調した切り絵は,通常のアニメーション作画とはまったく異なる魅力を放っている。

『葬送のフリーレン』EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

花々の作る図像の中に,フリーレンの顔が浮かび上がる。彼女の悠久の生が,動植物の生の連鎖の中に確かに定位していることを表しているかのようだ。

『葬送のフリーレン』EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

季節が移りゆく自然の中を,フリーレンが独りゆっくりとした足取りで歩く。独りだった彼女はやがて人々と出会い,歩みを共にする。

『葬送のフリーレン』EDアニメーションより引用 ©︎山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会

エルフの時間と人を含めた他の生物の時間はまったく異なる。しかし仮に束の間の時間だったとしても,その生は確かに重なり合い触れ合い連なり合っている。hohobunの死生観と本作のテーマは確かに共鳴していると言えるだろう。miletの主題歌「Anytime Anywhere」の歌詞「だから もう一度 生まれ変わろうとしても また 私はここを選ぶんだろう」も,この“生のふれあい”のかけがえのなさを示している。美しい絵と音楽と言葉で本作の本質を表現した,見事なOPである。

【アニメーションスタッフ】
ディレクター・アニメーション監修・イラスト監修:hohobun

【主題歌】milet「Anytime Anywhere」
作詞:milet作曲:milet野村陽一郎中村泰輔/編曲:Evan Call

 

以上,当ブログが注目した2023年秋アニメOP・ED5作品を挙げた。秋アニメも残りわずかな話数となったが,今後の鑑賞の参考にしていただければ幸いである。

 

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TVアニメ『呪術廻戦 渋谷事変』(2023年秋)第41話の演出について[考察・感想]

*この記事は『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』「#41 霹靂-弐-」のネタバレを含みます。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

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芥見下々原作/御所園翔太監督『呪術廻戦 懐玉・玉折/渋谷事変』各話レビュー第3弾として,今回は「#41 霹靂-弐-」を取り上げよう。絵コンテ・演出は,土上いつき伍柏諭山崎晴美の3名である。膨大なエネルギー量の破壊と徹底的なまでの絶望を個性あふれる演出技法で描いた傑作である。

 

廃墟を包含した街

映像文化の表象において,東京はしばしば〈破壊〉の再生産の場であった。

空襲による破壊を現実的な始点としつつ,戦後の『ゴジラ』(1954年)以降のシリーズ,『AKIRA』(アニメ:1988年),『エヴァンゲリオン』シリーズ(1995-2021年)といった作品が,何らかの外在的な(あるいは内在的な)力による東京の〈破壊〉をフィクショナルに反復してきた。それは磯崎新の「[建築が]既に廃墟をみずからのうちに包含」*1 しているという事態の,都市規模での暴力的具現であると言ってもいいかもしれない。

しかし人が都市に生き続ける限り,都市の〈破壊〉がその対極としての〈再生〉と表裏一体であることに間違いはない。いやむしろ〈破壊〉が徹底的な否定極性として表象されていればいるほど,そこに立ち続ける人々の“生きんとする意志”の描写は際立つのだ。上で〈破壊の〉再“生産”という言い方をしたのもそれが故である。

『呪術廻戦 渋谷事変』「#41 霹靂-弍-」は,異形の者たちによる完膚なきまでの〈破壊〉と,そこから立ち上がる人の〈意志〉とを,3名の才能が見事に描き切った名話数である。

この話数における〈破壊〉は,おそらくこれまでのシリーズの中でももっとも壮絶なーーしかも原作の描写を増幅する形でのーー描かれ方をしている。その壮絶なスペクタクルが,こともあろうに両面宿儺のカジュアルなアクションで口火を切られるというアイロニーが面白い。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

ドリンクとポップコーン(もちろんアニオリである)という,この上なく“軽い”号砲を合図に,宿儺の苛烈な斬撃と魔虚羅の超重量級の打撃の応酬が始まる。

宿儺と魔虚羅は構造物の外から内へ,内から外へと舞台を変えながら戦闘を繰り広げ,周囲の都市の風景を次々と巻き添えにしていく。相手への攻撃は即,都市の破壊をもたらす。まるで両者にとって,戦闘と破壊を両立させることが目的であるかのようだ。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

この辺りのシーンを担当したのは土上いつきである。ちなみに都市の構造物の内外で繰り広げられる戦闘ということで言えば,同じ土上の手になる『モブサイコ100 Ⅱ』「011 指導〜感知能力者〜」などが想起されるだろう。

『モブサイコ100 Ⅱ』「011 指導〜感知能力者〜」より引用 ©︎ONE・小学館/「モブサイコ100 Ⅱ」製作委員会

思えば『モブサイコ100 Ⅱ』も,鈴木統一郎の力が象徴する〈破壊〉と,それに抗うモブの〈再生〉の物語であった。キャラクター造形や物語の点でこの2作品に共通点を見出すのは難しいかもしれないが,〈破壊〉というものの本質的な意味,およびその視覚的なあり方という点では,両者の深い地層において一筋の水脈が通底しているようにも思える。土上いつきという才能が両作品で起用されたことは,単なる偶然ではないかもしれない。

言うまでもなく,渋谷という街は日本を代表するユースカルチャーの聖地として世界的にも大きなプレゼンスを持ったトポスだ。今なお現在進行形で開発が進み,新しい姿に生まれ変わろうとしている“生きた”街でもある。その渋谷を異形の者たちはは容赦なく〈破壊〉する。無論,ユースカルチャーのエネルギーの担い手である若者たちの命を犠牲にしながら。

 

モブの破壊

この話数最大のアニオリの一つは,原作ではほぼオミットされていた“モブ”の描写である。話数半ばのパートを担当した山崎晴美によれば,原作でははっきりと描写されていないモブの被害をあえて描くことで,「一般人の目線で災害が来たという映像」を作ろうとしたのだという。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

山崎の「とにかく渋谷の街と何の関係もないモブを丁寧に破壊したかった」という,ともすると宿儺の指でも飲み込んだかのように聞こえる物言いは,しかしながらこの話数の性質をよく言い当てている。

直接的な殺戮シーンはさほど多く描かれてはいないが,宿儺と魔虚羅の破壊劇の有効射程内に存在するモブを描いたことにより,ユースカルチャーのエネルギー供給源が確実に殺がれていく様が容易に想像可能となる。リアリズムという点で原作を一目盛分上回っていると言えるだろう。そして多くの人の命が奪われる描写を明示的に取り入れたことで,ラストの虎杖の「このままじゃ俺はただの人殺しだ」というセリフもより説得力を増す。

 

“赤”の破壊

本話数の中でもとりわけ苛烈に,美しく,そしてドラマチックに〈破壊〉のシーンを描いたのが,台湾出身の鬼才・伍柏諭である。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

伍の描く〈破壊〉のシーンは,単に物理的な破壊を描写するに留まらない。その一つひとつのカットが一幅の絵画作品として成立してしまうほどの描画力がある。それは都市の風景の破壊であると同時に,TVアニメとアートアニメの境界を爆破する破砕力そのものであるようだ。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

血と灼熱を両義的に示唆するかのような“赤”のカットはとりわけ印象的である。伍も土上と同様,『モブサイコ100 Ⅱ』に参加しているが,彼の手がけた「005 不和〜選択〜」にも同様の“赤”の破壊シーンがある。

『モブサイコ100 Ⅱ』「005 不和〜選択〜」より引用 ©︎ONE・小学館/「モブサイコ100 Ⅱ」製作委員会

伍の担当パートで個人的にもっとも評価したいのは,「伏魔御廚子」展開後の宿儺の正面カットだ。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

不敵な笑みが法悦にひたるかのような穏やかな表情へ転じたかと思うと,たちまち般若のような形相に変わる。多義的で面白い表情カットだ。後述する『モブサイコ100 Ⅲ』8話などもそうだが,伍の画からは,単に派手なスペクタクルだけでなく,こうしたエモーショナルな繊細さが感じられることが多い。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

宿儺の領域「伏魔御廚子」は,物理的・魔術的斬撃によって,宿儺を中心とした有効射程内のあらゆるものをミキサーにかけて粉々にするようなものである。当然,そこにある都市も人も粉々に粉砕される。これによって魔虚羅の適応を封じた上,宿儺は「開(フーガ)」の灼熱によってとどめを刺すわけだが,はたして彼がとどめを刺したのは魔虚羅だったのか,それとも渋谷という街そのものだったのか。

 

穿たれた穴:生の零度

かくして,渋谷の街には生の絶対零度としての空無が生じる。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

宿儺は身体を開け渡す刹那,「小僧,せいぜい噛み締めろ」と言って虎杖にこの空無を見せつける。あたかも渋谷の破壊そのものと,自分を支配する虎杖を精神的になぶることが当初の目的であったかのように。大量殺戮の結果としての空無を前にした虎杖の眼は,この空無そのもののように虚だ。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

カジュアルに渋谷を破壊する宿儺と,廃墟を前に絶望する虎杖。同じ風景を前に,同じ身体を持った宿儺と虎杖が,哄笑と絶望という絶対的に通約不可能な反応を示す。虎杖は自らに「死ねよ!」と呪詛を吐き,一旦は失意の底に沈むが,やがて徐に立ち上がり,「行かなきゃ。戦わなきゃ。このままじゃ俺は,ただの人殺しだ」と独りごつ。その姿には深く暗い影が差しているが,「人を助ける」という生へのエネルギーが確かに感じられる(なお,この最後の虎杖のアップは原作の作画を忠実に再現している)。

「#41 霹靂-弍-」より引用 ©︎芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

かくして〈破壊〉と〈再生〉の物語に幕が引かれる。

 

土上いつき,伍柏諭,山崎晴美の技

上述のように,今回の話数は土上いつき,伍柏諭,山崎晴美の3名が演出しているが,担当パートはそれぞれのTwitterアカウント等で明らかにされている。

◇ 土上いつき

話数全体の流れのライン,および冒頭〜魔虚羅最初の適応まで(魔虚羅召喚シーン除く)と戦闘終了後からラストまでの絵コンテ。

土上は上述の『モブサイコ100 Ⅱ』11話の他,『ワンパンマン』(2015年)『僕のヒーローアカデミア』(2016年)『Fate/Apocrypha』(2017年)『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-』(2021年)『王様ランキング』(2021-2022 年)『天国大魔境』(2023年)など,数々の重要作品で活躍する若手アニメーターだ。今後の活躍も期待される。

 

◇ 伍柏諭(担当パートに関するtweetは現在削除)

魔虚羅召喚電車がビルに突っ込んだ後の室内カット〜フーガ終了までの絵コンテ・演出・作監・音設計,および話数全体の音楽ライン。

伍柏諭の仕事については当ブログでも何度か言及してきたが,上記の『モブサイコ100 Ⅱ』5話以外に,『僕のヒーローアカデミア』(2016年)『Fate/Apocrypha』(2017年)『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-』(2021年)『天国大魔境』(2023年)などの作品でその優れた仕事を観ることができる。特に『Fate/Apocrypha』の22話は“伝説回”として今なお語り継がれる話数だ。『天国大魔境』OP映像の独自の映像感性で視聴者の度肝を抜いたことも記憶に新しい。また,『モブサイコ100 Ⅲ』の「08 通信中② 〜未知との遭遇〜」では,アクションではなく日常芝居でその演出技術の高さを見せつけた。彼のユニークではあるが幅の広い演出術を目にするにつけ,いつしか彼の監督作品を観てみたいと思う次第である。

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山崎晴美

パートの詳細に関する言及はないが,おそらく上記の土上パートと伍パートの間(つまり魔虚羅最初の適応後から電車のカット辺りまで)

山崎の仕事についての詳細はあまり明らかになっていないが,彼女のtumblrで確認できる。『僕のヒーローアカデミア』(2016年)『一人之下』(2016年)『ワンダーエッグ・プライオリティ』(2021年)『プリンセスコネクト!Re: Dive Season 2』(2022年)で活躍している。情報は少ないが,上述の「モブの破壊」という慧眼,そして何より土上いつきと伍柏諭という鬼才と肩を並べる実力を見れば,今後大いに期待できる人材であることは間違いない。

 

上記3名に加え,この類まれなる話数に携わったすべての制作スタッフに拍手を。

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】
原作:芥見下々/監督:御所園翔太/シリーズ構成・脚本:瀬古浩司/キャラクターデザイン:平松禎史小磯沙矢香/副監督:愛敬亮太/美術監督:東潤一/色彩設計:松島英子CGIプロデューサー:淡輪雄介3DCGディレクター:石川大輔(モンスターズエッグ)/撮影監督:伊藤哲平/編集:柳圭介/音楽:照井順政/音響監督:えびなやすのり/音響制作:dugout/制作:MAPPA

【キャスト】
五条悟:中村悠一/夏油傑:櫻井孝宏/家入硝子:遠藤綾/天内理子:永瀬アンナ/伏黒甚爾:子安武人

【「#41 霹靂-弐-」スタッフ】
脚本:
瀬古浩司/絵コンテ・演出:土上いつき伍柏諭山崎晴美/作画監督:山﨑爽太矢島陽介石井百合子青木一紀

 

 

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商品情報

 

 

*1:磯崎新「廃墟論」(『磯崎新建築論集 2 記号の海に浮かぶ〈しま〉ー見えない都市』,岩波書店,2013年に所収。)