アニ録ブログ

あるオタクの思考と嗜好をキロクしたブログ。アニメとマンガを中心としたカルチャー雑記。

TVアニメ『明日ちゃんのセーラー服』(2022年 冬)第三話「部活はもう決めた?」の演出について[考察・感想]

 *この記事は『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」の内容に触れています。

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『明日ちゃんのセーラー服』公式Twitterより引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

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女子中学生たちの緩やかな学校生活を描いた原作のマンガ『明日ちゃんのセーラー服』(2016年-)。現在(2022年冬)放映中の黒木美幸監督によるアニメ版は,博の美麗なキャラクター造形をうまくアニメ表現に落とし込みつつ,原作では省略されている背景美術のディテールを描き込むことで,原作とは一味違ったリアリズムを表現し得ている。今回の記事では,中村章子が絵コンテを手がけた第三話「部活はもう決めた?」の中から,アニメオリジナルのシーンに注目しながらその魅力を紹介しようと思う。

 

"百合未満",あるいは"百合以上"

『明日ちゃんのセーラー服』(以下『明日ちゃん』)の舞台は名門の女子校「蠟梅学園中等部」である。女の子どうしのゆるい日常を描いたという点では,美水かがみのマンガ『らき☆すた』(マンガ:2004年-/アニメ:2007年春・夏)などの系譜に連なるとも言えるだろう。ただし『明日ちゃん』の魅力は,日常系特有のゆるいコミュニケーションに加えて,身体的な距離感や接触を描くことによって,いわゆる"百合"に近いーあくまでも「近い」だけなのだがー要素を意図的に盛り込んでいる点だ。特に『らき☆すた』などのギャグテイストの作品と違い,キャラクターの身体をずっとリアル寄りに描いているため,画面から伝わる心理的緊張感はずっと高まる。特に第三話「部活はもう決めた?」では,主人公・明日小路と谷川景・古城智乃との親密な距離感が印象的に描かれていた。

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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会
明日ちゃんと谷川さんが至近距離で音楽を聴くシーンでは,明日ちゃんの肩から髪が落ちた時に谷川さんがわずかに反応するカットがある(画像左)。アニメならではの繊細なカットだ。渡り廊下に並んで座る二人を背後から写したカット(画像右)も,学校の風景をうまく利用した絶妙な構図だ。
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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

雨宿りをしながら明日ちゃんが古城さんに朗読を聞かせるシーンでは,窓ガラス越しの構図望遠レンズの効果を用いることで,二人の親密な空間を〈覗いている〉という感覚が生まれる。特にシャッターの枠を明日ちゃんの手前に配したカット(画像右)は大胆で面白い。

本作で描かれる,恋愛感情の伴わない"百合未満"の人間模様は,あるいは"百合以上"に美しいと言えるかもしれない。アニメ版はその辺りの魅力をうまく引き出していると言える。

リアリズムの中で

アニメ版の特徴の一つに,主に学校内のシーンにおける背景の描き込みがある。博の原作では,特に屋内の背景は比較的淡白に描かれることが多く,アップのコマではまったく背景が描かれないことも多い(ただし建物の外観や自然はしばしば緻密に描かれる)。対してアニメ版は,窓枠等を描き込むことで意図的に画面の情報量を増やしているようである。

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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

背景の描き込みは間違いなくレイアウトにも影響するだろう。構図の取り方やプロップの配置など,画作りの何度は格段に上がるだろうが,それだけに上の画像のような美麗なカットを追求することも可能になる。また,これによって原作とは違ったアニメ特有のリアリズムが生み出されてもいる。

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『明日ちゃんのセーラー服』第三話「部活はもう決めた?」より引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

先ほどの明日ちゃんと古城さんの雨宿りのシーンを,マンガ版とアニメ版とで比べてみるとわかりやすい。マンガ版では二人の後ろの背景は白になっており,現実世界から二人の関係性だけを抽出したような画になっている。それに対しアニメ版では,ゴミ箱やパイプ椅子のようなやや無粋なプロップも描かれており,現実世界の中に二人の関係性を配した画になっている。

このブログではこれまでもしばしば述べてきたことだが,マンガ原作のアニメ化において最も注目すべきは,原作に対する忠実度というよりは,原作の〈再解釈〉だと思う。制作者が原作をいかに理解し,解釈したかがアニメの映像として現れている部分が最も面白いのだ。その意味で,『明日ちゃん』という作品がこうした形でアニメ化されて意義は大きいと思われる。

"エロティシズム未満",あるいは"エロティシズム以上"

最後になるが,今回取り上げた第三話の絵コンテを手がけた中村章子について触れておこう。中村と言えば,『クレヨンしんちゃん』(1992年春-)や『天元突破グレンラガン』(2007年春・夏)などの傑作で原画や作監を担当し,劇場アニメ『同級生』(2016年)では監督を務めた実力派アニメーターだが,個人的には『輪るピングドラム』(2011年夏・秋)の仕事が印象に強い。

中村は『輪るピングドラム』のチーフディレクター・コンセプトデザインとして,作品全体のビジュアルの構築に携わっていた。中村が単独で手がけたエンディング・アニメーションなどは特に印象的だ。

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『輪るピングドラム』エンディング・アニメーションより引用 ©︎ikunichawder/pingroup

女性目線から見たエロティシズムがビビッドな色彩でビジュアル化されており,いやらしさのようなものをまったく感じさせない。幾原邦彦監督も「女性ならではの柔らかい表現」として高く評価している。*1

中村は『明日ちゃん』でもエンディング・アニメーションを手がけている。色彩は『輪るピングドラム』と対照的だが,中村独自の「柔らかい」エロティシズムは共通しているように感じられる。"百合未満,百合以上"を描いた『明日ちゃん』という作品にとって,中村の感性は欠かせないものだったのではないだろうか。

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『明日ちゃんのセーラー服』エンディング・アニメーションアニメーションより引用 ©︎博/集英社・「明日ちゃんのセーラー服」製作委員会

ちなみに幾原によれば,『輪るピングドラム』における「セクシー」なシーンは,「男性に媚びた感じ」になるのを避けるために,すべて女性スタッフに割り当てたのだという。*2 ジェンダーフリーが叫ばれる昨今,"女性らしさ"や"男性らしさ"も相対化され,"女性の描く男性らしい画"もあれば"男性の描く女性らしい画"もある。しかしだからと言って,"女性の描く女性らしい画"の価値が減じたわけではない。あるいはどうしても作画とジェンダーを関連づけることを忌避したいのであれば,"中村章子が描いた女性らしい画"でもいい。とにかく,中村の"女の子"は特別なのだ

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:/監督:黒木美幸/シリーズ構成・脚本:山崎莉乃/キャラクターデザイン:河野恵美/サブキャラクターデザイン:川上大志安野将人/総作画監督:河野恵美川上大志安野将人/美術設定:塩澤良憲/美術監督:薄井久代守安靖尚/色彩設計:横田明日香/撮影監督:川下裕樹MADBOX3Dディレクター:宮原洋平/キャラクターレタッチ:カプセル/編集:齋藤朱里(三嶋編集室)/音楽:うたたね歌菜/音響監督:濱野高年/制作:CloverWorks

【キャスト】明日小路:村上まなつ/木崎江利花:雨宮天/兎原透子:鬼頭明里/古城智乃:若山詩音/谷川景:関根明良/鷲尾瞳:石上静香/水上りり:石川由依/平岩蛍:麻倉もも/四条璃生奈:田所あずさ/神黙根子:伊藤美来/龍守逢:伊瀬茉莉也/峠口鮎美:三上枝織/蛇森生静:神戸光歩/苗代靖子:本渡楓/戸鹿野舞衣:白石晴香/大熊実:小原好美/明日ユワ:花澤香菜/明日花緒:久野美咲/明日サト:三上哲/福元幹:斉藤朱夏

【第三話「部活はもう決めた?」スタッフ】脚本:山﨑莉乃/絵コンテ:中村章子/演出:原田孝宏/総作画監督:河野恵美,川上大志/作画監督:八重樫洋平長澤翔子/作画監督補佐:小泉初栄末田晃大
 

商品情報

 

*1:『輪るピングドラム』第1話「運命のベルが鳴る」オーディオコメンタリより。

*2:『輪るピングドラム』第12話「僕たちを巡る輪」オーディオコメンタリより。

TVアニメ『平家物語』(2022年 冬)を観る・読む・聴く[考察・感想]

*この記事はネタバレを含みます。

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『平家物語』公式HPより引用 ©︎「平家物語」製作委員会

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山田尚子監督『平家物語』のTV放映が始まった。京都アニメーションからサイエンスSARUへと制作母体が変わり,これまでの山田作品とはアニメーションのルックが大幅に変わったものの,美しく繊細かつユニークな"山田節"はすでに第一話から明確に打ち出されている。今回の記事では,山田版『平家物語』の魅力を「観る」「読む」「聴く」の3つの側面から紹介していこうと思う。

 

『平家物語』を観る

山田尚子監督作品と言えば,被写界深度の浅いレンズによって〈視点の主観性〉を強調した画面作りが特徴だ。これによって,客観的な"神の視点"ではなく,ある具体的な個人の視点から世界を覗いているような映像を生み出していると言える。

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左:『聲の形』(2016年)より引用 ©︎大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会 右:『リズと青い鳥』(2018年)より引用 ©︎武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

『平家物語』でも,こうしたレンズ効果を用いたカットが多用され,主人公のびわを中心とした登場人物,あるいは視聴者の主観視点から,平安末期の世を"覗いている"という感覚が生み出されている。

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『平家物語』第一話「平家にあらざれば人にあらず」より引用 ©︎「平家物語」製作委員会

こうした画作りは,アニメオリジナルのキャラクターである「びわ」に込められた山田の思想とも符号する。山田はYouTubeで公開されているインタビュー(前編)の中で,びわというキャラクターを「観てる方の目線」として設定したのだと述べている。つまり,びわは〈視聴者の視点〉として導入されているのだ。

そしてこの思想は,本作の原作である現代語訳の訳者,古川日出男の考え方とも一致するものだ。古川はFebriに掲載されたインタビューの中で,『平家物語』の現代語訳について以下のように述べている。

やはり,語り手がいないと平家が滅亡へ至るドラマは描けないんだ,それを神様が書いちゃダメなんだ,やっぱり人間の目で書かちゃくちゃいけないって。*1

客観視点=神の視点ではなく,主観視点=人間の視点から物語を伝える。古川版『平家物語』と山田版『平家物語』に共通して流れる重要な思想として,今後の話数を観る上で常に念頭に置いておくべきだろう。

そして「びわ」と平清盛の嫡男・重盛にまつわる特殊な設定も面白い。びわは「先の見える眼」を持っており,平家の滅亡がすでに〈見えている〉。重盛は「亡者の見える眼」を持っており,戦や平家の暴虐によって命を落とした人たちの姿が〈見えている〉。そして当然,この2人以外の人物にはそれらが〈見えていない〉。

当ブログではこれまでも何度か言及してきたが,アニメにおいて〈見える/見えない〉の視点の差 ー当ブログでは〈視差〉と呼んでいるー がモチーフとして用いられるケースは多い。『輪るピングドラム』『見える子ちゃん』『サマーゴースト』,さらにはハイデガーの『存在と時間』に至るまで,この〈視差〉という観点から複数の作品を縦横無尽に考察するのも面白いかもしれない。


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『平家物語』を読む

アニメ版『平家物語』の「原作」となっているのは,河出書房新社から出版されている古川日出男訳である。古川訳の最大の特徴は,複数の琵琶法師による「語り物」としての『平家物語』の特徴を重視し,訳語の文体を自在に変えている点(敬体から常体への変化など)だ。訳書に付された「前語り」の中で古川はこう述べている。

平家には多くの人間の手が加わっていると前々から聞いていたが,実際に現代語訳に取りかかると,本当のことなのだと皮膚で捉えられた。わかるのだ ー「今,違う人間が加筆した」と。ふいに書き手が交代したことがはっきりと感知されるのだ。文章の呼吸が変わる,と説明したらいいのか。*2

これを古川は「私は無数の語り手を呼びだした」*3と端的に言い切っている。これは先ほどの「神様が書いちゃダメなんだ,やっぱり人間の目で書かなくちゃいけない」という思想を訳の叙述レベルで再現したものだと言えるだろう。つまり,複数の語り手が存在し,複数の語りをしていた以上,それを神のような統一的な視点で均すのではなく,むしろ複数の文体という形で再現したということだ。

古川訳の"文体変化"は,一般的な現代語訳の水準から見るとかなりアクロバティックな手法かもしれないが,『平家物語』の原典に潜在するそうしたハイブリッドな叙述の特性をわかりやすく示してくれるという点ではたいへん興味深い。そして何より,読みやすい。900頁を超える分厚の訳書だが,思いのほかすいすいと読み進めてしまう。アニメを通して『平家物語』に興味を持たれた方も,機会があれば手にとってみてはいかがだろうか。

ちなみに,『平家物語』の入門としては,予備校講師の板野博行の書いた『眠れないほどおもしろい平家物語』なども読みやすくておすすめだ。この本を読んでから古川訳なり原典なりに戻る,という読み方もいいだろう。

そして「語り物」としてのダイナミックな文体を味わうには,やはり原典に触れるのが理想的だろう。おすすめは講談社学術文庫から出版されている杉本圭三郎訳『新版 平家物語』だ。各エピソードごとに,原文,現代語訳,語釈,解説という順に配列されており,原文のリズムを味わった後で細部まで理解する,という読み方ができる。

『平家物語』を聴く

山田版『平家物語』のもう1つ特徴に,劇伴がある。平安時代の風景の中に,突如としてロックやテクノ調の音楽が鳴り響くのだ。

上掲の山田のインタビュー(後編)によれば,当初は平安時代当時の楽器のみを使うという案もあったらしい。しかし後に,びわによる琵琶の弾き語りを「大きな柱」とした上で,それ以外のシーンはもっと自由で「ポップ」な楽曲作りする方向へ方針転換をしたのだという。

西洋音階とはまるで原理の異なる琵琶の音色に対し,現代音楽の「ポップ」をぶつける。この難題に取り組んだのは,山田とは『映画 聲の形』(2016年),『リズと青い鳥』(2018年)以来,3度目のタッグとなる牛尾憲輔だ。YouTubeには牛尾のインタビューもアップされている。こちらも大変興味深い話(「後白河法皇のスニーカー」は傑作だ)が聞けるので,ぜひご覧になることをお勧めする。


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少々余談になるが,今年(2022年)から始まった三谷幸喜脚本のNHK大河『鎌倉殿の13人』の第1回で,北条時政が「首チョンパ」と言ったことが話題となったが,これなども"歴史にポップをぶつける"ということなのだろうと思う。歴史を語るというのは,その歴史の価値観を尊重しつつも,そこに現代の感性をぶつけることだ。そのラディカルな手法として,僕らは同じ2022年という年に「ロック」と「首チョンパ」を耳にした。これはなかなか稀な経験ではないだろうか。

アニメ版『平家物語』の「大きな柱」であるアニメオリジナル・キャラクター,びわ。その声を担当した悠木碧の演技も特筆すべきだろう。悠木と言えば,どの独特な台詞の節回が魅力的な演技派の声優だ(ちなみに僕が最も尊敬する声優の1人でもある)。その悠木が演じるびわも絶品で,特に劇中に挿入される琵琶の弾き語りは,彼女の経歴の中でも抜きん出て秀でた演技と言える。周囲の劇伴が「ポップ」であるからこそ,彼女の重厚な演技も映える。

最後に,その重厚な琵琶の音色を生み出した琵琶監修の後藤幸浩についても言及しておこう。山田と牛尾のインタビューを聞けばわかることだが,本作の琵琶の音色は後藤の演奏がなければ実現し得なかったと言える。特に牛尾は後藤の琵琶を「技巧的な問題より生き様の問題」と言って大絶賛している。

後藤の演奏もYouTubeで公開されている。生演奏と比べうるものではないだろうが,それでも後藤の「生き様」の一端がはっきりと伝わってくる。アニメ視聴の参考としても,ぜひご覧いただきたい。


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第一話からすでに型破りをぶつけてきた山田版『平家物語』。今後の話数ではどんな"山田節"を見せてくれるだろうか。

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作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】原作:古川日出男訳 「平家物語」(河出書房新社刊)/監督:山田尚子/脚本:吉田玲子/キャラクター原案:高野文子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:サイエンスSARU/キャラクターデザイン:小島崇史/美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)/動画監督:今井翔太郎/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)/歴史監修:佐多芳彦/琵琶監修:後藤幸浩

【キャスト】悠木碧櫻井孝宏早見沙織玄田哲章千葉繁井上喜久子入野自由小林由美子岡本信彦花江夏樹村瀬歩西山宏太朗檜山修之木村昴宮崎遊水瀬いのり杉田智和梶裕貴

 

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*1: Febri特集「原作訳者:古川日出男に聞く アニメをより楽しむための『平家物語』ガイド①」

*2:古川日出男訳『平家物語』(「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09」),p.9,河出書房新社,2016年。

*3:同上,p.879。

アニメレビュー評価ポイント案10項目

アニメや映画などの作品評価を得点として示す方法は,大きく分けて2種類ある。1つは作品全体に対する印象やおすすめ度を大まかに数値化する方法。もう1つは,作品をいくつかの要素に分類し,それぞれの得点を数値として提示する方法だ。

当ブログのアニメレビューは後者の方法をとっている。具体的には,以下の10項目に関して5段階で評価し,記事の最後に「作品評価」としてそれぞれの得点数を挙げている。このほど,新たに【考察】というやや特殊なポイント加えた上で全体を改訂したので,これを機に当ブログの評価基準について紹介しておこうと思う。それぞれのポイントについて,最近の作品の中から高評価となった代表作を挙げてある。

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【キャラ】

キャラの外面・内面の描き方が魅力的かどうか,描き分け(彩色などのビジュアル要素も含む)が妥当か,作品全体との調和がとれているかなどを評価。したがって,いわゆるキャラの〈作画〉もこの項目で評価する。"感情移入できるかどうか"は不問。

高評価作品:『メイドインアビス 深き魂の黎明』(2020年)

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〈狂気〉としてのリコ,そのアルター・エゴとしてのボンドルドとレグ。そして〈奇跡の贄〉としてのプルシュカ。おそらく近年のマンガ・アニメ作品の中でもずば抜けて"立った"キャラの配置だろう。アニメ版では,このユニークなキャラの輪郭を的確なキャスティングによってさらに際立たせていた。

 

【モーション】

バトルシーン等の動きのあるシーン以外にも,作品全体やキャラの個性にあった動きになっているかなどを評価。したがって,いわゆる〈止め絵〉なども,十分効果的であれば高評価となる。

高評価作品:『アイの歌声を聴かせて』(2021年)

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ミュージカル・アニメとしてエンターテインメント性の高さが注目される本作だが,キャラクターや衣服など,細部の動きが丁寧に作られた作品でもある。特にネットでも話題となった「シオンとサンダーの乱取り」は,劇中歌「Lead Your Partner」とのタイミングも抜群の傑作シーン。アクション・アニメでなくともモーションで魅せることができることを示した作品と言える。

 

【美術・彩色】

単に"美麗かどうか"よりも,キャラ・ドラマ・メッセージとの調和を評価。作品全体の色彩設計などもここで評価する(ただしキャラの色彩設計については【キャラ】の項目で評価)。

高評価作品:『サイダーのように言葉が湧き上がる』(2021年)

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鈴木英人のような80年代「シティ・ポップ」の空気を引用しつつ,実際のロケーションの中に記号的な意味を読み取った本作。イシグロキョウヘイ監督のロジカルとも言える画面設計が光る秀作だった。個人的には,こうした作品のビジュアル面がもう少し正当に評価されるようになればいいと感じている。

 

【音響】

本編で流されるBGMやその他の音響効果に関するポイント。あくまでも〈効果〉を優先するので,〈敢えてBGMを使わない〉などといった演出も,作品とマッチしていれば高評価になる。

高評価作品:『ガールズ&パンツァー最終章』(第1話:2017年,第2話:2019年,第3話:2021年)

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"音響アニメと言えば『ガルパン』"と言ってよいほど,本作の音作りは徹底している。砲弾の着弾音までに至る細部の音へのこだわりは本作最大の魅力と言ってよいだろう。東京都立川市の「シネマシティ」など,ハイスペックな音響システムを備えた劇場に音響監督の岩浪美和が赴き,自ら音響調整を行なう特別上映も話題だ。

 

【CV】

キャラ・ドラマ・メッセージとの調和を評価。したがって,例えば非職業声優(俳優やお笑い芸人など)の演技が職業声優と比べて拙いものであったとしても,その作品のキャラにマッチしていれば高評価になる。

高評価作品:『劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜』(2019年)

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かつて舞台やミュージカルなどで活躍した黒沢ともよは,いわゆる典型的な"アニメ声"ではなく,よりナチュラルな芝居のできるユニークな声優だ。特に『ユーフォ』シリーズでは,彼女の独特な脱力系ボイスが主人公・黄前久美子の"普通の女子高生"という存在感にぴったりマッチしていた。「めんどくさいなー1年性!」という,あのいかにも面倒臭そうな絶妙な芝居は彼女にしかできない。

 

【ドラマ】

ストーリーラインが魅力的かどうかを評価。仮に明確な物語がなくても,全体として調和がとれていれば高評価となる。

高評価作品:『映画大好きポンポさん』(2021年)

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当ブログの2021年アニメランキングで第1位となった作品なので,ほぼすべての項目で高評価なのだが,特に「映画制作の中に自己を見出しつつそれを他者に宛てる」というドラマ性と,効果的な画作りと音響による盛り上げ方が秀逸な作品だった。

 

【メッセージ】

作品から読み取れ,なおかつ言語化できる思想のようなもの。〈テーマ〉とも言える。

高評価作品:『さらざんまい』(2019年春)

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ポップなビジュアルと軽快なコメディの背後に,〈欲望〉〈つながり〉〈生と死〉〈性の多様性〉など,実存的なテーマを据えたユニークなアニメ。幾原邦彦監督の問題意識がアップデートされた作品と言える。上掲の記事ではハイデガー『存在と時間』における“das Man”やラカンの「欲望」概念と絡めて論じた。

 

【独自性】

仮にパクリやオマージュなどが多くあったとしても,メッセージや演出に独自性があれば高評価。

高評価作品:『Sonny Boy』(2021年夏)

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一般的な意味での採算性をほぼ度外視し,監督の夏目真悟のやりたいことを表現し切ったという意味で,少なくとも近年のTVアニメの中では『Sonny Boy』ほど【独自性】の高い作品はないだろう。「学校の漂流」「超能力」といったモチーフ自体は古典的だが,その世界観の構築はとてつもなくユニークだ。ちなみに本作は【メッセージ】と【考察】の評価も高い。

 

【普遍性】

"10年後に観ても面白いと思えるか"が基準。

高評価作品:『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(1993年)

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TVシリーズの放映終了(1997年)から25年経ってなお楽しまれる『セーラームーン』シリーズ。『セーラームーン』というコンテンツそのものが魅力的であると同時に,個性豊かな制作者が参加していたシリーズとして,今でも語れる機会が多い。中でも劇場版『R』は,幾原邦彦監督独自の解釈による演出がふんだんに盛り込まれており,幾原演出の"ルーツ"を知る上でも重要な作品だ。今後,長きにわたって愛され評価され続ける作品であることは間違いない。

 

【考察】

いわゆる「謎解き」的な意味での考察ではなく,作品のテーマやアニメーションの作りに関しての考察(したがって【メッセージ】のポイントと関連することが多い)。簡単に言ってしまえば,"レビューの書き甲斐"がある場合に高評価となる。筆者の個人的な関心に依存することが多いので,最も主観的な評価ポイントでもある。

高評価作品:『海辺のエトランゼ』(2020年)

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ボーイズ・ラブというテーマを〈幻想〉と〈現実〉という2つの面で伝えた傑作短編。女性の描き方も考えられており,鑑賞者に深い考察を促す。沖縄の美しい風景や,民家を用いた絶妙なカメラワークなど,画作りに関しても考察しがいがある。BL作品の面白さを教えてくれた作品だった

 

アニメに限らず,ある作品を得点で評価する方法というのはとても難しい。上の【考察】の項目で「最も主観的な評価ポイント」と書いたが,当然,他のポイントもレビュワーである筆者の主観にすぎない。また,そもそも得点にする意味があるのかという議論もあるだろう(実際,得点評価自体を廃止しようと考えたこともある)。しかし,特定のポイントを拠り所にして数値化することによって評価の輪郭が明確になるだろうし,記事をご覧になる読者の方にとっても,レビュワーの意図が伝わりやすいと思う。まだまだ改善の余地はあるだろうが,アニメ評価の一案として参考にしていただき,ご意見などいただければ幸いである。

2021年 アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品について簡単なコメントを付しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,下の目次から「ランキング表」へスキップするなどしてご覧ください。

2021年新作アニメの鑑賞数は,TVシリーズが42作品(『不滅のあなたへ』『無職転生』など2クールでタイトル名が変化しない作品は1作品としてカウント),劇場版が24作品だった(『プリンセス・プリンシパル』などシリーズものは1作品としてカウント。OVAに分類される作品でも,劇場で先行公開したものは「劇場版」としてカウント)。

以下,「TVアニメランキング」「劇場アニメランキング」「総合ランキング」に分け,当ブログの基準による2021年のランキングをカウントダウン方式で紹介する。視認性を高めるため,TVアニメは青字劇場アニメは赤字にしてある。また各セクションの最後にはコメントなしの「ランキング表」を掲載してある。未視聴の作品がある場合には,「ランキング表」だけをご覧になることをお勧めする。

 

TVアニメランキング

10位〜6位

10位:『古見さんは,コミュ症です』(秋)

komisan-official.com

【コメント】原作に忠実であるだけでなく,撮影効果,マンガ表現を効果的に取り入れたユニークな演出,的確な劇伴などによって,古見さんと只野を始めとするバラエティ豊かなキャラクターを魅力的に描いた秀作。その繊細なアニメーションは第01話から目を引き,最終話まで高いクオリティが保たれた完成度の高い作品だった。すでに第2期の制作が発表されている。

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『古見さんは,コミュ症です。』公式Twitterより引用 ©︎オダトモヒト・小学館/私立伊旦高校

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9位:『不滅のあなたへ』(春・夏)

www.anime-fumetsunoanatae.com

【コメント】不死の存在を主人公に据えることで限りある命の有り様を照射し,その尊さを描き出した作品。原作の魅力を過不足なく伝えつつ,要所にアニメオリジナルの演出を施すことで,繊細な叙情性を加味することに成功していた。特に#12「目覚め」におけるグーグーとリーンの悲哀に満ちた物語は,ネット上でも大きな話題となった。今後,かなりの"超展開"を見せる物語をアニメがどう料理してくるか。2022年秋より続編放送が予定されている。

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『不滅のあなたへ』公式Twitterより引用 ©︎⼤今良時・講談社/NHK・NEP

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8位:『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(春)

vivy-portal.com

【コメント】時間遡行と歴史改変という古典的なモチーフを主軸としつつも,作り込まれた世界観やテンポのよい物語の運びによって,毎話飽きさせない秀作SF作品となった。ゴリゴリのSF的世界観を下地に"歌と心"というテーマを描いたことにより,"設定の妙"と"物語の叙情性"の両立に成功した作品と言える。最終話で示された「心=記憶」というテーゼは,今年公開された吉浦康裕監督の劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて』とも共鳴する。"強いAI"という存在が必ずしも夢物語ではなくなりつつある現在,これらの作品は一定のアクチュアリティを持って僕らの心に迫ってくる。

 

7位:『SSSS.DYNAZENON』(春)

dynazenon.net

【コメント】ロボット×怪獣アニメであるにもかかわらず,抑え気味の劇伴,たっぷり間をとったセリフ回しなど,"空"を効果的に用いた演出が光った作品。人の「情動」を怪獣の発生要件として設定したのもユニークで面白かった。「GRIDMAN UNIVERSE」は今後もTRIGGERの代表的なコンテンツの1つとして展開されていくことだろう。差し当たりは,「GRIDMAN×DYNAZENON」完全新作劇場版(仮称)の制作が決定している。


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6位:『SK∞』(冬)

sk8-project.com

【コメント】「スケボー×バトル」という奇抜な設定の妙に加え,アクの強いキャラクターの面々が異彩を放つ快(怪)作だった。特に愛抱夢のキャラクター造形は2021年の全アニメ作品の中でも抜きん出てユニークかつ魅力的で,CV子安武人の経歴の中でもかなりのハマり役だったのではないかと思う。ほんのりBLフレーバーのある作品でもあったが,だからと言って視聴者を選ぶような排他性がなかったのは監督の力量というところだろう。このレベルの作品が不意に出現してくるのが,日本のオリジナルアニメの面白いところである。

 

TOP 5

5位:『王様ランキング』(秋)

osama-ranking.com

【コメント】主人公ボッジの身体的境遇と,それを乗り越えようとする彼の努力は,"強さ"というものについて視聴者に深い考察を促す。こうしたリアルなメッセージ性が根底にあることによって,本作は"ファンタジー+α"の作品になっているのだと言える。

バラエティに富んだキャラクターも魅力的だった。特に後半に登場したデスパーは,ボッジを導く師匠であると同時に,絶えず笑いをもたらす第一級のコメディアンでもあり,本作に欠かせない名バイプレイヤーとなった。このデスパーを始め,キャラの立った人物たちを的確にデザインしていた点も高い評価に値する。また,キッズアニメのようなキャラクターデザインからは想像できないようなゴリゴリのアクションシーンなど,全体的にモーションの作り方が洗練されていた。総じて,アニメ化による付加価値の高い作品だったと言えるだろう。2022年冬から第2クールの放送が決定している。今後も楽しみな作品だ。


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4位:『小林さんちのメイドラゴンS』(夏)

maidragon.jp

【コメント】カンナを始めとする子どもたちの愛らしい所作が実に丁寧かつ繊細に演出されており,京都アニメーションの技術力・表現力の高さを改めて見せつけた作品だった。アニメというのは,〈止め絵の美しさ=カメラワーク〉で見せる場合と,〈動画=モーション〉で見せる場合とがあるわけだが,京都アニメーションの作品はこの両者が共に高いクオリティで実現されていることが多く,『メイドラゴン』も間違いなくそうした作品の1つだ。Blu-ray(ちなみに「豪華版」を全巻購入済み)でコマ送りをしながら全カット味わい尽くしたいと思わせる圧巻の出来栄えである。

その一方で,異種族間の対立(ファンタジー)と融和(日常)の共在という原作のテーマもきっちり消化しており,脚本力の強さも伺わせる作品だった。田村睦心,桑原由気,長縄まりあ,高田憂希を中心としたキャスト陣の貢献度も極めて高い。続編の報はまだないが,原作が続く限り継続して視聴していきたいシリーズだ。

 

3位:『無職転生〜異世界行ったら本気だす〜』(冬・秋)

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『無職転生〜異世界行ったら本気本気だす〜』公式HPより引用 ©︎理不尽な孫の手/MFブックス/「無職転生」製作委員会

mushokutensei.jp

【コメント】周知の通り,原作は"なろう系ラノベ"のパイオニアと称されているわけだが,そのアニメ化作品も他の"なろう系異世界ファンタジー"とは一線を画すハイクオリティな出来栄えとなった。作画,モーション,色彩,音響など,あらゆる点で第1話から視聴者を魅了し,2クールの間ほぼクオリティを維持し切った制作陣の力量には感服する。"劇場版レベル"と評価されたその作画力・演出力は,京都アニメーションのそれに匹敵する水準だったと言えるだろう。とりわけ「前世の男」の疎外感や「フィットア領転移事件」のアフターマスなど,作品のネガティブな側面とその超克を描くにあたって,単に説明セリフだけで済ますのではなく,画作りによって丁寧に表現した点は高い評価に値する。

こうした高い水準の作りは,制作会社スタジオバインドが本作の制作に特化していたという特殊な事情も関係しているだろう。今のところ続編の報はないが,ぜひ最後まで制作を続けて欲しいと願う。

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2位:『Sonny Boy』(夏)

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『Sonny Boy』公式HPより引用 ©︎Sonny Boy committee

anime.shochiku.co.jp

【コメント】「漂流」や「超能力」といった古典的なモチーフをベースとしながらも,多次元世界や可能世界といった"理論物理学的SF要素"を盛り込んだ極めてユニークなオリジナル作品。通常の意味での理解を拒むその奇想天外な物語は,必ずしも一般的な人気を得たとは言えないかもしれない。しかし監督の"やりたいこと"に徹したその制作精神は,深夜アニメにおける制作者の"作家性"を見定める上で1つの指針となったのではないだろうか。また,世界観の同一性を破綻させるような美術やプロップのビジュアルは,ややもするとクリシェになりがちな深夜アニメにおいてある種の批評性を獲得したと言える。

もちろん,そうした作家性や批評性だけが本作の価値を高めているわけではない。〈複数の可能世界とその選択〉というテーマは,子どもと大人の間を不安に揺れ動くジュブナイルの実存と絶妙な親和性を見せており,特に最終話のラストシーンは,銀杏BOYZのアカペラ版「少年少女」ともあいまって,視聴者の心をひりつかせるエモーショナルな結末だった。12話という限られた話数の中で伝え切れていない消化不良の部分もあったが,総じて,アニメーション表現とテーマの両方において高い水準を実現した作品だったと言える。

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1位:『オッドタクシー』(春)

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『オッドタクシー』公式HPより引用 ©︎P.I.C.S./小戸川交通パートナーズ

oddtaxi.jp

【コメント】2021年TVアニメの第1位として『オッドタクシー』を選んだ。"動物擬人化"という日本のアニメにおける伝統をトリックとして用いるアイデア,絶妙な間合いの会話術,緻密なストーリーテリング,そして最終話のドラマチックなどんでん返し。深いメッセージ性があるわけではないものの,第一級の娯楽アニメとして他を圧倒したオリジナル作品だった。

そういう意味では2位の『Sonny Boy』と真逆の方向性を示したアニメだっただけに,この2作品を比較するのは極めて難しく,今年は『オッドタクシー』と『Sonny Boy』の順位で相当悩んだ。最終的に,エンターテインメント作品として1つの完成形を示したという意味で,『オッドタクシー』を1位に選んだ次第である。

監督の木下麦や脚本の此元和津也など,映像制作会社P.I.C.S.のメンバーを中心とした布陣も,アニメ界に新風を吹き込んだと言えるのではないだろうか。“老舗”のアニメ制作会社とは少し異なる感性を持った制作者(ただし共同制作のOLMは“老舗”である)がオリジナルアニメを手がけたことが,業界にとっていい刺激になったと予想できる。

来年2022年4月1日より『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』の公開が決定している。


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TVアニメランキング表

1位:『オッドタクシー』
2位:『Sonny Boy』
3位:『無職転生〜異世界行ったら本気だす〜』
4位:『小林さんちのメイドラゴンS』
5位:『王様ランキング
6位:『SK∞』
7位:『SSSS.DYNAZENON』
8位:『Vivy -Fluorite Eye's Song-』
9位:『不滅のあなたへ』
10位:『古見さんは,コミュ症です』

● その他の鑑賞済みTVアニメ作品(50音順)

『裏世界ピクニック』『海賊王女』『かげきしょうじょ!』『鬼滅の刃 無限列車編/遊郭編』(『遊郭編』は2022年冬アニメとして扱う)『吸血鬼すぐ死ぬ』『ゴジラSP〈シンギュラポイント〉』『さよなら私のクラマー』『シャドーハウス』『呪術廻戦』『白い砂のアクアトープ』『スーパーカブ』『戦闘員,派遣します!』『先輩がうざい後輩の話』『ゾンビランドサガ リベンジ』『大正オトメ御伽話』『でーじミーツガール』『天地創造デザイン部』『はたらく細胞!!』『はたらく細胞BLACK』『バック・アロウ』『美少年探偵団』『ひぐらしのなく頃に業・卒』『BEASTARS(第2期)』『ピーチボーイリバーサイド』『ブルーピリオド』『ぼくたちのリメイク』『ホリミヤ』『マギアレコード』『見える子ちゃん』『約束のネバーランド Season2』『ワンダーエッグ・プライオリティ』

 

劇場アニメランキング

10位〜6位

10位:『サマーゴースト』

summerghost.jp

【コメント】40分という短尺で,かつカット数もさほど多くないと思われる小品だが,死に触れることにって生の価値を見つめ直すというテーマは鑑賞者に深い考察を促す光と影を用いた美しい画作りも印象的だ。隅々まで描き尽くし,語り尽くすアニメがある一方で,俳句のように削ぎ落とした本作のようなアニメがあってもいい。

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9位:『漁港の肉子ちゃん』

29kochanmovie.com

【コメント】「明石家さんまプロデュース+吉本興業製作」という鳴り物入りで始まった企画だが,そうした外的な要因はさておき,渡辺歩×STUDIO4°Cの『海獣の子供』チームが描き出した哀愁漂う漁港と肉子≒トトロの直向きな姿はこの上なく美しい。個人的には主人公キクコの同級生の二宮というキャラが面白く,彼の箱庭療法の世界が現実の風景と重なるシーンには膝を打つ。もっと高い評価を得て然るべき作品だった。

 

8位:『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』

gundam-hathaway.net

【コメント】原作小説の独特な言い回しと向き合いながら,「ギギ・アンダルシア」という稀有なキャラクターを顕現させた本作。原作小説を併せて読むと,監督の村瀬修功が"富野節"といかに格闘したかがよくわかる。ただしそれは単なる忠実な再現ではない。オリジナルシーンを挿入しながらモビルスーツの巨大感を演出した一連のシーンなどは,アニメならではの見応えあるシーンに仕上がっている。続編の報が待たれる。

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7位:『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第1章・第2章』

pripri-anime.jp

【コメント】TV版のその後を描いたシリーズだが,TV版よりも作画面・音響面において遥かにグレードアップしている。OVAに分類される作品ではあるが,劇場での鑑賞に最適化されたクオリティと言えるだろう。「第2章」ではリチャード王子という新たなキャラクターが加わることにより,これまでのパワーバランスが大きく変化する様が描かれた。「変わるのは世界か,少女か」キービジュアルのこのコピーが実に意味深だ。最後まで劇場鑑賞で見届けたい作品である。

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6位:『サイダーのように言葉が湧き上がる』

cider-kotoba.jp

【コメント】 タイトルを含め,劇中で使用される俳句に現役の高校生が創作したものを採用して主人公たちの声を代弁させたことにより,生の青春の声が響きわたる瑞々しい秀作となった。職業声優の水準から見ればまったく熟れていない市川染五郎の演技は,「言葉が湧き上がる」という生々しい青春のダイナミズムとむしろ相性がよく,非職業声優キャスティングの1つの可能性を提示したと言える。計算された美術とロケーションも見応えがあり,何度も繰り返し鑑賞したくなる作品だ。

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TOP 5

5位:『ガールズ&パンツァー最終章 第3話』

girls-und-panzer-finale.jp

【コメント】全6話のうち第3話目ということで,ようやく折り返し地点まで来たという段階だが,毎話の引きが見事でまったく飽きさせることがない。第3話は日常シーンが少なく,対戦シーンそのもので物語が作られている点が特徴的だ。ゲームエンジンを使用して制作されたという「乗組員視点の主観カット」は,ラストシーンで継続高校のヨウコが放った砲弾の視点へと繋がり,西住みほのⅣ号戦車に着弾した瞬間に第3話は終了する。極上の引きである。これだけ話数間の期間が空いてしまうと,並のアニメであれば前話の内容を忘れかけてしまうものだが,『ガルパン』シリーズは画の力が強いためか,カットの印象が強く脳裏に焼き付いている。さすがの水島努監督である。完成まで後数年かかるだろが,最後まで見届けたい作品である。

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4位:『呪術廻戦0』

jujutsukaisen-movie.jp

【コメント】〈純愛=乙骨 vs 大義=夏油〉という構図は,双方共に濁りのない純粋な動機に基づくが故に,決して折り合うことのない宿命的な対立だ。その意味でも,そして愛=呪いという特殊な設定においても,『呪術廻戦0』は本編とは少々異質なメッセージ性を持った作品だと言える。したがって,TVアニメとは異なる劇場版というフォーマットで本作をアニメ化したことには大きな意味があるだろう。朴性厚監督と,近年ますます注目を集める制作会社MAPPAは,オリジナルのシーンを加味することで得意のアクションシーンをボリュームアップしつつ,ラストの「純愛」のシーンを存分に盛り上げることに成功した。エンドロール後,そこかしこから啜り泣く声が聞こえたのが印象的である。何かとufotableの『鬼滅の刃』と比較される本作だが,あまり周りを見ずに,こちらはこちらで得意技を繰り出してもらえればいいと思う。

 

3位:『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』

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『エヴァンゲリオン』公式Twitterより引用 ©︎カラー/Project Eva. ©︎カラー/EVA製作委員会 ©︎カラー

www.evangelion.co.jp

 

【コメント】「第3村」を舞台に,これまでほとんど触れられてこなかった人々のミクロな生活世界に焦点を当て,レイを主体として様々な感覚体験を描き出した本作。そこは多様な匂い=他者の存在する豊かな世界であり,碇ゲンドウが「人類補完計画」によって目論んだ「浄化」の世界とは対照的な世界であった。最終的にシンジは「他者」を容認する。しかしそこには,「他者性の拒絶」という経路を一旦経てから「他者性の容認」に至るという,26年の歳月をかけた長大な迂回があったのだ。ひょっとしたら,これは庵野秀明自身の実存的体験と符号するのかもしれない。

しかし『エヴァ』というコンテンツは,"庵野秀明"という巨大な伝記的事実から相対的に自由になった時に,本当の意味で評価されるのかもしれない。作品を解釈するにあたって作者を唯一の参照先とするのであれば,解釈の正当性を保証するものが作者だけに限定されてしまうからだ。その意味で,『エヴァ』シリーズは『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』によって締めくくられはしたが,その正当な解釈は今後なされていくのだろう。

そういう意味では,当ブログの本作評価も現時点では留保されている。この順位も暫定的なものだ。今後,当ブログも『エヴァ』シリーズと様々な形で格闘し続けていくことになるだろう。

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2位:『アイの歌声を聴かせて』

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『アイの歌声を聴かせて』公式Twitterより引用 ©︎吉浦康裕・BNArts/アイ歌製作委員会

ainouta.jp

【コメント】AIは人間の似姿なのか,それとも他者なのか。人間とAIは本当の意味で共感し合えるのか。『アイの歌声を聴かせて』は,"ミュージカル青春群像劇"という体裁をとった第一級のエンターテインメント作品であると同時に,"強いAI"の到来が夢物語ではなくなった現代の我々に実存的とも言える深淵な問いを投げかけてもいる。おそらくそれは,吉浦康裕監督が『イヴの時間』(劇場版:2010年)以来,温め続けてきた問題意識なのかもしれない。またそれは手塚治虫のマンガ『火の鳥 復活編』(1970-1971年),CLAMPのマンガ『ちょびっツ』(2000-2002年,TVアニメ:2002年春・夏),カズオ・イシグロの小説『クララとお日さま』(2021年),エザキシンペイ監督のTVアニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(2021年春)などに描かれたテーマと同じ問題圏内にあると言える。こうした他作品との比較考察を促すという意味でも,高いメッセージ性を持つ作品と言えるだろう。

アニメーション技術の水準も極めて高い。話題となった「シオンとサンダーの乱取り」シーンを始め,キャラクターや衣服の細かいモーションが丁寧で観ていて心地がよい。土屋太鳳の歌唱も見事で,"ミュージカルアニメ"として1つの解を提供し得たのではないかと思われる。オリジナル劇場アニメの成功例として歴史に名を残す作品となるだろう。

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1位:『映画大好きポンポさん

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『映画大好きポンポさん』公式Twitterより引用 ©︎2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/ 映画大好きポンポさん製作委員会

pompo-the-cinephile.com

【コメント】現実を映画として知覚してしまうほどの超シネフィル・ジーンを主人公に据え,そこかしこにリアルと映画との関係を相対化する演出を施した本作は,クライマックスにおいて編集作業を"何かを犠牲にする決断"として ーそれもアクションシーンとしてー 示すことにより,〈映画=己の人生〉というテーマを強力に打ち出す。にもかかわらず唯我独尊のエゴイズムに堕すことがないのは,映画の中に自身の人生を見出しつつも,それを天才プロデューサー・ポンポさんに観てもらいたいというジーンの思いを描いていたからだ。そういう意味では,この映画は個性と個性との間の強烈なコミュニケーションを描きつつ,〈映画とは己のものであると同時に他者のものである〉というメッセージを伝えている。そして何より重要なのは,こうした強いメッセージに説得力を持たせるだけの技術力がこの作品にはあったということだ。

本作はマンガ原作のアニメ化ではあるが,監督の平尾隆之はアニメオリジナルのシーンやキャラクターを導入することによってかなり自由に再解釈をしている。原作に限りなく忠実なアニメももちろん評価に値するが,本作のように,原作を尊重しながらもそこに監督独自の解釈を上乗せするような作り方も面白い。平尾にはそれを敢行するだけの力量があったのだ。

やや大仰な言い方をすれば,本作はコロナ禍によって薄暗い影の差した映画界に一条の光明をもたらした作品と言える。本作を2021年劇場アニメの第1位として認定することに異論はないだろう。

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劇場アニメランキング表

1位:『映画大好きポンポさん』
2位:『アイの歌声を聴かせて』
3位:『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||
4位:『呪術廻戦0』
5位:『ガールズ&パンツァー最終章 第3話』
6位:『サイダーのように言葉が湧き上がる』
7位:『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第1章・第2章』
8位:『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
9位:『漁港の肉子ちゃん』
10位:『サマーゴースト』

● その他の鑑賞済み劇場アニメ作品(50音順)

『映画 えんとつ町のプペル』『映画 クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』『劇場版 ソードアート・オンライン-プログレッシブ-星なき夜のアリア』『劇場編集版かくしごと -ひめごとはなんですか-』『さよなら,ティラノ』『シドニアの騎士 あいつむぐほし』『白蛇:縁起』『美少女戦士セーラームーンEternal 前・後編』『100日間生きたワニ』『フラ・フラダンス』『Fate/Grand Order 終局特異点 冠位時間神殿ソロモン』『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-後編 Paladin; Agateram』『岬のマヨイガ』『竜とそばかすの姫』

 

総合ランキング表

最後に,TVシリーズと劇場版を総合したランキングを紹介しよう。

1位:劇場アニメ『映画大好きポンポさん』
2位:劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて』
3位:劇場アニメ『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||
4位:TVアニメ『オッドタクシー』
5位:TVアニメ『Sonny Boy』
6位:劇場アニメ『呪術廻戦0』
7位:TVアニメ『無職転生〜異世界行ったら本気だす〜』
8位:TVアニメ『小林さんちのメイドラゴンS』
9位:劇場アニメ『ガールズ&パンツァー最終章 第3話』
10位:TVアニメ『王様ランキング』
11位:劇場アニメ『サイダーのように言葉が湧き上がる
12位:劇場アニメ『プリンセス・プリンシパル Crown Handler 第1章・第2章』
13位:劇場アニメ『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』
14位:TVアニメ『SK∞』
15位:TVアニメ『SSSS.DYNAZENON』
16位:TVアニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-
17位:TVアニメ『不滅のあなたへ』
18位:劇場アニメ『漁港の肉子ちゃん
19位:TVアニメ『古見さんは,コミュ症です。』
20位:劇場アニメ『サマーゴースト』

 

総評

2021年のTVアニメは『オッドタクシー』『Sonny Boy』『SK∞』など,強烈な個性の作品が多かったように思う。オリジナルアニメ推しの当ブログとしても,大いに楽しめた1年だった。ただし,中には脚本力・構成力等の不足により,低い評価を下さざるを得なかったものもある。オリジナルアニメ制作の難しさを改めて感じた年でもあった。原作アニメに関しては,『無職転生』『小林さんちのメイドラゴンS』『王様ランキング』など,原作の再現にとどまることなく,アニメ作品固有の価値を付与することによって魅力を倍増させた作品が多く見られた。

一方の劇場アニメに関しても,『映画大好きポンポさん』『アイの歌声を聴かせて』『サイダーのように言葉が湧き上がる』『漁港の肉子ちゃん』など,ユニークな作品が続出した年だった。もちろん,純粋に興行成績だけで見た場合,これらの作品がより知名度の高い作品(原作ありの作品や監督の知名度が高い作品)と比べ,正当な評価がなされていたとは言い難い。しかしそんな中でも,『アイの歌声を聴かせて』などは,SNSでの口コミにより徐々に集客を増やしていったという事情がある。仮に知名度の点で後塵を拝していても,確実に面白いと言える作品を作り,的確な戦略に基づいて地道に宣伝すれば,十分に多くの観客にリーチする可能性はあるということだ。

2022年もコロナ禍の不安が完全に消えることはないだろうが,2020年と2021年と比べれば制作体制も安定し,正常状態に近づくのではないかと予想される。しかし問題はその先だ。アニメファンとしては,クリエイションの面でもマーケティングの面でも,コロナ禍前を上回る水準に到達して欲しいと思う。そういう意味でも,2022年は重要な年になるのだろう。

アニメ業界のさらなる躍進を祈念しつつ。皆さま,よいお年を。

 

2021年 秋アニメランキング[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の内容に部分的に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

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『王様ランキング』公式Twitterより引用 ©︎十日草輔・KADOKAWA刊/アニメ「王様ランキング」製作委員会

秋アニメもほぼすべての作品が最終話を迎え,まもなく2021年の全クールが終了する。今回の記事では,2021年秋アニメの中から,特にレベルの高かった5作品をランキング形式で振り返る。なお,以前掲載した「2021年秋アニメ 中間報告」ではピックアップしたものの,残念ながら最終話の仕上がりで今回ランクインしなかった作品があることをお断りしておく。

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5位:『大正オトメ御伽話』

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最終話「春ノ嵐」はヘルマン・ヘッセの小説『春の嵐』(1910年,原題は"Gertrud")へのオマージュだろうか。腕を負傷し「死人」と同様の生を強制された珠彦の元に,色とりどりの人間関係を巻き込みつつ"春"をもたらしたユヅ。震災という災禍を生き延びた彼ら/彼女らの「初恋」が,今を生きる僕らの生につながっているのだということを実感させる爽やかな最終話だった。いまだ"3.11後の世界"を生きる僕らにとって,ある種のリアリティを持った作品だったと言える。

4位:『見える子ちゃん』

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"見えるのに見えないフリをする"という緊張感の中でコメディと物語を両立させた秀作。どこか憎めない怪物たちのビジュアルもユニークで,アニメ化による付加価値も高かったと言える。以前の記事にも書いたが,〈見える/見えない〉という視点の差異を利用した設定は,アニメ作品においてたびたび反復されるモチーフになっており,2022年冬アニメで言えば山田尚子監督の『平家物語』などがある。いずれ機会があれば,この〈見える/見えない〉を軸にいくつかの作品を比較してみたい。

3位:『古見さんは,コミュ症です。』

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「コミュ症」であることから,ほとんどセリフのない古見さんを"ゼロ度"の中心として設定しつつ,その周りをバラエティ豊かなキャラクターが賑やかしていくという構図。そこはスクールカーストも派閥も存在しない,究極の"異世界"と言えるかもしれない。この種の作品がアニメ化と相性がいい所以なのだろう。レンズ効果なども多様しながらキャラクターの心情を丁寧に描写し,原作のマンガ的表現を効果的に取り入れた完成度の高い学園コメディだった。第2期の制作もすでに決定(放送は2022年春を予定)しており,さらに期待が高まる。

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2位:『無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜 第2クール』

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「フィットア領転移事件」の後の話数は,ルーデウスによる下ネタギャグを交えながらも,概ね事件によって引き裂かれた人々の絶望と悲哀が中心に描かれていた。この作品も,3.11から10年後の世界を生きる僕らにとって,ある種のリアリティをもって心に迫るディザスターアニメである。最終話では,本来まったく違うはずのルーデウスと前世の男のビジュアルを意図的に似せた演出を施し,非現実である現世を生きることで現実である前世を生き直す,という重曹的なテーマをきっちりとビジュアルに落とし込んでいた。"なろう系ラノベ"のパイオニアである本作が,世に氾濫する"なろう系アニメ"の金字塔ともなったことは疑う余地がないだろう。続編が強く待望される傑作アニメである。

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1位:『王様ランキング』

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ボッジの師匠となったデスパーの最終話のセリフ「あなたはその欠けたもので,普通の人にはない,色んなことを経験しています。それは苦しいけれど,きっと自分の道を切り開く力になるでしょう。だから自分のすべてを愛しなさい」は,本作の根底を流れるメッセージと言えるのではないだろうか。身体的な境遇はメリットでもデメリットでもなく,生と多様性とその強度の基底なのだ。同じく最終話で,障がい者と国家の福祉との関係を示唆していた点も,テーマに一定のリアリティを付与する要素として好印象だった。

原作の淡白な描線を元にしながら,迫力あるアクションや表情豊かなキャラクター造形を加味したことで,アニメ化による付加価値の高さを見せつけた傑作となった。本作も2022年冬からの続編放送が決定している。今後も継続して応援していきたい

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● その他の鑑賞済み作品(50音順)

『海賊王女』『鬼滅の刃 無限列車編/遊郭編』(『遊郭編』は2022冬アニメとして扱う)『吸血鬼すぐ死ぬ』『白い砂のアクアトープ』『先輩がうざい後輩の話』『でーじミーツガール』『ブルーピリオド』
 

以上,当ブログが注目した2021年秋アニメ5作品を挙げた。

お気づきと思うが,今回は当ブログが普段から推しているオリジナル・アニメがランクインしていない。これは当初注目していたオリジナル作品が,テーマやアニメーションのクオリティに関して期待以上の出来ではなかったことに加え,最終話に向けた物語の締めくくり方において不満を残す結果となったためである(特に『海賊王女』)。オリジナル・アニメのストーリーテリングの難しさを視聴者側の立場として痛感したクールだった。はたして次クールには骨太のオリジナル作品が現れるだろうか。2022年冬アニメのおすすめに関しては以下の記事を参照頂きたい。

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「庵野秀明展」レポート[感想]:〈庵野秀明というレンズ〉は何を映し出すのか

 

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「庵野秀明展」公式Twitterより引用 ©︎HIDEAKI ANNO EXHIBITION

www.annohideakiten.jp

今年(2021年)『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を発表し,1995年から始まる『エヴァ』シリーズの歴史に終止符を打った庵野秀明。『シン・ウルトラマン』や『シン・仮面ライダー』などの公開を控えた今,その創作は新たなステージに至ろうとしているように思える。本展示は,庵野の創作に影響を与えた特撮作品や,彼が直接関わった作品を中心に,膨大な量の資料によって“庵野秀明”という稀有なキャラクターの軌跡を辿る大規模展示である。

展示会データ

*チケットやグッズ等については東京会場のもの

【会場・会期】

以下の順で巡回。

【東京】国立新美術館:2021年10月1日(金)~12月19日(日)

【大分】大分県立美術館:2022年2月14日(月)~4月3日(日)

【大阪】あべのハルカス美術館:2022年4月16日(土)〜6月19日(日)

【山口】山口県立美術館:2022年7月8日(金)〜9月4日(日)

以降,追加巡回を予定。

【チケット】

事前予約制(日時指定券)。一般 2100円(税込)大学生 1400円(税込)高校生 1000円(税込)。詳しくはこちら

【グッズ】

図録の販売あり(4620円(税込))。その他,アクリルスタンド,クリアファイル,缶バッジ,トートバッグ,キャンバスアート,Tシャツ等の販売あり。詳しくはこちら

【その他】

ほぼすべてのセクションで写真撮影可(映像展示や一部の制作資料などは撮影不可)。東京会場では音声ガイドなし(大分会場以降は音声ガイド開始予定。詳しくはこちら)。鑑賞所要時間の目安は「やや急いで鑑賞」で2時間30分。「じっくり鑑賞」で4時間以上。1日にとれる時間が少ない人は,2回に分けて鑑賞することが推奨される。

庵野秀明プロフィール

1960年,山口県宇部市生まれ。大阪芸術大学在学中の1981年に大阪で開催された「第20回日本SF大会(通称「DAICON 3」)」のオープニングアニメーションを制作し,その卓越した技量を披露する。この際,河森正治に才能を認められ,『超時空要塞マクロス』(1982年)の制作に参加。『風の谷のナウシカ』(1984年),『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987年)などの制作に参加した後,OVA『トップをねらえ!』(1988-1989年)で商業作品監督デビューを果たす。続いて『ふしぎの海のナディア』(1990年春-1991年春)にてTVシリーズアニメ初監督を務めた後,『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年秋-1996年冬)を世に放ち,アニメ界を揺るがす社会現象を巻き起こした。その一方で,実写映画にも関心を持ち続け,監督として『ラブ&ポップ』(1998年)『式日』(2000年)『キューティハニー』(2004年)などを制作。総監督・脚本を手がけた『シン・ゴジラ』(2016年)は特撮ファンからも高い評価を受けた。2021年,『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』にて『エヴァ』シリーズの歴史に終止符を打つ。現在,『シン・ウルトラマン』(企画・脚本)と『シン・仮面ライダー』(監督・脚本)の公開が予定されている。

展示構成

展示は以下5つの章に分かれており,編年的に庵野の創作活動を追う構成になっている。なお,それぞれの章題の字体には『エヴァンゲリオン』と同じ「マティスEB」が使用されており,文字列が直角に折れ曲がるスタイルになっている。

第1章:原点、或いは呪縛
第2章:夢中、或いは我儘
第3章:挑戦、或いは逃避
第4章:憧憬、そして再生
第5章:感謝、そして報恩

「総天然色」原体験

*キャプションでの断りがない写真は筆者撮影。

庵野秀明の代表作『エヴァンゲリオン』は,しばしばその斬新な色づかいが注目される。紫,赤,山吹色を基調としたエヴァンゲリオンの機体は,それまでのロボットアニメとは一線を画す大胆なカラーリングであり,またアパレル関連商品とも相性のよい適度な"おしゃれ"度であることによって,アニメファンの裾野を広げるきっかけの1つとなったとも言える。

では,『エヴァ』の色彩は庵野という個人において突然変異的に発生した新種なのだろうか。本展示を見ていくと,必ずしもそうとは言い切れない時代的な背景が見えてくる。

庵野秀明が生まれた1960年は,日本で初めてカラーテレビの本放送が始まった年でもある。むろん,放送が始まったからと言って,カラーテレビの受像機がすぐに普及したわけではなく,その後もしばらくは白黒テレビが主流の状況が続いた。「庵野秀明展」の中には,1991年に発売された『サンダーバード』のLD-BOX用に庵野が執筆したライナーノートが展示されている(写真撮影不可だが,図録には手書きの原稿が掲載されている)。そこには,白黒からカラーへの過渡期の時代に,『サンダーバード』の再放送を観た時の彼の感動が綴られている。

自分の家はまだ白黒テレビだったので,学校帰りに友人宅へ行き,カラーテレビで見た。

感動である。

今の子供達(ーと言っても中,高校生でも無理かー)には,この感動はもう味わえないであろう。

「色」が付いている…唯,それだけの有難味を,そしてカッコ良さをー。

『サンダーバード』は,明らかにカラーを意識した作品だと思う。

キャラクターもメカニックも実にカラフルである。原色に近い色を遠慮なく配色している。が,それでいて実にシブイ。ウェザーリングとディテールの旨さであろう。実にリアルにできている。*1

庵野の幼少時の原体験には,技術の進歩がもたらした"色"に対する素朴な驚きがある。そうして改めて見てみると,展示の最初のセクション「第1章 原点、或いは呪縛」の重要性が際立ってくる。ここで庵野の創作の原点として展示された展示物(『ウルトラマン』シリーズや『マイティジャック』など)には,現代の僕らから見ても斬新な配色やデザインのものが多いのだ。

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また,同セクションには『宇宙大戦争』(1959年),『モスラ』(1961年),『妖星ゴラス』(1962年)など,本多猪四郎と円谷英二コンビの特撮映画の展示もあるが,この当時の特撮映画のポスターには必ずと言っていいほど「総天然色」という宣伝文句が付けられていた(なお,日本で最初の長編カラー映画は木下恵介『カルメン故郷に帰る』(1951年),最初のカラー特撮映画は島耕二『宇宙人東京に現る』(1956年)である)。庵野だけでなく,映像業界全体が"カラー映像を観る"ことに歓喜していた時代だったのだ。

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今回の展示では「色」を明示的に主題にしたコーナーはないが,こうしたいくつかの資料を仔細に見ていった時,『エヴァ』の色彩を生み出した庵野がかつて目にしていたであろう「総天然色」の世界がありありと浮かび上がってくる。

「第3村」のミニチュア:庵野秀明というレンズ

先述したように,本展示は庵野が目にしていた創作世界から始まる。さらに創作物だけでなく,工業地帯として急速に発展した彼の故郷・宇部市についての言及や,庵野の両親が愛用していたという足踏み式ミシンの展示などもあって興味深い。こうした創作物や事物が庵野の感性を刺激し,その想像力の下地を作っていった様が伺える展示構成になっている。

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つまり「庵野秀明展」には,庵野の作品を透明な眼差しで客観的に見るだけでなく,〈庵野秀明というレンズ〉を通して現代カルチャー史を見るという側面もあり,単なる"個展"の枠を超えた広がりを持った展示会なのだ。

〈庵野というレンズ〉ということで言えば,『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の制作に使われた「第3村」のミニチュアセットの展示も面白い。同作は,通常のアニメのように絵コンテをスターティングポイントとするような制作工程をとらず,モーションキャプチャーやプリヴィズ(映像制作の前段階として,3DCGなどによって簡易な映像をシミュレーションすること)を活用することによって事前にカメラアングルを模索したことで知られる。このプリヴィズの工程において使用されたのが,「第3村」のミニチュアセットだ。「プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明スペシャル」(2021年)の拡大版「さようなら全てのエヴァンゲリオン〜庵野秀明の1214日〜」(2021年)では,この「第3村」のミニチュアをあらゆる角度から眺めながら,何度も手を入れ直す庵野の姿が映し出されている(「プロフェッショナル」の方ではこの部分がほぼカットされている)。

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「さようなら全てのエヴァンゲリオン〜庵野秀明の1214日〜」より引用

したがって,このミニチュアを"ちょっと大掛かりなジオラマ"程度のものとしてカジュアルに眺めるだけではもったいない。このミニチュアにカメラのレンズを向け,フレームで切り,フォーカスを当てた世界は,まさしく〈庵野というレンズ〉を通して見た世界そのものだ。ここでは『シン・エヴァンゲリオン』を制作していた庵野秀明の身体的所作までをも疑似体験できる。ぜひ様々なアングルから撮影することをお勧めしたい。

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消えるカラータイマー:原点回帰

〈庵野というレンズ〉は今後何を映し取っていくのだろうか。

展示も終わり近くの「第4章 憧憬、そして再生」には,かつてウルトラマンのデザインを手がけた成田亨の油彩画(複製)が展示されている。題名は『真実と正義と美の化身』(1983年)。そこには,左手を腰の辺りで拳にし,右手を前に突き出したポーズのウルトラマンが描かれている。胸にはあの「カラータイマー」がない。

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庵野は自身が企画・脚本を手がける『シン・ウルトラマン』におけるウルトラマンのデザインについて,以下のように述べている。

成田亨氏の描いた『真実と正義と美の化身』を観た瞬間に感じた「この美しさを何とか映像に出来ないか」という想いが,今作のデザインコンセプトの原点でした。

我々が『ウルトラマン』というエポックな作品を今一度現代で描く際に,ウルトラマン自身の姿をどう描くのか。

その問題の答えは,自ずと決まっていました。

それは,成田亨氏の目指した本来の姿を描く。現在のCGでしか描けない,成田氏が望んでいたテイストの再現を目指す事です。

世界観を現代に再構築する事は挑戦出来てもあの姿を改める必要を感じ得ず,成田亨・佐々木明両氏の創作したオリジナルへの回帰しか,我々の求めるデザインコンセプトを見出せませんでした。*2

よく知られたことだが,ウルトラマンのデザインの生みの親である成田は,目に開けられた覗き穴や,ウルトラマンのシンボルとも言える「カラータイマー」の存在を好まなかった。『真実と正義と美の化身』は,成田のウルトラマンの理想像なのだ。庵野は『シン・ウルトラマン』において,その成田のデザインコンセプトを完全再現しようと目論んでいるのである。

かつて庵野は,自主制作映画『ウルトラマン』(1980年)や『DAICON FILM版 帰ってきたウルトラマン』(1983年)において,みずからウルトラマン役として出演していた。そこでは,マスクやスーツなどは身に付けていない,"庵野秀明"という剥き出しの身体が露出していた(カラータイマーは付いてた)。あれから40年ほど経った今,庵野は自らの身体性を慎重に包み隠し,真(シン)の「ウルトラマン」の姿に立ち返ろうとしている。庵野というレンズは,新しいものをゼロから作り出すことではなく,彼の創作の原点となったものに回帰しようとしている。それはちょうど,老成した画家が風景の忠実なデッサンに立ち返る態度に似ているかもしれない。彼はあらゆる現代の技術を総動員して,『ウルトラマン』を新(シン)生させるのだろう。

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しかしどれだけ原点に忠実になったとしても,結局は庵野固有の身体性が端々から漏出するはずだ。何しろそれは,〈庵野秀明というレンズ〉を通過した原点回帰なのだから。そしておそらく僕らは,『シン・ウルトラマン』と『シン・仮面ライダー』という作品によって,庵野秀明に固有の回顧的な視界を共有することを楽しみにしているのだ。

さいごに

今回の展示の目玉は,庵野が直接手がけた作品を中心にほぼすべての資料が写真撮影可となっている点だ。ただし,一部の資料に関しては(おそらく権利上の問題だと思われるが)撮影不可であり,会場でしかお目にかかることができないものもある。例えば『美少女戦士セーラームーンS』におけるウラヌスとネプチューンの変身バンクの絵コンテは,なかなか目にすることができない貴重な資料だが,撮影不可の上,図録にも掲載されていない。機会のある方は,ぜひ会場に赴いて資料を目に焼き付けて欲しい。

* 公式図録について

本展示の図録は,東京会場における展示品の中からスタッフが選んだものが掲載されている。その分量は500頁近くに及び,主だった展示品をほぼ網羅していると言ってよいだろう。庵野秀明という個人を知る上でも,また戦後のいわゆる“オタク第一世代”以降の歴史を振り返る上でも,高い資料価値を持った図録だ。展示会をご覧になった方は入手されることをお勧めする。

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*1:「庵野秀明展」図録,p.229,朝日新聞社,2021年。

*2:同上,p.472。

2022年 冬アニメは何を観る?来期おすすめアニメの紹介 ~2021年秋アニメを振返りながら~

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『平家物語』公式HPより引用 ©︎「平家物語」製作委員会

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2021年 秋アニメ振返り

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2022年秋アニメは,前回の「何を観る?」の記事で紹介したオリジナルアニメの中に個人的に評価できる作品が少なかったのだが,それ以外の作品に優れたものが多くあり,結果として十分満足のできるクールだったのではないかと思う。ここでいくつかの作品を簡単に振り返ってみよう。

大正時代を舞台とした『大正オトメ御伽話』は,主人公の珠彦とユヅが“家”という力に翻弄される過酷な運命を背負いながらも,主体的かつ真摯な愛情を育んでいく純愛物語だ。原作の桐丘さな自身が,一人ひとりのキャラクターを愛情を持って描いていることがはっきりと伺える良作である。

異形の姿が見えるようになってしまった四谷みこが主人公の『見える子ちゃん』は,「見える/見えない」という視点の差異をうまく活用したホラーコメディだ。登場する化け物はどれも不気味であったり妙に滑稽だったりするのだが,どこか憎み切れない存在感を放っていて面白い。みこの父親とのエピソードなど,サプライズと感動の両方を狙った話数もあり,“コメディ”の一言で済ませるにはもったいないほどの物語性を持った作品である。

その意味では,『古見さんは,コミュ症です。』も,単なる“学園コメディ”という枠を越えた丁寧な演出や心理描写が光る秀作だ。とりわけ,随所に盛り込まれたアニメオリジナルの演出には要注目だ。また,先行して実写ドラマ版がNHKで放映されていたが,両者を比較することで”アニメでしかできないこと/実写ドラマでしかできないこと”が見えてくるかもしれない。

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シリーズ2クール目となる『無職転生~異世界行ったら本気だす~』は,深夜アニメにおいて量産されている”異世界モノ”の標準値をはるかに越えたハイクオリティの作品だ。単に作画レベルが高いというだけでなく,主人公ルーデウスとその父パウロとの再会シーンなど,現実的であると同時に非現実な家族の描写をこの上なく丁寧に描いており,”異世界モノのパイオニア”としての原作にふさわしいアニメ化作品に仕上がっている。このジャンルのアニメ作品の金字塔となることは間違いないだろう。

マンガ原作のアニメ化作品としては,『王様ランキング』が頭一つ抜けた傑作だ。作画,構図,アクションなど,アニメ制作陣による熱の入った作り込みが原作の魅力を倍増させている。「力を奪い強くなる者」と「力を奪われてなお自ら力を勝ち得ようとする者」との対比は,純粋な腕力だけでなく,人が生まれ持つ様々な「能力」について深い反省的考察を促す。ひたむきなボッジの姿は多くの人を力づけることになるだろう。

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オリジナル作品の中で最も目を引くのは『海賊王女』だ。キャラクター造形や構図など,毎話視聴者をうならせる演出が光る。また,「海賊」というそれ自体は古風なモチーフを用いながらも,ミステリー要素を適度に盛り込んだ物語の運びは非常に上手い。さらに,プレスコに近い収録によって声優の演技の魅力を最大限に引き出したことも高評価に値する。最終話までの仕上げ方によっては,今期最高評価の作品となるかもしれない。

なお,2022年秋アニメの最終ランキングは後日当ブログで発表する予定である。

では2022年冬アニメのラインナップの中から,五十音順に注目作をピックアップしていこう。各作品タイトルの下に最新PVなどのリンクを貼ってあるので,ぜひご覧になりながら本記事をお読みいただきたい。なお,オリジナルアニメ(マンガ,ラノベ,ゲーム等の原作がない作品)のタイトルの末尾には「(オリジナル)」と付記してある。

 

① からかい上手の高木さん3


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takagi3.me

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【スタッフ】

原作:山本崇一朗/監督:赤城博昭/脚本:福田裕子,伊丹あき,加藤還一/キャラクターデザイン:髙野綾/音楽:堤博明/アニメーション制作:シンエイ動画/オープニング主題歌:大原ゆい子

【キャスト】

高木さん:高橋李依/西片:梶裕貴/ミナ:小原好美/ユカリ:M・A・O/サナエ:小倉唯/中井:内田雄馬/真野:小岩井ことり/高尾:岡本信彦/木村:落合福嗣/浜口:内山昂輝/北条:悠木碧/田辺先生:田所陽向

【コメント】

この作品の最大のポイントは,キャラクターの頭身だと僕は思っている。まだ成長しきっていない中学生の身体をややデフォルメしつつ表現したあのデザインが,高木さんと西方の甘酸っぱい恋愛模様に絶妙にマッチしている。無論,こうした作品の持ち味はマンガ・アニメという媒体でしか表現できない。PVを見ると,そんな高木さんと西方の柔らかい可愛らしさに,さらに磨きがかかっているように思える。二人の青春物語を見届けようではないか。

② 鬼滅の刃 遊郭編


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【スタッフ】

原作:吾峠呼世晴/監督:外崎春雄/キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃/脚本制作:ufotable/サブキャラクターデザイン:佐藤美幸,梶山庸子,菊池美花/プロップデザイン:小山将治/美術監督:衛藤功二/撮影監督:寺尾優一3D監督:西脇一樹/色彩設計:大前祐子/編集:神野学/音楽:梶浦由記,椎名豪/アニメーション制作:ufotable

【キャスト】

竈門炭治郎:花江夏樹/竈門禰󠄀豆子:鬼頭明里/我妻善逸:下野紘/嘴平伊之助:松岡禎丞/宇髄天元:小西克幸 

【コメント】

*本作は前回の「何を観る?」の記事で「2021年秋アニメ」として挙げたが,放送開始が12月5日(日)ということもあり,「2022冬アニメ」としても挙げておく。以下は前回記事の再掲。

多くを語るまでもないだろう。「遊郭編」と言えば「堕姫」のビジュアルだ。この辺りから原作の吾峠呼世晴の画力も一段上がっているような印象がある。花魁の着物や肌の模様など,いっそう複雑なパターンをufotableがどう料理してくるか。これだけでも大いに見ものである。

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『鬼滅の刃』9巻より引用 ©︎吾峠呼世晴 2017,2017

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③ 錆喰いビスコ


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【スタッフ】

原作:瘤久保慎司/原作イラスト:赤岸K/原作世界観イラスト:mocha/監督:碇谷敦/副監督:又賀大介/シリーズ構成・脚本:村井さだゆき/キャラクターデザイン:浅利歩惟,碇谷敦/総作画監督:浅利歩惟,井川典恵/メインアニメーター:松原豊,河合桃子,豆塚あす香,竹知仁美/動画監督:張逸暉/美術監督:三宅昌和/美術・クリーチャー設定:曽野由大/色彩設計:千葉絵美/特効監修:谷口久美子/撮影監督:高木翼/CGディレクター:三田邦彦/編集:木村祥明/音楽:上田剛士(AA=),椿山日南子/音楽制作:フライングドッグ/音響監督:小泉紀介/アニメーション制作:OZ

【キャスト】

赤星ビスコ:鈴木崚汰/猫柳ミロ:花江夏樹/猫柳パウー:近藤玲奈/大茶釜チロル:富田美憂/ジャビ:斎藤志郎/黒革:津田健次郎

【コメント】

原作は瘤久保慎司による同名ライトノベル。すべてのものを錆びつかせる「錆び風」に悩まされる未来の人類を描いた物語だ。注目は,『Fate/Zero』(第1期:2011年秋/第2期:2012年春)『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』(第1期:2014年秋/第2期:2015年春)『id:INVADED』(2020年冬)などのキャラクターデザイン・作画監督で知られる碇谷敦(板垣敦)が監督・キャラクターデザインを務める点だ。ティザーPVを見ると,ビジュアル面でかなり完成された作品であることが伺える。『風の谷のナウシカ』のオマージュとも考えられるカットがいくつか見られるが,それらが作品とどうマッチしてくるかも見どころである。

④ 進撃の巨人 The Final Season Part 2


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shingeki.tv

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【スタッフ】

原作:諫山創/監督:林祐一郎/シリーズ構成:瀬古浩司/キャラクターデザイン:岸友洋/総作画監督:新沼大祐,秋田学/演出チーフ:宍戸淳/エフェクト作画監督:酒井智史,古俣太一/色彩設計:大西慈/美術監督:小倉一男/画面設計:淡輪雄介/3DCG監督:奥納基,池田昴/撮影監督:浅川茂輝/編集:吉武将人/音響監督:三間雅文/音楽:KOHTA YAMAMOTO,澤野弘之/音響効果:山谷尚人(サウンドボックス)/音響制作:テクノサウンド/制作:MAPPA

【キャスト】

エレン・イェーガー:梶裕貴/ミカサ・アッカーマン:石川由依/アルミン・アルレルト:井上麻里奈/コニー・スプリンガー:下野紘/ヒストリア・レイス:三上枝織/ジャン・キルシュタイン:谷山紀章/ライナー・ブラウン:細谷佳正/ハンジ・ゾエ:朴璐美/リヴァイ・アッカーマン:神谷浩史/ジーク・イェーガー:子安武人/ファルコ・グライス:花江夏樹/ガビ・ブラウン:佐倉綾音/ピーク・フィンガー:沼倉愛美/ポルコ・ガリアード:増田俊樹/コルト・グライス:松風雅也

【コメント】

多くを語るまでもないだろう。MAPPAの作風も定着した。キービジュアルのエレンの長髪が,物語がいよいよ佳境を迎えつつあることを感じさせる。

⑤ その着せ替え人形は恋をする


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bisquedoll-anime.com

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【スタッフ】

原作:福田晋一/監督:篠原啓輔/シリーズ構成・脚本:冨田頼子/副監督:平峯義大/キャラクターデザイン・総作画監督:石田一将/総作画監督:小林真平,川妻智美,山崎淳/メインアニメーター:髙橋尚矢/衣装デザイン:西原恵利香/色彩設計:山口舞/美術設定:根本洋行/特殊効果:入佐芽詠美/撮影監督:金森つばさ/テクニカルディレクター:佐久間悠也/CGディレクター:宮地克明/編集:平木大輔/音楽:中塚武/音響監督:藤田亜紀子/音響効果:野崎博樹,小林亜依里/制作:CloverWorks

【キャスト】

喜多川海夢:直田姫奈/五条新菜:石毛翔弥/乾紗寿叶:種﨑敦美/乾心寿:羊宮妃那/五条薫:斧アツシ

【コメント】

原作は福田晋一による同名マンガ。雛人形の頭師になることを夢見る高校生・五条新菜と,コスプレ美少女ギャルの喜多川海夢が繰り広げる異色のラブコメディだ。アニメの中で人形文化を扱うことだけでも面白いが,それとコスプレとを接続したアイディアは秀逸だと思う。“お色気ラブコメ“という表面的な印象以上に深い考察を促す作品かもしれない。

⑥ 空色ユーティリティ(オリジナル)


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yostar-pictures.co.jp

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【スタッフ】

監督・演出・作画監督:斉藤健吾/脚本:望公太/絵コンテ:雨宮哲/制作:Yostar Pictures

【キャスト】

美波:高木美佑/遥:天海由梨奈/彩花:後藤彩佐

【コメント】

ゲーム会社Yostarの子会社・Yostar Picturesが手がけるオリジナルアニメ。PVからわかるように,女子高生たちのほのぼのゴルフアニメといった趣の作品だが,何と言っても見どころは,斉藤健吾と雨宮哲の『SSSS.GRIDMAN』コンビ(斉藤は作画監督・総作画監督,雨宮は監督)がそれぞれ監督・演出・作画監督と絵コンテを手がける点だ。前半15分が本編,後編15分がキャストと制作スタッフによるトーク,という構成も面白い。なお,監督の斉藤は現在Yostar Picturesの取締役に就いている。

⑦ 東京24区(オリジナル)


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tokyo24project.com

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【スタッフ】
原作:Team 24/監督:津田尚克/ストーリー構成・脚本:下倉バイオ(ニトロプラス)/キャラクター原案:FiFS(曽我部修司・ののかなこ)/キャラクターデザイン:岸田隆宏/総作画監督:髙田晃,伊藤公規,まじろ/副監督:髙橋英俊/プロップデザイン:髙田晃/グラフィックデザイン:河原秀樹,添野恵/美術設定:塩澤良憲/美術監督:春日美波/色彩設計:中島和子/2Dデザイン:久保田彩/特殊効果:清水彩香/CGディレクター:宮地克明/撮影監督:佐久間悠也/編集:三嶋章紀/音響監督:岩浪美和/音楽:深澤秀行/制作:CloverWorks

【キャスト】

蒼生シュウタ:榎木淳弥/朱城ラン:内田雄馬/翠堂コウキ:石川界人/翠堂アスミ:石見舞菜香/櫻木まり:牧野由依/きなこ:兎丸七海/黒葛川早紀子:生天目仁美/翠堂豪理:楠大典/翠堂香苗:大原さやか/クナイ:斉藤壮馬/ヤマモリ:伊丸岡篤/ラッキー:喜多村英梨/白樺広樹:上田燿司/白樺梢:日高里菜/筑紫渉:中村悠一/宍戸花奈:花守ゆみり/進藤薫:江頭宏哉

【コメント】

「極東法令外特別地区」,通称「24区」に住むシュウタ,ラン,コウキの3人は,ある日,死んだはずの仲間からの電話を受け,「未来の選択」を迫られるという内容。“未来改変”がテーマなのだろうか,やや古風な設定ではあるが,オリジナルアニメであるという点と,今回が初のアニメ作品となるニトロプラスの下倉バイオの脚本に期待してみよう。

⑧ トライブナイン


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tribenine.tokyo

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【スタッフ】

原作:アカツキ×トゥーキョーゲームス/原案:小高和剛/キャラクター原案:小松崎類/キャラクター原案:しまどりる/音楽:高田雅史/総合プロデューサー:山口修平/監督:青木悠/シリーズ構成:横手美智子/アニメーションキャラクターデザイン:薮本陽輔/音楽制作:ランティス/アニメーション制作:ライデンフィルム

【キャスト】

神谷瞬:石田彰/白金ハル:堀江瞬/タイガ:沢城千春/有栖川さおり:渕上舞/三田三太郎:田村睦心/大門愛海:落合福嗣/青山カズキ:千葉翔也/鳳天心:中博史/鳳王次郎:諏訪部順一/神木結衣:小松未可子

【コメント】

舞台は「ネオトーキョー国」。社会に絶望した若者たちは「トライブ」を結成し,互いに激しい抗争を繰り広げていた。ネオトーキョー政府は,トライブ間の争いを「エクストリームベースボール(XB)」にのみ限定することで事態の打開を図ろうとする。

なかなかユニークな設定だ。個人的な話になるが,僕は昔から野球にはまったく興味がないーというより積極的に嫌いなのだが,不思議なことにアニメになると何の偏見も持たず楽しむことができる。本作の奇抜な世界観にも大いに期待したい。そして何と言っても注目は,ゲーム『ダンガンロンパ』シリーズ(2010年-)や,当ブログでも高く評価したTVアニメ『アクダマドライブ』(2020年秋)の小高和剛が原案を手がける点だ。かなりアクの強いビジュアルではあるが,彼の世界観が好きな人は見逃せない作品となるだろう。また『SHIROBAKO』(2014年秋-2015年冬)などの横手美智子が脚本を担当するのも心強い。なお,「スマートフォン向け3DアクションRPG」としての企画も進行中である。

⑨ 平家物語


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heike-anime.asmik-ace.co.jp

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【スタッフ】

原作:古川日出男訳 「平家物語」(河出書房新社刊)/監督:山田尚子/脚本:吉田玲子/キャラクター原案:高野文子/音楽:牛尾憲輔/アニメーション制作:サイエンスSARU/キャラクターデザイン:小島崇史/美術監督:久保友孝(でほぎゃらりー)/動画監督:今井翔太郎/色彩設計:橋本賢/撮影監督:出水田和人/編集:廣瀬清志/音響監督:木村絵理子/音響効果:倉橋裕宗(Otonarium)/歴史監修:佐多芳彦/琵琶監修:後藤幸浩

【キャスト】

悠木碧櫻井孝宏早見沙織玄田哲章千葉繁井上喜久子入野自由小林由美子岡本信彦花江夏樹村瀬歩西山宏太朗檜山修之木村昴宮崎遊水瀬いのり杉田智和梶裕貴

【コメント】

湯浅政明監督『犬王』(2022年夏公開予定)や平安時代を片渕須直監督の新作と並ぶドメスティックな「古典作品アニメ」である点,それにもかかわらず,これまでグローバルな作風の作品を押し出してきた「+Ultra」枠の放送である点,そして山田尚子が京都アニメーション以外のスタジオで監督を務める点など,作品外の諸要素がネットを騒がせたことはまだ記憶に新しい。

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とはいえ,やはり作品そのものを評価しないことにはいくら大騒ぎをしても意味がない。本作はすでにFODにおいて全11話が配信されているが,我が家にはFODをTVの大画面で視聴する環境がない(僕はアニメをスマホやタブレットの小さな画面で観る習慣はない)ので,1話だけ観てやむなく断念した次第だ。というわけで,来年1月からの地上波放送で本格的な評価をしていこうと思う。

最近YouTubeに上げられた山田監督のインタビューによれば,「叙情詩としての『平家物語』を描いてみたい」と思ったとのことだ。『けいおん!』(第1期:2009年春/第2期:2010年春)『たまこまーけっと』(2013年冬)『聲の形』(2016年)『リズと青い鳥』(2018年)などで登場人物の心の機微を描いてきた山田が,古典『平家物語』をどう再解釈するか。実に楽しみである。


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2022年冬アニメのイチオシは…

2022年冬アニメの期待作として,今回は9作品をピックアップした。

今回のイチオシとしては『平家物語』を挙げたい。すでにFODで配信されているとは言え,より多くの人の評価にさらされ,より公平な評価を下されるのはやはりテレビ放映の時点ではないかと思われる。山田尚子版・叙情詩『平家物語』に大いに期待したい。

次点としては,『トライブナイン』『鬼滅の刃 遊郭編』『錆喰いビスコ』『東京24区』を挙げておこう。

以上,2022年冬アニメ視聴の参考にして頂ければ幸いである。

劇場アニメ『サマーゴースト』(2021年)レビュー[考察・感想]:未来に向かって走れ

*このレビューはネタバレを含みます。必ず作品本編をご覧になってからこの記事をお読み下さい。

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『サマーゴースト』公式HPより引用 ©︎サマーゴースト

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『サマーゴースト』は,小説『君の膵臓をたべたい』(2015年)のイラストや,TVアニメ『Vivy -Fluorite Eye's Song-』(2021年 春)のキャラクター原案などで知られるloundrawが監督・原案を務める短編映画だ。40分という短尺ながら,光と影の演出や丹念な色彩設計によって独自の世界を描き出し,「死」に近接(メメント・モリ)しながら生の意味を問い直す若者たちの姿を的確に伝えた珠玉の小品である。

 

あらすじ

ネットで知り合った友也あおいの3人は,花火をすると現れると噂される女性の幽霊「サマーゴースト」を探すべく,夕暮れの飛行場跡を訪れる。やがて線香花火をする3人の前に絢音という名の幽霊が唐突に姿を現す。しかし彼女によれば,その姿は誰にでも見えるわけではないという。はたして,サマーゴーストの姿が見えた3人に共通するものとは…

狭間の世界

薄暮。映画は昼と夜の狭間の刻から始まる。

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『サマーゴースト』公式Twitterより引用 ©︎サマーゴースト

飛行場跡の自由な広い空に,昼の名残りの光と夜の始りの闇とが境を接する。友也,あおい,涼の3人は,ちょうどその境目で線香花火をしている。〈この世と隠り世の狭間〉という本作のコンセプトを,映像によって明示的に伝えた印象的なカットだ。

このシーンに限らず,本作は全編を通して〈光と影〉のコントラストを強く打ち出している。主に夏が中心の物語ということもあるが,昼夜を問わずほぼすべてのカットにおいて,登場人物の顔や背景に濃い影が差している。結果,世界は一様であることをやめ,光と影が境を接する〈狭間〉が常に画面上に現れている構図になる。

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『サマーゴースト』公式Twitterより引用 ©︎サマーゴースト

場面ごとに変化する色彩設計も面白い。この映画ではシーンごとにコンセプトとなる色が設定されており,それぞれのシーンに視覚上の統一感がもたらされている。劇場プログラムに掲載された説明によると,「ひとつのカットを1枚の絵(イラスト)としてみたときにコンセプトが明確になるように『白』『赤』『オレンジ』『黄』『緑』『青』『紫』などシーンごとに軸となる色を設定し,一色にまとめて仕上げることを重視」したということらしい。*1 「白」「赤」「オレンジ」「黄」「緑」「青」「紫」は大別すれば「暖色」と「寒色」だ。この2つの色味の絶えざる交替もまた,本作のビジュアル面の際立った特徴の一つだ。 

光と影,暖色と寒色によって世界が二重化され,友也,あおい,涼の3人ーそして劇場の暗闇で輝くスクリーンを見つめる僕らもまたー は,この世界と隠り世という2つ世界の〈狭間〉に置かれることになる。

〈見える=非日常/見えない=日常〉という視差

『サマーゴースト』という作品は,以上のようなビジュアル的な〈二重世界=狭間の世界〉の舞台上に〈見える/見えない〉という幽霊モノ特有の“視差”を発生させながら,〈生きること〉の本来的な意味を模索しようとする若者たちの姿を描いている。

「サマーゴースト」こと絢音によれば,彼女の姿は「死に触れようとしてる人だけ」にしか見えない。学校で悪質ないじめを受けているあおいは,日頃から「死にたい」と思っている。大病により余命9ヶ月と告げられた涼は,最も間近で現実的な死の可能性に瀕している。そして,大人が決めた“型”を強制され,本当にやりたいことができない友也は,どこかに「死ぬ理由」を見つけ出そうとしている。それぞれの形で「死」に触れようとしている3人には,絢音の姿がいわば特権的に〈見える〉。逆に言えば,(直接的な描写はほとんどないものの)それ以外の人には彼女の姿は〈見えない〉。こうした仕掛けによって,本作の世界は〈見えている人たちの世界=非日常〉と〈見えていない人たちの世界=日常〉とに二重化されている。

“霊”あるいは“死(者)”というギミックを用いて〈見える/見えない〉という視差を発生させ,〈非日常/日常〉への世界の二重化を図った作品は少なくない。 長井龍雪監督のTVアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年 春),幾原邦彦監督のTVアニメ『輪るピングドラム』(2011年 夏・秋)『さらざんまい 』(2019年 春),高坂希太郎監督の劇場アニメ『若おかみは小学生!』(2018年),そしてごく最近の作品で言えば泉朝樹原作/小川優樹監督『見える子ちゃん』(2021年 秋)など,近年のアニメ作品に限っても枚挙にいとまはないだろう。こうした作品に共通するのは,何らかの形で他者(あるいは自己)の死に触れた主人公が,一般的な人には見えない死者や死者の世界を視認する力を獲得し(視差による世界の二重化),自己の生を新たな視座から捉え直していく,というプロットである。*2 

こうした〈死→世界の二重化→自己の生の再解釈〉という認識展開は,もちろんアニメやマンガなどのフィクション作品の専売特許というわけではない。それはむしろ,人の奥底に根差した現実的な問題意識であり,とりわけ死生観を中心とした神学や実存主義哲学と高い親和性を示すはずだ。したがって,「死へ臨む存在」としての実存を思考した哲学者マルティン・ハイデガー(1889-1976年)が,彼が「本来性/非本来性」と名付けた〈見える/見えない〉の視差によって「存在」を多重露光的に考察したのも,おそらく単なる偶然ではない。

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可能性への先駆

ハイデガーは主著『存在と時間』(1927年)の中で,人間=「現存在」の「死」のあり方を以下のように定義している。

死とは,現存在がいつもみずから引き受けなくてはならない存在可能性である。死においては,現存在自身がひとごとでない自己の存在可能(sein eigenstes Seinkönnen)において現存在に差し迫っているのである。*3

死がすべての人に起こりうる出来事であるというのは,ある意味で当然のことだ。しかし僕らはそれを事実として了解していながらも,日常的には己に訪れる死の可能性を忘却しながら生活している。人間は「さしあたりたいていは《死へ臨むひとごとでない存在》を,それに臨んで逃亡しつつ,おのれに覆いかくして」おり,*4 「死へ臨んでそれを隠しながら回避することは,日常生活を根づよく支配する態度である」。*5 これが「非本来的」な死との関わり方である。では,「本来的」な死との関わり方とは何だろうか。

ハイデガーは,現存在が本来取るべき死との関わり方を「可能性のなかへの先駆(Vorlaufen in die Möglichkeit)」*6 と呼んでいる。

《死へ臨む存在》が先駆となるとき,それはある存在者の存在可能のなかへ先駆するのであるが,この先駆は実は,その存在者そのもののあり方なのである。この存在可能が先駆において露呈されることは,現存在がおのれ自身のもっとも極端な可能性について自己を自己自身に開示することなのである。そして,ひとごとでない自己の存在可能性へむかっておのれを投企するということは,このようにあらわにされた存在者の存在においておのれ自身を了解することを意味するのであり,これがすなわち,実存するということなのである。*7

簡単に言ってしまえば,自己の「死」という究極の運命から目を逸らすのではなく,その可能性を真正面から引き受けることこそが自己を理解することであり,そのようにして自己の生を生きることが「本来的な」生である,ということだ。そしてそれは,〈見えない=日常〉の状態から〈見える=非日常〉の状態への跳躍でもある。

それぞれの形で「死」に近接した友也,あおい,涼は,絢音というより現実的な「死の可能性」に直面することで,死の「可能性のなかへの先駆」を実行する。物語終盤の絢音の遺体を捜索する行為は,「可能性のなかへの先駆(Vorlaufen in die Möglichkeit)」を具体的な行為として示したものに他ならない。友也が「僕は絢音さんを見つけたい」と言った時の絢音のセリフは示唆的だ。

きっとそれで全部わかるね。命の終わりは友也くんの未来で,私の過去。2人のちょうど真ん中だから。

「死」という出来事を生者と死者の両方の視点から時間軸的に捉えた意味深いセリフだ。友也は「死」の未来に向かって先駆し,絢音は「死」の過去に向かって立ち戻る。ちなみにドイツ語のVorlaufen「前に向かって走る」という意味だ。絢音の遺体が入ったトランクに向かって「走る」友也,あおい,涼は,まさしくこの「先駆」を身体的に体現しているのである。

とりわけトランクを開けて中を見た友也は,「死」という出来事を生々しい事実として目撃したはずだ。こうして友也は,そしておそらくはあおいも涼も,絢音との出合いによって「死の可能性」を「ひとごとでない」ものとして引き受けたのだろう。友也,あおい,涼は,死という「可能性への先駆」を実践し,そこから自己の生の意味を逆照射した若き哲学者となったのだ。

生きる=選択すること

生きるということは,無限に近いルート分岐において常に〈選択〉をし続けるということだ。“生きていれば必ずいいことがある”などという空々しい美辞はおそらく無意味だが,しかし少なくとも,生きていれば何らかの能動的な“選択”の可能性は与えられる。死者である絢音には自分の体を見つけるという選択すらできないが,友也たちにはそれができる。

友也はノートではなくキャンバスを前にすることを〈選択〉し,あおいはビニール傘と震える声で悪意に立ち向かうことを〈選択〉した。そして涼は,残されたわずかな時間の中で得た友と生きることを〈選択〉した。その選択が楽しいものなのか,幸せなものなのか,あるいは苦しいだけのものなのか,それは誰にも分からない。だから友也は「もしかしたら,言われた通りにしてた方が楽だったかなって,時々思うよ」と留保する。しかし選択によって世界にささやかな抵抗を試み,自己の生を実感することができるのは,生きることの意味を“死”への近接から知り得た人たちの特権なのかもしれない。死を思いながら前へ向けて生きること=メメント・モリは,決して否定的でも暗いことでもない。むしろその真逆なのだ。

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HPなど

【スタッフ】杉崎友也:小林千晃/春川あおい:島袋美由利/小林涼:島﨑信長/佐藤絢音:川栄李奈

【キャスト】原案・監督・キャラクター原案:loundraw/脚本:安達寛高(乙一)/音楽:小瀬村晶当真伊都子GuianoHIDEYA KOJIMA/アニメーション制作:FLAT STUDIO/企画:FLAGSHIP LINE/製作・配給:エイベックス・ピクチャーズ

【上映時間】40分

作品評価

キャラ モーション 美術・彩色 音響
3.5 3 4.5 4.5
声優 ドラマ メッセージ 独自性
3.5 4.5 4.5 3.5
普遍性 考察 平均
4.5 4.5 4.1
・各項目は5点満点で0.5点刻みの配点。
・「平均」は小数点第二位を四捨五入。
・各項目の詳細についてはこちらを参照。

 

商品情報

*1:『サマーゴースト』劇場プログラム,p.55。なお,このコメント自体は監督のものではなく,他のスタッフが記載したもののようである。

*2:この傍流としてONE原作/立川譲監督『モブサイコ100』(第1期:2016年 夏/第2期:2019年 冬)なども挙げられるだろう。

*3:マルティン・ハイデッガー(細谷貞雄訳)『存在と時間 下』,p.60,ちくま学芸文庫,1994年。

*4:同上,p.63。

*5:同上,p.66。

*6:同上,p.84。

*7:同上,p.85。

2021年 秋アニメ 中間評価[おすすめアニメ]

*この記事にネタバレはありませんが,各作品の現時点までの話数の内容に言及しています。未見の作品を先入観なしで鑑賞されたい方は,作品を先にご覧になってから本記事をお読みください。

2021年の最終クールとなる秋アニメも、早いもので半分ほどの話数の放送を終え,すでに折り返し地点に差しかかっている頃だ。今回の記事では,現時点までの当ブログ注目作品を五十音順にいくつか取り上げてみたい。

なお「2021年 秋アニメは何を観る?」の記事でピックアップした作品は,タイトルを茶色にしてある。 

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1. 王様ランキング

osama-ranking.com

正直,当初の期待以上にクオリティの高いアニメーション演出に毎話驚かされている。キッズアニメのようなシンプルな描線とは裏腹に,一つひとつのモーションが極めて丁寧に仕上げられており,比較的淡白な原作の世界観にぐっと深みと広がりを与えることに成功している。アニメオリジナルの演出も多く,原作勢も新鮮な目で楽しめる作品ではないだろうか。特に第二話「王子とカゲ」のラストシーンにおけるボッジの表情は,今期作品の中でもずば抜けて優れた演出だったと言える。

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2. 海賊王女

fena-pirate-princess.com

キャラクターデザイン,作画,レイアウト,モーション,美術,どれをとっても今期作品の中でピカイチの作品だ。「海賊」「西洋人×サムライ」「石の謎」といった素材自体はありがちなものだが,その料理=演出の仕方がとにかくうまい。プレスコに近い収録で役者の芝居を優先しているため,*1 セリフとアニメーションのタイミングがバッチリ決まっている上,声優の演技が伸び伸びしている点も見どころの1つだ。特に花梨役の悠木碧のノリにノった演技や,第06話の雪丸役の鈴木崚汰の決まりに決まった演技などは特筆に値するだろう。

さらに,JUNNA×梶浦由記によるOPテーマ「海と真珠」も世界観にぴったりハマっており,作品をうまく盛り上げている。


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総じて,今期オリジナルアニメの中でもかなり高い評価となることは間違いなさそうだ。

3. 古見さんは,コミュ症です。

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僕は原作付きアニメで重要なのは,“原作をどう再現したか”ではなく,“原作をどう解釈したか“だと思っている。その意味で,渡辺歩総監督/川越一生監督の『古見さんは,コミュ症です』はなかなか面白い作品だと思う。特に第01話の冒頭のアニメオリジナルシーンや,古見さんと只野の「黒板での筆談」のシーンなどは,平均的なギャグアニメの水準をはるかに上回っているように思える。Realsoudにコラムを掲載したので参照頂きたい。

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4. 大正オトメ御伽話

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当初注目していなかった作品だが,いざ観始めてみると,そのほのぼのとした雰囲気と絶妙なキャラクター造形が後を引く良作だ。珠彦に対するユヅの無償の奉仕的な振る舞いには,やや時代遅れなジェンダー観念を感じることは確かだが,それも“大正”という時代にあり得たかもしれない「御伽話」である。ユヅの愛情豊かな振る舞いに癒されつつ,彼女自身が癒やされることを願いながら楽しむアニメなのかもしれない。

5. 見える子ちゃん

mierukochan.jp

「幽霊が見える/見えない」という,キャラクターの視点の差異をうまく利用したホラーコメディだ。この手の作品はややもすると毎話同じことの繰り返しになりがちだと思うが,本作は第四話の父親のエピソードや,第七話における“3人の登場人物の見えているものがそれぞれ違う”というより込み入った状況設定など,多様なシチュエーションで飽きさせない作りになっている。アニメ作品において「見える/見えない」という状況は1つの系譜を成しており,最近の作品で言えば幾原邦彦監督『輪るピングドラム』(2011年 夏・秋)『さらざんまい』(2019年 春)やloundraw監督の短編『サマーゴースト』(2021年)などにも見られるモチーフだ。この点を軸に複数の作品を比較するのも面白いかもしれない。

6. 無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜

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第1クールからまったくテンションの落ちていない丁寧な作りで,安心して観ていられるシリーズだ。これまでの目玉と言えば,ルーデウスと父パウロの再会シーンだろう。主人公が転生先の父親とここまで真剣に対峙する異世界転生モノも珍しいのではないか。ひょっとしたらこの作品の最大の魅力は,魔法や魔物といった設定以上に,“年下”の父親の胸に息子が飛び込むというような非日常的な日常にこそあるのかもしれない。また,疎外感から外に出ることができなかったルーデウスの前世に対し,疎外感から内へ戻ることができなかったロキシーを対応させるなど,キャラクターの布置の妙も大きな見どころだ。

 

以上「アニ録ブログ」が注目する秋アニメ6作品を挙げてみた。最終的なランキング記事は,全作品の放映終了後に掲載する予定である。